心を取り戻したエレナ
時間が少し戻る。レンがアルカトに痛めつけられ死にかけていた時、トランサー城のエレナもレンと同じように死の淵にいた。呼吸が荒くなり苦しんでいた。
「お父さん、エレナ様の脈が!」
と、エレナの脈をとっていたリリーが泣きそうな顔をして言った。ヨーゼフは、エレナの脈をとると弱まっているのが分かった。
「いかん、このままでは死んでしまう、エレナ様しっかり!」
「お姉ちゃんっ!」
「お姉様」
と、コノハとカレンがエレナを揺り動かした。
「はぁはぁ…レ…ン…はぁはぁはぁ…レン」
「も、もしや若の身に何かあったのやも知れん」
と、ヨーゼフが青ざめた顔で言った。一瞬、皆が最悪の事を考えた。その時、イビルニア城大広間でレンの命が消えそうになっていた。ヨーゼフ達は、なす術もなくただエレナを見守るしか出来なかった。ヨーゼフは、やはり自分も行けば良かったと後悔した。リリー、コノハ、カレンは、おいおい泣き出した。
「若…」
と、ヨーゼフが呟き一筋の涙を流した時、エレナの呼吸が安定して来た。そう、レンが不死鳥の剣を握り締めた時の事だった。
「おお、エレナ様の呼吸が」
ヨーゼフは、呼吸が安定してきている事に気付き今度は、脈をとった。脈も安定している事が分かり安堵した。
「一体何が起こっているんじゃ、先ほどまでの事が嘘のようじゃ」
「お姉ちゃん…顔が穏やかになった」
と、コノハがエレナの顔を撫でた。その頃、レンがアルカトを倒した瞬間だった。そして、しばらくするとエレナがゆっくりと目を開けた。
「おお、お目覚めじゃ」
「エレナ様!」
「お姉ちゃん!」
「お姉様」
ヨーゼフ達がエレナを覗き込むように見た。
「わ、私…ここはどこ?」
エレナに心が戻った瞬間だった。ヨーゼフは、安心感からか、急に力が抜けたように椅子にへたり込んだ。リリーは、父ヨーゼフにすがり付くように泣いた。コノハとカレンは、気が付いたエレナに抱き付きわぁわぁ泣き出した。
「ちょ、ちょっと二人とも…」
「お姉ちゃん、やっと気が付いたのね、レンが心を取り返したのね」
「良かったお姉様、元に戻った」
エレナは、状況が把握出来ず困惑した。ヨーゼフとリリーから今までの経緯を聞かされエレナは呆然とした。そして、永い夢を見ている様だったとヨーゼフ達に言った。
「そっか…あの時ラストロさんが部屋に入って来てそこから記憶が無くなったのかな…何だか薄暗い場所に閉じ込められてたわ、そしてレンの声が聞こえたの、でもレンが苦しそうな声を出したら私まで苦しくなって、もう駄目なんじゃないかと思ったら急に楽になったの」
「いやぁとにかく無事にお心が戻られて何よりです」
と、ヨーゼフは心の底から言った。エレナの心が戻ったと言う事は、レンがアルカトを倒した証でもある。ヨーゼフは、急ぎイビルニアのトランサー本陣に魔導無線で連絡を取り状況を聞いた。
「たった今、エレナ様のお心が戻られた、そちらの状況はどうか?」
「ははっ閣下、それが城の様子が分からないのです、イビルニア城にはレオニール様、コーシュ大将、マルス殿下、ラーズ殿下、ドラクーンのシーナ殿カイエン殿ドラコ殿とロギリアのベアド大帝様の八人しか入られていないのです」
「な、何じゃと?では他の者共は?」
「各国の軍は内郭の城門前で陣形を整え待機しております、一旦は城の中庭に集まり城を攻撃していたのですが大爆発が起きほぼ壊滅状態でその後、アルカトが現れレオニール様ら八人だけ城内に入るよう言い」
「何と…」
ヨーゼフは言葉を失った。アルカトを倒した事は、エレナの状態で分かる事だが、後はベルゼブである。八人だけで勝てる相手ではない事を知っているヨーゼフは、愕然とした。レン達が城内に居る以上、下手に城を攻める訳にもいかず現地に居る軍は手を出せなかった。
「と、とにかくレオニール様らが無事に城から脱出された時に一斉に攻撃をかけろ、ベルゼブは普通に戦って勝てる相手ではないと言う事だけ肝に銘じておけ、良いな?」
「ははっ」
ヨーゼフは、魔導無線を切りまたエレナ達が居る部屋に戻り、イビルニア半島で起きている事をエレナ達に話した。
「では閣下、レン達は今頃ベルゼブって言うイビルニア人の親玉と戦ってるんですか?」
と、エレナは困惑した表情で言った。今までの事がまだ信じられないといった感じである。
「左様、しかし八人でどうにか出来る相手ではありませぬ、あれはこの世界の全ての種族で倒すしかないのです」
「レ、レン…どうか無事に帰って来て」
そして、イビルニア城玉座の間では、レン達とサターニャ・ベルゼブが向き合っていた。
「さて、レオニール・ティアック、余の一番の家臣であるアルカトをお前は倒した事は大いに褒めてやろう、しかし余はそうはいかんぞ、グルゥゥゥゥ」
「家臣?本当はお前の息子だったんだろう?どうして愛してやらなかった?アルカトは心でお前をずっと父上と呼んでいたそうだ」
と、レンは不死鳥の剣を構えて言った。ベルゼブは、低く笑い答えた。
「息子…父上?それは人間や他の種族の考えだろう、余に家族など不要、この世を統べるのはたった一人このサターニャ・ベルゼブだけだ、他は家臣や奴隷で良い」
「悲しい奴だな」
と、マルスも叢雲を抜きながら言った。ラーズも剣を抜き身構え言った。
「家族や仲間を大切に出来ない野郎にこの世は支配出来んぞ」
「そうじゃ、今一度暗黒の世界に封印してくれるわ」
と、ベアド大帝も大きな斧を構えて言った。ベルゼブは、不気味な笑い声を上げた。その瞬間レン達は、言い知れぬ寒気を感じた。そしてまた空間が歪み始めている事に気付いた。宙に浮いている様な妙な感覚に襲われ戸惑った。
「な、何だこりゃ?」
「また部屋が歪んで」
「ここがイビルニアと言う事を忘れていたようだな、少し試してやろう、出でよ」
ベルゼブがそう言うとどこからともなく上位のイビルニア人が八人現れた。
「さぁお前達の力を見せてみろ、やれ」
ベルゼブの合図で八人のイビルニア人が一斉にレン達に襲い掛かってきた。足場が不安定な状態でレン達は、戦う事になった。思う様に攻撃出来ず守りに徹するしかなかった。
「畜生!これじゃあまともに攻撃出来ない」
「俺っち達に任せなぁ!」
と、既に龍の姿に変身していたシーナ、カイエン、ドラコが次々と上位のイビルニア人を倒した。最後の一人の首を引き千切ったカイエンは、勢いでベルゼブに爆炎を吐いた。まともに爆炎を喰らったベルゼブは、何事も無かったように宙に浮いている。
「グルゥゥゥさすがにドラクーン人には裂空間陰は通用せんか、ならばこれはどうだ!重地縛」
と、ベルゼブが言うと空間の歪みが元に戻った代わりに全身に強烈な重みを感じた。石の床に引っ張られる感じがする。
「くっ今度は何だ、お、重い!」
「何だこれは?飛べん」
レン達は、ベルゼブが起こした強烈な重力変化によって身体の自由を奪われた。ベルゼブは高笑いでまるで遊んでいるようだった。
「あの時、お前達人間や他の種族によって封印されてから二十五年間、余は暗黒の世界で機会を待った、必ずこのイビルニアの力を欲する者が現れる事をな…そして機会は訪れた、レオニール・ティアックお前の大叔父ザマロ・シェボットの命を受けた家来共が封印を解いた、ザマロは大いに役に立ってくれた」
「そ、そのザマロはもうこの世に居ないぞ、ぼ、僕が両親の敵として首を刎ねた」
と、レンは何とか体勢を整えながら言った。ベルゼブがまた高笑いをして言った。
「グルゥゥハハハハ、あの者がどうなろうと余の知った事ではない、再びこの世に出してくれた事には多少の恩義を感じ力を貸してやったまで、余の目的は人間の殲滅である、怒り、嫉妬、恨み、憎悪、人間達はこのイビルニア半島にそれらの感情を捨てるために神殿を造り巡礼地としてここに来ては人間達の言う負の感情捨てて来た、負の感情が溜まりに溜まった時、余はこの世に現れた、言わばお前達人間が余を生み出したのだ」
と、ベルゼブが言うと城全体が揺れ始めた。レン達は立って居るのがやっとの状態だった。天井や壁が少しづつ崩れ始めて来た。
「い、いかん崩れるぞ!」
ベアドが叫んだ時、床が抜けた。大きな音と共にレン達は一階に落ちた。ベルゼブは宙に浮いている。漆黒の鎧に身を包んだベルゼブが見下ろしている。瓦礫に埋もれたレン達は、奇跡的に大した怪我も無かった。
「うう、い、いてぇ…」
「痛い…あっ身体が動くよ」
床が抜けたおかげかベルゼブの重地縛が解けていた。レン達は、瓦礫の中から這い上がった。
「ここでは分が悪い、とにかく外に出よう」
と、ベアドが言いレン達は、宙に浮いているベルゼブを警戒しつつ城から出た。
「どこに行っても同じ事よグルゥゥハハハハ」
レン達が城から出た瞬間、爆発が起きレン達は吹っ飛ばされた。その爆発に気付いた各国の軍隊が何事かと城を見ると宙に浮くベルゼブに気付いた。過去のイビルニアとの戦いに参戦した事のあるジャンパールの年配の士官が、震えながら呟くように言った。
「ああ、ベ、ベ、ベルゼブ…とうとうベルゼブが現れたか」
「ベルゼブ?あれがベルゼブなのですか」
と、隣に居た若い士官が訳が分からないといった顔をして言うと年配の士官が指揮官に急ぎ攻撃態勢を執るよう促した。
「全軍攻撃よーい!」
「待て待て、殿下らが危ない」
と、他の士官が慌てて止めた。そうこうしている内にレン達がこちらに向かって走って来るのが見えた。マルスが何か叫びながら走っている。
「…げき開始っ!攻撃開始!全軍攻撃しろー!ベルゼブだ!」
「ああ殿下っ!よし、全軍攻撃開始だ!」
レン達と行き違えるように各国の軍隊がベルゼブに攻撃を仕掛けた。レン達の安全を確認すると魔導戦車の砲身が火を噴いた。弾はまともにベルゼブに命中したはずだが全く効いていない。宙に浮くベルゼブに下から散々弓矢や小銃で攻撃したが全て弾かれた。
「その様な無粋な武器で余を倒せると思っているのか」
そう言うとベルゼブは、地上に降り立った。その瞬間を待っていたかのように各国の軍隊が一斉に攻撃に掛かった。武器を刀剣や槍に持ち替え兵士達は、果敢に攻めたがベルゼブの周りには、結界が張られているのか斬ろうが突こうが全く傷一つ付かなかった。
「どうなってるんだ?我々の攻撃が通用しない」
「グルゥゥゥ少し遊んでやろう、ほれっ!」
と、ベルゼブは、杖の先に鎖で繋がった棘の付いた鉄球がある武器を兵士達に振るった。
「避けろっ!」
と、兵士達が跳び避けたが鉄球が地面に当たった勢いで兵士達十数人が吹き飛ばされた。各国の軍が遠巻きにベルゼブを囲んだ。
「どうした?怖気付いたか?今から地獄を見せてやろう」
と、ベルゼブの言葉通り凄惨な戦いが始まった。鉄球をまともに喰らった者はバラバラになり例え鉄球を避けても地面に当たった勢いで吹き飛ばされ踏みつぶされた。
「引け引けっ下がれっ!」
様子を見ていたレン達は、死人が増えるだけだと思い兵を下がらせた。そして、ベルゼブからかなり距離を取り向かい合った。
「奴に直接斬り付けられないって、昔はどうやって倒したんだよ大帝」
と、マルスが腕組みをしながら聞いた。ベアド大帝は、頭をポリポリ掻きながら答えた。
「うぅむ昔はそうでもなかったが、どうやら結界でも張っておるのじゃろう」
「またまた結界かよ!クソッたれ」
と、カイエンが小石を蹴り飛ばし言った。
「あやつ、何か特別な力を見に付けおったのぅ」
と、いつの間にかトランサーの陣屋から出て来た龍神が言った。
「うわぁ龍神様ぁ、ってどういうことですか?」
「ふむ、相変わらずあやつからはとてつもない悪の気を感じるがそれと同時に何か別の者の気を感じる」
何か分からないままレン達人間、ドラクーン人、獣人の軍とベルゼブとの膠着状態が続いた。そんな時、海からルーク達、元海賊の海軍士官達がやって来た。
「若、兄貴、ご無事で」
「ルークッ!」
ルーク達は、ここに来る途中何度かイビルニア人と交戦していた。そこでやたらと喋るイビルニア人を倒した時、妙な事を言っていたレン達に話した。
「俺達が海の中でリヴァーヤを見た時、妙な管が刺さってたのを覚えていますか?あの管はどうやらベルゼブって野郎に繋がっていてリヴァーヤの力を吸い上げてたそうですぜ」
「ほほう、そうだったのか」
と、テランジンはベルゼブから目を逸らさずに言った。ルークもベルゼブを見た。
「何だぁ?思ってたほど化け物じみてないですね兄貴」
「ああ、しかし攻撃が全く通じないんだ」
と、テランジンは呆れ気味に答えた。
「何だもう終わりか?では今一度遊んでやろう、出でよ」
と、ベルゼブが言うと城から湧き出る様にイビルニア人達が現れ一斉に襲い掛かって来た。ベルゼブは、再び宙に浮き壊れた城門付近まで下がり周りをきょろきょろと見回した。
「グルゥゥゥおかしい、他から出て来ない、どういう事だ?」
各国の軍とイビルニア人達との大乱戦となった。戦いは数時間に及んだ。人間、ドラクーン人、獣人達に疲れの色が見え始めた。
「はぁはぁ大分数は減ったがまだまだ来るな…きりがないぞ」
と、ラーズが肩で息をしながら言った。やはり親玉であるベルゼブを倒さない限りいくらでも湧いてくると考えたレン達は、他のイビルニア人を一般兵に任せ直接ベルゼブを倒す事にした。
「ほほうやっとその気になったか、お前達は直接余の手で殺してくれる」
宙に浮いていたベルゼブが地上に降り立った。真っ先に攻撃を仕掛けたのはマルスだった。真・神風を放ったが結界に守られたベルゼブには、効果が無かった。
「ちっやっぱり効かねぇか」
「今度は僕がっ!雷光斬!!」
と、レンも放ったがベルゼブの頭数センチの所で雷は止まり消えた。
「では余も攻撃に出るか、重地…」
「させるか!」
と、テランジンが強烈な真空斬を放った。真空波が当たりベルゼブは、少しだけ後ろに下がった。
「ほう、なかなかやるな結界を張っていなかったら危ないところだグルゥゥハハハハ」
そう言うとベルゼブは、手にした武器をレン達に振るった。上手く避けたが鉄球が地面に当たると爆発の様なものが起こりレン達を吹き飛ばした。
「うわぁぁ」
「く、くぅ~厄介な武器だな」
「グルゥゥハハハハ行くぞっ!そりゃぁぁぁ」
ベルゼブが、本格的に攻め始めた。レン達は、必死で防いだが爆発が起きるたびに吹き飛ばされ体力を奪っていく。そこら中が穴だらけになっていた。
「あの鉄球を喰らったらお終いだ…何とかならねぇかな」
「ううむ、難しいのう、うおぉぉう危ない!氷壁!」
と、ラーズとベアド大帝に向けベルゼブが攻撃を掛けた。ベアドが辛うじて氷壁で防いだが、続けざまに受けた攻撃で氷壁は砕け散った。
「死ね」
と、ベルゼブがラーズとベアドに向け攻撃を掛けようとした時だった。
「そこまでです、ベルゼブ」
強烈な光がベルゼブを包み込んだ。