暗黒の世界へ
ラーズ、テランジンを先頭に獣人、ドラクーン人、エンジェリア人達がベルゼブを取り囲むように動いた。アストレアは、ヴェルヘルムを従え丁度ベルゼブと真正面の位置まで来て光の剣を掲げた。
「グルゥゥゥ何の真似だヘブンリーの女王、余にその剣の光りは通用せぬぞ」
「この剣の光りは皆に活力を与えるものです」
「まぁどうでも良いわ、始めるぞ!グルゥワァ!」
ベルゼブが叫ぶと地面から一斉に触手が飛び出しラーズ達に襲い掛かった。龍神の作戦通りラーズ達は、出て来る触手を斬りまくった。斬られた触手が再生するには、少しだけ時間が掛かる事は既にレン達は、気付いていた。アストレアの周りからも触手が飛び出して来たがヴェルヘルムが守った。アストレアは、光の剣でラーズ達を照らし続けた。ベルゼブは、ラーズ達が触手だけを相手にしている事に疑念を持った。
「グルゥゥおかしい…一向に余を攻撃して来ぬ、あのテランジンとか言う男が真っ先に攻撃して来ると思ったが…」
そのテランジンは、触手だけを斬りまくっている。
「コルベよ、わしらもそろそろ始めようか」
「おお、そうじゃのう」
そう言うと龍神とコルベは、龍の姿に変身した。
「龍神様ぁ…」
と、シーナが泣きながら龍神の手を握った。龍に変身しているのでゴツゴツした手をしているが、優しい温かみを持った手だった。レンとマルスも涙を流して龍神とコルベの手を握った。ドラコは、静かに見守りカイエンは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
「そんなに泣かれては行き難いのう、わしらが逝ってもお前さん達の心にわしらは生きている、何時でも会えるよ」
そう言って龍神は、シーナやレン、マルスの頭を撫でた。そして、コルベと呼吸を合わせて一気にベルゼブに向かって飛んで行った。龍神とコルベに気付いたベルゼブが、大笑いした。
「グルゥワハハハハ、爺二人で余に挑もうと言うのか、そんなに死に急いでどうする」
「ふふ、笑っていられるのも今のうちじゃ」
そう言うと龍神の身体が金色に輝き出した。これがどういう意味を表すのか知っていたベルゼブは、身構えた。
「グルゥ来るか、あの時のようにはいかんぞ!」
「どうかな?これが最後の黄光爆じゃ!」
と、龍神は言いジルドに操られたコルベに出した黄光爆より更に激しい黄光爆を出した。一瞬辺りが金色の光りに包まれた。
「グルゥワァァァァア、な、何だ今のはぁ?目、目がぁ」
「良し、コルベよ今じゃ」
「おう」
龍神とコルベがベルゼブの右腕左腕に組み付き尻尾を足に絡めた。
「組み付いたぞ、では我らの出番だ、行くぞカイエン」
「おう、殿様行くぜぇ」
と、ドラコの合図でカイエンは、レンを抱えドラコは、マルスを抱え一気にベルゼブの頭上まで飛んで行った。ベルゼブは、黄光爆で視界を奪われてレン達に気付いていないが、組み付く龍神とコルベを振り解こうと必死になっていた。
「グゥゥゥは、放せぇ爺共!」
「死んでもお前を放さん」
「こ、このぉぉぉ」
と、ベルゼブは、新たな触手を地面から飛び出させ龍神とコルベの背中に突き刺した。
「ぐぉぉぉぉ…く…エ、エルドラ…絶対に放してはならんぞ」
「お、おう…死ぬのはわしらとこやつだけじゃ、ベルゼブお前をまた暗黒の世界へ連れて行ってやるぞ」
上空では、レン達がベルゼブに飛び移る機会を狙っていた。触手が邪魔でなかなか飛び移れなかった。それに気付いたテランジンとラーズが、真空斬で触手を斬った。
「今だっ!」
レンとマルスを抱えるカイエンとドラコがベルゼブの顔の辺りまで一気に降りた。そして、レンとマルスは、ベルゼブの両肩に飛び移った。ベルゼブは、自分の両肩に何かが乗った事に気付くと更に触手を出し襲って来た。カイエンとドラコがその触手を鷲掴みにして引き千切った。
「レン、準備は良いか?やるぞ」
「うん」
レンとマルスは、同時にベルゼブの両目を不死鳥の剣と叢雲で刺した。ベルゼブが悲鳴を上げ激しく抵抗したが、両腕両足を龍神とコルベに押さえられて身動きが取れないでいる。ベルゼブは、龍神とコルベを放そうと触手で二人を刺しまくった。
「ぐおぉぉぉう、死ぬ覚悟は出来ているわしらに何をやっても無駄じゃぞベルゼブ」
「レオニール殿、マルス殿そこから一気に気を流し込んでやれ!」
「はい、おらぁぁぁ」
「死ねいベルゼブ!」
レンとマルスは、練りに練った気を剣を通して刺したベルゼブの目から気を流し込んだ。
「お前達ぃぃぃぃ、ゆ、許さんぞぉォォォグルゥゥゥ…ガッ!!!」
ベルゼブの後頭部が破裂した。ベルゼブの身体が大きく揺れた。レンとマルスは、剣にしがみ付くような態勢になった。龍神とコルベは、虫の息だった。
「よ、良くやったレオ…ニール殿、マルス…殿…後はわしらに任せてこやつから、は、離れなさい」
と、龍神が言った時、ベルゼブがしゃべり出した。
「よ、余を甘く見るな…お前達のうちどちらかを…つ、連れて行くぞ」
と、ベルゼブが言い終わると急に空気が重くなった。レンとマルスのが居る空間だけが異様な空気に包まれている。ベルゼブの生身から半透明のベルゼブの魂が現れマルスの腕を掴んだ。するとマルスの生身から半透明のマルスの魂が引き摺り出されるようにして現れた。この様子は、レンには見えたが他の者には見えない。
「マルス!」
レンは、思わずマルスを突き飛ばした。魂を引き出されて気を失いかけていたマルスの意識が戻り真っ逆さまにベルゼブから落ちた。そこをドラコが抱き留めた。
「レーーーーン!」
マルスは、ドラコに抱えられながら叫んだ。レンは、ベルゼブの目から不死鳥の剣と叢雲を引き抜こうとした時、ベルゼブの半透明の魂がレンに触れた。レンは、動けなくなり生身から魂が引き出された。
「グルゥゥゥゥフフフ、やはり思った通りの行動に出たな、余は最初からお前を連れて行くつもりだった、では参ろうか暗黒の世界へグルゥワハハハハ!」
「うう、は、放せぇ…」
ベルゼブは、レンの魂をガッチリと掴み生身から引き出した。その瞬間、パァッと光りを放ち何も見えなくなった。マルス達は、眩しさで思わず顔を手で覆った。そして、徐々に視界が元に戻り始めてマルス達が目にしたのは、レンが不死鳥の剣と叢雲を握り締めて倒れている光景だった。龍神とコルベそしてベルゼブの姿は無かった。
「ベルゼブが居ない、龍神様とコルベ爺も居ねぇ…レン?おいレン、しっかりしろ」
と、マルスは、ゆっくりと倒れているレンに近付いた。皆、レンのもとに集まった。
「どうやらベルゼブはエルドラとコルベに暗黒の世界に連れて行かれたようね、終わったわ」
と、アストレアが言った。この瞬間、この場に居た全員の歓声が沸き起こった。世界がイビルニアの脅威から守られた瞬間でもあった。
「おいレン、終わったぞ、ベルゼブはもう居なくなったってよ、起きろよ」
と、ラーズがしゃがみ込んでレンを揺り動かした。しかし、反応が無い。皆が気を失ってるだけと思っていたが、マルスだけが青ざめた顔をしていた。
「ま、まさかこいつ…連れて行かれたんじゃ」
「連れて行かれた?どこへだよ?」
ラーズが変な事を言うなぁといった顔でマルスに言った。アストレアとアンドロスは、マルスの一言で全てを察した。
「ベルゼブの頭を吹っ飛ばして龍神様に離れろと言われたんだ、その時ベルゼブの魂が俺に触れ俺を連れて行こうとした、そしたら…そしたらレンが俺を突き飛ばして…う、ううぅぅぅ」
マルスは、次の言葉が出せなかった。連れて行かれた。マルスは、自分の代わりにレンが連れて行かれたと思い込み罪悪感を感じていた。
「じゃ、じゃあレンは死んだのか?」
と、恐る恐るラーズが言った。テランジンが膝から崩れるように座り込みレンを見た。そして、震える手でレンの首筋に手を当てた。
「そ、そんな…若…」
「お、おいテランジンよ悪い冗談だぞ」
と、今度はラーズの父インギ王がレンの手首で脈をみた。顔が段々と青ざめてきた。その様子をシーナやカイエン、ドラコ、ベアド大帝が見て呆然としている。ラーズは、諦めずにレンの頬っぺたを二、三回引っ叩いたが何の反応も無い。
「おら、レン!起きろよ!もう終わったんだ、国へ帰るんだぞ」
「だ、駄目だ…こんなんじゃ…駄目なんだ…」
と、マルスは、皆から少し離れ甲冑をガチャガチャと脱ぎ始め腰に掛けてある短刀を取り出し座り込んだ。そして、その短刀の刃をじっと見つめた。
「マ、マルス何を?」
「レン…お前だけ逝かせはしないぞ」
そう言うとマルスは、服を脱ぎ上半身裸になった。
「マ、マルスお前…いかん!早くマルスを止めろっ!あいつ死ぬ気だ!」
と、マルスが腹に短刀を突き入れる寸前にラーズの言葉でカイエンとドラコが飛び掛かりマルスを押さえ付けた。
「は、放せぇ!死なせてくれよ、あいつが死んだのにどうして俺だけが…こんなんじゃエレナやヨーゼフに合わせる顔がねぇよ、死なせてくれぇ!」
「や、止めなよ兄ぃ、兄ぃが死んでも殿様が帰って来る訳じゃねぇぜぇ」
「し、死なせてくれぇ、カイエン、ドラコ放せよ、放してくれよ」
マルスが暴れるのをカイエンとドラコが必死で押さえている所にアストレアがゆっくりと近付いた。そして、アストレアは、マルスを呆れたように見て言った。
「全く、ジャンパール人はどうして直ぐに腹を切ろうとするのかしら、マルス落ち着きなさいレオニールの手には何が握られてるの?」
マルスは、カイエンとドラコに取り押さえられながら訳が分からないといった顔をして答えた。
「な、何って?剣だろ?俺の叢雲と不死鳥の剣だ、それがどうしたんだよ?放せカイエン、ドラコ」
「あなたはまだ気付かないの?ヘブンリーで私が話した先祖の事を聞いてなかったのかしら?」
「ヘ、ヘブンリーで?先祖の事?」
「そう、あなたやレオニールの先祖の事よ、レオニールの先祖、ロックウェル・ティアックは一度死んでいる、でもどうやって甦ったのかしら?」
と、アストレアが言うとマルスは、暴れるのを止め大人しくなった。あの時、一緒に話しを聞いたシーナとラーズ、後からヨーゼフに話しを聞いたテランジンには、直ぐにアストレアが言っている事が分かった。マルスは、気が動転しているせいでなかなか理解出来なかったが、落ち着きを取り戻すとアストレアの言う意味が分かった。
「不死鳥の剣…不死鳥の剣でレンを甦らせるんだな」
「そうよ、さぁ不死鳥の剣を」
と、アストレアは、手を伸ばした。マルスは、レンから不死鳥の剣を取るとそのままアストレアに手渡した。アストレアは、不死鳥の剣を両手で持ちじっと見つめた。
その頃、レンの魂は、同じく魂となったベルゼブに捕えられ暗黒の世界へと続く異空間を彷徨っていた。
「グルゥワハハハハ、レオニール今から暗黒の世界へ連れて行ってやる」
「放せ!僕はそんな所には行かない」
「グルゥフフフ、諦めろ、お前は死んだのだ、天に召される事無く余と暗黒の世界で暮らすのだ」
「い、嫌だ!放せぇ」
抵抗するレンに構わずベルゼブは、レンの腕を掴み暗黒の世界に向かって行った。
「待てぃベルゼブ!レオニール殿を放すのだ」
と、龍神とコルベが物凄い速さでレンとベルゼブに向かって飛んで来た。そして、コルベがベルゼブを羽交い絞めにし龍神がレンをベルゼブから引き離そうとした。
「グルゥゥゥお前達も道連れだ」
「むううう、わしらは暗黒の世界から抜け出せるがレオニール殿はそうはいかぬ、あっちに行くのはお前とわしらだけじゃ」
と、龍神がベルゼブに言い何とかレンを引き離そうとするがなかなか放さない。魂となったレンの顔が苦痛に歪んだ。腕を引っ張られて苦痛を感じると言うより何か精神的な苦しみのようだった。
「ほれほれ、暗黒の世界の入り口が近づいて来たぞグルゥフフフ」
ベルゼブを羽交い絞めにして押し上げようとしているコルベも何か精神的な苦痛を感じ始めていた。暗黒の世界の入り口が近付くにつれ苦痛が激しさを増している様だった。
「コ、コルベよ、しっかりしろ!」
「ううむ、分かっている」
「グルゥフフフ、もう直ぐもう直ぐだぞ」
「そうはさせぬ!」
と、聞き覚えのある声が異空間に響き渡った。そして、どこから飛んで来たのか強烈な真空斬がレンの腕を掴むベルゼブの腕を斬り飛ばした。レンを引っ張っていた龍神が勢いで後ろに引っ張られるように離れた所を何かがレンを引っさらう様に通り過ぎた。コルベが素早くベルゼブから離れ龍神のそばに飛んで行った。
「な、何奴じゃ?ああ、お前は」
と、両腕を斬り飛ばされたベルゼブが驚いている。何とフウガが立って居た。無論フウガの魂である。そして、レンを引っさらったのは、シドゥの魂であった。
「おじいさん、シドゥ!」
「おおフウガではないか、おぬしまだ渡ってなかったのかいな?」
「うむ、ベルゼブの始末が着くまで安心してあの世には行けんわ、のうシドゥ」
「はい、閣下」
フウガは、直ぐにレンを守りに入った。フウガは、ベルゼブに斬鉄剣を向け言った。
「暗黒の世界に落ちるのは貴様だけだ、二度と出て来れぬようにしてやる」
「ぐぬぬ、フウガ…サモン…おのれぇ…」
と、ベルゼブの魂は、怒り狂いフウガに襲い掛かった。フウガは、真空突きを放ち迎え撃った。魂同士の戦いだが生身の戦いのようだった。シドゥも加勢してベルゼブを滅多斬りにした。ベルゼブの魂が徐々に暗黒の世界の入り口へと押されていった。
「こ、このままでは終わらんぞ!」
「父上もうお止め下さい」
「誰だ?…ア、アルカト」
いつの間にかベルゼブより少し離れた所に魂となったアルカトが現れていた。悲しい顔をしてベルゼブを見つめていた。
「ア、アルカトよくぞ現れた、こやつらを暗黒の世界に連れて行く、手を貸すのだ」
「いいえ、父上それはなりません、あの門を潜るのは私と父上だけです」
「父ではない余はその方の主サターニャ・ベルゼブであるぞ、控えよアルカト!」
と、ベルゼブは、アルカトを怒鳴りつけた。アルカトは、首を横に振り言った。
「いいえ、私はあなたの息子です、あなたの気まぐれで人間に産ませた子です」
「グルゥ…余に家族など不要じゃ」
「私はずっとあなたを心の中で父上と呼んでいた…そして私はあなたの愛に飢えていた、息子でありながら息子ではなくあなたの家来として生きて来た、暗黒の世界では親子として暮らしましょう」
「イビルニア人に愛など無用だ!やはり人間の血が混ざると甘い考え方をするのか、その方など家来でも何でもない消えよ!」
と、ベルゼブが言った時、フウガが真空斬を放ちベルゼブをアルカトが居る所まで吹っ飛ばした。アルカトは、ベルゼブの腕を掴んだ。フウガが斬鉄剣を鞘に納めて言った。
「ベルゼブよ、良い息子を持ったな、貴様にはもったいない息子じゃ」
ベルゼブは、諦めたのか掴まれた腕を振り解こうとはしなかった。ただじっと宙を見つめていた。アルカトは、涙を流しながら言った。
「父上、愛を知らないイビルニア人はあの世界に存在してはならなかったのです、愛を知り愛を理解すればきっとあの世界で生きて行けたはず…レオニール、私はお前のおかげで愛を理解する事が出来た、イビルニア人の私がもしも生まれ変わる事が出来たなら今度はお前の友人になりたい」
「アルカト…」
「さらばだ、父上行きましょう」
と、アルカトはレン達に別れを告げベルゼブを連れ暗黒の世界の入り口へと向かって行った。アルカトとベルゼブが門を潜り抜けると門は閉まりレン達は、光の渦に巻き込まれていった。




