誰にも分からない
「やっぱさ、怒られるよりは褒められたいよな。それはきっと、誰だってそうだと思うんだよ」
日比谷先輩は、一口、焼酎を飲んだ。
「で、ある時気づくんだよ。怒られないようにすれば楽だ、って」
日比谷先輩の口調は、いつだって軽い。
「怒られないようにするのは簡単なんだぜ?元気な態度で、言われたことを頑張ってやってます、って顔してりゃいいだから」
そんな…
「そんなの、嫌です」
「だよな?だったら、どうするよ?」
日比谷先輩は軽く言う。だから、先輩がふざけてると思った。
でも、そう言う先輩の顔はひどく真面目で。まっすぐ僕の目を見るものだから、返す言葉が出てこなかった。
「何だっていいんだよ。褒められたい、チヤホヤされたいって言うんならさ。でも、誰からも褒められることって一つの答えがあるもんじゃないじゃん。お前のやったことを馬鹿にするヤツもいるかもだけど、真面目に評価するヤツもいるかもしれない」
先輩はグラスに一度口を付けて、一息つく。
「だから大事なのは、何をするか、じゃなくて、何かをしたかどうか、ってことだと思うんだよな」
「……だから、なんでもかんでも、がむしゃらに頑張れって言うんですか?」
「納得できないか?」
「…できません。そんな当たり前のこと、僕だって考えたことあります」
僕は慰めてほしいんじゃない。僕の努力に正当な評価が欲しいんだ。
「仕事さえくれれば、結果を出してきますよ!」
「ナマイキ言うね〜」
先輩は口元だけで笑った。その態度が僕を馬鹿にしているものだ、というのは明らかだ。
「先輩はそうやって笑ってますけど、僕の気持ちなんか分からないでしょう!僕がどれだけ頑張ってるか、見てないでしょう!」
思わず、ぶちまけた。
酔いはすっかり覚めていて、これまで自分がかなり恥ずかしいことを言っていたことも覚えてる。だから、これは偽りない僕の気持ちだ。誤魔化さず、格好つけない、僕の本心だ。
でも、
「そりゃ、お前の気持ちなんか分かんねえよ」
そう言った先輩の表情はやっぱり真面目で、むしろ冷たさのようなものも感じた。
「逆に聞くけど、お前は俺の努力が分かるか?曽根崎課長の不満が分かるか?部長の苦労が分かるのか?努力してるのはお前だけじゃないし、努力も無しに生きてるやつなんて、少なくともウチの会社にはいねえよ」
まくし立てるように話す先輩だけど、何故だろう、僕を責めてるようには聞こえなかった。むしろ、責めてるのは先輩自身のような。
「愚痴るのは簡単だ。でも、変えたいんだったら自分を変えろ。認められたいんだったら認めさせろ。できることを全部やって、誰にも文句を言わせるな」
先輩は、もう僕を見ていない。
焼酎の入ったグラスを、じっと、見つめている。
そこには、何が見えているんだろうか。
「誰だって、同じなんだ。誰だって、頑張ってる。そんな中で自分を出すなんて、……分かんねえよ」
それきり、先輩は動かなくなった。