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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

くるうくるう。

 学校の七不思議。

 そのなかにあって、その内容を知ると不幸になるという、七つめの怪談。

「七つめにでてくるのは、幽霊じゃないんだよ」

 ひろし君はコホンとせきをする。

「でも……噂どおり、七つめの話には、危険な幽霊がたしかに存在するんだ。それってどういう状況だと思う?」

 幽霊はでてこない。

 でも……たしかに存在する。

 それはどういうことなのか、ぼくは考える。

「……幽霊っていう名前の人がでてくるとか?」

 おそるおそる答えて、ひろと君をみる。

 ひろし君は、うんうんとうなずいた。

「とっても近い答えだね。……七つめの怪談の謎は、要はミステリーと一緒なんだ」

「ミステリー?」

「そうさ。ミステリーには、犯人を見てなくても、犯人の存在を強烈に感じる瞬間ってあるよね。……つまり七つめの怪談にでてくるのは、犯人や幽霊じゃなくて……」

 ひろし君は、ぼくにニヤリとほほえんだ。

「血だらけで、殺された君の死体だよ!」

 





 それは、合宿の夜でのことだった。


 オチで大声をだす、という怖い話にまんまとやられてしまったぼくは、ひろし君にやりかえすためにとっておきの怖い話をつづけていた。

   

「……するとね、幽霊はこうやって名前を呼びながら追っかけてくるんだよ……」

 ひろし君ひろし君……。

 ぼくは早口でくりかえして、怖がらせようとする。

「あはは。なにそれ」

 ひろし君はお腹をかかえる。

「そうやってぼくが追いかけられてる姿を想像してみると、なんだかおかしくて笑っちゃう」

「でも、狂ってて怖いでしょう?」

「うーん、そういうのは狂ってるっていわないよ」

「どういうこと?」

 えっとね……と、ひろし君は遠くを見つめる。

「たとえば、殺してやるって百回言うストーカーより、君を守ってあげるよって言ってくるストーカーのほうが狂ってるよね。狂うっていうのは、量じゃなくて方向のことなんだと思うよ」

「ふうん」

 ぼくたちは今、夏合宿で恒例の肝試しをしている。

 泊まっている公民館から、すぐそばの学校までがコースだ。

 ぼくがどれだけ怖い話をしても、ひろし君はぜんぜん怖がらない。

 今年は校舎にも入らないみたいだから、ひろし君にはさぞやつまらないことだろう。


「じゃあ、次はまたひろし君が怖い話してよ」

 ぼくの予想に反して、ひろし君は楽しげな顔をうかべた。

「実は、ぼくにもとっておきの話があるんだ」

「わあ。楽しみ」

 ぼくは身をのりだす。

 ひろし君は、声をひそめて言った。

「なお君……この学校の怪談の、ジャンプ男って知ってる?」




 三階の窓の外から、こっちをのぞいてくるジャンプ男。

 見た目は短髪の少年。

 彼は、笑顔でこっちを見つめてくるらしい。

「知ってるけど、どうしていきなりジャンプ男なの?」

「……ぼくたちには内緒みたいなんだけれど、このあいだ、先生がほんとうに見たんだって」

「えっ?」

 ぼくは目を丸くする。

 ひろし君は、懐中電灯を小学校の方向にむけた。

「今年の肝試しで校舎に入らないのは、ジャンプ男が実際に出たかららしいんだよね」

「うそだあ。それって、ガラスに映った自分の顔を見たんじゃないの」

「先生がそんな間違えをするかなあ。それに、もし見間違いだとしても、なにかは確実に見てると思うんだよね。なんだと思う?」

 話してるうちに、ぼくたちは校門についた。

「ねえ。調べてみようか」

「え、なにを?」

「もちろんジャンプ男のこと。昼の楽器練習のときに、こっそり非常口の鍵を開けておいたんだ」

 ぼくらはサビだらけのらせん階段を上がって、二階の非常口から校舎に入る。

 足音すらも吸い込まれそうな暗闇が、廊下に広がっていた。

 ぼくらは三階に上がった。

「ねえ。ジャンプ男って、一体なにがしたいんだろうね」

 怖さをまぎらわせるために、ぼくは話しかける。

「うーん。もしかしたら、愉快犯ってやつかも」

「ゆかいはん?」

「そう。人の反応を見て楽しみたいだけの迷惑なやつ。でも、怪談の幽霊はなにかしら未練をもってることが多いから、ジャンプ男にもなにか未練があるのかも。たとえば……三階に好きな人がいたとか」

 そのとき、ジャンプ男の顔が窓からのぞいていた。


 ――窓に浮かぶ、笑顔。


 とつぜん現れ、すぐに消えた。

 ぼくとひろし君は、悲鳴をあげるタイミングをうしなってしまった。

「ひろし君、みた……?」

「うん……一瞬だったけど」

「あれ、気のせいだったのかな……」

「どうだろう。なにかの見間違いだったかもしれないけれど……」

 ひろし君は、ごくんと喉をならした。

「そうか……方向が逆だったんだ」

「どういうこと……?」

 ひろし君は、ぼくに目を合わせて一度うなずく。

「もしかするとジャンプ男は、飛び降り自殺した生徒のことだったのかもしれない。窓に一瞬現れる顔っていうのは、校舎のなかにいる人が、落ちていく生徒を見た話だったんだよ」

「でもさっき……ジャンプ男は本当にいたよね……」

 ぼくは窓を指さす。


 ――そこにまた、現れたのは……。


「うわあ!」

 ぼくたちは悲鳴をあげて、いちもくさんに階段をかけおりる。

 最後の段をおりそこねて、ぼくは足をくじいてしまった。

 ひろし君がぼくを運ぼうとしたけれど、どうしても痛みで動けなかった。

 ひろし君は、動けないぼくに付き添う。

 少し、ぼくらの呼吸がおちついてきたころだった。

「なお君……人が自殺する理由って知ってる?」

「理由……?」

 知らない、とぼくは首をふる。

 ひろし君は生唾を飲みこんだ。

「……人が自殺するのには、二つの理由があるって言われてる。一つは、自分自身に『もういいんだよ』って言って、自分を甘やかすため。そしてもう一つは……誰か恨みのある人に、自分の死を当てつけるためなんだ」

「ほかに理由はないの?」

「自殺のとき、人が最後の一線をこえるきっかけになるのは、その二つだけみたい」

 ジャンプ男は、いじめられて自殺した少年だった。

 だとすると。

「……ジャンプ男が窓からのぞいてくるのは、いじめっ子を怖がらせるためなのかな」 

「いや、色々と考えてみたけれど……もしかしたら死にきれないことがあって、今は上に戻ろうとしているのかも。なお君、立てる?」

 ぼくは、ひろし君の手を借りて立ってみる。

 なんとか大丈夫そうだった。

「……屋上に行ってみよう。謎がとけるかもしれない」

 職員室に屋上の扉の鍵を取りに行くときは怖かったけれど、屋上に上がってしまうと、不思議と怖さは消えてしまった。

「遺書かなにか、まだ残ってないかな」

「遺書?」

「うん。あの少年には、なにか伝えたいことがあるんじゃないかな。たとえば、遺書がまだどこかに残ったままだとか」

 自殺したあと、だれにも見つけられることのなかった遺書。

 たしかにそれは、かなりの心残りになるだろう。

「――ジャンプ男は、何回も三階までジャンプしてる。そこでぼくは思ったんだ。もしかしたらあの少年には心残りが今も屋上にあって、そこに戻ろうとしてるんじゃないかって。たとえば遺書なんかが人に見つけられないところに動いてるとしたら、雨風をしのいで、今も読めるかもしれない」

「……遺書を見つけたら、ジャンプ男も成仏するのかな」

「うん……ぼくらも覚悟しておいたほうがいいね」

「ぼくらも連れていかれるの?」

「そうじゃないよ」

 ひろし君は、屋上を見わたす。

「ここになにかがあるとして、それはあの少年が死ぬ前に残したものなんだ。なにがあるにしても、ぼくらはそれを受け止めなきゃいけない。たしか、あの少年が飛んでたのってこの位置だったよね……」

 ひろし君は、ジャンプ男を見た方向へと向かっていった。



 ひろし君は、全部間違っていた。

 ジャンプ男は、ぜったいに上から見てはいけない。

 なぜなら彼は、校舎をのぞこうとしているわけじゃなかったからだ。

 人が自殺の一線をこえるときの、あと、もうひとつの理由。


 それは、死神が手を掴んでくるからだーー。

 

 




 ねえ、ジャンプ男っていう怪談知ってる?



 うん、知ってるよ。それって……。


「ジャンプ男を上から見た友達が、目の前で引っ張られて落とされちゃった話でしょう?」

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