遭遇
「なんで止まって――」
目蓋を擦りつつ問いかけると、後方の担架を持っていた騎士が前方を見つめて固まっていた。なんだかおかしいと思いつつ担架から降りるが、手に触れた担架の感触が固い気がする。
乱暴な止まり方をする前まではそれなりの柔らかさで、ハンモックにしたら良い感じになると思っていたんだけど…
担架から降り、先頭を担当していた騎士の前に回り込む。
こいつもなんだか顔色が悪いし、固まっている。
「なぁ、おい答えろ!」
少し苛立ちながら声を掛けるも、あろうことか無視された。
これはあれか…?悪戯って奴かな…。姫様に対して悪ふざけするなんて、舐められたもんだな。
騎士は顔色一つ変えずにただ前方を見つめている。こっちに一瞥することもなく、だ。
『ねえ、周りがなんだか変よ』
あぁ、分かってる…こいつらがまた悪戯を…
『違うわよ!ほら、空を見て』
姫様が早く早くと急かして空を見るように指示する。
さっきまで寝てたんだから少し待ってほしいものだ。視界がまだぼんやりするんだ。
ゴシゴシと乱暴に擦ったあと、言われた通り空を見る。が、特に変わったところは無い様な気がするが…
『よく目を開けてご覧なさい!』
怒気が混じった声で急かされる。何をそんなに焦ってるんだ?さっき俺が担架で揺られている間に見た景色と寸分違わないんだが――
あ!?
よくよく見ると雲の流れが止まっていることに気が付いた。見間違いかと思ってさらに目蓋を擦るもただヒリヒリと痛むだけだった。
「な、んだこれ」
雲の流れが止まっているということは…
後ろを振り返って担架を持ったまま微動だにしない騎士たちに駆け寄る。それから姫様の低い身長を補うため、爪先立ちをしてまずは先頭騎士の頬を力いっぱいにつねる。
手に触れた肌の温もりは人並みではあったが、肌がやや硬化している気がする。片方ではアレなのでついでに両手で頬の肉を伸ばしてみる。少し変な顔になったが、手を放すと元に戻った。
『…何をしているの』
いやぁ、状況分析といいますか…
若干引き気味の姫様に対して自分の頬を掻きながら答える。実はさっきの睡眠妨害に対する憂さ晴らしだなんて言えるわけがない。
『丸聞こえよ…全く』
だよなぁ。プライバシーが無いって意外と辛いもんなんだな…姫様に丸々聞かれるから隠しごとができないし…あとで創造で作っとくか。あくまで試験も兼ねてだけど。
頬を抓ってみて分かったことが、肌が硬化しているのと担架が固くなっているのに関係があるっぽい。恐らく雲が停滞しているのもそれが原因か…
周りを見渡すと、少しながら景色の色が暗くなっている気がする。…ていうかなんだこの現象…どこかで見たけどあるんだけど。紅色の髪と瞳を持った女の子がヒロインやってたアニメ。タイトルなんだっけー?
「おや…この中を動ける人間が居たんですか…」
声がした方を向くと、黒一色のローブを纏った変な奴がいた。フードを被っているせいで顔が見えない。声で男だとは分かるが…もしこいつが俺の世界にいたら即通報もんだな。あと、やっぱあのアニメだよな…台詞にデジャブを感じらざる負えない。
『なんですかあの怪しい男は…』
どうやら姫様の知人ではないご様子。アニメだと大抵敵キャラだという相場なんだけど…ヤダなー、絶対面倒事に巻き込まれるよ…どうしようか。
怪しい男はゆっくりこちらへ歩を進めてくるが、姫様の手が届くか届かないかくらいの場所に立ち止まりこちらを凝視している。まるで観察されるかのように見つめられる。
敵意は感じられないが…明らかに警戒されているな。
「おやおやぁ?あなたは…グレイシア家のお嬢さんじゃないですかぁ?」
「グレイシア…家」
「ん?」
「ああ、いや…」
おい、姫様こいつ誰だよ…あとグレイシア家って…口ぶりからして関係者だろ。
『そこにいる男は知りません…ですがグレイシアというのは、私の苗字です。』
…グレイシア、か。良く分からんがこいつには注意が必要だな。予防線として盾的な何かを展開できないかなぁ…ひし形の使徒さんみたいな感じの…
《スキル:引力を習得しました。》
《スキル:斥力を習得しました。》
脳内でボイスが響くが…引力は引き合う力で…斥力は確か、反発しあう力だったよな?創造頑張るなぁ…まさか要望に応えてくれるなんて。
俺はスキルを即座に出せるように、一応警戒態勢で怪しい男を見つめ返す。顔は見えないからどう対応したらいいのかが全くわからん…。
「ふーむ。質問をよろしいですかなぁ?」
「…なんだ」
「あなたは、いったい誰ですか」
男の質問にビクり、と身体が反応してしまう。
確かに姫様とは入れ替わってはいるが…バレたか?
『コイツ…何者なの…』
当の姫様も困惑しているのに、俺が分かる訳もないか。考えられるのはフェルと同じ姫様に恋してる馬鹿かもしれないってことか。性別男っぽいし、それに姫様の顔付きはお世辞抜きで可愛い。ぶっちゃけファンクラブいてもおかしくはないぐらいに。
でもどうしようか。「いったい誰ですか」か…
「俺は…わからん」
『…何言ってるのよ、馬鹿じゃないの』
罵倒ありがとうございます。でも答えようがないじゃないか。下手に嘘ついても見破られそうだし、この際馬鹿正直に答えるのが正解だと俺は思いたい。
「わからない?どこのバケモノとも知りませんが…」
「バケモノ?」
「ええ、そうです。そんな魔力ダダ漏れのバケモノ…」
なあ、姫様。
『なによ?』
鬱陶しそうに答えないでくれ。…もしかして、魔力って普通に生活していたら漏れるもんなのか?もしそうだとしたら――
『そりゃあ…漏れるに決まっているじゃない。一般人とかは魔力量は微々たるものだし、抑える必要が無いだけで』
おいおい…頭を抱えたくなってくるぞ。底無しのMPを見破られたって事か…いや、流石に敵も底無しだとは思っていないだろう。バケモノっていうぐらいだし、少し多いぐらいにしか思っていないはず。そう、だからバケモノ呼ばわりをする訳だ、納得納得。
『でも上位の魔法使いや幻獣使いになってくると話は別だわ』
一人で都合がいい解釈をしている際中になんとも好奇心を刺激される話が。後で詳しく聞こうじゃないか。
その上位の魔法使いと幻獣使いに興味がある。もしかしたら将来的に俺と関わってくるかもしれないし、情報はあるだけ良いんだ。
「どこからやってきたんですかぁ?何が目的でグレイシア家に?」
男は一定の距離を保ったまま質問を投げかけてくる。これは答え方次第でまた戦闘になりかねないな…まだフェルと戦って一日も過ぎてないって言うのに。運が悪いことで…あはは。
「それに…この結界の中を動ける魔物は初めてですよ」
男の質問に対して黙秘を貫く。
バケモノの次は魔物か…どんどん人間から遠ざかっていくな。ま、この男の口ぶりからして時間か空間の流れを止める結界なんだろうけど、俺にはなぜか適用されなかった。仮説としては俺自身が耐性を持っているのか、それとも魔力量によって止められる敵が変わってくるのかも、しれない。
どちらにせよ、その結界のなかで動ける俺はおかしいということだ。
「何も仰っていただけないのですかぁ?」
無視を決め込んで対策を本格的に考え始める。諦めずに聞いてくるこの男、いい加減ウザい。一発殴ってやりたい衝動が込み上げてくる。マスコミに追われる芸能人ってこんな気分だったのか。
少し悟りを開けかけていた俺だが、ハッと現実に返る。こんなとこで茶番してないでさっさと城へ行きたいんだよ。姫様から独立もしたいし、このままだと俺の個人情報が漏洩しすぎる。
「結界、解いてもらえないか?城へいきたいんだ」
「城ですかぁ…質問には答えてもらえないんですかぁ?」
「答えたくないんだ、どいてくれ」
「そうですねぇ…ひとつぐらいは――」
Uzeeeeeeeeeeeeeッ!!
相変わらずフードの下は真っ黒で正体が掴めないが、面倒な奴だというのは今までの会話で十分すぎるほど分かりきっている。
「質問に答えてほしい」と言われて、「答えたくない」と言えば、「質問に答えて欲しい」に戻って、拒否すれば以下無限ループに突入する。なんだよこの押し問答、先へ進めないじゃないか!!
正直に本音を言えば、実力行使でコイツを排除してもいい様な気がする。一人ぐらい殺しても問題ないよね。
『…気持ちは痛いほど分かるけど、堪えなさい。今の貴方は私の肉体を使っているのよ』
むうう…殺したい、もしくは殺さずここから遠ざけるか…そういえば斥力を創造で作ったんだったな。試運転でコイツに使おう。こんなにイラつく相手は滅多に会えないし、一期一会って言葉もあるんだ、今使わないで、いつ使うって言うんだ!!
『…吹っ飛ばすぐらいなら、でも威力は調整するのよ?殺しちゃ――』
そんなことぐらい分かっている。人を殺さないぐらい…人?そういえばさっきこの男、「おや…この中を動ける人間が居たんですか」って言ってたよな。つーことは人じゃない何か、ってことだ。なら生半可なもんじゃ死なないだろう。
持論を並べ立てて、自分の行う行為を正当化する。これぞ人間。天晴れ霊長類。
「さて、死ね」
『ちょっとおおおお!?』
悪いな姫様、こいつは人をからかい過ぎたんだ、ましてや堪忍袋の緒を切り刻むレベルで…。まぁ、俺は寛大な精神を持っているからな、授業料として命をもらっていくことにしたんだ。
『待って、殺さないでってあれほど!』
殺しやしないさ、ただ死んでもらうだけ。さぁ、楽しいショータイムだッ!!
右手を男へ向け、意識を集中させる。斥力の使い方はなんとなく分かる気がする…なぜかは知らないが。威力を調整してる間にも姫様は『殺すんじゃないわよ!』と口酸っぱく言っている。でもさ、俺の考えなんだけど、これって死んだ奴が悪いと思うんだー。殺しちゃったらごめんね。
「あのぉー、質問に――」
「斥力フィールド、直線大」
斥力を円状にし、手のひらの前で何十にも重ね筒状にし、発射する。ぶっちゃけ斥力フィールドは視界に映らない、半透明な壁みたいなものだ。俺は意識すれば若干見えなくもない、がな。しかも充填時間は威力、大きさにもよるが今使うのは0.3秒ぐらいで打てる。相手にバレずに打てるのはメリットだな。
だからか、男は斥力に気づかずに、相変わらず同じような問答を繰り返している。そして何度目かの同じ台詞を斥力で黙らせんとばかりに…放つ。
今回はあくまで飛ばすのが目的なので、直径2mぐらいの円状にした。これなら腕とか足は千切れ飛ばずに済む、と思う。当たり所が悪かったら頭が飛びかねないけど。でもその場から動かなければ大丈夫だし、動いたやつが悪い。
キュィィィイィン、と甲高い音がした直後、男へ目掛けて透明な何かが駆けていく。地面の土を駄賃だとばかりに凄まじい速さで削り取って行って、トラックにぶつかったとばかりに盛大な音をまき散らしながら男は星屑となった。まー、エネルギーが消失したらどこかで着地できるだろう。
『今の…生きていられるの?』
姫様の疑問はもっともだ。「斥力フィールド、直線大」を放ったあと、近くの木々から地面は輪状に抉り取られているんだ。どこかの戦隊レンジャーが必殺技を撃ったあとみたいな感じになっている。
まー、こんなすごい結界を張れるんだ、きっと生きてるさ。
姫様へ返答をしたあと、動きが止まったままの担架に寝っころがる。いきなり止まった時と比べて柔らかくなっている、気がする。となるとあの結界は術者がいなくなると自動的に消えるわけか。でもそれもそうか…魔力を供給してくれる人がいなくなるんだ、当然だよな。