かっこいいということ
日比谷先輩と居酒屋に行った翌日。
いつも通り出社しいつも通り自分のデスクに着くと、いつも通り、日比谷先輩が居た。
「おはよ〜」
「…おはようございます」
いつも通りの朝の挨拶だ。…じゃなくて!
「先輩!昨日は大丈夫だったんですか⁉︎ちゃんと帰れたんですか⁉︎」
「あ〜、やっぱ俺フラフラだった?お前と飲んでたのは覚えてるけど、気づいたら家のベッドで寝てたわ〜」
昨夜、先輩は急に動かなくなったのだが、何ということはなくただ酔い潰れただけだった。
しかし大変だったのはその後で、支払いを済ませ、ピクリとも動かない先輩を担いで店を出て、周囲の人の冷たい視線に耐えながら、先輩をタクシーに詰め込んだ。
その後、先輩がどうなったのかは分からなかったのだが、
「いや〜、財布の中身が減ってたからタク代は払ったと思うんだけどさ、部屋までどうやって戻ったのかはさっぱり覚えてないね〜」
日比谷先輩はヘラヘラ笑いながら、その後の顛末を話した。今はもう、いつも通りだ。
「うん、でもまぁ、お前とああいうアツい話ができたんだから、トントンだろ!」
「……その辺りは覚えてるんですね」
本当に、油断ならない人だ。
…でも、正直、
「正直、お前の目、変わった気がすんな」
「……え?」
先輩は昨夜見せた、見透かしたような目で僕を見ながら、笑った。
その笑顔は、またしても見たことのない、ホッとしたような、父が子を見守るような、柔らかな表情だった。
「昨日言ったことはほとんど俺の先輩の受け売りなんだけどさ、それ初めて聞いた時に、俺、友達のこと思い出したんだよ」
「友達?」
先輩は椅子に深く体を預けて、うん、と一度頷いてから、話し始めた。
「友達っつーか、親友かな。ずっと一緒にグダグダ遊んでたんだけど、高校の時に事故で死んじゃってさ。それから、そいつのこと思い出す度に色々考えてたんだよ」
「色々…」
「俺が死んだらどうなるんだろう、俺が死んだ後に何かが変わるのか、みたいなさ」
「それは…」
何ともコメントに困る考えだ。中二病っていうのかな?
「でも、その親友に言われたこと思い出してさ。ただ一緒にいてくれるだけでお前は俺を変えてるんだぞ、みたいな」
その親友の言葉は少し強引な気もしたけど、言わんとしたことは分かる。
誰かと関わることで、何かをすることで、人は大なり小なり影響を残す。
「そう考えたらさ、とりあえず何かやってみようって思ったわけよ。何でもかんでも、やってやろうって」
先輩は、小さくため息を吐き出して、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で呟いた。
「俺が産まれてからと俺が死んだ後で、何か変わってて欲しい。俺はやっぱり、何かを遺したいんだよ」
……まぁ、結局聞こえてしまったわけなのだが。人の恥ずかしい告白を聞くのは、正直辛い。
「…先輩の言ったこと、何というか、結構響きました。…その、僕も、何か遺したい、というか」
「聞いてんじゃねーよ、人の恥ずかしいセリフを!ひゃー!はずいはずい!」
クネクネしながら照れる日比谷先輩だが、僕が知らないだけで、この人も努力をしている。
課長も、部長も、誰もかれも頑張ってる。
そんな当たり前のことを考えもしないで、僕はボヤいていた訳だ。
「…恥ずかしいのは僕の方ですよ」
一瞬キョトンとして、そして、先輩は笑った。
ヘラヘラと。
「じゃあ、どうすんの?」
本当に、この人は笑顔が似合う。
この人みたいに、胸を張って堂々と笑えるようになりたい。
「まずは、今日の営業、随行させて頂きます」
「おっしゃ!張り切っていこうぜ!」
まずは、頑張ってみようと思った。
何でもいいんだ。やれることを、一生懸命やってみよう。
それだけでも、何か変わるかもしれないんだから。
さぁ、新しい一日の始まりだ。
続く