プロローグ 白い龍
暗闇に支配された室内に、一角だけどんよりとした空気が漂っている場所があった。
ぼんやりとした空間に見えるのはチカチカと点滅を繰り返すオレンジと緑の光彩。
光は蛍の様に空間内を飛び交っていたが、やがて収束し、消滅する。
そして辺りに聞こえるのはベットの軋む音と男の声。
「あー…まぁた負けたよ…、これで何回目だ?」
そう呟きながら起き上る。
決して卑猥な事をしていた訳ではない、と言っておこう。
「なんで上手くならないんだろなぁ…」
俺こと小崎 巧は高校1年生の16歳だ。
高校に入ると同時に一人暮らしを始めたのだが、別に特技も趣味もこれといったものはない。
普通の中の普通、といったところだったりする。
成績も平均的だし、身長や体重、顔の偏差値も普通。
アニメで言うところのモブキャラ同然のスペックである。
「…はぁ」
そんな自分に嫌気が刺してくる。
変わらない自分、成長しない自分。
別に悪くないし、かといって良いわけでもない。
問題事だって起こさない、
なんとなく高校受験を受け、普通に何事もなく合格…
そして通う学校は中の中。
クラスに程良く溶け込み、友人も普通に…
「そして今に至る、と」
普通である自分にコンプレクッスを抱く今日この頃。
別に思春期だったら誰にでもあることだと思えるかもしれない。
だけど、幼い頃から自分は…この調子だ。
…止めよう、思考がよからぬ方向に逝ってしまう…
あぐらを掻いていたベットから降りて冷蔵庫へ向かっていく。
肩を回すとパキパキといい音が鳴る。
「少しやりすぎたかな」
独り言を漏らしつつ、無造作に開けた冷蔵庫から冷気と光が漏れ、顔をしかめる。
少ししてから慣れた手つきで飲料水を取り出し、
キャップを開け、一気に飲み干す。
「っつ、…はぁ…」
冷たい液体が喉を潤し脳をリフレッシュさせ、憂鬱だった気分を晴らす。
「ゲームが下手だとなぁ…」
基本何でも普通にやり遂げてしまう俺であるが、
実は今、猛烈に俺は悩んでいる…
何に悩まされてるかというと…
現在2185年 日本に俺は住んでいるのだ。
科学が進歩し、様々な日用品が物凄く便利になった(らしい)
玄関の扉は指紋認証や顔パスといった物がありふれている時代であるが、
進化したのは勿論それだけじゃない。
子供から大人まで敬愛する家庭内ゲーム機、
それが遂に思考を投影させ、一人称視点でプレイする事ができる様になった。
まるで自分自身がその世界に元から居たように遊べるという…
制作されたのは2130年頃で、それが世界初の新型オンラインゲームとなった。
で、俺が今悩まされているのがこのオンラインゲームだ。
発売当初から今までいくつものゲームが作られ、世に出回ってきた。
確かに、面白いゲームは存在した。
そう、存在しただけ…
どれも一人称視点ゲームだが、莫大な情報量である目、耳の光、音を充実に再現できずに、売れ行きは右肩下がりになり、結局潰れるの繰り返し。
所詮は時代の流れに逆らえなかったのだろう、瞬く間に市場から消えた。
そんな厳しい競争を生き抜いてきたゲームが、今丁度俺がボッコボコにやられているゲームであり、現在人気No.1であるRPGなのだ。
どれぐらいの知名度かと言えば、母国語レベルだと言っておこう。
分かりにくいだと?そうだな…
例えるなら、国民的アニメ、アイドルと変わりない、その程度…
…だが、周知の事実というか既成事実というか、知らないと「お前、大丈夫?」ぐらいは言われてしまう。
それだけ知名度と人気度が高いと、やはり日常会話にも入ってくる訳だ。
例えばだな
「なあ聞いたか?先日迷宮のボスがさ」
「あぁ、知ってるぜ。xxギルドの連中が」
こういう情報がほとんど常にやり取りされている時代だ。
ある程度プレイして熟知していないとクラスでもボッチ化してしまう。
シッタカをしようとしても、クラスメイトとの会話ではどんどん掘り下げられ、結局はバレる。
で、バレた末路はご想像の通り。
誰も青春をトブに捨てたいとは思わないだろう。
ならば…
ならば…プレイして、実際に会話に混ざれる程度の知識量があればいいだけ。
ゲームの力量次第ではクラス内での人気者。
はたまた学校、世界での有名人になれる。
下手をすれば女の子をよりどりみどり…
まあ「ここどうやるの?」ぐらいだろうけれど。
ここで決断を迫られる。
見返りはクラスメイトとの青春の日々。
そして変わりに消えゆく銀行口座の桁数。
バイトはしておらず、両親の仕送りが頼り。
その仕送りで身の回りの生活を何とかしなければならないのだが…
確かに経済的には痛いのだ。何せ超人気ゲームであるが故に、需要はある。
需要があるなら企業側はどうする?
勿論、金額の上限に挑戦を挑むわけだ。
実際に販売当初より金額は上がり続け、五桁から六桁になっている。
金額を上げると同時に、特典を付けたりと隙が無い。
大衆は皆ドハマりし、企業は笑顔。プレイヤーたちも笑顔。
皆WIN-WINな関係であ―
「そんな訳ないんだよなぁ」
日常会話が魔物を狩っただの、超激レア武器をゲットしただの、ギルド勧誘だのともう嫌気が刺してくる。
男女問わず、年齢問わず、まさに老若男女。
…俺が期待していた学生ライフを返してほしい…
だが、まだこの段階なら許せる許容範囲内である。
別にゲーム自体嫌いじゃないし。
だけれど、一番許せないのがこの企業戦略の、課金アイテムだ。
このゲームは基本プレイ料は無料。
しかしながら、アカウント制作とアイテムは有料だ。
良心的な価格なアイテムも当然存在するさ。
でも、そんな物…程度が知れている。
HP、MP回復、スタミナ回復。
こんな物だ。
そして、許せないのが高価なアイテム。
アバター交換チケット、復活呪文書、武器強化補助アイテム。
買うだけで定食の一食分は喰えると思える金額。
そして、究極な値段のアイテムとなると、ランダムBOXがある。
これは良心的な価格のアイテム(さきほどの回復アイテムだな)が出てくるほかに、限定アバターや装備の強化をする際に補助アイテムが出てくる。
極めつけはこのランダムBOXを開けると、一定時間キャラクターの身体能力を向上させるバフが掛かる。
バフは掛かるのだが、ランダムなのだ。
…そう、ランダム。お分かりだろうか?
随分豪華なバフが掛かるときもあれば、ショボいバフが掛かるときもある。
これがステージ内でおまけ程度のバフであれば俺は文句を言わない。
しかし…なんと鬼畜な事か、ある特定のステージではこのランダムBOXに頼らざる負えない。
何せどの職のキャラクターにも掛けることのできないバフがあるから。
それは【即死回避】バフ。
これは流石に半端ないと、掛かった当初は思ったものだ。
(ちなみにゲーム当初からこのランダムバフの設定は実装済みである)
イベントで一時期配布されたBOXを開けた時、たまたま出たのだが、これで超級難易度のステージにいれてもらえたのだ。
そのステではボスの2回に一度の攻撃が回避不可能+盾貫通+即死スキルである。
意味が分からない。
運営頭おかしいんじゃないのか、とのたまう者が出たほどだ。
俺も思ったし、実際おかしかった。
新ステージ実装が行われ、最大パーティーメンバー人数の10人で行った事がある。
皆クラスメイトであり、そこそこ仲が良かった。
まぁそこはどうでもいい。
問題なのは、ボスである。
学生という身であるが故に、若さを武器に鍛え込み、levelをカンストし、能力値も一般ステージなら舐めプレイもできた程。
だからボスまでの道のりは楽勝だった。
周りの綺麗な景色を楽しみながら、会話を弾ませていたぐらいだし。
ボス面に入る直前までは。
『弱い弱いww弱すぎるよw』
『ザッコばっかじゃんよ…期待を返せよマジで…』
『時間の無駄だよ~…これ終わったらどこ行く~?』
『ここ広いなぁ』
『でもここまで雑魚いと流石に嫌な予感がするわ』
『なこと言うなよなぁ~』
初見でこれほどの難易度か、皆そう思っていた。
巨大な白い龍が尾をなびかせながら空を舞い、弧を描きながら近づいて来る。
豪華な演出と、圧倒的な存在感。そして迫る危機感。
嫌な予感が的中する瞬間がやってくるのである。
ボス戦開始直後、白い龍が前方に咆哮、凄まじい衝撃が体を襲うと同時に、
まずはHPとMPを半減させられた。
『…え、マジか、よ』
『ヤバい回復回復!』
『ちょッ!?』
『』
パーティーメンバーはゆるんでいた意識を一気に臨界状態まで持っていこうとするも、
白い龍は隙を作らせなかった。
『おい!ブレス来るぞ!』
盾職をやっていたクラスメイトが叫ぶ。
白い龍が口を開け、何かを撃つ前触れなのは確かにわかった。
幾多のボスキャラを攻略し、漫画好きであったメンツは知っていた。
だけれど、モーションがあまりにも早すぎた。
白い龍の口周辺に光が集まり、そして一瞬消える。
数秒後には広範囲ブレスがばら撒かれ、意識が途絶えた。
結果はパーティーメンバー壊滅、報酬無し、トラウマが増えた。それだけである。
新ステージ実装当日10万程のパーティが参加したそうだが、誰一人として突破は叶わなかったそうだ。
流石にこれはダメだと運営側が思ったそうで、ランダムBOXに追加されたのだ、【即死回避】が。
初心者や、のんびりプレイを軸としているプレイヤーたちは買わなかったそうだが、ガチ勢は違った。
こぞって課金に精をだし、新ステージ実装から1か月で、遂に突破した者が現れた。
最初は英雄の様にもてはやされ、突破者の情報を元に攻略が組まれ、日が進むごとに比例してクリアできる者も増えてきた頃、報酬内容が分かってきた。
まあ、俺自身は興味が無かったのでこの話はここまでだ。
で、今から話のは俺がその【即死回避】が掛かった状態で、行った戦闘だ。
俺が使用していた職は錬金術師だったんだが、多様なスキルを持ち合わせて、独自の戦闘スタイルを築くことができるのが特徴だ。
あまりにも普通に対するコンプレックスがあり、錬金術師を選んだわけだが…
意外と白い龍には相性が良かったらしく、攻略サイトにも必須と書かれていた程だった。
装備もそこそこだった為、いつかは仕返しと考えていた俺は、たまたま開けたランダムBOXから授かったバフで、行くことを決意したのだ。
クラスメイトたちはあの例の日から白い龍の話題は出していなかったため、野良で行くことになった。
何故聞かないか、と思われるかもしれないが、あの日以降、誰一人として話を持ち出していない時点で察しなければならないだろう…
手も足も出ずに死んだんだし…な。
俺が入ったパーティーは定員の10人構成で、周りを見回しても装備にかなり金をかけている事が分かる。
プレイヤーが使っているキャラクター自体は自分で設定可能なため、性別は分からない。
猫や西洋の鎧の騎士、ロボっぽいカッコいい見ためと様々。
だがしかし、只ならぬ気配というか雰囲気を醸し出していて、俺の場違い感が凄い…
そんなことを心で思いつつも、白い龍討伐へと向かった。
道中は特に変わったことはなく、あの日のままだった。
ボス前まで来ると攻撃、防御バフ、そして気休めの回復バフをかけ、いざ戦闘を開始する。
白い龍は相変わらずの尾をなびかせながら空を舞い、弧を描きながら近づいて来た。
豪華な演出と、圧倒的な存在感。そして迫る危機感…ホント変わらない。
戦闘が始まり、龍が咆哮するも【即死回避】のおかげでHPとMPゲージは削れない。
何名かは【即死回避】が付いてなかったのか、回復職が即座にヒールを入れる。
次にブレスだが、これは本当にエモーションが早かった。
光が収束し、吐くまで秒単位。この間に必要なスキルを撃たせてくれないのだ。
そしてブレスが龍から放たれ、眩い光が俺らパーティーメンバーへと降り注ぐ。
…だが、出鱈目だった…まさかここまでの性能だったとは…
龍の攻撃は、2回に一度の攻撃が回避不可能+盾貫通+即死スキルだというのが、攻略後知られている。
そしてその一度がブレスである。広範囲且つ、避けられないのが凶悪なため、どう対処するか検討された。
…のだが詳しくは知らない。すまない。
まぁ、さすがにガチ勢揃い(俺視点)だったから、さきほど咆哮を喰らったメンツは体力が9割削られ、立っていた。
この立っている時点で驚きなのだが、【即死回避】にも驚かされた。
予想は容易いだろうが、ダメージ皆無である。
つまり、HP満タン。
内心ゲーム自体がバグでも起こしたのではないか、という疑念に問われたほどである。
あの日壊滅した俺らパーティーメンバーの思い出は一体…
白い龍討伐は一時間で終了した。
こちらへダメージが通らなければただのタコ殴りのサンドバック同然。
下手をしたらそこらへんのステージに出る雑魚のHPが多く、図体がデカいだけという悲しい存在だ。
でも超級難易度だけあって、報酬は超激レア武器、防具、多額のゲーム内通貨。それと称号だった。
【即死回避】があるだけで、あれほどの優位性に立てれば、もはやクソゲーと言ってもいいだろう。
…っていうか、課金者ずるいわぁ…