不死鳥ラムール
レンの魂は、高速で光の中を飛んでいた。どこに向かっているのか分からない。しばらくすると目の前が真っ白になった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
レンは、急に何かに引っ張られる感じがした。そして、徐々に目が見え始めるとそこには、美しい緑豊かな草原の様な景色が一杯に広がっていた。
「ここは…どこなんだ?」
と、レンは一人辺りをきょろきょろと見回した。
「ここは、あの世と現世の狭間の空間じゃよ」
と、いつの間にか現れたフウガが言った。レンは、フウガを見ると直ぐに抱き付いた。フウガもレンを抱き締め頭を撫でた。
「レンよ、良くやった見事ベルゼブを討ち取った」
「はい、でも最後はアルカトが連れて行きましたから」
「ふふ、まぁ良いじゃないか、これで世界はイビルニアの脅威から解放されたのだ」
レンは、フウガと二人何となく歩き始めた。しばらく歩くと花が咲き乱れているのが見えた。レンは、不思議に思った。今自分は死んでいるはずなのにどうして生きている感じがするのだろうと。
「おじいさん、僕は今死んでるんですよね?」
「ああ、そうじゃな」
「シドゥや龍神様、コルベ爺はどこに行ったのですか?一緒に居たはずなのに」
と、レンは、シドゥ達が居ない事に気付き辺りを見回した。フウガが、にっこり笑って答えた。
「彼らは先に行ったよ、あの川の向こう岸じゃ」
と、フウガが言いながら指差した。フウガが指差した方へと歩いて行くとさほど大きくない川と小さな桟橋が見えた。桟橋には小舟が寄せられている。レンとフウガは川原にあった大きな石に座った。そして二人でぼんやりと川を眺めながら話した。
「あっそうだ、ごめんなさい、おじいさん…僕、おじいさんの斬鉄剣を折ってしまいました」
と、アルカトとの戦いの際に折れた斬鉄剣の事を思い出しレンは、フウガに謝った。
「はっはっはっ、気にする事はないぞ、ほれこの通り折れてはおらんわい」
と、言いながらフウガは、鞘から斬鉄剣を抜きレンに見せた。
「現世の斬鉄剣は折れてもこっちの世界の剣はこの通りじゃ、心配する事はない、マルス殿下がジャンパールに持ち帰り腕の良い鍛冶屋に修理に出してくれるじゃろう」
「それなら良いのですが…」
「刀の事より、エレナさんの事じゃ良かったなぁ心を取り戻せて」
と、フウガが言ったがレンは、暗い顔をしていた。自分が死んでしまった以上もう会う事も抱きしめる事も出来ない。フウガとこうして話が出来て嬉しい反面、愛するエレナに二度と会えない辛さが顔に出ている。フウガは、そんなレンにお構いなしに話しを続けた。
「アルカトめ、ややこしい事をしおって、あやつはなお前に討たれる事を望んでおったのじゃろう」
「えっ?僕に?どうしてですか?」
「それは人間の愛を知るためじゃ、あやつはわしと戦った時も愛とは何だと聞いて来た、それはそうとアルカトがまさかベルゼブの息子だったとはな…びっくりしたわい」
と、フウガは言い小石を一つ川に投げ込んだ。
「アルカトは、エレナさんの心を奪いお前を試した、愛が偉大なものであれば必ず自分は討たれると信じていたのじゃろう、そしてお前のエレナさんに対する愛を知った、人間の愛とは何かを知ったのじゃろう」
「アルカトは生まれ変わる事が出来るんでしょうか…その人間として」
と、レンは、フウガを真っ直ぐ見つめて聞いた。フウガは、ゆっくりと頷いた。
「うむ、イビルニア人とて愛を知れば暗黒の世界から抜け出せるじゃろう、そして魂は浄化され新しく生まれ変われるはずじゃ」
「アルカト…生まれ変われるなら僕と友達になりたいと言ってました、来世で友達になれるかも知れませんね」
「そうじゃな」
と、レンとフウガが話している頃、現世のマルス達は、レンの亡骸を取り囲んでアストレアが不死鳥の剣に話しかけていた。
「ラムールあなたの出番が来ました、出て来なさい」
マルス達は、アストレアを見た。アストレアは、もう一度不死鳥の剣に言った。
「ラムール、早く出て来なさい」
すると聞いた事のない動物の鳴き声がマルス達の周りに響いた。そして、マルス達の目の前に大きな不死鳥が現れた。その姿は、見た事のない美しさでこの場に居る全員の目が釘付けになった。
「聞こえてるわアストレア、ティアック家の子を連れ戻すのはこれで二度目ね」
と、不死鳥ラムールが言った。ラムールは、自分の嘴をアストレアに近付け撫でろと言わんばかりのしぐさをした。アストレアは、その嘴をそっと撫で言った。
「さぁレオニールを連れて来て皆が待ってるの、あの子はまだ死ぬ時ではなかったはずよ」
「そうね、でも今はまだ駄目よ、フウガ・サモンとお話し中よ、もう少しお話しさせてあげましょ」
「えっ?フウガと話しをしてる?」
と、マルスが目を丸くして言った。ラムールは、マルスを見て頷いた。
「そう、今レオニールはフウガとお話し中なの、仮にも二人は孫とおじいさんでしょ?私が今迎えに行ったらレオニールはもう二度とフウガと会えなくなるわ」
そう言うとラムールは、美しい大きな翼を広げ飛び上りマルス達の上空を飛び回った。ラムールの全身からキラキラとした何かが降り注がれた。不思議とマルス達は、傷ついた心と身体が癒されていくのを感じた。
「女王これは?」
と、インギがキラキラ光る何かを掴みながらアストレアに質問した。
「ラムールの癒しの力よ」
と、アストレアは答えた。シーナとカイエンがキラキラした何かを全身に浴びようと走り回っていた。
「アストレア、そろそろ行ってくるわ」
と、ラムールは言い天高く飛び立って行った。ラムールの尾羽がマルスの目の前まで落ちてきてマルスは、それを掴んだ。そしてただじっと見つめて呟いた。
「頼んだぞ不死鳥よ、レンを連れ帰って来てくれ」
「レンよ、そろそろ時間じゃ」
と、フウガは言うと立ち上がりゆっくりと桟橋に向かった。レンも後に続く。そして川の向こう岸が見えた時レンは、驚きの余り絶句した。何と本当の両親であるレオンとヒミカの姿があったのだ。
「ああ、お、おじいさん…」
「んん?あははは、お前の本当の父と母だよ」
レンの目から涙が溢れた。まさか会えるとは思ってもいなかった。
「ち、父上、母上!」
と、レンは叫んだ。レオンとヒミカは、手を振って答えた。
「おーい、レオニール立派になったなぁ父は嬉しいぞぉ!」
「レオニール、私の可愛い坊や、会いたかったわ」
「父上、母上…僕、僕…うわぁぁぁぁぁ」
こんな親子の再会をフウガは、温かな目で見ていた。そして、レンの肩に手をやり言った。
「良かったなレン、お前が本当の両親と会えてわしも嬉しい」
レンは、涙でぐしゃぐしゃになった顔でフウガを見上げ頷いた。
「こうして見るとお前はレオン様とヒミカ様の両方にそっくりじゃのう、あはははは」
と、フウガは、レンの頭を撫でながら言った。レンは、また向こう岸のレオンとヒミカに目をやると今度は、シドゥがレオンの隣に立って居た。シドゥの隣には、龍神とコルベも居た。そして、ヒミカの隣には、何とラーズの恋人であったソフィアが立って居た。皆、笑顔でレンを見ていた。
「ではわしも行こうか」
と、フウガが小舟に乗った。レンも小舟に乗ろうとした時、フウガが振り向き言った。
「これこれ、この船にはお前は乗れんぞ、乗ってはいかん」
「えっ?どうしてですか?僕もおじいさんと一緒に向こうへ行きたいです」
「この船に乗り向こうへ渡れば帰れなくなるぞ、向こうはあの世じゃ」
「でも僕は死んだんじゃ…」
と、レンは、訳が分からないといった顔をしてフウガに言った。フウガは、にっこり笑って答えた。
「心配はいらん、ちゃんと迎えが来るからここで待っていなさい」
フウガは、そう言って小舟を出した。レンは、何の事か分からず向こう岸へ進んで行くフウガを呆然と見つめた。フウガが、向こう岸の桟橋に着くとシドゥは、フウガが小舟から降りやすいようにと小舟を押さえた。フウガは、レオンとヒミカに握手を交わしレンを見て大きな声で言った。
「レンよ、エレナさんを大切にな、幸せにしてやるんだぞ」
「レオニール、これからは王子ではなく国王としてトランサーの民を守るんだぞ」
「レオニール、愛してるわ、元気でね」
と、フウガ、レオン、ヒミカが言った。レンの目から再び涙が溢れた。
「レオニール殿、シーナ達によろしくお伝え下され、ドラクーンの未来はお前達にかかっていると」
「ドラクーンの伝統文化もしっかりと守って行けと」
と、龍神とコルベが言った。
「レオニール様、テランジンにお伝え下さい、私にとって最高の友だった私の分までしっかり生きてヨーゼフおやじを助けろと、そしてあまり飲み過ぎるなと」
と、シドゥが言った時、皆が笑った。
「レンさん、ラーズ様にお伝え下さい、私の事はかまわずに新しい好い人を見つけて下さいと、そして私は十分幸せだったと」
と、ソフィアが言った時、不死鳥ラムールが姿を現した。
「迎えが来たぞ、レン元気でな!」
と、フウガが言った。レンは、ラムールをまじまじと見た。こんなに美しい鳥を見たのは初めてだと思った。
「そんなに見つめられちゃ照れるわ、さぁ皆が待ってる、行きましょう」
と、いつも危機に陥った時に頭の中で聞こえる声を聞きレンは、この鳥が不死鳥の剣である事に気付いた。ラムールは、両足でレンを掴み飛び上がった。
「おじいさん、父上、母上、愛してるよ、皆ぁ必ず伝えるよぉ」
と、レンは叫んだ。下でフウガ達が笑顔で手を振ってレンを見送っている。レンは、フウガ達が見えなくなるまで手を振った。そして、フウガ達が見えなくなると光の渦の中に飲み込まれた。
イビルニア城外、各国の軍が破壊した外塀付近で待機していたルーク達に限界が来ていた。
「もう我慢出来ねぇ、ヘブンリーの女王に下がれと言われたが俺は行くぜ、兄貴達のもとによぅ」
「おう、兄ぃ俺も行くぜ!」
と、ルーク達元海賊共が次々に軍用魔導車に乗り込んだ。
「ちょ、ちょっとあんた達、行っては駄目だ!止まれ」
と、トランサー王国の陸軍士官が止めた。
「うるせぇ!退きやがれ!んん?な、何だありゃあ」
と、ルークは、空を見上げて叫んだ。不死鳥ラムールがレンを両足で掴んで降りて来ている所だった。ルークは、慌てて双眼鏡を取り出し見た。
「何だよあのでっけぇ鳥は…え?おお、おいありゃ殿様じゃねぇか何だか透けて見えるが、間違いねぇ殿様だ!」
それを聞いた者達は、皆空を見上げた。ラムールが優雅に空を飛んでいるのを見て皆、呆然とした。
「一体何が起きたんだ?何で殿様が…」
マルス達もラムールがレンを連れて帰って来た事に気付いていた。ラムールに掴まれている半透明のレンを見てマルスは、驚いて思わず言った。
「何で透けてるんだ?」
「それはレオニールが魂の状態だからよ、さぁラムール、器に戻して」
と、アストレアは、レンの身体を器と言った。ラムールは、レンの身体の上で足で掴んだレンの魂を離した。すると魂は、ふわふわとゆっくりレンの身体の中に向かって降り足先から身体に入り始めた。そして、魂が完全に身体に戻るとレンは、一瞬身体をビクッとさせゆっくりと目を開けた。
「ん、んん…」
「レ、レン…おいレン、分かるかここが、皆が分かるか?」
と、マルスが震える手でレンの手を握りながら言った。レンは、ぼんやりと空を見上げている。意識が完全に戻ると全身に激痛が走った。
「い、痛いっ!いたたたた」
「だ、大丈夫か?しっかりしろ」
「魂が身体に馴染むまで少し時間が掛かるわよ」
と、ラムールが言った。レンは、マルスに手伝ってもらいながらゆっくりと半身を起こしラムールを見て改めて美しい鳥だと思った。
「不死鳥の剣よ、ありがとう、君のおかげで蘇る事が出来た」
「ふふ、レオニール、お礼ならアストレアに言うのね、私をティアック家の守りにしたのはアストレアなんだもの、それと私の名はラムールよ、覚えていてね、さぁアストレア、私の仕事は終わったわ、少し自由を頂くけど良いかしら?」
と、ラムールが言った。アストレアは、微笑んで答えた。
「ええ、ありがとうラムール、もちろん良いわ、でもちゃんと帰って来るのよ」
「分かってるわよ、じゃあ」
と、ラムールは、言い再び飛び上がるとしばらくレン達の上空を飛び回り天高く飛んで行ってしまった。レン達は、見えなくなるまでラムールを見ていた。
「馬鹿野郎!心配させやがって」
と、マルスが泣きながらレンを抱きしめて言った。
「ごめんよ皆、あっそうだ?!皆に伝えなきゃいけない事があった」
と、レンは、あの世と現世の狭間であった事を話した。マルス達は、不思議そうに聞いていたがアストレアとアンドロスそしてベアド大帝だけが驚く事もなく聞いていた。
「龍神様がドラクーンの未来はぼく達にかかってるって?へぇ~」
「新しい龍神様よ、しっかりドラクーンの民を導いてくれよ」
と、シーナとドラコが言うとカイエンは、照れくさそうにしながら妙な鼻歌を歌い始めた。久しぶりにカイエンの妙な鼻歌を聞いたレンとマルスは、懐かしさの余り涙が溢れた。そして、レンは、ソフィアが言った事をラーズに伝えるとラーズは、複雑な顔をしていた。そんな様子を見て父インギ王が言った。
「ラーズ、ソフィアの事はお前の大事な思い出として閉まっておけ、ソフィアはお前の事を思って言っているのだ」
「ははぁ父上…」
そして最後にレンは、テランジンにシドゥからの言葉を伝えるとテランジンの目にも涙が光った。
「はは、あいつそんな事を…しかし飲み過ぎるなは余計ですよ、はははは」
この場に居た皆が笑顔になった。話し終ってレンは、アストレアが持つ不死鳥の剣を見た。刀身が消えている事に気付き驚いた。
「女王、不死鳥の剣が…」
「彼女は今、自由を満喫しているところよ、時間は掛かるけど帰ってくれば元に戻るわ」
と、アストレアは、言い柄だけになった不死鳥の剣をレンに手渡した。レンは、柄を受け取るとマルスに手伝ってもらいながら立ち上がった。皆がレンとマルスを取り囲んだ。レンは、魂となって異空間をベルゼブに捕らわれ暗黒の世界へ彷徨っていた事を皆を目の前にして話し、そして宣言した。
「異空間でベルゼブはアルカトに暗黒の世界へ連れて行かれました、よってこの戦争は僕達の勝利です」
と、改めてレンから勝利宣言を聞き皆から歓声が上がった。終わった、これでやっと国に帰れるとマルス達は、もちろんの事ドラクーン人や獣人、エンジェリア人達も手に手を取り合い、抱き合い喜んだ。そんな中、アストレアは、アンドロスとベアド互いに頷き合いレン達に言った。
「ベルゼブには勝ったけどまだ大仕事が残ってるわ」
「そうだ、まだ終わっていない」
「この半島の事じゃよ」
と、言われレン達は、半島をどうするのかと驚いた時、不死鳥ラムールの美しい鳴き声が辺りに響き渡った。