真実と無知
三章
唐沢と会ってから二日が過ぎていた。俺はバイトの休みを利用して買い物や掃除などを済ませ、ソファに横になっていた。すぐ側のテーブルの上には優の日記と、日記の錠を開ける鍵が置いてある。俺は、今日一日のうちのどこかで優の日記を読もうと思っていた。それを読む決心をしたのは、やはり唐沢と三木本さんに読むべきだと言われたせいだろう。しかし、俺は今になっても、どこか優の日記を開くことをためらっていた。
三十分ほど悩んだ末、ソファから半身を起こし、テーブルの上の優の日記を手に取った。そして、何か人の秘密を覗き見るという行為に特有の罪悪感と緊張感の混ざった感覚を覚えながら、錠の鍵を外した。後ろのページから、いっせいにページをめくって先頭に戻る。俺は、鼓動が倍以上もはやくなっているように感じた。
2002年7月8日
はー、何冊目になるんだろう、この日記で。
えっと…… 淳と付き合い始めてから書き始めたから、もう三年になるんだ。
終わらせようと思ってたのに、また書いちゃってるね。
ところで優さん優さん、あなたは淳君のこと愛してるかね?
うん、もちろん愛してる。
なんかね、今、淳すごく心理的に辛いんだ。
淳は自分のことすっごく信じてる人だから、それが裏切られたって思ってるんだろうな。
だけど、そのことを自分自身で気付きたくないんだよね。
だから、無気力になっちゃってるんだよね。
私、何ができるんだろ……
あのね
私分かってるよ。
淳が、私のこと好きじゃないって。
口では、合わせて言ってくれてるけど。
優さんの目は節穴じゃないんだぞー。
私が淳にしてあげられることなんて、本当に少ししかないんだろうな。
だから、今はずっと話を聞いてていようと思う。
無理なおねだりもしないようにする。
邪魔にならないように、淳の側にいても、こっそりしてないと。
ほんとは、甘えたくて仕方ないんだけどなー……
うえーん、甘えたいよー……
むむー、この借りは、いつの日かきっちり支払っていただくぞ、淳!
はは、なんてね。
いつまでも、ずっとあなたの側にいられたらいいな。
なんか、こうやって文字にしてみると自分の気持ちを再認識できるなー。
なんだこれ。あれ、おかしいよな。こんなはずは…… 俺は、困惑して顔をしかめながら日記を裏返した。間違いなく優の日記だ。あのとき、優の母親から手渡されたものである。一瞬、優の母親が間違えて、誰か別の人の日記を俺に渡したんじゃないかと思ったが、その考を否定する論拠なんて考える必要もなかった。日記には、明確に俺の『淳』という名前と『優』という名前があるのだ。それなのに、俺にはこの日記の作者が俺の知っている優と同一人物であるとは信じられなかった。
なんとかして冷静さを取り戻し、記憶のテープを巻き戻してみる。確かに、そのころ優はまだ浮気をしているような様子はなかった。しかし、優の気持ちは確実に冷めていたはずだ。そのころの俺はよく優に「俺のこと好き?」とたずねた。それは、優の気持ちが俺から離れていってしまうことへの焦りからくるものだった。思い出してみると、それは随分昔のことのように思えるが、たった半年前のことである。結局、当時の俺がどれほど大きな勘違いをしていたのかが証明されたわけだが、それでも俺は優の気持ちを否定しようと試みた。しかし、そのページに綴られた優の気持ちを否定しようとしても無理がある。『愛してる』『ほんとは、甘えたくて仕方ないんだけどなー』そして『ずっとあなたの側にいたい』という言葉が鋭い長槍となって胸に突き刺さる。
7月14日
今年の付き合って三周年、淳覚えてないんだろうな。
話題にも出てこない……
約束覚えてるー?
その日は、連絡取り合わないで、自然に二人で約束の場所に行くの。
私は仕事があるから七時にしようって、一昨年の言葉だよー。
たぶん、忘れちゃってるだろうなー。
けど、淳だったら、忘れたふりしてるって思っちゃう。
だから、私はちゃんと行くよ。
ね、淳?
あの時、淳は、何時間だって待つって言ってたよね。
私も同じだから
7月17日
明日なんだな。
三年目……
一応プレゼント用意したんだ。
ムフフフフ
それは明日になるまでの秘密だもんね。
明日は、そんな忙しくならない予定だし、七時くらいにはついちゃいそう。
淳……
来てくれるよね?
7月18日
ははは……
私、ホント馬鹿だよね。
四時間も待ってさ……
正確には、三時間と五十分
来てくれなかったなー。
淳っぽい人来るたびにドキっとかして。
いつもみたいに、一味違った演出なのかな? って辺り見回したり。
二時間くらいして、来ないって分かってもまだ頑張ってさ。
私が遅くなって、それで淳気付くかな? とか思って……
分かってたのにな、来ないって……
淳の心にそんな余裕ないの分かるよ?
けど……
涙って、こんなにいっぱいでるんだなー。
なんか、ちょっと笑っちゃった。
会社行く時、やっぱり話しておけばよかったかな?
けど、それじゃ約束と違うし。
はーって、ため息ばっかついてちゃだめだな。
がんばれ、私!
7月19日
淳の馬鹿。昨日は唐沢と飲んでただって……
あ、そういえば昨日記念日だったよな、だって……
お互い忘れてたということにしたけど。
覚えてろよー…… いつか倍にして返させてやるから!
優さん、こう見えても根に持つタイプなんだからなー。
なんだか、唐沢君のことばっか心配して……
おーのーれー、かーらーさーわー!
私も少しは心配されたいぞ!
って、ちょっと喧嘩っぽくなっちゃったんだよね。
なんだか、過去のこと持ち出したりして、私も大人気なかったな……
ごめんね、淳。って、現実でもちゃんと謝れたらいいんだけどなー。
「優、待ってたのか……」
ぽつりと言葉が日記の上に零れ落ちた。すると、優が「うん、待ってたんだぞ」と言ってふてくされたような顔をしている錯覚がした。この日は、唐沢に飲みに誘われた日で、三木本さんと出会った運命の日である。俺はおぼえていなかったとはいえ、俺を信じて待っている優を無視して、唐沢たちと楽しく騒いでいたわけだ。
優、四時間も待ってたんだ。疲れただろうな。何度も携帯見て、俺のメールがないか確認したんだろうな。それでも、俺のこと信じて待っててくれてたんだろうな。とりとめもなく、心の蓄音機から言葉が流れる。そして、音だけでなく、それに付随して心のスクリーンに俺を待っている優の姿が映し出される。俺が来ることを期待して周りをきょろきょろと見回す仕草。壁によりかかって、携帯を見るたびにもらすため息と寂しげな瞳。家に帰って一人の夜に耐え切れなくて浮かべる涙。それらのどのシーンもあまりにも鮮明で、表情の一つ一つまでテレビでも見ているかのようだった。
俺はその日の夜、家に帰ったときの優のことを思い出していた。部屋に戻ると、眠っていたはずの優が何故か起きているように感じた。そう、あの時俺は優が起きているんじゃないかと思ったのだ。寝ているときの人間の呼吸は特徴があるが、それが感じられなかったのがおかしいと思ったのだ。今になって、それが寝たふりをしていたということが分かった。横向きに眠っている優の肩は、裏切られた悲しみに震えていたのだろう。俺は、優が心に押し殺した想いを想像した。隣部屋の、優の眠っていたあたりをぼんやりと眺めた。
その次の日の朝の俺たちの会話を思い出した。俺は優と前日のことで喧嘩した。優が、俺の過去のことにふれたのがむかついて、一方的に責めた。けれど、あの時優は、ずっと俺を待っていたことを伝えたかったんだ。優は俺が前日の夜何をしていたのか訊ねたとき、同僚の人と会ってたと言ったが、そのとき優の顔がほんの一瞬ひきつったように見えたのを覚えている。泣きそうだったんだな、たぶん。途端に罪悪感が芽生える。
「四時間も待ってたのか……」
もう一度同じ言葉が零れ落ちた。俺は、優を四時間も待たせてすまなかったという気持ち以上に、優の気持ちを身勝手にでっち上げていた自分の愚かさが許せなかった。そして、自分が信じていたはずの、誰よりも人の気持ちを理解することができるという自信がもろくも崩れる。無能感が両肩のあたりにのっそりともたげてくる。俺は、それが自分を完全に覆う前に、次のページに進んでしまうことにした。
7月20日
はー…… 今日最悪だった。
合コンって断り続けてきたけど、同期の子に怒られちゃった。付き合いわるすぎるぞー、だって。
そんなこと言われてもなー。私、付き合ってる人いるんだし。
まぁ、そんなわけで今日はいやいや合コンに行ってきたんだけど、四人、マスコミだかTV関係だかの人たちでさー。
おれはいけてるぜっていうのが一人。
おれは有名人と仲いいぜってのが二人。
あとは、比較的まともなのもいたけど、あんたたちじゃ、たばになっても淳の良さには及ばないから。
何が最悪って、自称いけてる人が、私にぴったりくっついてきてさ……
彼いるからって言ってるのに、携帯番号とか色々聞かれた。
仕方ないから教えてやったら、優も寂しいんだろ? てメールで……
もー、ほんと最悪!
そっこーで無視リスト入りしました。
で、何を思ったか、俺は有名人と仲いいぜの二人もメールしてきてさ。二人とも、今度タレントのだれそれと会うから、そんとき一緒しない? って……
あんたらはタレントじゃないだろう!
はー、こういうとき、淳のおくゆかしさとかってほんと新鮮なんだなって思う。
あー! あいつらのたばこのせいで、服がたばこ臭くなったじゃん…… あらぬこと疑われたらどうしてくれるんだよ!
「そっか、やっぱり合コンだったんだな。友達との飲み会だって言ってたよな……」
日付を何度も見直しながら、その日の俺と優のことを思い出していた。優は友達との飲み会なら誰と行くか俺に告げるのに、その日の優はそうしなかった。そのことで俺は優のことを疑っていた。帰ってきた優の衣服がタバコ臭かったことだけで優が合コンに行ったと、まるで探偵のように推理したのだ。いや、推理というよりはそうだと確信していた。今こうして日記をよめば、俺の推理は正しかったことになる。それなのに、どうしようもないほど哀しい気持ちになる。優が嘘をついていたという事実は、何よりも大切な真実によってかきけされていた。優の嘘は、ただ俺を思っての嘘だったのだ。
日記を数ページ読んで分かったことがある。優は、心変わりなんてしてなかったんだ。いや、それどころか俺を一途に想っていてくれた。今更そんなことがわかっても、取り返しのつかないことである。それは分かる。だけど、取り返しがつかないからこそ、そうだと割り切って考えることができないのだ。しかし、もしかしたらそこで出会った男といい関係になって、それからの優の心変わりに繋がるのかもしれない。実際、優のメールを盗み見たときの内容は変えられるものではない。しかし今となっては、優が他の男と浮気をするようなことがあったと考える方が矛盾している。唐沢の「本当に優ちゃんが浮気してたと思うか?」という台詞が耳鳴りのように鳴り続ける。
何度かその日の日記を読み直していくうちに、俺はかろうじて優のことは過去なんだと割り切ることができた。そうしていると、何故かとても親しい友人の日記を読んでいるような気分になる。そういや優って、でしゃばりとか生意気な奴って嫌いだったよな。ふと、そんなことを思い出した。そして、友達の付き合いで、愛想笑いをしながら話に応じる優の姿が頭に浮かぶ。けど、優の不機嫌そうな表情ってどんな感じだろう。あまり俺に見せない表情だけあって、俺には想像しづらかった。話してる奴から視線を逸らして、テーブルのサラダとか見てたりしたんじゃないのか。それでも、きっと友達の面子もあるからテンション上げようとして酒飲んだんだろう。帰ってきた優がほのかに酔っていたのを思い出す。マスコミ関係とかいう四人組は、揃ってたばこを吸ったのだろう。そんなんで優を口説けるはずがない。優は昔からタバコのにおいがだいっ嫌いだと言ってた。そう考えていると、優に好かれていたことが誇らしく思えた。その四人に、ざまあ見ろと言ってやりたい気がする。
「はは、ていうか俺のおくゆかしさだって。なんだよそれ」
その言葉がなぜかおかしくて、微かに笑い声をあげていた。確かに俺は昔からナンパをしたり、女の子に声をかけたりしたことがない。何かのきっかけで親しくなった女の子と仲良くするということは多かったが、自分から積極的に出会いを求めたりはしなかった。ただ、それは俺が奥手だったというだけで、おくゆかしいとはまったく違う。優もまだまだ俺のことわかってないな、と少しだけ勝ち誇りたい気がした。そのことを無性に優に伝えたくてなって、部屋を見回しす。その視線が、台所、ソファの俺の隣、寝室の順にむけられた。寝室のその先に、点のよう明かりを灯す外灯だけがある。そして、その境界線の窓ガラスに写しだされている一人の男が目に入った。
「何やってんだよ」
俺はそこに映っている男を蔑むように言った。優はすでにこの世にない。そして三木本さんのことを思い出した。ほんの一瞬でも、優と楽しく過ごしていた日々を思い出したことで、三木本さんを傷つけてしまったような気がした。外の薄闇から、さらに外灯の明かりを消したような気持ちになる。視線を日記に移して両膝を両手のひらでこする。その掌を固く結んで拳にして、ひざを何度も叩いた。なんのためにそうしたのかは分からなかった。ただ、優との思い出に浸っている間心ちが暖かくて、その感触を叩き壊したかったのかもしれない。
7月26日
はー、今年も花火見に行けなそうだな。
淳の体調、まだまだよくならないみたいだし。
私にできることがあったらなんでもしてあげたいけど、何もできない自分がすごくもどかしいよ。
けどね、思うんだけど、淳が私の気持ちを確かめるのって、私を必要としてくれてるからなんじゃないのかな?
もしそうだったら、ホントうれしいなーって思う。
今まで、与えられてばっかりだった私が、ほんの少しだけでも淳に何か与えてあげられるのかもって思う。
私、いつでも淳の側にいるからね。
8月8日
なんだか、もうじきお盆休みになるんだなー。
今年、特にやりたいことがあるわけじゃないけど、本当は淳と海に行きたいな。
青い空に、さんさんと照りつける太陽。私の大好きな海の潮の香り、そして淳!
あー、最高の取り合わせ……
めっちゃ露出しまくりの水着で淳を悩殺してやりたい!
それで淳にね、棒読みで「か、かわいいよ」って言わせたい。
淳、本音は棒読みだからなー。
あと、二人で浴衣着て花火行きたい。今月は、ちょうど休みの間に多摩川で花火大会あるし。
そいえば、淳ってなんで花火すきじゃないんだろ?
あんまり考えたことなかったなー。
人ごみ嫌いだし、それでかな?
はー…… どっちにしろ、今年のお盆は家にいるだけか……
ま、淳とまったり一緒にいられるだけでも悪くないか。
お母さんとこにでも行こう。
高校の友達も、お盆くらいは地元に戻ってくるだろうし。
まぁ、遠出はしないけど、身近なとこで結構予定埋まりそうだなー。
「花火……」
テーブルの上の日記から少し目を逸らし、かつて優が寝起きしていた寝室をぼんやりと眺める。正面のTVの上にある時計に視界を映し、それから目をつむった。空白は一瞬、もう一瞬過ぎるまで続いた。
俺は優の右手の親指、人差し指、中指で優の左手の人差し指と中指をちょこっと握っていた。優は白地に濃いピンクや紅色の花が描かれた浴衣を着ている。俺は、紺地に星のような模様がちりばめられた浴衣姿である。俺と優は川辺を歩いていた。カラコロと鳴る下駄。ときおり上がる金色の花火は祝砲のようだ。それを立ち止まって二人で見上げる。言葉はかけず、ときおりお互いがそこにあることを感じる。ただ、雰囲気だけを感じればそれでいいんだ。俺はいつだったか、夏の間にそんなことを考えていたことを思い出した。
8月13日
今日、久しぶりに実家に帰ってきた。
なんだか、お母さんも妹もまったく変わってなくてうれしかったな。
淳のことは何も話してなかったから、お母さんに色々聞かれた。
彼なら、きっと成功するわよ。そしたら、あんたも作家の奥様よ! だってー。
あー、本当のことなんて言えないな……
けど、私、うんって言ったんだ。
だって、淳は絶対に有名な作家になるから。
私、そう信じてるから。
今は…… ね、どんな人だって辛い期間あって当然だから。
創造の病ってのがあってさ、天才は必ずかかるんだけど、一時ぼろぼろの期間があるんだって。淳もそれに違いない!
今ははやく元気になってくれたら良いな。
そんなことを思いながら、今日は久しぶりに自分の部屋で眠ります。
8月14日
久しぶりに自分の昔の日記を読んじゃった。
うわー…… 私って……
もー、キャーキャー言っちゃって……
けど、最初のクリスマスこんなんだったんだよね。
なつかしー。
今思えば、あの時淳って、ひょっとして初体験だったりして?
うーん、がんばってる淳可愛いかったなー。
ほんとは恋愛経験少ないのに、無理しちゃってさ。
私が浮気してるって勘違いした時なんて、超かわいかった。
フォローしようとしておろおろしてね。
そう考えると、私も最初の頃って、淳を今と全然違う目線で見てたんだな。
かっこよくて、なんでもできて、やさしくて……
いつからだろ? それが、かわいくて、おもしろくて、かけがえのない人になったの。
そっか……
淳が、すっごく一生懸命な人なんだって知った時かな。
なんだか、たいしたことないみたいにして、普通の人だったらすっごく恩着せがましくするようなことしてたよね。
ちっちゃな気づかいから、私をびっくりさせることまで……
私はそれがうれしかったな。そして、そんな淳に影響を受けたんだ。
ほんとに淳に会えてよかった。ほんとにありがと……
私も頑張らないと。
今の淳の助けになるように、淳が私にしてくれたみたいに淳の助けになりたいな。
がんばれ、私……
優の思っている俺の人物像が、俺自身が描いているイメージとまるで違うことに驚く。どちらが正しいのかは分からないが、優の日記の俺には否定的である。不器用で奥手というところまではかろうじて線引きができたものの、かわいくて一生懸命な人という点がまったく受け入れられない。一生懸命な人は、俺ではなく優自身である。俺は、自分が中途半端な人間で、人の気持ちも分からない無価値な人間だ。
8月15日
今日は淳とまったりデート。
久しぶりに下北に行ってきたんだ。
昔とあんまり変わってなかったなー。って、昔って言っても半年くらい前なんだけどね。
けど、色々懐かしかった。
淳とこっちに来る時に選んだ家具売ってた雑貨屋さんとか、淳とよく行った洋服屋とか、そのままなんだもん。
店員まで同じだったし。
その後家で二人で映画見て、一緒にごはん作ったんだ。
ちなみに、ぺペロンチーノとトマトを使った野菜スープ。
んー、相変わらず淳の手料理はおいしいなー、なんて思いながら幸せを感じてた。
けど、土日っていつもこんな感じなのに、今日は特別に感じたなー。なんでだろ?
半年ぶりくらいに一緒に電車乗ったりしたからかな?
昔の日記読み直したからかな?
実際は一日をぼーっとすごしただけなんだよなー……
こんなのが、淳にとって意味があるのか分からないけど、今はこういう時間が大切なんだと思う。
この部屋にはたくさんの雑貨があって、俺はそれらの多くが、どこで買ったのかを覚えている。そういえば、一緒に買ったのばっかだな。今俺が座っている二人掛けのソファ、日記が置いてあるテーブル、その下の絨毯、TVの上の時計、台所のおたま、食器棚のペアで買ったマグカップやティーカップ、一体どれだけの雑貨を優と一緒に買ったんだろう。優の家に遺品を送り返していたときは、それらの雑貨を見ても感慨にひたることなんてほとんどなかったのに、今はそれらを買った日、二人で選んだときの会話まで思い出す。
そうしていると、優と一緒にいた時間の長さにきがつく。家こそ離れていたが同じ大学の同じ学部だったわけだ。同棲するようになってからは毎日ほとんど一緒だった。最初の半年くらいまでのことだが、優が寝るときはいつも俺の腕枕だった。俺の右隣ですやすやと眠っている優の寝顔を思い出す。初めのころは腕枕に慣れなくて、気がつくと腕がしびれて動かなくなった。優が、しびれちゃうよねと言って、俺の腕から離れようとする瞬間が嫌だった。何も気にしないで、ただ頼られていたかったのだ。だから俺は、腕がしびれてもなんとか優を起こさないようにとやせ我慢していた。感覚がほとんどなくなって指先に力が入らなくなったりしても、優がすやすやと眠っているのを感じると幸せだった。
8月17日
あーあ、明日から仕事だなー。
つまんないなー。
そういえば最近淳、携帯メールやたらに多いと思うんだけど、唐沢君からかなー?
まさか、浮気とかね……
8月18日
仕事始めって、行く時すっごく気乗りしないのに、帰り頃には日常って感じだよなー。
って…… 同期の岡田君が私に相談だって。
なんか、すっごくラブラブしてた彼女にふられちゃったんだってさ。
気が付いたら、他に男ができてただって……
そういうわけで、明日、なぐさめてあげようってことで、二人で飲みに行くことになりました。
うーん、淳に言うべきか、言わないべきか……
昔の淳にだったら言えるけど
今の淳、きっと辛いよね。
8月20日
なんだか、随分長いこと一緒にいたなー。けど、岡田君少し復活してくれたみたい。私、昔からよく相談乗ってたからなー。今日は、ずっと聞き役しててちょっと疲れちゃった。岡田君、すっごいラブラブだったもんなー。しょうがないよね
お酒飲んでたら泣き出しちゃってさ。ホントに愛してたんだって……
なんか、昔淳が言ってたこと思い出したんだ。
もし、本当に大切なんだったら、どんなことがあってもその人のためになることをしないとって……
けどさ、もし、本当に大好きで、愛しててしょうがない人に捨てられちゃったら?
その人のためにとかって考えられるのかな?
岡田君に、彼女の幸せを願ってあげることが彼女のためになることなんじゃないの? って言ってあげられなかった。
そんな余裕あるわけないもん……
だから私、今は泣けばいいよって言ったの。
なんだか、ろくなこと言ってあげられなかったな。
こんなとき、淳だったらなんていってあげるんだろう。
わかんないけど、淳も同じこと言うんじゃないかな?
なんとなくそんな気がするんだ。
優の携帯を盗み見たあの夜、俺は優の携帯メールの一つを見ただけで優が浮気していると勘違いしたのだ。優は浮気なんてしてなかった。ただ、岡田という同期の男の恋愛相談をしていただけなのだ。結局、合コンの時とまったく同じである。俺がプライドを捨てて掴んだ確かな情報は、その情報の確かさ以上のものは何一つ伝えていなかった。俺は、何を一人で空回っていたんだろうか。このことが、俺の優への気持ちを完全に凍らせ、その後の三木本さんとの関係に繋がっていったというのは分かりきったことだ。三木本さんを大好きだと思うこの気持ちは、全てその勘違いから紡がれてきたものなのだ。俺は自分の考えが正しいと信じて生きてきた。自分を悲観したり、卑屈になったりもしたが、それでも自分そのものを信じていた。自分が正しいと思うことを疑うことはなかったし、同じように間違っていると思うことを疑ったこともない。それが崩れ落ちていく音が聞こえるようだった。
8月21日
今日は珍しく淳がお出かけしてた。
珍しいなー、渋谷に行ってたみたいだけど、誰といったんだろ?
唐沢君かなー?
まさか、浮気なんてないよね。
それにしても今年の夏も終わりだな……
花火も終わっちゃった……
今年も行けなかったな……
はぁ、来年こそは一緒に行きたいんだけどね。
って、なんか今年は海にも行かなかったし。
あーぁ、一緒に行きたかったなー。
はぁー……
今は、ともかくがまんがまん
そういえば、岡田君がありがとうって、お礼に今度ご馳走したいから良かったら だって。
断ったんだけど、良いから良いからって言うから、今度食事に行くことになったんだ。
なんか、彼女のこと、少しはふっきれたみたいで良かった。
けど、こんな風にして愛し合ってる二人でも離れちゃうんだなー。
私と淳もそうなっちゃうのかな?
もし、なんかあったら、私どうなっちゃうかなー?
立ち直る自信ないよ。
淳は、離れたらすぐ忘れちゃうのかな?
そういえば、最近読んだ心理学の本にあったけど、リストカットするのって、気付いてもらいたいっていう気持ちからなんだって……
そんくらい強く思っちゃう人もいれば、あっさり忘れられる人もいるんだなー。
日記を読んでいるのが徐々に苦しくなってきた。そう、この日俺は三木本さんを好きになったんだ。渋谷で待ち合わせて、三木本さんの友達の誕生日プレゼントを探した日だ。優が浮気していると思った俺は、三木本さんに頼られて必要にされているということだけで好きになったのだ。もし、優の想いがはじめから分かっていたら、今の三木本さんとの関係はなかったかもしれない。けど、そんなことを考えても後の祭りである。今俺が好きで、必要としているのは三木本さんなのだ。優のことは全て勘違いだったかもしれない。それでも、俺にとっては今が全てだ。過去の過ちは、未来の教訓にでもしておけばいい。今後、勘違いをしないように気をつければいい。優のことは過去なんだ。優は事故で死んて、もう全て終わったことなんだ。こうして日記を読んでるのだって、三木本さんや唐沢、それに優の母親がそうしたほうがいいと言ってきたからなのだ。
淳は、離れたらすぐ忘れちゃうのかな? 優が俺に問いかける。
「あぁ、そうだよ!」
俺は罵倒するように答えた。その声は憎しみに淀み日記に響き、はね返ったそれが俺の心の奥底へと染み渡っていく。俺が蔑んでいるのは俺自身であった。それに気づきたくなかった。以前のように自分を卑下したくなかった。この数ヶ月、俺は精神的に安定していた。小説を書くことを再開し、アルバイトも始めた。新しい人生が始まったようで、目に映る世界や未来は輝いていた。けれど、実際は躁鬱病の躁期になっていたようなものであったのかもしれない。
俺はこの日記を最後まで読む自信を失っていた。これが真実なのだとしても、俺はそれを知らないでいた方がよっぽどよかったように思える。優は浮気をしていた。それでいい。そうは思っても、俺の体は心とはほとんど別の何者かに支配されていて、勝手に日記のページをめくっていく。そんな俺以外の俺に対抗する唯一の手段は、ただ心を閉ざして最後まで日記をよみきることだった。俺はこれから先を読んでいくことで知るであろうどのようなことにも、心を働かせないように心に鍵をかけた。
2
8月24日
なんだか、最近淳が少し元気な気がする。
唐沢君の友達と仲良くなったって言ってたし、それの影響かな?
良かった。
このまま、元気取り戻して欲しいな。
けど、唐沢君の友達って、女の子だよね? 名前が同じって言ってた子かな?
……
……
こんなときも、話を聞くことしか私にはできないんだよね……
8月28日
明日、岡田君と約束してたお食事に行くことになったんだ。
なんだか、結構リッチなもんおごってくれるらしい……
へへへ、たらふくごちそうされてやろうじゃないの
――って、なんか今日の淳珍しかった。
誰と行くの? って聞いてくるんだもん。
思わず、職場の子って言ったんだけど、変な風に疑われたら嫌だな……
本当は、事情はなしてって思うけど……
うーん、やっぱ断ればよかったかなー…… これって、見方じゃデートっぽいよね。
けど、彼の善意だし、なんだか、今更だけどどうしよう。
そうだよね…… 淳がこんな状態なのに、私だけ楽しんでるのってなんか違うよね。
けど、高い店予約してくれたみたいだし、いまさら断れないよね。
私、なんてばかなんだろう。
淳…… ごめんね。心配させるようなことして。
ほんと、ただのお食事だから
8月29日
なんで……
私、岡田君に告白されちゃった。
なんで、告白なんてするの?
私、愛してる人居るって話したことあったよね?
同棲してる人居るって言ったし……
気持ちにこたえてあげられないのわかってるはずなのに……
私、なんでもかんでも自分の気持ち伝えるのっておかしいと思う。
時に、その一言を言われた人がすごく苦痛になることもあるんだよ……
好きな人を思ってるなら、その人が苦しむようなことしちゃいけないはずなんだよね……
そうだよね、淳?
思いやりは、自分が相手のことを分からないって思って、相手をわかるように努力すること。思い込みは、相手のことを分かってるって勘違いすることだったよね。
本当に好きな人だったら、思いやってあげないとって私に話してくれたよね?
同期で、色々話し合える友達だったのにな……
9月3日
今日は、家に戻っても淳いないんだ。
唐沢達に会ってくるって……
ちょっと寂しいけど、まぁいいや。テレビでもみてよっと。
最近、心なしか笑顔も多くなってきたし。
淳の笑顔見るの、すごくうれしいな。
かわいくて、きゅーって抱きしめたくなっちゃう。
もー…… あいかわらず罪な人なんだから。
9月5日
今日、家に帰ったらね、淳が久しぶりに何か書いてたの。
ほんと良かったな……
でね、何かいてるのって聞いたら、作詞してるんだって。
同じ名前の女の子に、作詞頼まれちゃって、だって……
なんか、淳の会話の中で、最近その子の登場回数多いんじゃない?
あー、嫉妬してるなー、私。
昨日さ、メール来てたじゃん? その子から。
その後の淳のリアクション……なんか、超嬉しそうだったなー。
その後、淳との昔のこと色々思い出して眠れなかったんだからね。寝不足でひどかったんだからね!
けど、淳が少しでも元気になってくれるなら良いよね?
……
……
良いよねって?
自分で書いてるのに、何だろって思った。
ねぇ、私は何が良いのかな?
9月8日
岡田君、私に本気だって……
そんなこと言われても困るよ……
もし、うんって言ってくれなかったら仕事辞めるかもて
岡田君には仕事やめないでほしいし、だけど、気持ちにこたえてあげられるわけないし。
こんなとき、淳だったらなんていうんだろう?
淳だったらどうするのかな……
昔みたいに友達のことっていって聞いてみようかな。
もっと話し合って分かってくれればいいんだけどな……
けど、答えは出てるんだよ。
断るに決まってるじゃん。
私の、淳に対する気持ち、変るわけないもん。
……
岡田君だって、きっと元彼女のことで、今は焦ってるだけだと思う。
できれば、傷つかないように、それに気づかせてあげたいな。
9月9日
友達のことって、岡田君のこと淳に聞いてみた。
そしたら……
それだったら、相手に心変わりしちゃえば? だって……
なんでって聞いたら、そんな、何してるんだかわからないような彼氏なんかより、将来を考えたら彼のほうがいいだろう? って。
だけど、彼女は彼氏を好きなんだよって言ったら、愛は生ものだよ……だって。
……
そんな言葉、淳の口から聞きたくなかったな……
生ものなんかじゃないよ……
確かに、最初とはちがくなるけど、そんなんじゃないよ……
愛も好きもいつかくさっちゃうとか、絶対違うよ……
今までだって、今だって、これからだって、ずっとずっと愛してるもん。
さっき、コンビニ行くってでかけたとき、泣きそうだから出たんだよ。
外、星がきれいだった。
もう、夏も終わりなんだなって思ったら、涙止まらなかった。
9月14日
私ね、岡田君とのこと、自分でどうするべきか決めたの。
例え、仕事やめちゃうかもしれないけど、自分の気持ちしっかり伝えるよ。
私が、どれだけ淳を愛してるか伝わってくれれば、諦めるしかないよね。
私、淳に一目惚れしちゃったんだ。
初め、大学の始業式で遠くから淳を見たとき、あ、いいなーって思った。
きっかけがなくて、近くに行ったり声かけたりはできなかったけど、唐沢君を通して話すようになったんだよ。
最初、おもいっきり緊張したけど、話したら、すごく楽しい人だった。
物知りだし、笑った時の目とか、すごく可愛くて、それから完全に好きになっちゃったんだよね。
だけど、淳には好きな人がいたみたいで、あきらめながらも告白したんだよね(しっかり断られたけど)
その後、淳が何故か告白してくれて……
あの時は、幸せでどうにかなりそうだったなー。
最初の頃は、かっこいいイメージ強かったけど、時間とともにだんだん変わって、気が付いたらすごくおっちょこちょいで、色々経験豊富そうに見えて、実は違ったり、無理にかっこつけようとがんばったりしてさ。
小さくて見えないような思いやりの一つ一つにも感動した。
ほんと、びっくりさせるの大好きだもんね、淳。
子供の頃、絶対いたずらっ子だったに違いないって思ったなー。
夢とか、自分とか持ってて、なにかに全力になると、そのことに本気になれたり。
最近の人って、みんなどこかクールで打算的でさ。
自分が傷つかないように計算ばっかりしてて……
今考えれば私もそうだったな。
けど、淳は違ったな。
それまで、趣味も夢もなかった私が、今は胸をはって言えるようになったのも、そんな淳と接していられたからなんだ。
今の会社に入れるようになったのも淳が居てくれたからだし……
最終面接の時のこと、今でもしっかり覚えてるよ。
――って、私、最初と全然違うこと書いてるし!
岡田君のことだったよね。
思い出にひたってしまった……
私、普通にしてようと思う。今まで彼にしてたみたいので良いと思う。
不自然に気を使ったり無視したりとか、どっちも良くないと思うから。
淳だったら、きっとそうするんじゃないかなーって思うんだ。
口ではあんなこと言ってたけどね……
9月17日
最近、ホントに淳の調子が良いんだ。なんか、無料のバイトの広告見ててさ。バイト再開しようと思うんだって。
まだ影あるけど、昔みたいに冗談言ったりするの多くなってきたし。
俺、もう少し頑張らないとなって。
ほんとに良かった……
けど、なんか変なこと言ってたんだよね。俺、一からやり直すから、優も自分の好きにしたら良いよだって。
何それ?
淳に好きに甘えて良いよってことかー?
って…… 絶対違うよね。
淳がこういうくだらないこと言う時は、たいてい私が他の人のこと好きだと勘違いしてるんだよね……
私って、そんなに軽い女に見えるのかなー?
だったらかなりショックなんですけど……
はー、自分の想いってなかなか伝わらないんだなー。
実際は、恥かしくて言えないだけなんだけどね。
いっそのこと、日記読ませてあげたいよ。
9月18日
なんだか、休日家にいるのちょっと辛いから、実家に帰ってきたんだ。
淳が生き生きしてるのはうれしいんだけど、それが彼女のおかげって考えるとやっぱり少し辛い……
こんなんじゃ駄目だって分かってるけど。
本当は、喜んであげなきゃいけないんだよね。生き生きしてる淳を一緒に喜んであげないといけないのに。
私、嫉妬してるんだろうな、彼女に。
淳の気持ちが簡単につかんじゃうんだもんな。
私が何年かかってもできないことなのにね……
きっと、すっごく魅力的な子なんだろうな。
だから、淳の気持ちも、彼女に傾いちゃうんだろうな……
って、まだそう決まったわけじゃないよね。
恋にライバルはつきもの! 頑張って淳の気持ち取り返さないと!
そだ…… 頑張らないと……
頑張れ私!
負けないからなー!
たかが大学生の小娘なんかに負けるかー!
淳の好きな料理って、エビチリだったよね……
お母さんに教えてもらおっと。
9月19日
今日、早速料理作ったんだけどね、淳すっごく喜んでくれた。
よかったー。
これからは淳の好きな料理いっぱい作ってあげるから。
明日は何にしよっかなー。たしか、豚の角煮すきって言ってたよね。
豚の角煮ってどうやってどうやって作ったっけ? 六角とか使うんだよね、確か。
明日、帰りにお料理の本かってこよっと。
9月20日
淳、豚の角煮喜んでくれた!
で、最近どうしたの? だって
少し、料理の勉強しようと思ってっていったら、良いじゃん、頑張ってだって。
応援してくれるとかなり嬉しいなー。
そうそう、淳アルバイト決まったんだ。
コンビニなんだけど、週4で深夜になるんだって。
私は、仕事あるからもう寝るね。
9月24日
明日は淳バイト休みだし、練習してた料理つくってあげよっと。
ふふふ、修行した優さんの実力を見せてやる。
明日は暇だって言ってたし、そういえば、岡田君、なんだかずっと想ってるからとかメールが来た。
がんばるなー。そのがんばりで元彼女を想ってあげてください。
私みたいな女のどこがいいわけ?
9月25日
はー…… 友達と会ってくるだって。
メールで一言……
友達って、あの子なのかな?
淳のばか
せっかくおいしい料理作ってあげようとおもってたのに!
どあほ
よりによってお買い物済ませてからメールこなくても……
寂しさ倍増するじゃん!
まぁ、電波悪くてメール受信遅れたのはこっちのせいなんだけどさ。
まぁ、仕方ないっか……
明日あさって休みだし、そん時にでも作ればいいよね。
9月25日
――唐沢君とお泊りででかけるだって。
どこ? って聞いたら、山梨だって。
キャンプする予定だったんだー。ふーん……
……
言えよ!
シーズンオフで安いホテルがあるんだってさ。
あー…… それって、絶対あの子も一緒だ。
安いホテルって、ラブホだったりして……
……
最悪な発想…… だけど、疑っちゃうのもしかたなくない??
ホント最悪……
おうち帰ろう。
はー……
9月27日
淳が十二時過ぎに帰ってきた。
私が起きてるのにちょっと驚いてた。
どうしたの?だって
なんか、見え見えな感じ……
どうだった? って聞いたら、何が? だって……
キャンプのことに決まってるじゃんって言ったら、あー、あぁ、良かったよ。だって……
なんか、またないちゃいそう……
今週は、アルバイト週四回だから、明日からまた会えないんだ。
せっかく色んな料理挑戦してるのにな……
って、そんなことより、同棲してるのに会えないって。
はー、淳……
9月29日
なんだかね、淳と話すことあんまりなくなっちゃったんだけど、私が起きる時間帯だと、淳が隣で寝てて、朝一番に大好きな淳の寝顔が見れるんだ。
これはこれで、なかなか良いんだよね。
淳の寝顔ってかわいくて、すっごく好きだもん。
あー、あと二日で淳のバイト休みになるんだー。
そしたら、今度こそおいしい料理作ってあげるんだ。
喜んでくれるかなー?
そういえば、もう秋なんだよね。
なんだかこの季節は哀しいんだよなー。
気候は一番いいけど、私は春の方が好き。
花粉症じゃないしね。
それに、夕日が鮮やかになると、哀しさも深まるんだよね……
10月1日
はー……
今日さ、淳が小説書いてたから、どんなのって聞いたらさ、結構一方的に、どうせ優には分からない話だよ、だって。
ひどいな、そんな風に言わなくてもいいのに。
久しぶりにたくさん話そうと思ってたのに、それで会話途切れちゃったし、気が散るからって図書館行っちゃうし。
私、だめだなー……
彼女みたく淳を元気にしてあげられないし、それどころか怒らせてばっかだし。
淳にしてあげられることなんて、私にはほとんどないんだなったから、せめて料理でもって思ったけど、食べさせてあげられる機会無いし。
付き合って、同棲までしてるのに、なんか他人みたいだし……
彼女とどんな話してるんだろうな。
携帯、今までの淳って、結構どーでもよさげだったのに、最近じゃ肌身離さず持ち歩いてるし。
なんか見られたくないメールでもあるのかなー。
なんだか、自分が嫌になってばっかだな、最近……
10月3日
なんかね、帰ってきたらテーブルの上に淳の携帯があってさ。
ちょっと珍しいし、みちゃおっかなーとか思ったんだけど、それってすごく失礼だし、って思ったんだけど見ちゃったのね。
淳と彼女のメール
大好きだよ、だって。
分かってた……
そういう感じだったもん。
わざと私を避けるようにしてたもんね。
私、ホントに分かってたよ。
淳が、彼女のこと好きなのも分かってた。
だって、携帯のメール来るたびにすっごい嬉しそうなんだもん。
電話の着信音彼女のだけ違うでしょ?
ほんと不器用だよね。
私のも、唐沢君のも同じなんだよね。
淳の気持ち変ってたの、気づかないようにしてさ……
きっと大丈夫とか、何の根拠もないのにね……
色々気になることあっても、日記に書かないようにしてたり。
10月5日
ここ数日眠れない……
寝ようと思ってさ、布団の中に入ってるとね
まっ暗で、1人で寂しくなるのね。
それで、頭がさえちゃって、淳とのこと、今までのこととかたくさん思い出しちゃうの。
淳との、初めてのクリスマスとか、私のこと早とちりして、私をふろうとしたときとか……
いっしょに住もうって言ってくれた時とか……
どれもこれも、さりげなさそうで、おっちょこちょいで不器用で、肝心なことはいつも口べたで……
だけど、いつもいつも、すごく私のことを考えてくれてて……
淳がいなかったら、今の私居なかった。
そんな淳だから、なによりも必要で、誰よりも大切なのに。
もう、長くは居られないんだよね。
そう思うと、涙がいつまでも止まらなくて……
会うと一番うれしい人なのに、会うのが怖い。
さようならって言われるのが怖い……
私、どうしたらいいんだろう?
明日、淳バイトないんだ。
私、淳と何を話せばいいの?
涙流さずにしゃべれるの?
分かんないよ……
淳……
10月6日
今日家に帰ったら淳がいたのね。
私に背を向ける格好でテーブルのとこで座ってた。
淳の後姿、私すきなはずなのに、すごく怖くて悲しかった。
振り返って、実は話があるんだ…… って、別れ話をされるんじゃないかって不安だった。
その後、普通に話してて、いつもと何も変わらない会話なのに、淳から別れをもちかけられそうで……
そう思うたびに、死んじゃいそうだった。
淳の冗談だって、いつもなら笑って返せるのに……
あれ、料理やってたんじゃないの? って言われてね。今日はお休みってこたえたんだけど、なんだかぼろでまくりだったし……
鈍感な淳じゃなかったら、色々気付いてるよね?
あ~、私なにやってんだろ?
浮気されてるってわかって。
いつかふられるってわかって。
それなのに淳を信じようとしてて……
今日、何も言われなかったことにほっとして、まだ好きで居てくれてるのかな? とか期待したりしてさ。
何、未練がましいことやってるんだろ?
分かってるんだったら、自分から離れればいいじゃん……
私、淳なんかよりも全然もてるんだよ。
私のこと待つって言ってくれる男の子だっているんだよ……
……
何言ってんだろ、私……
淳って決めたのに何考えてるんだろ。
私、どうしたら良いんだかわからない。
10月9日
なんだか、少し疲れちゃったな。
休日、家に帰ってきちゃった。
お母さんに、どうしたのその顔って、本気で心配されちゃった。
んー…… 確かに少しやつれてるかも。
けど、頬の肉が少しとれて良いかも、なんてねー。
ははは……
なんだか、自分の部屋は落ち着くな。
今日はゆっくり休めそう。
10月10日
うわー、もう二時じゃん?
何? 私、十四時間も寝てたわけ?
うーん…… 我ながらちょっとすごい。
けど、おかげで元気でたな。
今日は、夕方までゆっくりしてアパートに帰ろうと思う。
だって、私の家はここじゃないもんね。
淳と一緒に居る、あのアパートが私の家だから……
辛くても、最後まで淳との生活送らないとって思うんだ。
悩んだって、結局は解決しないし……
――って、淳は、私のこと邪魔だって思ってるんだろうな。
私、一番愛してる人からきらわれちゃったんだなー。
ごめんね、淳、いつまでも私から離れてあげられなくて。
淳のことだから、自分から私をふることってふるってことないかもしれない……
淳ってそういう人だもんね。
心変わりしたって、私を傷つけたくないんでしょ?
そう思うところが淳の優しさだけど、今の淳の優しさは、私には辛いよ……
淳の心、すごく葛藤してる。
私に嫌われるようにふるまおうとしたり、その場で傷ついた私に優しくしてしまったり。
そういう自分が中途半端で腹がたって八つ当たりしたり……
そうやって、淳自身どんどん疲れていっちゃうんだよね。
私が、いつまでも淳から離れられないから……
誰よりも愛している淳を、誰よりも苦しめてるんだよね。
けど、無理だよ……
パルとパール見てると、淳が私のためにしてくれた日々を思い出しちゃう。
優も立派になったから、もう俺なんて必要ないとか言わないで……
ずっとずっと一緒に居たいよ……
11月8日
なんか、一ヶ月くらい日記さぼっちゃったな。だって、書いてると色々思い出しちゃって辛い。
けど、なんかこの一ヶ月で少し慣れちゃったかな。
ほんと、私馬鹿だよね。なんでいつまでも淳にしがみついてるんだろ……
岡田君、私の体調すっごく心配してくれるし、なんか会社でちょっと倒れちゃった時も、一緒に側に居てくれたし。今でも、私のこと好きなんだって。
どうせ、ふられるの待ってるだけなんだし、彼にゆらいじゃって良いんじゃないの? って何度も思ったんだ。
だけど、なんだか無理みたい。
もしさ、昔の淳で、私が相談とか乗ってたら、なんて言うかなー、とか考えちゃってた。今の淳だったら、さっさと心変わりしちゃえよって言うんだろうな。
けど、昔だったらこんなこと言うんだよ、きっと。
そんな不器用だけど、心のまっすぐな人ってすごいな、とか言ったよね。
あの頃は本当に幸せだったな……
あーあ、また涙が止まんなくなっちゃった。
今日はこれでおしまいー
11月14日
どうも、周りからは随分調子悪く見えるみたい。なんか、上司にも仕事休んで、家でゆっくり静養しなさいって言われちゃった。
うーん、けど、家に居る方が辛いんだよね。
そういえばさ、淳も、私が病気で倒れて入院したとかなったら、心配で私のこと考えてくれるかなー。
……
うわ、なんか、そこまでして気を引こうとする女って、ちょっとキモイよね。
とか言いながら、すでにキモイ女っぽいかも。
ははは……
……
もしもだよ、もし、本当に私が倒れて入院とかしたら、心配してくれるかな……
けど私ってさ、わりと風邪ひかないし、妙に丈夫なんだよね、昔から。
最近の生活もなれちゃったら割と楽になってきてる気がするし。
うーん…… だったら、事故とか?
って、何考えてんの私!!
もう、今日は寝よ! (寝れないけど)
11月20日
ねぇねぇ、すっごく考えてみたんだけどさ。もし、本当に怪我とかしたら、淳心配してくれるよね。
今はほとんど無視だけど、淳の性格からして、そうなったらきっと違うよね。すっごく心配して、世話とかしちゃってくれて、それで、なんかまたいい感じになったりとかさ……
それでさそれでさ、やっぱ根が丈夫らしくて、不眠症くらいじゃ倒れそうにないし、かといって自殺未遂とかってほんと危ない子じゃん。リスカとかってタイプじゃないしね。
と、いうわけで、ちょっと頭を使って、不慮の事故ってのはどうだろうかなと……
どうだろうじゃないわよ。
あー、あほだあほだー。
けど、淳に振り向いてもらいたいし、このままじゃ体より心が危ないし。
11月23日
今日ね、私が仕事から帰ってきたときに、ベランダのとこに淳電話でしゃべってるの見たんだ。それで、なんか聞いちゃった。
好きだよ だってさ
その後淳と話して、涙出なかったのは奇跡だったな。
淳が私にその言葉をくれたの、いつだったかな……
11月25日
なんか、私やってみようと思う。
ほんと馬鹿だよね…… けど、なんだか、考えることがいつもそのことだけになっちゃってて、もう、わけ分からない。
それにね、これでもしも淳が全然気にかけてくれなかったらさ、なんだか諦めつきそうだし。
今みたいに、いつかふられるのを待ってるのって耐えられない。もう、一ヶ月もこんなんだもん。
それでね、うちの自転車のブレーキを細工しちゃうんだ。かからないようにするの。それが、誰かのいたずらっていうことで、私は坂の下の壁にぶつかって、怪我をしちゃうっていうシナリオ。
……
ほんとに私何考えてるの……
淳、助けて……
「ちょっと待てよ……」
12月1日
明日、やろうと思うんだ。
もし、淳が心配してくれたって、こんなことで気持ち戻るわけないじゃんね。 わかってるのに。
けど、これで駄目だったら諦められるよね……
はは、けど、なんか変なの。こうしようって決めてから、なんだか妙に元気なの。
会社でも、元気になったねって言われたよ。
淳、愛してるよ。
「何わけのわからないこと言ってんだよ!」
気が動転しそうになりながらも、なんとか日付を確認する。優が死んだのは十二月二日の夜である。頭が割れるほどの頭痛がして、俺は優の日記の言葉を整理できずにいた。それでも、体はほとんど自動的に動いて、俺はその動きを止めることができなかった。
12月2日
私、ほんと馬鹿だよね……
何考えてるんだろ?
普通に考えて、絶対おかしいよ……
こんなことしたってなんになるの?
分からないけど、私には淳が必要なんだ……
これで、もし淳が振り向いてくれたらって思ったら……
もしもだよ…… すごく心配してくれて、それで、私に振り向いてくれたら、私どうしようかな?
そしたら、最初に、浮気したこと謝らせるんだ。
それでね、ずっと先の話になるけど、結婚させるの。
でね、子供産んで…… あ、子供産むの難しいかなー?
淳、当分売れそうにないし。
それまでは、私が仕事してなきゃだしね。
けど、子育ては淳に任せちゃうっていうのもありかな?
私、バリバリ仕事して、淳と子供養わないとなー。
なんか、淳って絶対に子煩悩になると思うんだ♪
あー、なんか、背中に赤ん坊おぶって料理とかしてる淳って絶対かわいいと 思う!
それで、私に「家事は俺に任せてって」とか言って、赤ん坊独り占めしようとするの。それに私が文句言って喧嘩したりして。
いいな…… そんな未来があったら。
もし、本当にもしもの話だけどさ……
私が死んじゃったりしたら、そのときはどうしよう
うーん……
そしたらね、そのときは、私のこと忘れて欲しいな。
それでね、淳には、これからも淳らしく生きていて欲しい。
口先だけじゃない、そっと見守ってくれる優しさとか、大切なことにはすごく厳しいところとか……
見返りとか求めないで、おしつけとかもしないのに、本当に一生懸命になってくれるところとか、いつまでも忘れないで欲しい。
それでね、そんな風にしているうちに、淳の大切な人ができて、その人と幸せになって欲しい。
今の子が、淳の運命の人になるのかな?
……
もー、浮ついたことしちゃだめだぞ!
なんか、そう考えると、私が心配することって何もないなー……
そうそう、この日記、読まないで欲しいな。
ま、淳はプライバシー気にするから平気かな?
もし読んじゃったら、淳優しいから、私のこと、きっと長いことひきずっちゃうよね。
そうしたら、いつまでも淳、幸せになれないよね
けど……
もしも、淳がこの日記を読むことがあったら……
その時のために、一つだけ淳にメッセージです
あのね、聞いてくれる?
私、淳に会って本当に幸せだったよ
私ね、淳に会って始めて、生きてるって感じがしたの
だから、こんな結果になってしまったけど……
本当にありがとう
それだけ
だから、淳には幸せになって欲しい。
いつまでもひきずってたりしたら怒るからね!!
て、なんか私、遺書でも書いてる感じじゃん!!
馬鹿みたい…… そんなのが目的じゃないんだし
けど、なんか変だなー。
さっきまで辛かったのに、なんだか楽になっちゃった
……
それじゃね……
淳……