確信と発見
五章
俺が、優の母親に手渡されたダンボール箱を開けたのは、それから三日がたってからのことだった。その三日に何か特別な意味があるわけでなく、バイトが詰まっていたので休日待っていたのだ。
ダンボール箱をテーブルの上に置いて、ガムテープをカッターで慎重に切った。一度ソファに深く腰掛ける。そして、わずかに前かがみになって両手を固く結ぶ。手が微かに汗ばんでいた。何を焦ってるんだ? と自分に問いかける。その問いの答えを求める代わりに、身体の微妙な変化に意識が向かう。微かに速まっている鼓動、ほんのわずかに火照っている身体、なんとも妙な高揚感があった。俺は、小さな声で自問する。本当に、良いんだよな。きっとこの中には、優が俺に向けた想いの全てがある。俺が気づこうともしなかった全てが…… 俺がどうしても分からなかった、なんで、優が俺をここまで思っていたのか? がこの中にあるんだ。本当に、開けていいんだよな。俺はそれを知ってもいいんだな。ゆっくりした問いであった。答えは言葉にはならず、ただ俺に何が書かれていたとしても、真実と向き合っていけるという覚悟となって表れた。
運命の扉をゆっくりと開ける。俺の心は微かに震えていた。初めに目に入ったのは、ダンボールの一番上に折りたたんで入れられたマフラーであった。俺はそれを手にとって広げてみる。黒いマフラー。それの編み目は、黒の毛糸で確認しづらいことを差し引いても、歪んでいてけして丁寧に作られた代物ではなかった。
「なんだこれ? 手編みかな? 優ってマフラー編んでたのか?」
俺は、未だかつて優からマフラーをプレゼントされたことがない。もし、俺のために作ったというなら、俺に手渡していたはずだし、ひょっとすると練習で作ったのかもしれない。マフラーを丁寧に畳んで机の上に置くと、次に二つのクマのぬいぐるみが目に映った。パルとパールである。
「はは、お帰り……」
俺は、その二つのぬいぐるみを優しい手つきで抱きかかえて、俺のすぐ隣に、背もたれにもたれかかるようにして仲良く座らせた。
その次に目にしたものはオルゴールだった。それほど細工の細かいものではない。だからといって、けして安物ではない。小さめな木箱のようになっているそれの後ろ側にネジがあり、それを回し、木箱の蓋になっている部分を開けると音楽が流れる。俺の大好きだったメロディー、ドビュッシーの月の光である。優に昔プレゼントされたものである。それは、以前まで俺の荷物の中に忘れられたように入れられていて、優の遺品を実家に送るとき、ついでに送ったものだ。今になって考えれば、パルとパールにしろ、オルゴールにしろ、よく平気な顔で実家に送ることができたと思う。ほんの二ヶ月前の自分の行動なのに、どうしてそれができたのかと不思議に思うほどだ。
そして、次に俺がダンボールの箱から手にしたのは、優の日記だった。一番初めに俺が手にした、優の最後の日記と同じブランドの日記である。デザインは異なっており、二つとも鍵の要らないものである。そのことから、優は俺との生活において、俺に見られることを考慮して、鍵付の日記を買ったのだなと思った。それを二つ、ガラス細工を扱うような丁寧な手つきで、ダンボールから机の上に移す。ダンボールを寝室に置いて、再度ソファに腰掛けた。目前の日記が、一種異様な雰囲気さえかもしだしているように思える。俺は、まるでそれを読むことを恐れているようだった。一体、この期に及んで何を尻込みしているのだろう。そして、俺はどこかむきになって一冊の日記を手に取った。表紙には年月日の記述もなく、どちらが古い方か分からなかったが、たまたま手に取った日記の最初のページの日付が2000年となっていることから、それが最初の日記だと確信した。
2000年7月18日
日記の一ページ目って何を書いたら良いんだろう……
気が付いたら30分もたってる
こういうの書いたことがなかったしな……
そうそう、ついに、東海林君と付き合うことになったんだ。
なんか、自分の感情ストレートに書けないな。
後で読み返すって思うと……
うーん、恥かしいけど一言
大好きだよ、東海林君…… なんて…… はずかし……
7月20日
東海林君、かっこいいし、頭も良いし、私もつりあい取れるように頑張らないと。
8月1日
ていうか、私、日記なのに全然日記になってないじゃん。まぁ、書きたい時に書けばいいんだよね、こういうのって。
そうそう、今日は、東海林君と付き合い始めてはじめてのデート! 新宿に行ってきました。
お互い、家遠くて、夏休みだと会いづらい…… バイトもあるしな
早く夏休み終わらないかなー
8月13日
二週間ぶりに東海林君とデート。なんか、東海林君って、クールなんだかおもしろいんだか分からない人だよなー。
普段は愛想良いし、面白いけど、たまにすっごい無口だし。たまにすっごい天然入っ てるし。
けど、なんか私と居るの楽しいのかな? ひょっとしたら、今でも彼女のこと好きな のかも……
それだったら辛いな。考えてみると、会うのだって、無理すれば週に一回は会えるのに……
電話もあんまりくれないし。本当はあんまり会いたくないんじゃないのかな? とか、考えちゃう。
って、そんなわけないよね。
あー、さっきまで一緒だったのに、今すぐ会いたくなってきちゃった。
8月19日
東海林君と海にでかける約束をしちゃった
サークルの合宿で色々忙しいらしくて、なかなか日にちが合わなかった……
ま、それは仕方ないとして、楽しみだな。
あ…… だけど、夏休みぼけで、おでぶな私……
あと一週間、ダイエットしないと……
8月26日
明日、いよいよ海に行く日
うーん、ダイエットの成果…… 私のプロポーションで、東海林君を悩殺!
――って、鏡見たら絶望だわ……
8月27日
私、なんだか海ってすきかもしれないな
あんまり行ったことないから分からなかった。
東海林君と一緒だったからかな。
潮の香りとか、すごく良い感じ
それにしても東海林君かっこいいなー
って、私の彼なんだよね。なんだか未だに信じられない。
私、可愛いわけじゃないし、まして、ちょっと太り気味かもしれないし…… ダイエットがんばろっと……
そういえば、東海林君って、付き合ってるのに手も握ってくれない
未だにキスもされてないし……
これって……
なんだか、付き合ってるのに距離ある気がするな。
東海林君にとって、私はなんなのかな。
やっぱり、ふられた心の穴埋めなのかな?
もしそうだったら辛いよ。
けど、それでも東海林君のこと大好きだから
当時のことを思い返す。今から三年も前のことだ。俺の記憶はどこか曖昧で、そのときの自分の感情は色々あったはずなのに、ひとまとまりになって平均値でもとったようなものになっていた。俺は、どこかさめていたと思う。好きだった人のことを忘れられなくて、それなのに優と付き合っている自分を冷たい視線で見ていたせいだろう。そのせいで俺はどこか積極的になれなかった。妥協で付き合い始めたことが許せなかったのだ。その考えは、優が亡くなるその日まで、むしろ優の日記に目を通すまで心のどこかでくすぶっていた。
それにしても、優って、可愛いよな…… 私のプロポーションで、東海林君を悩殺! って。はは、なんだよそれ。確かに、最初の頃は、痩せ気味というよりは、普通くらいの体型だったと思う。一年くらいして随分やせた気がした。ダイエットしてたんだろうな。優の日記の文面を見ていると、俺は、たった今になって、どれだけ可愛いらしい彼女と付き合っていたのかを実感した。その発見が嬉しくてしかたなくて、今すぐ優を抱きしめたいような気持ちに駆られた。それが、実現されることのない現実だということは、まだわずかに俺の意識とは軸のずれたところに位置していて、後悔や悲しみの感情には至らなかった。
「大好きだよ、か……」
その言葉を俺は直接言ってもらえたことはなかった。俺もそうだ。好きだということはあっても、大好き、ではなかった。もし、そんな言葉をお互いに言い合っていたら、何かが変ったのかもしれない。そんな気がする。ふと、自分の隣の空席が気になってそこに目を向けた。そこには、いつも優がいた。俺がいると優は自然とそこにいたし、優がいると俺は自然とそこにいた。優は、どこに行ってしまったんだろう。ふと、待っていれば優がもうすぐ戻ってくるような気がした。「ただいま」と言う優に、「おかえり」と返すんだろうなと思った。しかし日記から目を離していると、何者かが俺の意識をすさまじい引力で現実に引き戻そうとする。そして、後悔や不安が首をもたげようとする。俺は、それから逃げるように日記の続きを読み始めた。
9月20日
付き合い始めてから2ヶ月が過ぎたんだ。
時間の経過が早いような遅いような……
これからも、ずっと東海林君と一緒にいられたらいいな。
そういえば、付き合ってるのに未だに何もされてない……
いきなり何かされてもひくとは思うけどさ。
手くらいは握ってくれるけど…… なんだか、私からっていう感じだしな。
これってなんだろう……
私、そんなに魅力ないのかな?
確かに、東海林君かっこいいし、オシャレだし、それに比べたら私なんて、ねー。
だけど、私結構もてるんだぞー……
って、書いててむなしくなるなー。
9月25日
今日、唐沢君に電話してみた。
なんだか、すっごいおどおどしてて、どうしたんだろう。
突然学校辞めちゃって、東海林君すごく心配してるのにな。
私にできることならなんでもって言ったら、無口になっちゃって。
ほんと、どうしたんだろ。
10月20日
結構長いこと日記休んじゃったな。
でも、あんなことあったら書きづらくて……
今日は、一大決心で、日記を書いてたりする。
――唐沢君に
告白されてしまった……
もちろん断ったけど
けど、大学辞めちゃったの私のせいなんだよね、きっと。
唐沢君は、関係ないって言ってたけど。
唐沢君って、すごくわかりやすい人だと思う。
なんだか、微妙な立場……
どうしたら良いんだろう?
東海林君なら、なんて言ってくれるかな。
今度、遠まわしに聞いてみよう
「あいつ……」
正直、ショックな内容であった。俺は、唐沢が優を気にかけていたのは知っていたが、まさか告白していたとは知らなかった。しかも、告白したのは俺と付き合ってからのことだ。このことを黙っていた二人に対する怒りがこみ上げてきた。その怒りに身を潜めるようにして、二人の悩みにまるで気づかなかった自分に対する憤りもあった。その二つの粗野な感情は、アンバランスのまま調和をとろうとして、不協和音ばかり鳴らしていた。
「どうして、俺に相談してくれなかったんだよ……」
それができなかったことは百も承知の上で、それでも、やるせなさは音声を伴って発せられた。
10月22日
やっぱり東海林君はすごい……
今日は感動しちゃった。
友達のことでって、さりげなく聞いてみたら
「その人はすごいんだね。そういうのって、普通の人だったら、めんどくさくて無視しちゃうんじゃない? その人は、彼を想って悩んであげられる優しい人だから、沢山悩んで、自分で一番の答え見つけ出せるんじゃないかな? だから、俺みたいなまったくの他人が助言する必要なんてないと思うんだ。一見さめた意見みたいだけど、答えはその人の中にきっと用意されてる気がするよ」だって
かっこよすぎるよ……
こんなセリフ笑顔で言われたら、がばって抱きしめたくなっちゃう。
けど、なんか、全てを見抜いて私にいってくれた言葉みたいだな。唐沢君は何も言ってないっていってたけど、ひょっとすると知ってるのかも。
私、東海林君が言うような人じゃないけど、どうするべきなのか解っ た気がする。
ありがとう、東海林君。
10月23日
今日、唐沢君と会って話したんだ。
しっかり、思ってること伝えた。
唐沢君は、私にとって本当に大切な人だけど、友だち以上にはなれな いって。
そうしたら、唐沢君、なんだか嬉しそうな顔してて、「もし、優ちゃんが、簡単に心変わりとかするような人だったら、初めから好きになってなかったよ。思っていた通りの人を好きになれてよかったよ」だって。
それだけど、唐沢君、今にも泣き出しそうだった。
なんだか、凄くやつれてた感じもしたし……
私、本当に正しいことができたのかな?
会って、本心伝えるって、唐沢君にとっては辛かったんじゃないのかな?
唐沢君は、私にとっても大切な友だち。
うんうん、親友だと思ってる。
なのに、こんな風に唐沢君から思われてるって、まったく気付かなかった私が悪いんじゃないのかな?
もっと早くに気付いてれば、こんなふうに傷つけないですんだのに。
東海林君に会いたい……
東海林君、なんて言ってくれるんだろう。
10月24日
東海林君に話してみた。勿論、唐沢君のことは内緒で、友だちのことって言ったんだけどね。
東海林君、「優の友だち、そうするって思ってたよ。ほら、俺が言った通り、一人で解決できる人だったでしょ」って言ってくれた。
なんか、読まれてたっぽいところがすごいなって思った。
けどね、1人で解決したんじゃないよ。
東海林君がいてくれたから……
東海林君のこと好きになってよかったな。
大好きだよ
東海林君……
これ、本当に俺なのか? 読んでいる自分自身でさえ照れてしまうようなキザな台詞であった。けれど、当時の俺を思い起こせば、そんな発言もしごく当たり前のように思えた。自分に自信があって、初めて出てくる言葉である。正直、今の俺には言えないと思う。今の俺はどうだろう。俺は、はき捨てるように愛なんて生ものみたいなもんだと言った。優は、それをどれだけ哀しい思いで聞いていたのだろう。優が好きになってくれた俺は、そんなことを言う男じゃなかったはずだ。優が、そう思うんだ、と言った時、きっと昔の俺を思っていたんだと思う。あの時、TVの画面を見つめていた優の瞳には、この頃の俺が映っていたに違いない。
11月2日
今日、東海林君とはじめてキスしてしまった。
初キスより緊張しちゃった。
それにしても東海林君、場慣れしすぎだよ、絶対。
隠れてホストでもやってるんじゃないかな……・
何? あの甘いキス?
上唇にチュってして、下唇にチュってしてからキスするの
その後で好きだよって
あの間隔のとりかたといい、ちょっとやばかったんだけど。
私、東海林君のこと本気で好きだ。
今まで、こんな風に人を好きになったことなかったな。
なんか、東海林君の息遣いまで気になってる。
東海林君は私のことどう思ってるんだろう?
よく分からない人だか不安になるよ……
もっと、東海林君に近づけたら良いな。
はは、優、実はな、俺の始めてのキスだったんだぞ。俺がどれだけ緊張してたかなんて知らないだろ。てか、ホストっぽかったのか。実を言えば、俺は恋愛経験がほとんどない。けれど、優の前ではどうしてもかっこいい俺でいたかったのだ。淡い思い出が心をよぎる。キス一つに、どうしたら初めてっぽくなくて、かっこよくなれるか悩んでた頃の思い出。
11月8日
今日、東海林君と始めてカラオケに行ったんだ。
なんか、予想通りとはいえ、東海林君歌うますぎ……
彼は一体何者?
何をやらせても絵になっちゃうし
本当の本当に私の彼なのかな?
なんだか、差ばかり感じちゃってるな、最近。
私、頑張って東海林君とつりあいのとれる女になりたい
ほんと、優はなんにもわかっちゃいないな。その時の記憶の扉を開く。そう、俺は、優とカラオケに行くために、ひそかに特訓したのだ。こんなこと恥ずかしくて優に言えるはずないのだが、一人でこっそりカラオケに行って練習したくらいである。今考えれば、ますます恥ずかしい思い出だ。
11月13日
今日は、二人で将来の話をしたんだ。
東海林君は、将来小説家になりたいんだって。
まぁ、東海林君なら、きっとビッグな小説家になると思う。
東海林君、嬉しそうに自分の夢を語ってたな。
ちょっと子供っぽかったな。
いつもクールだと思ってたけど、結構可愛いところもあったりするん だなー。
そんなところも好きだったりして。
きっと、あんな無邪気に話する東海林君を知ってるの、私くらいだと 思う。
私の夢ってなんだろう?
そんなこと考えたことなかった。
今日までは、私も三年だし、そろそろ就活だなーっていうくらいの気持ちだったし。
今までも、ただぼけーって過ごしてきたし。
東海林君のおかげで、自分を見つめなおすことできそう。
ありがと
東海林君
まだ、少し時間あるし、自分がやりたいこと、真剣に探してみるよ。
11月21日
クリスマスまであと1ヶ月。
今年のクリスマスは、東海林君とおでかけなんだ。
なんだか、露天風呂のあるホテルに予約いれてくれてた。
東海林君、私のことちゃんと想ってくれてるんだな。
なんか、それだけで嬉しくて涙でそうになっちゃった。
ひょっとして、東海林君がバイトいっぱいいれてたのって、これのた めだったのかな?
お礼に、私も東海林君に何かプレゼントしないと。
何が良いのかな?
東海林君、おしゃれだし、洋服とか沢山持ってるし、あげるもの悩ん じゃうなー。
指輪って、ちょっと重いかな?
ネックレスとか、ブレスとかの方が良いのかな?
うーーーーーーん……
11月28日
あー、何プレゼントしたらいいか全然決まらない!
東海林君は、気を使わなくても良いんだよ とか言っちゃってるけど そういうわけにいかないでしょうが……
何にしよう……
12月5日
大学のレポート提出がうじゃうじゃある……
ゼミの飲み会、サークルの飲み会……
気が付いたら時間が過ぎまくってる。
飲み会続きで、お金も一気になくなってるし……
どうしよう……
それに比べて東海林君は、マイペースにこなしてるなー。
東海林君を見習って、しっかりしないと。
ていうか、プレゼント、ほんとにどうしよう……
唐沢君に聞けたら一番良いんだけどな。
そんなことできるわけないし……
12月10日
どうしよう、どうしようと思いながら、あと2週間だし……
もう、こうなったら手編みのマフラーでいってみるか……
けど、私、編物とかしたことないんだよね
まぁ、2週間もあればなんとかなるかな?
12月20日
――私、こんなに不器用な女だったんだ……
レポートの提出もあったからとはいえ
あと4日でクリスマスなのに、まだ半分も編めてない……
最近、短めのマフラー流行ってるしさ
なんていえるわけないし……
それに、これ何??
このマフラー……
模様なんてつけようとするんじゃなかった。
正直、なんとなくではじめたけど、自惚れてた。
こんなのもらって、嬉しいわけないじゃんね。
ほんと、どうしよう……
12月23日
はぁ…… 結局半分も終わらず挫折。
明日だっていうのに、身も心もぼろぼろ
なんか、変なもの買っちゃったよ
万年筆……
喜んでくれるわけないよね
私何やってんだろう?
あー、もう泣きたいよ
こんなんじゃ明日楽しめないじゃん。
もう、プレゼントのことは開き直って、明日のことに集中しよう。
12月25日
ただいまー
って…… 誰に言ってる、っていう分けでもないんだけどさ。
なんて書いたら良いんだろう……
えへへへ
幸せだったなー
なんだか、この一ヶ月の日記読み直してると、自分がすごくまぬけっ ぽい。
東海林君と箱根の旅館に行ったんだ。
最初の日は、箱根の森美術館とか行ったんだけど、すごく寒くてさ。
二人で震えながら、ぴったりとくっついてた。
これって、すっごく珍しいんだよね。
こんなことでもないと、東海林君、私と距離縮めてくれないし。
その後、旅館で……
二人で、露天風呂……
びっくりしちゃったよ。
貸切で混浴だよ?
私、東海林君とえっちなことしたことないし、誘われたこともないけど……
だから、いきなりそれって…… って思ったけど。
まぁ、東海林君とならって思ってたから、別に良かったんだけどさ。
なんだか、私東海林君のことずっと勘違いしてたのかも。
ひょっとすると、すーーーーっごく奥手なんじゃないのかな?
今回のお泊り旅行も、東海林君なりのアプローチだったんじゃないかな?
あんまりえっちなことしてこないし、なんか変だとは思ってたんだよね(一時は、ホモなのかと思ってしまったくらい……)。
けど、人一倍奥手なんだろうな。
キスのときだって、ムード、すっごい気にしてくれてたし。
露天風呂の時も、二人すっごいぎくしゃくしたんだよー。
お風呂に入って、二人でぴったりよりそっちゃってさ。
言葉もなくなって、しーんってして、すっごくムードよくなってたら、東海林君がぼそって一言
「すきだよ」
だって……
きゃーーー!
もう、この役者が!
演出しすぎ!!!
けど、そんなところが女心くすぐるんだよね。
「先にあがってるから、ゆっくりしておいで」
って、気を使ってくれたりさ。
で、その後、浴衣に着替えてお部屋に戻って……
なんだか……
あー、もう恥かしくて書けない!
というわけで、本当に幸せな二日間でした。
きっと、東海林君は、私を想ってくれてるんだな。
私も、東海林君のこと大好き。
読んでいて恥ずかしくて仕方なかった。あぁ、もう、優は分かってないんだな。俺が、どれだけ考えて、から回ってたかって。けど、優の万年筆も負けてないな。そう考えると、お互い様だったんだ。
俺は、正直その時童貞だった。だけど、そうだと知られることは、プライドにかけて許せなくて言えるはずもなかった。だから、せめて始めてのセックスくらいは格好つけたかったのだ。それで、色々とホテルを予約しようと調べまわったら、全て予約がいっぱいで、やっと見つかったのが旅館だったのだ。混浴だと書いてあって、俺は、おぉ、これで二人で背中流しっこしたりして、良い感じになれるじゃねーか、とか思って一人ではしゃいでいた。旅館で、混浴だから一緒に入ろうよ、と言った瞬間優の表情がこわばって、俺は自分が何を言ってるのか、はっとしたのだ。良いけど、と言った優の顔を俺は直視できなかった。まるで、自分が少年誌の優柔不断な主人公のようだと思った。その頃のことは、なるべく思い出さないようにしてきた。今、本当に久しぶりにそのことを思い出したが、恥ずかしくて、穴でも開いていればそこに隠れてしまいたかった。
12月28日
今日、東海林君とお正月の予定を話し合ったんだ。
一月一日の初日の出見に行くことになった。
東海林君は、「今時初日の出なんて、暴走族でもあるまいし」ってちょっとぶすっとしてたけど、無理言ってOKしてもらっちゃった。
実は、私が東海林君におねだりするのって、これがはじめてだったりする。
東海林君、そのこと気付いてくれたかな?
なんか、私って普通の友だちと居る時と、東海林君といるときで態度が違いすぎるかも。
東海林君と付き合うずっと前、東海林君に片思いしてるの、友だちに一瞬でばれたな。態度が違いすぎるって友達笑ってたし。
なんか、無理言って嫌われたらって考えちゃうのかな?
いつまでも、自分の気持ち隠してたら駄目だなって思う。
だから、これからはできるだけ自分の気持ちを伝えないと。
1月1日
初日の出見てきた。
すっごいきれいだったな。
東海林君、いやそうにしてたのに、すごく気を使ってくれてたんだ。
車で、海岸沿いを走ってて、良い場所ないかなーーって話してたら、すごく良い場所があったんだ。なんとなく、下見してきた感じあったけど、どうだったんだろう?
東海林君、トランクの中からクールボックス持ってきてね、なんだろうと思ってたら、中に赤ワインと、ワイングラスと、チーズ(ブリー って言うらしい)が入っててさ。
これで、日の出と一緒に乾杯しよって。
東海林君って なんでこんなに演出が細かいんだろ
月がね、すごくきれいだったんだ。
なんか、星を家来みたいに従えてて。
夜空ってこんなにきれいだったんだなってそのときはじめて思った。
今まで気付かなかったな。
それで、日の出と一緒に、二人でグラスを鳴らしたんだ。
あー、もう、本当に最高!
なんだか、ずっと片思いしてたのが、報われたなって思う。
これからもずっと二人で居られたらいいな。
何故だろう。何故俺は、本当は初日の出を見に行こうという計画を事前にたてていたことを優に話せなかったのだろう。その日、一ヶ月も前からアルバイトを休むようにしていたし、優の予定も確認していた。俺はその日の夜、いきなり優の家に迎えに行って、驚かせようと考えていた。雑誌で、初日の出がきれいなスポットを探していたし、ムードを盛り上げようなんて、わざわざそれらしい音楽をまとめてMDにしていた。何故、ただ一言、俺も計画たててたのになー、と言って同じ計画をたてていたことを素直に喜び合おうとしなかったのだろう。いや、初日の出だけじゃない。クリスマスだって、初めてのキスだって、カラオケに行った時もそうだ。なんで、なんでも当たり前で、分かったように振舞おうとしていたんだろう。自分が、恋愛経験豊富で魅力的な男だと思ってもらいたかった。俺にあったのは、見栄ばかりだ。本当は一番大切なはずの優と一緒にいるということで喜べなかった。以前の俺は、ただ、どうしたら優がもっと喜んでくれるか、優から必要とされるか、優に好きになってもらえるかばかり考えて見栄をはっていた。その証拠に、たった今こうして日記を読んでいても思い出せるのは、当時の俺の気持ちばかり。日記の中の優はどんな笑顔だったんだろう。どんな服装をして、どんな髪形をして、どんな香りがしたんだろう。思い出せない。ただ、鮮明なのは、最後に優が見せた笑顔だけだった。
「優、ごめんな。俺、自分の気持ちばっかりだった……」
1月10日
最近、なんか東海林君が、けっこう積極的にデートに誘ってくれる。
東海林君って、多趣味なんだけど、ちょっと女性的な趣味が多いかも。
なんか、おしゃれにすごく気を使うし、雑貨屋さんとか大好きだし。
一人暮らししたら、あーいうテーブル買って、とか、なんかそういう 会話多いと思う。
前も、このテーブルクロス欲しいなーとか言ってたし。
そういうことって、男の子あんまり言わないよね?
けど、だからって、見た目がなよなよしてるんじゃないところがかっこいいんだ。
頼りになるし、責任感強いし。だけどね、なんか男の人の、ちょっとおしつけっぽいとこがないんだよね。
そういうところはどっちかっていうと受けてっぽくて、気が付くと、ふって包み込んでくれてる感じかな?
一緒にいると、すっごく安心できるんだ
悩んでる時とか、それとなく解決してくれるし(唐沢君のときとか)
いつも、良い影響与えてくれるし
あーぁ、こんな彼といられて、本当に幸せだなー。
って、なんか、一人でのろけてるよ、わたし……
けどね、なんか、私は東海林君に何も与えてないよね……
優が好きだった俺。優の理想の俺。それはつまり、現実とは程遠い俺である。俺は心の中で、優は俺のこと何もわかってないと激しく責め立てる。本来の俺はもっと頼りなくて、全然優しくもない。ただ、見栄ばかりはってかっこつけてた。良い影響どころか、優を殺したのは俺だ。人を死に追いやる。これ以上の悪影響など俺には想像もつかない。
1月14日
最近めっきり冷え込むなー。
東海林君は暑いほうがすきだって言ってたけど、私は寒い方が好きなんだ。
寒いと、東海林君がすごく近くにいてくれるんだ。
優ってあったかいよねって抱きしめてくれたり。
って、私は湯たんぽかよ!
まぁ、そういうのだけじゃなくて、なんていうか…… 最近になって、冬って良いなって思うようになったんだ。
東海林君と初日の出見に行った時からかな?
空がすごくきれいだし。
冬の朝の大気って、なんだか生まれたばかりみたいなんだ。
あー…… そういえば、来月ってバレンタインと、二人の誕生日がある月だ。なんだか、忙しくなりそうだなー。
東海林君に何あげたらいいんだろう?
前のあれの二の舞にならないようにしないと……
って、実は今度こそ手編みのマフラーに決めてるんだ。
ふふふ、今度こそ絶対に上手くいくに決まってる。
1月20日
うーん、最近なんだかやたらと忙しいんだけど。
冬休み明けのテストと提出物、バイトに東海林君のマフラー……
なんか、日記書く暇もないなー。といっても、なんだかんだで、日記書くペース、週一くらいなんだよね。
日記ならぬ、週記?
――まぁ、東海林君との思い出をつづろうと思ってはじめたんだし。
そんなにかくことないもんなー。だから、こんなもんで良し、と。
東海林君、無理はしないでって口癖だしね。
けど、今無理しなかったら、マフラーあめない……
単位落とす……
バイト首になる……
ひー、誰かまじで助けてー。
1月24日
今日は、東海林君とのデート。なんか、結構久しぶりな気がする。
けど、来月のこともあるし、二人で節約デートだったんだ。
CD屋さんうろついて、試聴しまくったんだ。
東海林君、なんか色んな音楽聴くんだけど、隠れた名曲いっぱい知ってて、すごいなーーって思った。
そうそう、それでね、結構うれしかったのがね、試聴するときに、ヘッドホンの耳あてるやつをひっくり返して、二人で顔寄せ合って聴くの。
こうやると、二人で聴けるんだよーって、なんか、経験ありっぽいのがむっときたけど…… すごくいい感じだった。
なんか、歩いてる人とか、ちらってこっち見ててさ。
ちょっと目立っちゃってたかも。
東海林君って、身長178くらいなんだって。私と15くらいの差。
だから、東海林君、少しかがんで、私に高さ合わせてくれてね。
なんか、こういう小さな気遣い、本当に好きだなーって思っちゃった。
2月2日
なんか、十六日、私の誕生日なんだけど。
はー、なんか、20才と21才って不思議な感じ。20になったときも不思議だなって感じたけどさ。
あとは、年をとっていくだけなんだなーって思うと、ちょっと切なくなるな。
そういえば、東海林君と話して、12日に、二人でお祝いしようってことになったんだ。
私の誕生日が16で、東海林君が8、足して2で割って12日だって。
なんか、バレンタインも誕生日も一緒になっちゃったのが、ちょっともったいない気がするなー。
って、そんなことより、マフラー大丈夫かな? 残り半分……
まぁ、学校休みに入ったし、なれてきたから大丈夫だと思うけど……
どうだろう?
そういえば、学校休みに入って、東海林君と会いづらくなったなー。次会うのも12日だし。
寂しいぞー! 東海林淳ー!
相変わらず、東海林君はそういう感情があるんだかないんだか解らないし……
ほんと、どう思ってるんだろうなー。
2月9日
うん、今回は完璧。
手編みのマフラー完成!
東海林君、どんな色でも平気だけど、使いやすい黒にしてみました。
って…… なんだか、これ素人の手作り感がただよってるんだよね。
今考えたら、こんなマフラー、あのオシャレな東海林君が巻いてくれるのかな?
あー ……うっかりしてた。
それに、手作りのものっておもいっていうし。
なんだか、これ渡してひかれたらいやだし。
お金、使わなかったから結構あまってるし。
何か、他の物にした方が良いかも……
けど、あと3日しかないよー。
って、こんなこともあろうかと、プレゼントの候補は用意してあるんだよね。
東海林君と以前お買い物に行った時に、東海林君が良いなーって言ってたシルバーのブレスレット。
そんなに高いわけじゃないし、明日買ってこよう。
なんで、くれなかったんだよ。格好の悪いマフラーを両手で握り締める。それに顔を埋めると、毛糸と、時間の経過を思わせる埃の入り混じった匂いがする。俺は、そのさらに奥に優のわずかな匂いを探し出すようにマフラーを嗅ぐ。ほんの少しだが、優のマフラーから、優の記憶の欠片を見つけ出すことができた。ただの一瞬だけど、優が側に居て、俺は優に抱かれているような感覚を覚えた。そして、次の瞬間には不器用に編み物をする優の姿が脳裏に浮かぶ。一目一目、編み棒で毛糸を不器用に編んでいく優。その姿は、このマフラーの出来栄えのようにつたなく、たどたどしかった。けれど、その中には、疑う余地のない確かな想いがある。半年もの間、優を疑ってきた俺の全ての時間が、ほんの一瞬で消えてしまうようだった。
2月10日
どうしよう。
ブレス売り切れだって……
お店の人が、笑顔で、おとりよせですと、一週間くらいかかりますがよろしいですか? だって。
全然よろしくないです……
良いもの見つからなくて、あやうく万年筆二号買うところだった……
私って、混乱するとへんなことしだすんだな、知らなかった。
なんとか気付いて、代わりに変な小物買っちゃったよ。
オルゴール……
なんの曲だろ、これ?
エリーゼのなんとかっていうの、こんな曲だったっけ?
あぁ、どんどん深みにはまっていく……
これなら、マフラーの方がまだましかも。
けど、一度駄目だって思うと、なんかすごく駄目に見えるんだよね。
あー、どうしていつもぎりぎりでこうなるの!
明日バイト休みにしちゃおうかな?
そういうわけにいかないしなー。
2月12日
今日、東海林君との運命の日。
なんか、さすが準備の良い東海林君。
ランチの予約入れててくれたの。
結構高い店でね。
いつもいつも気をつかってくれてありがとうって言ったら、そんなことないよ、だって。
ちょっと顔赤らめてて、こういう東海林君かわいいなー。
そこで、プレゼント、気に入らないだろうなって思いながらあげたんだけどね。
すっごく意外!
大喜びしてくれたの!
なんで、俺がこの曲好きなの知ってるの? だって
なんか、偶然東海林君の好きな曲だったんだ。
ドビュッシーっていう人の、月の光っていうんだって。
エリーゼじゃなかったのね……
私、東海林君だったらこういうの好きだと思ってたんだって、嘘ついちゃった。
まさか、混乱してて、なんて死んでもいえないし。
東海林君、お店の中なのに、何度も聴きかえしてて。
本当に好きなんだなーって思った。
それでね、東海林君は、ネックレスをくれたんだ。2月の誕生石、アメジストなんだって。知らなかった…… なんか、紫色のアメジストがピンクトルマリンと一緒に、細かく加工されてて、お花みたいになってるの。チェーンは細身のホワイトゴールドなんだって。私、たまたまニットの、黒のタートル着てたんだけど、すごく相性良いよって、東海林君が言ってくれた。きれいだね だって……
きゃーー! って、宝石のことを言ってそう 気のせい?
なんか、すっごく悩んでくれてたみたい。
候補が三つくらいあったんだって。
真剣に悩んでくれてたんだなーって思うと、すっごく嬉しいんだよ。
それで、街をぷらぷら歩いて、その後は……
まぁ、なんていうか、お約束のねー。
東海林君…… 本当に大好きだよ……
はは、何がエリーゼだよ。全然ちがうじゃねーか。オルゴールの裏側のぜんまいを巻いて、蓋をあける。ドビュッシーの月の光が、切なげな旋律を奏でる。優とプレゼントを交換した店で何度も聴いたオルゴール。その後も、月のきれいな夜に聴いたオルゴール。優と同棲してからは、この部屋に持ってきたけど一度も聴くことのなかったオルゴール。優の家に送り返したそれは、うっすらと埃を被って霞がかったようになっていた。
数回巻いただけのオルゴールは、すぐにその演奏を止めてしまった。その最後の消え入りそうな音色は部屋の空気の中に溶け込んでいって、どこか遠くの別の世界に行ってしまうような気がした。数瞬の時を隔て、そこが優の居る場所なんだと気づいた。優を取り返すように、二度とその旋律が途切れないようにと祈りながら、何度も、壊れてしまうほどゼンマイを巻く。
どれだけたくさんゼンマイを巻き上げても、オルゴールは同じ月の光の旋律繰り返すだけだった。その曲調が変ることは当然なく、何度繰り返しゼンマイを巻き上げても、最後の、力尽きてうなだれたように音が途切れる瞬間さえも同じであった。ただ、音の途切れる箇所が毎回ずれるだけの変化。それが、今の俺にとっての優の存在のようであった。思い出を、映写機で映すことはできても、優が俺に語りかけてくることはない。俺が、ほんのわずかに他の何かに気をとられれば、その一瞬後には消え入ってしまう。ゼンマイを巻かなければすぐにその動きを止めてしまうオルゴールそのものだった。もう、優はこの世にはいない。もう、永遠に会うことはないんだ。
2月14日
今日、東海林君にバレンタインチョコあげたんだ。12日にまとめて あげよっかなーって思ってたけど、こういうのってやっぱり、その日に渡すべきだよね。
東海林君、ありがとうって言ってちょっと無口になった気がするんだ けど、もしかして気に入らなかったのかな?
東海林君、どっちかっていうと甘党だし、良いかなーって思ったんだ けどな。
少しして、すぐにいつもみたくなったから良かったけど……
気に入らなかったらちょっと哀しいな……
2月21日
今日、東海林君と映画見たんだ。
恋愛の映画
なんか、アメリカの恋愛ものって、私も東海林君もあんまり好きじゃ ないってことを発見。
前評判良かった分ちょっとがっかりだったな。
東海林君も、すごく不機嫌に映画の論評してた。
それが、なんだか私と同じ意見だったのね。
それで、二人で文句言い合ってたら、なんか東海林君が笑い出して、俺たちって相性良いんだね、だって。
そういわれてみると、あんまり考えたことなかったけど相性良いかも。
お互いの服の趣味とかも結構合うし、なんだか、そういうのってうれしいな……
3月1日
はー、就職活動のため、髪を黒くしてきました。
なんか、黒髪の自分を見るのって久しぶりだなー。
って、私就活始めるの遅すぎだな。
東海林君に、自分の本当にしたいことって何? って言われたてから、 色々考えてたら遅くなっちゃった……
けど、ぐずぐず考えてても答えでるわけじゃないし。
いい加減行動にうつさないとね。
東海林君も、今は就職説明会とかでて、自分のやりたいこと見つけたらって言ってた。
これから、色々忙しくなって東海林君と会いにくくなっちゃうな……
あー、寂しいなー。
けど、自分の将来のことだし、しっかりしないと。
3月12日
今日、東海林君に厳しいこと言われた……
自分のやりたいことも決まらないで、ただやみくもに就活したって、うまくいくわけないだろう! って。
怒った東海林君ってはじめてで、ちょっと怖かったな……
けど、東海林君の言ってること、本当だと思うよ。
それに、怒るのって、私のこと心配してくれてるからなんだよね?
自分とは関係のないことなのに、自分のことみたいに親権に考えてくれるの。
優は、こういう性格だから、こういう仕事が良いんじゃない? とか
実際に求人の募集と、会社の情報とかまで調べてきてくれてたり。
有利になりそうな資格、今からでも短時間でとれそうなものとかまとめてくれたり。
面接の心得とかっていう本買ってきてくれたり。
なんで、自分のことじゃないのに、私なんかのためにそこまでしてくれるの?
私、なんだか自分が情けなかった。
自分のことなのに、自分よりも東海林君の方が真剣でさ……
いつも東海林君に甘えてばかりで……
これから、真剣になるよ。
私、また東海林君に1つ大切なものをもらったな……
本当、たくさんもらったな……
日記に書ききれないこと、いっぱいあるんだよ。
ありがとう
東海林君
3月25日
本格的に就動始めたら、とんでもなく忙しい。
もう、二週間近く東海林君と会ってない……
なんだか、今は手当たり次第にやってる。
資格もね、パソコン関係の基礎っぽいのやってるんだ。
表計算とか、文書作成のやつ。
これなら結構簡単に取れそうだし。
東海林君に会えなくて寂しいけど、今はそんなこと言ってたら東海林君に怒られちゃう。
それに、東海林君毎日メールくれるんだ。
今までそう言うのってなかったから嬉しい。
だから、頑張れそうだよ。
4月1日
明日、ほとんど三週間ぶりに東海林君と会うんだ
あーーーー、何着ていこう!
気がついたら春じゃんね!
最近、リクルートスーツばっかりで感覚鈍ってたよ。
4月2日
東海林君と一緒に公園に行ったんだ。
すごく小さな公園……
でも、すごくおっきな桜の木があってね。
満開だったんだー。
なんか、花見したいねって話しはあったんだけど、私も東海林君もあんまり人ごみ好きじゃないから、どうしよっかって言ってたんだ。
今日は、久しぶりだから服装気合はいっちゃった。
黒ニットの上に、黒のカーディガンはおって、以前東海林君にもらったネックレスして、薄ピンクのちっちゃい花柄のスカート、ベージュのパンプスで行ったんだ。
今日の服装似あってるよって言われちゃった……
4月10日
今日から学校が始まったんだ
今年は、卒論に就活、案外忙しい年になりそう。
ていうか、本当に就職できるのか不安……
あー、こんなんだったら、もっと前から準備始めておくんだったな。
今更後悔しても遅いんだけどさ……
まぁ、単位足りてるから、学校ほとんどど行かなくて良いんだけどね。
だけど、それだとますます東海林君と会いづらくなるんだよな。
寂しいなー……
けど、頑張らないと。
お互いに、良い成長の助けになる関係になれたらうれしいなって東海林君に言われた。
そうだよね。
なんだか、私もそういう関係ってすごく理想的だと思う。
今は、私、東海林君から与えられてばかりで、私は何の役にも立ててないと思う。
だって、良いとこなんて何にもないもん。
だから、心も体も、もっとよい女になって、東海林君と理想的な関係になりたい。
だから、がんばれ私!
あ…… なんだかこのフレーズ気に入っちゃった。
がんばれ私!
今までみたいに会えなくなるけど、ずっと想ってる気持ち変わらないからね。
4月18日
今日で、東海林君と付き合い始めてから九ヶ月……
気が付いたら九ヶ月なんだな……
あっという間の九ヶ月みたいだし、すごくたくさんあった九ヶ月の気もする。
なんだか、色々思い出すと、本当に特別な時間だったな……
最近、色んな人に変わったよねって言われる。
ゆきとかみさも変わった変わったって言うし、お母さんも妹も本当に変わったって言ってくれる。
私自身、あんまり実感ないんだけどな……
まぁ、日々の努力がかなってか、私自身、見た目は変わったなって思う……
中身は以前からこんなかんじだったと思うけどな。
なんか、みさは、すごく明るくなったって言ってる。
のりがよくなったし、かわいくなったし、正直言って悔しいだって。
お母さんも、さいきんがんばってるねーって。
私の周りのたくさんの人たちが、私を誉めてくれる。
なんだか、それってすごーく気恥ずかしいんだけど、嬉しいことだよね。
けど、そういう私になれたのって、やっぱり東海林君のおかげなんだ。
そのことを言っちゃいたいけど、あえて言わない私。
けどさ、みんなが誉めてくれるのって、昔の私がひどすぎたからなんだとおもう。
なんか、以前と比較してみるとましになったっていう感じなんだろうな。
まだまだ私、何もないし。
東海林君みたいにオシャレじゃないし、気きかないし、頭も悪いし、まだ夢だって見つからないし。
けど、これからも東海林君といられたら、もっともっと成長していけると思うんだ。
4月25日
東海林君に会えないまま二週間以上過ぎてる……
まさか、こんなに寂しいとは思わなかった。
前回の三週間もかなりきつかったけど、連続するとやばい。
どうしよう、涙でてきちゃう……
今すぐ会いたいよ……
声聞きたいよ……
東海林君の笑顔が見たいよ……
4月28日
なんだか……
最近、まったくサークル行ってなかったんだけど、サークルの男の子からメール来てて、最近どうしたの? ってあったから、就職活動で忙しいからサークルやめるっていったの。
そしたら、ずっと前からすきだってメール来た。
うーん……
もちろんお断りしたんだけど、なんか最近こういうのがちょっと多いんだよね。
この忙しい時期に……
何気に、今月になって二人目なんだ。
こういうのって、東海林君に報告した方がいいのかな?
だまってるのって、あんまり気分よくないんだよね。
また、友だちのことって言って聞いてみようかな?
ていうか、あとちょっとで三週間もあってないことになる。
明後日会う約束したんだけどさ……
禁断症状が……
4月30日
あー、今日は幸せだったー。
久しぶりに東海林君とデート!
最近の不調は、やっぱり東海林君不足のせいだったみたい。
東海林君が抱きしめて、おつかれさまって言ってくれたの。
なんか、一気に元気になっちゃった。
就活のために無理に会わないようにしてたけど、なんだかマイナスだから、週1回は学校で会うように決めたんだ。
それでね、東海林君が私のとってるゼミに来てくれるの。
今年になってからほとんど授業が一つもなかったからさ。
私、ゼミの人たちと結構付き合い長いし、なんか、私の親しい人たちの中に東海林君がいるのって、どうなの? って感じなんだけど。
そうそう、東海林君にまた遠まわしに聞いてみたら。人によりけりだと思うけど、俺だったら言ってもらいたいかも、だって。
やっぱり、話した方が良いんだよね。
5月6日
明日は、東海林君と同じゼミの日!
あー、なんかすっごく楽しみ。
私の友だち、東海林君見てどう思うかな?
自分の彼が、周りからどう思われるかってすっごく気になるなー。
けど、東海林君、あの通りかっこいいし、気はきくし、おしゃれだし、さらには楽しいし…… 誰か、東海林君のこと好きになっちゃったりして……
そういえば、今まであんまり考えたことなかったけど、東海林君ってもてるにきまってるよね? 私と付き合ってる間も、誰かに告白されてたりして……
私ですらあるんだから……
東海林君、ずーっと黙ったままなのかな?
まさか、東海林君に限って浮気なんてあるはずないよね?
あーどうしよう、すっごく気になる
こういうの聞くのって、疑ってるみたいで嫌だし、聞かないと落ち着 かないし…… うーん…… どうしよう。
5月7日
なんだか、東海林君、私たちの中にすんなり入っちゃった。
東海林君の、あぁいう社交的なところってうらやましいなー。
それにひきかえ私は…… 昨日のことひきずって不機嫌っぽくなってたし、東海林君がおはよーとか言ってる、私の知らない女の子、ちょっとにらんじゃったかも。
あー、自己嫌悪だなー。
5月10日
今日、友だちと東海林君の話をしてしまった。
考えてみると、自分の彼の話とかってあんまりしないな、私。
まぁ、あんまり聞かれないからなんだけどさ。
なんだか、自分からそういうの話すのって苦手だし。
そうそう、それでね、なんだかちょっと意外な反応だった。
かっこいいと思うけど…… とか言って、何、そのけどの後の間は?
それでね、すごく優しいし、気が利くし、歌うまいしって言ったら、なんかね、あんまり完ぺきだと、逆にちょっと…… だって。
隙がなさ過ぎるって言うか……
そういうものなのかなー。
けど、考えてみると私も、最初は絶対に好き合える関係になれるなんて思わなかったし。
東海林君が、何気に恋愛経験少ないのを無理にごまかしてる感じとか、たまーに熱くなってて、はっとして無理に平静装うところとか、すっごく可愛いのになー。
そっか…… そういう東海林君を知ってるのって私だけなんだ。
なんだか、そう考えるとうれしいなー。
5月12日
――最悪、明日、学校で東海林君とあうはずだったのに、説明会行かないと……
けど、一応書類審査とおって、二次面接までいけたんだー。
なんか、ちょっと変わった会社なんだけどさ、歯車を作ってる会社。
不況に案外強いみたいで、良いかなーって思ってたからちょっとラッキー。
5月20日
今日、また東海林君に怒られちゃった。
努力がたりない、とか、目標とか夢がなかったら駄目だって。
そういうの、会社の人たち分かるから、面接ではかれちゃうって……
これでも私なりに頑張ってるんだよー……
5月27日
最近、東海林君、すっと不機嫌なんだ。
怒られてばっかり……
けど、怒るの無理ないよね。
今まで適当にやってきた報いだもん……
でも、就活のことでつかれたりするのに、東海林君もきついこと言って来るんじゃ、正直辛いよ……
5月29日
以前告白してきた友だちが、あきらめられないってメール送ってきた。
そんなこと言われても、私には何もしてあげられないし。
唐沢君の時みたいに、しっかりと断った方がいいのかな?
無視とかって良くないと思うし。
東海林君だったら何て言うのかな?
どうやって断ったら良いんだろう?
まぁ…… 私が彼にゆれる可能性はないんだけどさ。
うまい断り方ってないかなー。
ほんと、最近不調……
東海林君には怒られてばっかりだし、就活うまくいかないし、こんなことになるし……
6月4日
今日、その人に会って、きっぱりと断ってきたんだ。
彼には、きつい事言っちゃったんだろうな。
けど、いつまでも引きずらせるよりは良いよね?
私、絶対無理だからって言ったのね。
そうしたら、それでもすきなんだって……
あんまりしつこいからむきになって
私、東海林君のこと愛してるの、卒業したら同棲する予定だし! って言っちゃった。
そうしたら、さすがに無口になってたけど。
今考えると、すごいこといっちゃった気がする……
私、東海林君のこと大好きだけど、愛してるのかな?
そんなこと考えたことなかった。
それとは、まだ違う感情なのかな?
だって…… 愛するって、すごく重いじゃん。
まだ、一年も付き合ったわけじゃないのに、そんな風に思うのって絶 対変だよね?
昔の彼がよく、愛してるとかって言ってたし、私も言ってたけど、あの時とは言葉の意味が変わったな。
愛してるっていう言葉って、もっと大切なものだと思うんだよね。
東海林君はどう思ってるんだろう?
とりあえず、今回の件は一見落着ということで、早く寝ます……
6月11日
東海林君、どうしたんだろう?
最近メール送っても返信くれないし、電話も出てくれない……
今日も、一言も口聞いてくれないし。
私、何かしたのかな??
もう、私のこと嫌いになっちゃったの?
そんなの嫌だよ……
嫌だよ……
6月13日
着信拒否されてるみたい……
メールも届かないよ……
突然すぎるよ……
私、何かした??
気が変わっちゃったの??
嫌だよ……
東海林君……
大好きなんだよ……
6月14日
今日も、ずっと着信拒否のまま。
何度もメール送っても戻ってきちゃう……
何なの?
本当に何があったの?
私たち、終わりなの?
そんなの嫌だよ……・
6月16日
明日、学校……
いつも、東海林君と会う日……
東海林君……
涙が止まらないよ……
夜になるとね、たくさん悪いこと考えちゃうの。
明になるまで、ずっとずっと悪いことが頭の中、ぐるぐる回って……
怖いよ……
東海林君……・
6月17日
東海林君、学校に来てなかった……
どうしても会いたいよ……
東海林君……
6月18日
今日、東海林君を見たんだ。
他の女の子と一緒に居るところを……
私、もう駄目だよ……
6月19日
東海林君からメールが来た……
どうゆうことか分かるよね?
でも、最後に会って終わりにしようって……
明日、東海林君と会うんだ……
これで、最後なんだね……
きっと、他に好きな人ができちゃったんだよね。
私、泣かないでいられるのかな?
微笑んで、幸せにねって言えるのかな?
今まで、本当にありがとうって言えるのかな?
私ね、今すごく海が好きだよ。
海辺で聞くさざ波の音色が好き。
大気に漂う、潮の香りも好き。
冬の夜明けも好き
凍るように寒い日も好き。
最近はね、月を見るの。
時間とか、季節とかで、こんなに違うんだなって。今まで知らなかった。大きさが変ったりするし。そんなことほんと気にしたことなかった。
月の錯視っていうんだよね?
東海林君が、ずっと前に話してくれたことあったな。
私ね、東海林くんを通して、いろんなことを好きになってきた。
自分のやりたいこともなくて、夢とかもなかった私に、東海林君はきっかけをくれたの。
昔からね、趣味とかないのって聞かれるのが苦手だったんだ。
だって、そういうのなかったんだもん。
けど、今は海が好き。
月も、冬の夜明けも大好き。趣味とはちょっと違うのかな? でも、いつかは自分らしさ見つけて、東海林君みたいになりたいんだ。
そんな風に私を変えてくれた東海林君だから……
だから……
私、東海林君のこと愛してるよ……
なのに、東海林君……
6月20日
ばか!
ばかばかばかばかばか!!
淳の大ばかやろう!!!
もーーーーーー…… こんなばかやろうだとは思わなかった。
何て言ったと思う?
私が、他の男の子と浮気してる、だって!
ありえなさすぎ……
この日記を読ませてあげたいよ……
なんかね、以前私が断った友達と私が一緒にいるのを見たんだって。
その日、東海林君たまたま学校にいる日で、学校の後で会う約束キャンセルして、彼に会ったのは確かだよ。
本当は、東海林君に会いたかったし…… ていうか、会えなくて内心 イライラしてたんだよね。
初めて、東海林君の前で泣いちゃったよ。
人前で泣いたのって、お父さんの時以来なんだよ……
けど、その時の東海林君のリアクションがすっごくおもしろかった。
私が泣いてたらね(結構声だして泣いちゃった)
え…… うぁ…… あ…… あの…… とか言って、なんかごそごそ あさり始めたの。
これで涙ふいて! って、油取り紙渡してきたんだよ。
ごめん、ハンカチ忘れちゃって、だって。
こんなのでふけるか! って、投げつけてやったわ。
そうしたらね、ご、ごめん、そこにトイレがあるからちょっと待って て! だって。
トイレットペーパーでふかせるきかよ! って思って、それだけは勘弁して欲しかったから、服の端つかんだの。
そしたら、おろおろしちゃってね。
ごめんなさい…… だって。
東海林君のこういうの、すっごく可愛い。
そのあと、私から抱きついて、東海林君のシャツ涙でぬらしまくって やった。
学校で、まだ結構人がいる時間だったから、色んな人に見られちゃっ たかも。
こういうのをバカップルとかって言うんだろうなー。
東海林君も私も、そうなりたくないねって話してたのに。
けど、なんかドラマのワンシーンみたいだった。
東海林君、俺、ほんとうにばかだった、ごめんね。だって。
本当にばかだよ君は……
その後二人で、学校の中手をつないで歩いちゃった。何気に、これはじめてなんだよね。それで、その後二人でずっと一緒にいたの。
二人で勘違いしてたこととか、東海林君のこっけいな反応、二人で笑い合いながら日が暮れていったの。
なんだか、昨日の日記を読み直すと恥かしいよ。
私も東海林君も、二人して勘違いしててさ。
こんなにお互いのこと分かってなかったんだな。
私も悪いよね……
告白されたって言うこと、内緒にしていたのがよくなかったんだな。
ごめんね、東海林君、これから気をつけないとな。
ははは、あったな、こんなこと…… 優のオルゴールを聴いてから、俺の頭はめっきりその活動を止めてしまっていた。ただ、優の声色で読まれていく日記を、脳裏に浮かぶその描写とともに追っていくだけであった。それでも、この時の出来事は、俺の意識を羞恥心と共に呼び覚ます。
正直、俺自身、このときの俺はまったくどうにかしていたと思う。優が浮気していると思った途端、自分でもどうしようもない程嫉妬した。冷静に考えれば、それだけで浮気しているなんてありえないことだとは分かっていたのに。何か、だまされていたようで悔しくて、それで優に復讐してやりたい気持ちにかられたのだ。それに、優の気持ちを知りたかった。その頃の見栄っ張りの俺は、そんな嫉妬や仕返しをしてやろうと思って行動した事実を、まるで何もなかったことのように記憶の彼方へと追放していたようだ。実際、今、こうしてこの日記を読むまでに、この時の出来事を思い出したことはほとんどどない。
俺って、ほんとにばか野郎なんだな。そう思うと、恥ずかしさと情けなさと滑稽さが入り混じった笑いが起こる。自分の馬鹿さ加減が、逆に自分の気持ちを楽にしているのが分かって、それもまた笑えた。
自分から喧嘩の元を作ったとは言え、内心不安で仕方なかったこと。優に泣きつかれたとき、ワイシャツに広がる涙の暖かさ。仲直りできた時の嬉しさ。二人で手をつないで歩いた学校の構内、そこで見た夕焼け。優との時間が蘇っていく。それだけじゃない。二人で散々映画の悪評を言い合ったとき、優と意見があって嬉しかったこと。就職活動、どこか遊び半分だった優をしかったとき、それで嫌われてしまったらどうしようかと不安に思ったこと。大きな八重桜の下で花見をしたとき、俺がプレゼントしたネックレスが似合っていて思わず抱きしめたくなったこと。実際、プレゼントしてからその日になるまで、一度もネックレスをつけてくれなかったことが内心気にかかっていたのだ。
失われていた時間。失われていた記憶。失われていた想い。俺は、本当に今更になって、その全てを取り戻すことができたような気がした。そして気づいたことが一つある。俺は、優を誰よりも好きで、優が俺を思うように俺も優を必要としていたということ。一緒にいる時間の幸せ、バイバイと言って別れる時の寂しさ、優が他の男といるだけでこみ上げる嫉妬、どれもこれもあまりに強い想いで、俺はずっと冷静さを失っていてまるで自分でいないような気さえしていた。そんな日々が存在していないように感じていたのは、その想いと優に離れらるという不安のギャップがあまりにも苦しくて、俺は無意識のうちに過去を切り離して、そのギャップを弱めようとしていたのだ。そうしなければ、きっと耐えられなかっただろう。泣きついて、優がいないと俺は駄目なんだ、と叫んでいたに違いない。今になって振り返れば、そうすべきだったのかもしれない。
「ほんと、馬鹿だよな。俺…… 自分の気持ちにも優の気持ちにも気づかないでさ。ほんと、何やってんだよ……」
優のぬくもりを思い出せば出すほど、自分の気持ちに気づけば気づくほど、押さえきれない感情がこみ上げてくる。まるで砂漠のように、何年も乾きっていた瞳に涙が溢れる。俺は、まるで初めて洪水を目の当たりにした砂漠の民のように、それをただ脅威に思った。そして、泣きだしてしまいそうな自分をごまかした。普通の人ならば、このまま泣いてしまうのだろう。だけれど、俺はそうすることが怖かった。自分でなくなってしまうようで、そうすることで取り返しのつかないことになってしまいそうに思えたのだ。そして、気をそらすようにして俺は日記の続きを読み始めた。
6月21日
最近、毎日日記書いてるな。なんかすごく変な感じ。
今まで週一回ペースだったもんね。
なんか、昨日の日記読み直してたら、淳って言ってる。
考えてみると、東海林君は私のこと優って呼んでるけど、私は今までずっと東海林君だったなーー。
淳って呼んでみよっかな……
――淳
なんだか恥かしいな。
名前呼ぶのって、こんなに恥かしいことだったっけ?
淳…… 愛してるよ。
うわ!
なにそれ!?
恥かしすぎるんだけど!
あーーー、こんなの一生いえなさそう……
もし、東海林君が言ってくれたら、私も言うことにしよ。
やっぱ、こういうのは男から言った方がかっこつくもんねー。
けど、私の気持ちは変わらないんだからね。
そういうわけで、日記の中でだけは、東海林君のこと淳って呼ぶよ。
愛してるからね……
東…… 違った。
淳……
現実では、俺を呼ぶときは君だったし、愛しているどころか、好きだなんて言葉さえ自分からほとんど言ったことのなかった優。それが日記では、俺を淳と名前で呼び、愛していると言っている。優の、最後の日記を読んでいて、つくづく不思議だったその言葉。今ようやく、俺が淳と呼ばれ、愛していると言われる理由が分かった。俺の中の優と、日記が一つになる瞬間であった。その時、俺の中に巣食っていた勘違いの塊だったものは、塵になって消えてしまっていた。まるで俺をさんざん騙して、逃げ出してしまったかのように。
6月27日
あ! そういえば、あとちょっとで一年だ。
7月18日だから、あと20日?
きゃーーー!
まだ何も考えてなかった!
って、東海林君が変なこと言い出したのがいけないんだぞ!
それにしてもどうしよー。
うーーーん……
うーーーん……
記念日の度に寿命が縮む気分だわ。
――って、今アルバイトほとんどどやめてるし、お金ゼロに近いんだけど。
お母さんに言って前借してみようかな?
あんまりこういうの理解しめしてくれる人じゃないんだよなー。
そういえば、就活、最初の頃は失敗続きだったけど、なんとか三次面接突破できたよ。次の最終面接次第だなー。最終面接、七月二日なんだ。東海林君、面接の役やって面接の練習してくれるんだ。
本当は、もっと前にやってくれた方がうれしかったんだけどね。
なんか、私の為にって、意見くれたり、考えてくれたりしてくれるの本当にうれしいよ。
7月1日
いよいよ、明日最終面接。
頑張らないとな……
そうそう、東海林君の面接官おもしろかった。笑っちゃって練習どころじゃなかったよ。
カウンセラーと面接してるみたいなの。
なんか、おもいっきり癒し系面接官なんだもん。
お父さんの話になって、「離婚なさったのですか。それは大変でしたね。辛いこともたくさんあったでしょうに……」だって。
それを、おもいっきり癒し系の笑顔で言うんだもん。
そんな癒し系の面接官いないよ! って言ったら
嘘!? だって
ほんと、こういう東海林君って面白いよなー。結構天然だよね。
東海林君には悪いけど、面接の練習にはならなかったな。
けど、リラックスできたよ。
明日の面接がんばるからね。
がんばれ、私!
7月2日
面接してきた。最終面接は、役員の人たちと1対3で話したの。
すっごい緊張するかなって思ったけど、案外平気だった。
なんか、昨日の東海林君思い出したらリラックスできちゃった。
質問されたことみんな即答できたし。
だけど…… あー、なんて私はばかなんだろう…… 絶対落ちたんだけど……
最後に聞かれたのね。あなたの夢はなんですか? って……
私、不器用だから、最後の最後になってそれらしいこといえなくてう言っちゃったのね……
私の夢は、私の大切な人の夢を叶える手伝いをすることですって。
それは? って聞かれたから、馬鹿みたいに全部話しちゃった……
東海林君のこと……
小説家になりたいっていう話……
東海林君がどんな人で、どれだけ私に影響を与えてくれたかって。
最終面接までこれたのも彼のおかげなんです、とか言っちゃった。昨日の変な面接で、今日はリラックスしていられました、とか。
私、東海林君のこと言えないくらいおばかだよね……
あー…… 役員の人たちが最後に、最終面接で彼の話をする人初めて見たよって笑ってた……
絶対落ちたんだけど……・
そういえば…… 自分の夢、すんなり答えられたのってはじめてだったな……
「ははは、馬鹿だな優は。普通そんなとこで彼氏の話するかよ」
確かに、俺のカウンセラー面接? も相当滑稽だったと思うが、優も負けてない。よりによって面接の本番でそんな話をする奴いるはずがない。けれど、最終面接までこれたのが俺のおかげっていうのは、まったく関係がないように思う。優は、普通にしていても十分魅力的な女性だった。少し天然っぽいところもあったけど、上品だったし、見た目が清潔だった。律儀な性格だし、相手に合わせて極端に自分の態度を変えるようなこともしなかった。それでいてユーモアのセンスもあった。優に友達が多くて、よく男に好かれていたのは優の魅力からして当然のことだったのだと思う。だからこそ、優は一人でも就職なんてできた。俺の影響なんて何も必要なかったのだ。
7月9日
ふっと、昔のこと考えてた。高校時代の頃とか、歌手になりたいなんて、ちょっとまじめに考えてたな。
今考えると恥かしいけどね。
大学に入って、気が付いたら色んなことがなーなーになってた。
心のそこからやりたいものなんて見つからなかった。
結局、東海林君に色々言われるようになってからも、やっぱり見つからなかった。
けど、仕方ないよね。
そまで怠けていたんだから、いきなり都合よく夢が見つかるわけないよ……
それを東海林君に言ったら、なんかすごく哀しそうな顔して
そっか……って
なんか、期待はずれって思われちゃったのかな? そんな気がする。
東海林君は、自分の夢しっかりもってて、それに向かって頑張ってる。
だからきっと、夢のない私なんて、すごくつまらない人だと思ったんだろうな。
けどね、1つだけ見つけたんだ。
こんなこと言ったら、馬鹿な女っぽいし、依存してるって言われちゃうだろうな。だから、誰にも口に出しては言えないし、日記に書くだけ。
私ね…… 東海林君の力になりたいなって思う。
きっと、東海林君がいくら才能あっても、そんなに簡単に小説家になれないって思うの。
だって、そういう世界でしょ?
長いこと下積みとかしてないといけないし、きっと有名になれる人なんて、ほんの一握りなんだと思う。
その間、アルバイトで生計立てて、つらくても頼れる相手なんていなくて。
だからね、私がそういう存在になってあげたい。
東海林君が、いつもベストな状態でいられるように、影から支えてあげたい。
東海林君の夢のとなりに、私がちょこんと居るの。
私は、私の一番好きな角度で東海林君を見上げてるんだ。
東海林君からは、私は見えないかもしれない。
だから、気付いたら東海林君は、私の目の前から、すって消えちゃうかもしれない。
それでも、私はいつまでも東海林君を見守っていようと思うんだ。
今の私の夢はそれ……
それでね、東海林君の夢が叶ったら、私は、私自身の何かを見つけられと思うんだ。
そのときには、きっと見つかると思う。
私が、ずーっと憧れつづけてきた東海林君のように……
「東海林君の力になりたいなって思う…… か」
俺には、到底理解のできない夢だと思うし、それは夢と呼んでいいのかとも思う。以前の俺ならば、思わず反論してしまっただろうな。今でも、そういう、あくまで補佐するのが夢という考え方を素直には受け入れられないが、少なくとも優の想いは伝わる。そんな優が、腑抜けになっていた俺をどう思っていたのかを考えると恥ずかしくて死んでしまいたい気持ちになる。以前の俺は、優がそんな俺の事を軽蔑しているくらいに考えていた。だが、そんなことはなかった。優は、俺を信じてくれていた。信じて待っていてくれた。一人で耐えながら…… 俺を見上げている優がいて、その優は、たった一人で俺から気づかれることなく、振り返ることのない俺を待っていたんだ。
7月14日
あと四日で一年なんだな。
――って、昔を思ってぼーっとしてる余裕ないんだよね。
お母さんから前借したお金で、なんか買わないと……
なんか、お母さんにしては、あっさりかしてくれてすっごく意外だったな。
今回は、東海林君と一度も18日の話をしてないんだけど、どーゆぅことだろう?
もしかしておぼえてない? まさか、それはないよね?
聞いてみようかなー。
うーん……
うーん……
なんとなく聞きづらいのは何故だろう?
7月16日
ふー、今回は普通にプレゼント買えた。
ネックレス買ったの。
お金ないし、あんまり高いわけじゃないんだけどね。
東海林君、安物買わない人だし…… 差できちゃったらきついなー。
って…… 肝心の東海林君からの連絡、まだこないんだけど。
何? これは一体?
まさか、完全に忘れられてる?
うーん……
なんだかなー。
7月17日
――明日なんですけど?
ちなみに、明日、最高気温23度
快晴だそうです……
ねーねー?
聞こえてますかー、東海林君ー。
7月18日
なんか、なんて言ったら良いんだろうねー……
今日の1時、東海林君からお電話
「もう、1時間待ってるんだけど?」
「え!? 待ってるって!?」
「今日の12時に会うって約束しなかった?」
「してないよ!」
「え!?」
だって……
場所は、東海林君が告白してくれた場所。
おばかな東海林君は言ったと勘違いしてたそうです。
たく……
この数日間の不安と心配、どうしてくれるのさ!
本当におばかな東海林君だけど、こういうのあったほうが人として魅力的だと思うよ。
昔に比べると、心の距離が縮まった気分。
それに、東海林君のこういうところって、たぶん誰も知らないよね。
誰も知らない東海林君のかわいいとこ、私独り占めしちゃってるんだよね。
えへへへ
エロおやじモードになってしまった……
それでね、結局それから1時間遅れで会ったの。
まさかと思って、出かける用意しててよかった……
その後、ファミレスで東海林君と色んなこと話してたの。
なんか、なんとなく海に行きたくなってね、誘ってみたら、ちょっとしぶってたけど一緒に行ってくれたの。
なんだか、夏の間近の海も良いなーって思った。
あんまり風もなかったし、暑くなかったし。
それで、東海林君と腕を組んで砂浜を歩いたんだ。
そしたら東海林君がおもむろに、香水をくれたの。
なんか、安かったんだけどいい香りでね、って何度も繰り返すの。
なんでそんなに繰り返すのかなって思ったけど、私がお金ないと思って、気を使ってくれたんでしょ?
東海林君って、そういう人だよね。
プレゼント嬉しかったけど、東海林君のそういう小さな気遣いが一番嬉しかったよ。
それでね、来年からは、7月18は付き合いはじめた場所に、自然に会えるようにしようよって決めたんだ。
時間は、来年から忙しくなりそうだし、七時って……
東海林君、優が来るまで何時間でも待つよ! だって……
ばか……
そんな笑顔で言われると抱きしめたくなるって。
何やってんだよ俺は。待つとかいっておきながら…… 優は、そんな俺の言葉をちゃんとおぼえててくれて、信じてずっと待ってたんだ。俺は、いつもいつも自分ばっかで……
7月19日
早速、東海林君にもらった香水をためしてみた。
あ…… いまふっと思い出した。
淳って呼ぶことに決めてたんだ
慣れないからかなー……
なんか、気が付くと東海林君って書いてるな。
なんか難しいなー。
そうそう、それで香水をためしてみたけど、さすが東海林君、すごくいい香り。
今まで香水ってあんまり興味なかったけど、結構良いかも。
ありがとね
あ、また東海林君になってる……
えーっと、淳……
なんか照れるな……
7月26日
あんまり考えてなかったけど、最後の夏休みなんだよね。
もう、学生やることなんてないんだろうしな。
なんて、ぽーっとしてられるような状況でもないんだよね。
早く就職しないと……
夏休みが勝負なんだよね
これを超えちゃうと心理的にやばいなー。
そういえば、以前最終面接までいけたところ、未だに連絡がない。
って、たぶん落ちたんだろうなーー。
はー……
8月1日
――嘘でしょ!?
内定もらっちゃった!
きゃーーー!
どうしよ!?
信じられないんだけど!
でも、あんなのでよく内定くれたなー。
こういうのを奇跡っていうんだろうな……
さっそく東海林君に電話したら、おめでとう! だって。
それでね、今どこ? って聞かれたから、家だよって言ったら、2時間後くらいにピンポーンってなったのね。
家、私ひとりだったから、どなたですか? って言ったら、なんか、聞き覚えのある声で、お届けものですって。
ドア開けたら、バラの花束抱えた東海林君がたってたの。
それで、おめでとうって言って花束渡してくれたんだ。
なんか、すっごくきざいけど、東海林君がやると良いんだな。
他の人がやったらちょっとひいちゃうかも。
なんだか、東海林君って、私をびっくりさせることに生きがいを感じてるみたい。
とにかく、これでゼミの合宿行ける! 東海林君も来てくれるんだ。
むふふふ
先に内定もらった友だちと、やっと飲み会ができるし。
東海林君とまた海にも行けるし。
今年は、去年よりもぐーっとセクシーバディになった私で、淳を悩殺……
うひひひ
そうそう、一番大切なことを書き忘れてた……
私みたいな、なんのとりえもないのに、ここまで成長させてくれてありがとう、東海林君(さっきから淳と東海林君が入り混じってる私)。
きっと、面接で淳の話をしたのがよかったんだと思うのね。理由は全然わからないけど……
淳にとって私は、淳が長い人生の中で出会うたくさんの女の子の1人なのかもしれないけど、私にとっては何よりも特別な人だよ。
今まで付き合ってきたどの人とも違う気持ちだからね。
淳みたいに、かっこよくて、おもしろくて、頭がよくて、たまに死ぬほどかわいくて…… そんなこと以上に、気持ちが暖かい人いないよ。
たまに見せる冷たいところも、全部含めて淳のやさしさなんだと思う。
一見クールだから、他の人にはまったく分からないんだろうな。
だけど、私は淳のやさしさ分かってるよ。
だって、私はこれだけたくさんの幸せを、淳を通して感じてるんだもん。
私、淳のこと愛してるよ。
淳がわたしをそう思ってないって分かっててもね。
そんなわけないだろ。俺は、優に抗議したくてたまらなかった。本当の俺は、優のことが大好きだった。優が俺の愛を感じられなかったのと同じように、俺も優の愛を感じられなかった。だから、自分の気持ちを押し殺そうとしたのだ。今になって、ようやく明かされた俺自身の真実である。優が、もしも自分の気持ちをストレートに伝えていたらどうなっていたんだろう。もしも優が、嬉しい時に嬉しいと言ってくれたら、俺を愛してると素直に言ってくれていたら、きっと未来は違っていたはずだ。自分の無力さにさいなまされていた去年の時だって、きっと頑張っていられたはずだ。俺からは見えないところから見上げてるんじゃなくて、俺にもちゃんと見えるところにいてくれれば。そんな、もしもの話ばかりが脳裏に浮かぶ。しかし、現実は無残にもこの世界を支配していて、俺の願望が入り込む余地なんて用意されてはいなかった。そして、遅すぎたというメッセージだけが俺に告げられる。
「なんで、いなくなってから、こんな日記で思ってることを伝えるんだよ……」
俺は、優に向かって問いかけていた。誰もそれに答える者はなかった。優のマフラーも、オルゴールも、パルとパールすら、口をつぐんでいた。
8月16日
最近、淳と唐沢君の関係が昔みたいになったみたい。
唐沢君のことよく話してるなー。
なんで、そんなにうれしそうに友だちのこと話せるんだろう?
たまに、めちゃくちゃなこと言ってるけど……
そういうのを親友っていうんだろうな。
男同士の友情って、女じゃ入り込めないのあるよなー。
そんな唐沢君にちょっとしっとしてる私……
あー、情けない
8月9日
明日、海に行く日だ……
水着も新調したし、楽しみだなー。
さすがにビキニを着る勇気は持てませんでした。
お肌のことを考えて、今日は早めに寝ます。
淳にお休みメールしておこっと。
8月10日
ただいまー。今日は楽しかったなー。
東海林君の車で行ったんだ。
あんまり混んでなさそうな穴場を調べてくれてたみたいですっごくよかった。
来年もこの場所来たいなー。
東海林君、相変わらずかっこよかった……
たまに、ぽーって東海林君を見ちゃう私
だって、かっこいいんだもん! さすがは私の彼氏だ。うんうん
そういえば、東海林君はどう思ってくれてたのかな?
なんとなく視線が下向きだった気がするような…… って、どこ見てるんだよ!
今日はね、私から腕組んで、腕にすりすりしちゃった。
それでね、2人でさざ波に耳を傾けたの。
潮の香りがすごく良かった。
二人で砂浜に座って地平線のむこうのほうまでずーっと見てた。
したら、東海林君がちゅってキスしてきたんだ。
あー、思い出すと溶ける……
8月20日
最近本当に平和だなー。
去年よりもしょっちゅう東海林君に会うし、就職は決まってるし。
最後の学校生活をまったりとたんのう中。
って、そうなると案外日記に書くことなくなるんだよね……
9月5日
そういえば、最近良く友達の恋愛相談のるんだー。
って、何で私なんだ? って聞いたら、優さん、恋愛経験豊富そうだからって…… おい! んなことねーぞー。
まぁいいや、誰かに頼られるのって案外すき。
9月10日
うーん、なんだか、相談に乗ってるのはいいんだけど、なんで私のこと好きになるよ!
もー…… 好きな人想っててあげなさいって!
私には東海林君がいるんだから。
って、またまた東海林君になってるね……
ていうかさ、これを報告しないといけない私の身にもなって欲しいよなー。
前回のことで、やっぱり言うべきって思うようになったんだけどさ。淳って、気にしなそうで気にするんだよね。
9月12日
てなわけで、嫌だけど淳に報告。
そしたらね、ありがとって……
もし、誰からも好かれないような人だったら、逆に嫌だから優がもてるのは嬉しいよだって……
なんか、ちょっと皮肉も入ってる感じもしたけど、だからって、その人を無視するような人だったら俺は悲しいなんて言ってた。
私のこと信じてくれてるってことかな?
私のこと興味ないだけだったらいやだけどなー。
9月19日
――なによあれ?
――なによなによ、なんなのよ?
淳とすっごく楽しそうに話してた女……
えーん、私をさしおいてあんな小娘と楽しそうに話しちゃって……
淳のばかー!
9月22日
せっかくのデートだったのに……
淳が、いつもよりやたらとメールしてるの。
メール見ながら笑ったり……
どうしたの? って聞いたら、なんでもないだって。
嘘付けー!
もしなんかあったら優さん怒るからね!
9月28日
――最近淳行動があやしい。
何か隠しているに違いない……
まさか、あの小娘と!?
まさかねー、どう見ても私の方が上だもんねー。
若さで負けるけどさ……
9月29日
う…… また小娘と一緒に居る淳を発見……
なんだかなー。説明ないとなー。
しゃくだから、私に告白したことデートしちゃおうかなー。
って、今度淳にあったら聞こう。
あー、けど、こういうの聞くのってすごく嫌なんだけど?
なに? なーんにもなくて、ただの偶然とかだったらどうするわけ?
私がばかみたいじゃんねー。
うーん……
10月2日
聞いた。
偶然バイト先が一緒なんだって。
前からたまに会ってたとか……
友達だよ? だって……
淳から見るとそうなのかもねー。
私に向けられたあの視線は、チャレンジャーのまなざしだったわ……
結構趣味の話とか合うしさー、話してておもしろいんだよ、だって!
淳くーん、それはねー、女の子が男の子の気を引きたいときわざとするんですよー。知ってますかー?
私だってよくやったしね……
あー、もう、馬鹿淳!
てか、もしかして浮気してたらどうしよう。
うーん……
10月8日
今日は、淳とのみに行ったんだ。
久々に淳と飲んだなー。就活以来のみ行ってなかったしな。
ちょっと、いつもより酔っちゃって、私爆弾発言。
仕事始めたら、親元はなれようって思ってたから、一緒に住もうかって言っちゃった……
あー、もう…… こういうの女から言うか普通?
淳、そうだなーって考えてたんだけど、ごめんって言われたらかっこ悪すぎじゃん!
ていうか、淳がいけないんだ! 最近なんだかあやしいし。
10月13日
今日、すっごく久しぶりに唐沢君に会った。
なんだか、淳が私と会った後で唐沢君と会う約束だったみたいで、どうせだから三人で話そうぜって言ってさ。
やっぱ、淳と唐沢君の関係っていいよなー。
もう、漫才コンビでデビューできるよ。この二人なら……
そう、それで、唐沢君からの近況報告。
彼女できたって。
けど、変なの、淳がトイレに行ってる間にこっそり教えてくれて、あいつには内緒にねって……
なんかよくわからないけど、うんって言っちゃった。
こういう男の子の感覚ってよくわからないなー。
10月18日
淳のばかーーー!
告白されちゃっただって……
小娘に……
もちろん断ったよって言ったけど、これからも会うのって聞いたら、うんだって……
最悪……
当分冷たくあしらってやる!
私だって、告白して来た人に会うことないんだぞ!
唐沢君にだって会わないようにしてたんだから。
10月22日
淳のメール無視中
なんだよ? 何か悪いことしたいか? だって
はい
しました
優さん怒りモードです
10月24日
追記
電話も無視中
10月25日
一週間経過中……
ふふふ、淳もさすがにまいったみたい。
ごめんなさいメールが来た。
そろそろ許してあげよっかな。
すねて浮気されたら笑えないしね。
10月26日
今日、ばっちり言ってやった。
私の時は完全に着信拒否だったじゃない!
しかも、別れ話までもちだしてさ!
私は、あのあと一回も彼に会ってないよって。
したら、俺は、会うななんて一言も言ってないだって。
じゃぁ、会っても良いの? って聞き返したら、すっごく弱々しくしくうんだって。
だったら、最近告白してくれた人も良いのね? って言ったら
答えられなくなったわ。
それで、やっぱり嫌だ。だって。
まったく、好かれてたのが気分良かったに違いない。
男ってこれだから! なんてことを言う私もおばさんぽくなったなー。
優は正直よくもてた。俺は、優から告白されたという話を聞くたびに、穏やかではいられなかった。けれども、優の前では、平静を装うことに全力だった。男のプライドだったのだろう。このときの俺は、俺も優に負けない位もてるんだということを優に見せ付けたかった。実際は、俺はその女の子に好かれていることは告白される前から分かっていたし、それを優にすぐに話すべきだとも思っていたのに、どうしても優に見せ付けたかった。俺はもてる男なんだと思われたかった。そして、わざと気づかないふりをして優に嫉妬させたかった。本当に、俺はなんて馬鹿な男なんだろう。そんな小さなプライドなんかじゃなくて、優と二人の時間や出来事をもっと大切にしていればよかった。今だから思えることなのは分かりきっている。だけど、そう思わずにはいられなかった。
10月30日
なんだか、秋も深まってきたな。
今日、淳と夜道を歩いてたんだけど、月がすごくきれいだった。
淳の腕にきゅって抱きついてた。
抱きついた時見上げた淳の顔、そっちの方向に月が顔を出しててね。
こんな時間がいつまでも続けばいいのになーって思った。
そのとき淳がこんなこと言ってくれた。
俺、月と風が好きなんだって。だから、こんな日は大好きって。
なんでって聞いたら
内緒だって。
ほんと、ロマンチストなんだなー淳は。
けど、私も好きだよ。
月って好き。
なんか、そんなようなこと以前書いた記憶があるな……
あのね、淳が月を見上げている瞬間、私は淳を見上げてるよ。
なんてね、私も淳の影響うけまくり。あはは。
11月3日
今日、友達と卒業旅行の話したんだ。
ゆきは沖縄へ行きたいって。
みきは、海外が良いって言ってるんだよなー。
私は…… 淳と一緒がいい、なんて言えるわけがないし。
そうだなー。どこが良いかなって思ってたから。
淳に聞いてみたら、優はどうしたいの? だって。
相変わらず自分がない女です、はい。
そんで、うーんって言ってたら、恋人はきれても、友達は一生ものだぞだって。
それってどういう意味かなー。
私との関係も、一時的ってことだよね?
はー……
11月10日
あと一ヶ月ちょっとで大学生活もおしまい……
楽しかったなー。
淳と出会えたし。サークルはちょっと微妙だったけどね。友達増えたし、就職もできたし。
ほんと、色んな思い出いっぱいできたな。
って、卒論が……
卒業できなくなるー!
11月15日
そ、卒論が……
11月24日
今日、ゆき、みさとのみに行ったんだ。
とりあえず、泳げない沖縄はなしってことになった。
その代わり、ちょっとだけ海外に行ってきます。
LAに行くことになったんだ。
お金無理って思ってたけど、何を思ったかお母さんがOKしてくれた。
卒業祝いだって! ラッキー!
パスポートとか、早めにとらないとなー。
ツアーで4泊5日。まぁ、有名どころをふらふらーっとしてきます。
って、なんだか、楽しげじゃなさそうな私。
いや、楽しみだよ! 当然
ただ、淳と離れるの寂しいな、なんてね。
ゆきに言われちゃったよ。
最近の優は、東海林さんに依存しすぎだよって。
あはは、やっぱりそう見えるのかな?
だけど、しょうがないと思う。
これだけたくさんのものを与えてくれた人だから。
そんで、みさの彼の自慢話を聞いて、私もちょっとだけ淳の話した。
そしたらゆきが、裏切りものー、友情より彼とったな! だって。
淳が、友達は一生、愛情は期限付きって言ってた話したら笑ってたな。
あー、そういえば、淳の事以外の日記になってるな。
まー、たまにはいいか?
12月2日
卒論…… 終了 …… つかれたー。最後はなんだか淳に頼りまくってたような
う……
けど、これで本当に学生生活も終わりなんだ。
あとは、最後の飲み会だけ!
よーし、飲みまくるぞ!
12月7日
うー、二日酔い……
頭ふらふらして気持ちわるー
って、こんなことを書きたかったんじゃなくて、淳のプレゼント……
あー、また寿命が縮む……
12月9日
今回は、もうあれに来めました!
もう悩まないぞ!
うふふ、今回は今までで一番余裕じゃん、私。
バイトでお金もしっかりはいったし。
お母さんの借金まだだけどね……
12月14日
卒論の提出も無事終わりました。
もう、授業も終わり。
あとは、卒業式だけだな……
けど、後輩に色々頼まれちゃって、もう少し学校に行くんだ。
淳も、サークル時々行くだけだって。
さーて、学校生活ラストスパートにしっかり遊ばないと。
12月16日
あれれ?
なんか身体の調子が変だぞ?
頭ふらふらする……
明日淳とのデートだし。早く寝よ。
12月19日
なに…… 熱があるんだけど 38.9℃
これってやばくない?
まずいなー、淳に会いたいけどうつすわけにいかないし。
ちょっと医者にいってこよ。
淳ごめんね!
12月19日
うげげ、私インフルエンザだって……
ちょっと、早すぎるんじゃない!?
遊びすぎてた罰があたったってことか?
もー、この大切な時期に……
淳に連絡しといた。
そしたら、寝ろ だって。
はー、とりあえず寝ます
12月20日
あらら、思ったより調子悪い。
淳、まいった、頭ふらふらだよ……
こんなとき淳が側にいてくれたらなー。
って、そんなことしてうつしたら悪いし。淳のことだから、来てって行ったらすぐに飛んでくるだろうな。
ふふふ、そんな淳が大好き…… なんてね。
ていうか、日記書いてるのもつらい。
12月21日
することなさすぎ……
あんまり暇だったんで淳にメールしたら、寝ろだって。
そんなに寝れるかよ! って送り返したら、そうなの? だってさ。
こういうのもなんか可愛い。
いたずらで、死ぬかもしれないって言われたって送ったらさ、優が死んだら俺嫌だよだって。
死ぬわけないじゃんねー、ただのインフルエンザで。
ほんと心配性なんだから……
って、そんな淳をもてあそぶ悪女な私。
12月22日
淳から、クリスマスの予定、キャンセルしたってメールが……
あー!
もう! 私のばかばかばか!
さっさと治りなさいよ!
12月23日
私「ふー、熱も下がったから、明日は大丈夫だよ」
淳「何度?」
私「――36.6度」
淳「何度?」
私「――37.0度」
淳「何度?」
私「――37.6度」
淳「ちゃんと寝てるんだよ」
私「はい……」
12月24日
う…… ううう……
ついにクリスマス……
淳がいるというのに、シングルベルなんだけど……
ゆきが、彼氏ゲットってメールしてきた。
クリスマスは、台場に行くって?
おめでと……
そんな、ベタなところ行ったことないわよ。
自由の女神の前でプレゼントくれた?
あっそ。
淳は、私に気を使ってメールすらくれない……
もー、こんな生活もういや!
お願いだから早く治って!
12月27日
なんか複雑……
淳の気づかいとゆきの励ましのおかげで100%完治したわよ……
淳が、また気を使ってデートはやめようとか言ったから、これ以上東海林君に会えなかったら、寂しくて死ぬから! って言ってやった。
あぁ、恥ずかしい…… こんなこというの初めてだし。日記じゃいつも言ってんのにね。
そしたら淳が、1月2日に神社に行こうって。
あと六日もあるじゃん……
また去年みたいに、初日の出みたいっていったらOKしてくれた。
んなわけで、12月31日の夜に淳に会えるー。
クリスマスのプレゼント遅れちゃったけど、今から買えば良いよね。
淳、何気に音楽色々好きだけど、クラシックが結構好きみたい。
理由は分からないけどそのことを隠してるのよね……
まさか、私なんかとクラシックの話なんてできないとか思ってるのかしら?
……
まぁ、それはいいとして…… なので、クラシックコンサートのチケットでも買おうかなって思った。
1月1日
今日…… うーん…… 何から書こうかな。
えっと……
指輪もらちゃった! きゃ!
って、まぁ、薬指にはめるのじゃないんだけどさ……
ルビーの入った、すごくきれいなやつなんだ。
これ、きっと高かったんだろうな。嬉しいなー。
そうそう、コンサートの話したら、それ良いね! てか、なんでクラシック好きって知ってるの? って言われた。
ふふふ きみは優さんをなめすぎだよ。
ちなみにコンサートはピアノにしたんだ。なんだか5000円の人とか10000円の人とかいて、結構値段に差があるってのに驚いたんだけど、高い方にしといた。
それでね、今年…… 違った、去年の終わりにね、淳が一月一日になる瞬間にジャンプしよう! とか言い出してね。
記念に一瞬だけ地球から脱出だってさ。
こういう発想が子供っぽくて可愛いんだよねー。
二人で、時報で時刻あわせて、12時59分59秒にジャンプしたの。
馬鹿じゃん俺達! って淳が笑ってた。
淳と一緒に居たら、ずっとこんな風に楽しみをくれるのかな?
一年間も付き合うとプレゼントも、楽しみも、だんだんなーなーになっちゃうのにね。
淳は一年半たった今でも、私のことたくさん考えてくれる。
まぁ、根がそういう人なんだろうけどさ……
だから、いつも楽しくしてうれしい事ばかりだけど、たまにすごく寂しなるときがあるよ。
こんな幸せがいつまで続くといいな。
1月4日
最近、ほんと充実してるな。
今日さ、淳と神社に行ってきたんだ。
おみくじやったら末吉だった。
うーん、こんなに充実してるのに末吉なのかね?
淳は、にやっと笑って大吉でした。
にやにやしながら、いいだろいいだろーだって。
で、淳のは恋愛運が最高になってて、今年はいい出会いがありそうですだって……
ちょっと、どういう意味よ!
ちなみに私の恋愛運は……
いいもんいいもん、すねてやるー。
1月8日
今年最初のアンラッキー……
また告白されたよ。一つ下の男の子
断られるの分かってるけど、一言だけ言いたかったです。だってさ。
そういえば、随分前、淳が言ってたことなんとなく思い出したな。
もし、自分が好きな人が、他の人と付き合ってたらどうするって聞いたら、俺だったらあきらめるな、だって。
なんでって聞いたら、気持ちに答えられないって分かってるなら、告白されたらあいては迷惑に思うでしょ? 彼に告白されたか話したらいいか悩むだろうし、話した事で二人の関係がきまずくなったりとかしたらいやじゃん? ホントに大切で、好きな人だったら、そんな風になってもらいたい? 俺は、そういうのは嫌だな。そんなのただのエゴじゃん? だって。
確かに、これはすごく迷惑だわね……
淳って、昔から色々考えてる人だとは思ったけど、ほんとすごいなー。
あー、またこれも淳に報告しないといけないのかな?
愛してる人の前では正直でいたいしね。
1月11日
結果報告。 ホントもてもてだよね、だって……
皮肉たっぷり……
はー、最悪。
1月24日
あとちょっとで二度目の誕生日だ。
なんか、タンスの中に、去年作ったマフラーをみつけた。
うーん、なつかしい。
あの時は、すぐにすてよっかと思ってたけど、とっておいて良かった。
今になって、すごく大切な思い出のひとつだもん。
そうそう、淳と話し合って行く事になったコンサートが、いよいよ明日なんだ。
淳が、私でも好きになれそうな曲って、探してくれたんだ。淳の好きなので良いよって言ったら、ホールで優のイビキが響いたら、俺は恥ずかしくて死ぬだって。ちょっと待ってよ! いくら私でもそんなことはしませんって!
1月26日
うーん、良かった! 淳がね! スーツで来たんだけど、ちょーかっこよかった!
はー、惚れ直すなー。
って、えーっと、コンサートは…… いや、すごく良かったよ! アンコールの時にあの曲弾いてくれたの。月の光ってやつ。
あの曲やっぱり良いなー。
そのとき、淳がさりげなく手を握ってきて…… もう、優さんドキドキでした。
2月1日
うーん、今年は何にしよっかな?
あー、ほんと毎回寿命が縮む思いだわ……
なんだか、どうせなら、いつもと違うものにしたいなー。
そだ、冬だし、あたかそうなトレンチコートでも買おうかな?
今まで、洋服って一度も買ったことなかったし、いいかも。
以前行ったデパートで売ってたやつ。
すごくかっこよかったし。
あ、だけど、もう冬って終わりだし春物のジャケットの方がいいのかな? 早すぎるかな?
2月12日
昨日、明日早くに淳から電話があったの。それで、6時だよ、もーって思ったんだけど、明日バイト暇だよね? って聞いてきたから、うんって答えたの。そしたら、だったら、お泊り道具一式持って、新宿に集合だって。
何言い出すんだ? って思ったら、今日、旅館に予約いれてあるんだって……
これから箱根に行くぞって……
それでね、すごく高そうな旅館行ったの。
俺からのささやかな就職祝い、アンドお誕生日祝いって……
なんか、料理もすっごくおいしかったし、びっくりしちゃった。
それでね、一昨年のクリスマスの時みたいに、二人でお風呂はいったの。
なんだか、前はすっごく恥ずかしかったけど、今はさすがにね。
まぁ、そういうわけで2人で流しっこしたんだ。
一緒にお布団はいって、抱き合ってそこから見えた窓の向こうの月をずっとながめたの。そしたら、なんかすごく珍しいんだけど、お互いの家族の話をしたんだ。
淳は、お父さんが嫌いなんだって。なんでって聞いたら、何も取り柄のないただの公務員だからだって。
別に、公務員が悪いとかって言うんじゃなくて、何も目的なくただ生きてるのが嫌なんだって。
そういう人生だけは送りたくなくて、色々ためしてみたんだってさ。だから淳は、なんでも人より上手なんだな。テニスもできるし、歌もうまいし、センスも良いし、小説かけるし。なんか、何でも人より上手なの。上達するのもはやいし。けど、淳はそういう自分がどれも中途半端で嫌だって言ってた。
私は、そんな風に感じた事なかったけどな。それで、長い事色々ためして、小説家になろうと思ったんだって。
それでね、淳が、その話してたら突然、今みたいに二人でいられたらいいな、同棲しちゃおうか? 優も、そうしたいって言ってたし、だって……
以前、私が冗談半分で言ってたこと考えてくれてたんだなー……
あの時は流されちゃったかと思ってた。
なんかね、私、ちょっと考えすぎかもしれないんだけどさ、淳、このこと言うために、このシチュエーション用意したんじゃないかな?
って、私考えすぎかな?
けど、淳って、本気でそういうこと考えてそう。
淳ってさ、本音の事、人に正直に言えない人なんだ。普通にしてると、すっごいうまいこと言うし、面白いんだよ。お世辞もさらって言えちゃうし。だけど、本音の部分だけは誰よりも苦手なんだ。
なんで分かるかって?
だって、私とそっくりなんだもん。そういうところ。
見てて、すごくよく分かるんだよ。淳の気持ち。
ちなみに、今回なんで本音って分かったかっていうと、淳、今みたいに二人でいられたら良いな、同棲しよっかのところだけ、棒読みなんだもん。かみまくりだったし。
私も、そうしたらおもしろそうだね…… だし。素直になれないなー、なかなか。
俺が、優と同棲をするきっかけは、確かに些細な優の発言からだった。ただ、俺は優と同棲することにならなかったとしても、家を出ようと思っていた。俺が小説家になるという発言は、俺の家族で大問題となった。公務員で、平凡な父が、俺と喧嘩したのはそれが初めてであった。おそらく安定した生活が保障されている人間にしてみれば、どうなるか分からないことに人生を賭けるというのは理解しがたいことなのだろう。それ以来俺は父とは一言も口をきいていない。母も初めは理解を示してはくれなかった。それでも、俺が家を出る間近になって、半ばやりきれない様子だったが、応援してくれた。俺に何かあったときのため、と結構な額の貯金をしていてくれていて、それを俺に渡してくれた。そんなことがあって、一人で部屋を借りるよりも、二人で借りた方が金銭的にも良さそうだと思ったのだ。そうした結果、俺は仕事をせず執筆活動に没頭できた。俺の初期の計算では、二年間はそれだけでも生活ができる予定であった。しかし、貯金が底を突く前に俺の心が折れてしまった。その上、優が急に冷めた態度をとり始め、俺の心は折れただけでなく、腐りだしていったのだ。俺を想っての行為だったとしても、俺にはそう思えなかった。ある意味、優が態度を変えなかったらと思う。だからといって、優を責める気持ちは欠片もない。俺が一人で妄想して、先走っていたのだ。だから、優に責任は何一つない。それでも、もし優と同棲していなければ、何かが違ったと思う。一人で生活をしていれば良かった、と思わずにはいられない。そのことだけが俺は悔しくて仕方なかった。
2月14日
今日から、家事全般私がひきうけようかとおもってる。
考えてみたら、一緒に住んでも、私が何もできなかったらひかれそうだしね。
って、家事できないわけじゃないんだけどさ。なんか、淳が感動するようなもの作ってあげたいし。
って、もう一度淳に本気なのか確認するのが先だよね。
結婚してくれ! とか言われたらどうしよー!
きゃーー!
なんてね……
おー、そういえば今日はバレンタイン。これから淳に会ってチョコ渡してきますー。
2月14日の続き
うん、やっぱり本気みたい。
どこが良いかなって……
って、優のお母さんが許さないか。ちょっと軽率だったかなだって
思わず、お母さんはOKだよ! って嘘ついちゃった。
本気だと聞いたときに思い出してしまった、我が母を…… どうやっ
て説得したらいいんだろう。
はー……
2月18日
覚悟をきめて、今日お母さんに言いました。
予想通りの反応…… てか、それ以上だわ……
なので、私も久々にきれてしまった。
まぁ、約20年間、手をつけないでいた貯金も結構あるし。
これから仕事してお金稼げるし、最後まで認めてくれなかったら悲しいけど大丈夫。
うーん、大人って便利だなー。
まぁ、独立するってことでも、離れるのはいいことだよね。
ちなみに、妹は大賛成。
居住スペースが増えるって大喜びしてたわ……
卒業旅行のお金も払わせちゃったし、後で返さないとなー。
2月20日
今日は、淳と色んな不動産見てきたんだ。
一緒に住むんだから、ある程度広い方がいいかなとか、私の職場までの距離とか考えてね。
まだ決めてはないんだけど、何箇所か良さげなところあるから、見て回ろうと思うんだ。ホント楽しみだなー。
2月22日
今日も淳と色んな部屋見て回ったんだけどさ。
なんとなく、よさそうなところ決まったんだ。
都心まで電車で30分くらいのところでね、わりと何もなくて田舎
っぽいんだけど、それだけに家賃もそんなに高くないしさ。
ちょっと坂多いのがなんなんだけど、駅まで歩いて10分くらいだし、静かだし、気に入らなかったら引っ越せばいいかなーって感じ。
二階建てのアパートでね。部屋は二階のはじっこなんだ。片側誰もいないってちょっと魅力かな? それに、出窓とか可愛いし。
そうそう、お母さんとはまだ一言も口を聞いてない。
お母さん頑固だしなー。
あー、親不幸物だなー、私。
2月27日
淳と、しっかり話し合った結果、以前日記に書いたところに住むことになった。
あー、これからの生活楽しみだなー!
だって、同棲だよ?
来月の25日から部屋に移動して……
3月1日にアメリカの卒業旅行なんだけど、内心それどころじゃない
よなー。
ま、最後の記念だし楽しんでこよう♪
3月10日
今日で日記書くのやめようかなって思ってる。
淳と二人で生活していくんだしさ。なんか、日記とかじゃなくても、淳をいつでも一番近くで感じていられるんだし。それに、なんとなく私なりのけじめみたいなやつ?
きっと、私と淳、二人でうまくやっていける気がするんだ。
だって、淳は信じられる人だから。
一緒に住む事だって、すっごく考えてくれてしさ。
きっと、これからも二人で色んな事を経験するんだろうな。
今までみたいに、面白いことたくさんやってくれたり、きかせてくれ
たりするんだろうな。
もしさ、淳に辛い事があったら(ないと思うんだけどね)、その時は私が淳を助けてあげたいと思う。
淳が、私にしてくれたみたいに。
私には、淳みたいな特別な能力も何もないけどね……
それでも、淳が辛いときには、ずっと側にいてあげようと思う。
私の気持ち変らないからね。
本当に淳に出会えたこと、神様に感謝してるんだ。
愛してるからね。
「優……」
2002年4月21日
今日は久しぶりに実家に帰って、二年ぶりに開けた日記を読んで、なんとなく書いてたりする。もう何も書かないとか言ってるんだけどねー。
私ね、ちょっとおばかだと思うんだけど、変なリストを作ってしま た……
題して、淳にして欲しいことリスト!
……
あー、私、ホント何やってんだかなー。
なんで、こんな変なモノ作ってしまったかというと、暇だった時にね、いろいろ考えてたことを紙に書いてたんだ。今後のこととか。
そしたら、淳にこんなことしてもらいたいっていうのがいっぱいあって、それをここに書いておこうと思ったわけさ。
まずね……
花火に行きたい!
私達、今の今まで花火見に行ったことないんだよ?
ありえないよねー。
私も淳も浴衣着て、二人で手をつないで花火見るの。
あと、いつでも甘えてもらいたい。
淳って、昔からずっと甘えてくれなかったから。
私から甘えるようにしてるけど、本当はすごく甘えられたいんだよー。
それと、もっと私を必要として欲しいな。
私は、いつも淳を必要としてるのに、淳は私を必要としてるわけじゃないから…… きっと、私なんかじゃ頼れないって思ってるんだろうな。
それと、歩く時ね、私の速度で歩いて欲しい。
ちょっと速く先に歩いていく淳を見てると、私から離れたいのかな?って、悲しくなる。
私に気付いて、すぐに歩幅合わせてくれる淳は大好きだけどね。
あとね、いっぱい甘える時、びっくりしないでほしい。
最近、ずっと甘えるのがまんしてるからねー、もう欲求不満でしょうがない。
他にも、たくさんたくさんして欲しいことあるけど、とりあえずはこれくらいで……
それで、このリストは淳が治る日まで封印するんだ。
だから、その日まではおねだりしないから。無理もさせない。
淳が、自分から私を必要とするまで、私は淳を待ってるから。
忘れないで欲しいな。いつでも私は、淳の傍らで、淳を見上げているってことを……
あ、そうそう一番大切なこと書くの忘れてた。
これからも、二人でいられたらいいなー、というわけで、いつまでも私のことを好きでいて欲しい。って、こんな都合のいい女私以外絶対いないよねー、なんてね。
涙が一雫。それは下まつ毛で大きな涙の粒となった。また、一雫の涙。もう片方の目の大粒のそれは、頬をすっと伝い、そのまま日記に滴り落ちた。厚めの日記の紙が、即座にそれを吸って小さな円形の染みを作る。二つの涙を皮切りに、それまで長い時間、どこか遠くで淀んでいたものが、堰を切ったようにあふれ出した。
涙で歪んだ世界のその先に、微笑みかけている優を俺が見えた。俺が覚えている一番鮮明な優の笑顔、最後の晩の笑顔。
『私、淳に会って本当に幸せだったよ』
「馬鹿野郎! 何が幸せだよ!」
『私のことは忘れてほしいな』
「忘れられるわけがないだろ!!」
『私ね、淳に会って初めて、生きてるって感じがしたの』
「死んだら意味ないじゃないか!! お願いだって、なんだって叶えてやるよ!! 浴衣着て花火みたいんだろ!! 下北だろうが海外だろうが、何処にだって一緒に行ってやるよ!! 甘えさせてやるし、こっちからも甘えてやるよ!! これからだってずっとずっと一緒にいてやるよ!! 俺の可愛いところがすきなんだろ? いくらでも可愛くなってやるし、おっちょこちょいになってやるし。昔みたいに、驚かせて、喜ばせて、優が望むこと全部してやるよ!! だから、頼むから、頼むから、さよならなんて言わないでくれよ……」
「はは、随分泣いたんだな……」
俺は、両目を抑えていた右腕のトレーナーが、涙でずぶ濡れているのに気がついて思わず笑っていた。まるで、その涙に濡れたトレーナーが、俺自身が人間であったことの証明のように思えて、それがおかしかったのだ。
どれくらいの時間がたったんだろう。永遠に続くかと思っていた涙も、いつしか止まっていた。俺は、布団の上で仰向けになっていた。電気の消えたシーリングライトをぼんやりと眺める。思考はほとんど、本来あるべき正常な働きを失っていて、この世の全てがスローモーションのように感じられた。それでも、時間がたてば、少しずつ正常な意識が戻ってくる。そして、また優のことを考えた。優は、どんな気持ちで俺の浮気を思ってたんだろう。どんな気持ちで、俺を待っていたんだろう。どんな気持ちで俺を信じてくれていたんだろう。そんなことを考えていると、もう枯れ果てたと思っていた涙がまた溢れてきた。
「優、優……」
全ては日記に記された通りなのだ。俺のことを信じて、だけど裏切られて、それでも、まだ俺のためだからって思って耐えていた。
「ごめんな、優。全然分かってあげられなくて……」
止まることを忘れた涙を、腕で拭う。その腕のトレーナーの布地が、それまでに何度も拭った涙で、すっかり濡れてしまっていた。それを瞼にあてると、ひんやりと冷たかった。
優のことを思い出そうとすると、どれも日記とリンクしていく。それらは、どれも怖いくらいに鮮明に思い出せる。それは、優の日記を読んで沸いた、その場面のイメージと、俺のわずかに残る記憶が絡み合って、一つ一つのシチュエーションの細部まで明確に映しだしていた。優の日記からの視点が濃いせいか、なぜか、俺が優を見ているはずなのに、優が俺をみているシーンが多い。けど、それでいて優の笑顔があまりにも鮮明に浮かぶ。まるで、別のカップルを俺が覗き見ているような感じだ。初日の出を一緒に見たとき、優が日の出に向けていた真剣な眼差し。そのとき、俺はきっと優しい顔をして優を見つめていたんだと思う。俺が勘違いしてふろうとした時、俺の前で始めて泣いた優の泣き顔。俺は、焦っておろおろしてたな。きっと、かっこ悪かっただろうと思う。そんな俺を、優は内心かわいい、とか思っていたんだと思う。初めてのクリスマスで、混浴の露天風呂に入る時の恥ずかしそうな優の顔。けれど、俺はまったく余裕がなくて、露天風呂に入っていたのに真っ青な顔をしていたんだと思う。そして俺は、いつまでも、優との思い出に浸っていられたらいいなと思った。