アルカトの秘密
結界の外からうつ伏せに倒れたレンをマルス達は、呆然と見ている。
「おい、死んだんじゃないだろうな…全く動かないぞ」
「ま、まさか…」
マルスとラーズが震える声で言った。シーナは、泣き叫びながらレンを呼んでいる。
「うわぁぁぁぁ殿様ぁ起きて、起きてよぉ」
傍に居る兄のドラコでさえレンが死んでしまったのではないかと思っていた。カイエンは、相変わらず訳の分からない事を喚き散らしていた。テランジンとベアド大帝は、ただ呆然と見ている。結界の内側に居るアルカトは、レンを蹴り飛ばした場所から一歩も動かずレンを見つめていた。
レンは、薄れゆく意識の中で死を覚悟した。
(ああ、もう僕は死んで行くんだ…ごめんよエレナ…君の心を取り戻す事が出来なくて…もう身体が動かないんだ、おじいさんの斬鉄剣も折れてしまった…)
「起きろレン、立ち上がれお前にはまだ不死鳥の剣があるだろう」
と、マルスの怒鳴る声が聞こえたが、レンは立ち上がる事が出来ないでいた。
(ごめんよマルス…皆…僕はもう駄目みたいだ…おじいさんの斬鉄剣が折れたんだ、不死鳥の剣のような細身の剣じゃ簡単に折られてしまうよ)
レンは、全身から力が抜けて行く感覚を覚えた。もう死がそこまで来ていると感じ目を閉じた時、背負っている不死鳥の剣から温もりを感じた。
(レオニール、立ちなさい!お前には私があるではないか)
と、女性の厳しい声がレンの頭の中で聞こえた。えっ?と、レンは目を開けた。不死鳥の剣が久しぶりに話しかけている。
(駄目だよ、身体が動かないんだ…身体に力が入らない)
(何を言うのです、お前が戦わなければエレナはどうなるのです?お前のエレナに対する愛はその程度なのか?私を取り戦ってエレナの心を取り返しなさい、さぁ早く)
「そ、そうだ…ぼ、僕はエレナを…エレナを愛している、エレナの心を…と、取り戻す」
レンの身体がビクリと動いた。その瞬間をアルカトやマルス達は、見逃さなかった。
「ほう、立つのか」
と、アルカトは興味深げにレンを見た。
「そうだ、頑張れレン!立ち上がってアルカトを倒せ!」
「若っ頑張って下さい!若っ!」
結界の外でマルス達は、必死でレンを応援した。レンは、少しづつだが動き始めた。そして、背負っている不死鳥の剣の柄を握った時、全身に力が漲ってきた。
「不死鳥の剣…レオニールに力を与えたか」
アルカトは、そう言うと静かに剣を構えレンが立ち上がるのを待った。
(アルカト、勘違いをしてはならない、私はただのきっかけに過ぎない、この子が立ち上がるのはエレナの心を取り戻したいと言う愛の力です)
と、アルカトの頭の中に不死鳥の剣の声が響いた。
「何?愛の力?」
アルカトは、レンをまじまじと見た。先ほどまで死にかけていたレンが立ち上がった。本来なら立ち上がれるはずがない身体であった。レンの精神が肉体を凌駕したのである。
「不死鳥の剣よ、愛とは何だ?我々イビルニア人が持っていない感情、ボロボロになった身体をも動かす愛とは何だ、答えろ不死鳥の剣よ」
と、アルカトは、レンの持つ不死鳥の剣に話しかけた。
(それは違います、愛はどの種族にも存在する尊いものです、アルカト…お前にもあるはず、忘れているだけです)
「何を…馬鹿な事を言っている、そんなに尊いものを忘れるはずがなかろう」
アルカトが動揺し始めた。
「おい、あの野郎何だか変だぞ、さっきまで腹が立つほど落ち着いていたのに急に落ち着きが無くなった、一体誰と話してるんだ?」
と、マルスが皆に言った。その間レンは、完全に立ち上がり身構え不死鳥の剣に気を溜め込んでいた。
「アルカト、エレナの心を返してもらうぞ」
と、レンは言うと猛然とアルカトに斬りかかった。不死鳥の剣との会話で動揺していたアルカトは、防御を取るのに遅れをとった。不死鳥の剣の刃がアルカトの右肩から心臓の辺りまで入った。
「ぐはぁぁぁ…くっ…ううぅぅぅ」
「はぁはぁはぁ、ええぇい!」
レンはアルカトを蹴り倒した。イビルニア人ならば首を落とさない限りこの程度の傷ならものともせず襲い掛かってくるはずだったが、蹴り倒されたアルカトは起き上がろうともせず、ただ仰向けに倒れているだけだった。そして、レンもその場に倒れこんだ瞬間、結界が解けた。結界が解けた事に気付いたマルス達がレンのもとへと駆け寄った。
「レン、大丈夫かしっかりしろ!」
「若、しっかり」
と、マルスとテランジンに半身を抱き起されながらアルカトを見た。アルカトは、じっとして動かなかった。
「み、見事だレオニール…油断した私の負けだ、約束通りエレナの心は返してやろう」
アルカトはそう言うと左手で懐を探りオレンジ色の玉を取り出した。シーナが素早く引っ手繰るように取ると直ぐにレンに渡した。
「こ、これをどうすれば?」
「お前が手にする事で直にエレナの身体に帰って行く」
と、アルカトが言うとレンの手のひらでキラキラと輝きながら消えていった。シーナとドラコがレンの治療を始めた。カイエンは、指をボキボキ鳴らしながら倒れているアルカトに近付き見下ろした。
「殿様、早くこいつの首斬っちまったっ方が良いじゃねぇか」
「待ってカイエン、話しがあるんだ、アルカト…もしかして君には人間の血が流れてるんじゃないか?」
「ええっ?」
と、レンの言葉にマルス達が驚いた。アルカトは、悲しげな顔をして静かに頷き話した。
「そうだ…私には人間の血が流れている…いつ気が付いた?ジルド達、名のあるイビルニア人でさえ気付かなかった私の正体に」
「君が愛とは何だと聞いた時に何となく思った、そして僕が倒れている時に殺そうと思えばいつでも出来たはずのに君は手を出さなかった、ジルドやグライヤー、フラックなら間違いなく僕を殺していただろう、それと不死鳥の剣との会話さ、僕にもはっきり聞こえてたよ」
と、レンは言った。そして、ベアド大帝が言う。
「父親はベルゼブだな?」
「な、なぜそこまで分かった…そ、そうだ我が父はサターニャ・ベルゼブ様だ、しかし私は息子ではなくあくまで家臣の一人に過ぎない」
と、アルカトは言い自分の生い立ちを話し始めた。数千年前、サウズ大陸に住むある女性からアルカトは産まれた。物心がつき自分の父は誰かと母親に尋ねたが全く答えてもらえず、その日から母親から酷い虐待を受ける様になった。母親からすれば突然現れたベルゼブに子を宿らされて産んだ子であり愛情も何もなかったのだろう。思い出したくもないベルゼブの事を聞かれて腹を立てていた。そして、日に日に額から角を生やし始めたアルカトに恐怖を感じ半島の神殿に捨てた。捨てられたアルカトは、神殿に巡礼に来る者達から食べ物をもらって過ごしていた。そんなある日、アルカトの目の前にベルゼブは現れ、自分が父であると告げ、女にお前を産ませたのは気紛れだと言った。そして、父と子の関係ではなく、主と家臣と言う関係なら傍に置いてやると言った。幼いアルカトが生きて行くにはそうするしかなかった。そうして数十年後、ベルゼブは半島にイビルニア国を建国し半島の各地に神殿にあった井戸と呼ばれるイビルニア人達が湧き出る発生源を作った。ある日、サウズ大陸のある国を攻めたアルカトは、母親と再会した。母親は、アルカトを捨ててから結婚して子供を産んでいた。アルカト達イビルニア人が人間を奴隷として連行しようとした時、アルカトの母親は、この子達だけはどうか助けてと言った。その瞬間、何の愛情も与えられなかったアルカトは、例えようもない怒りを覚え親子を八つ裂きにした。
「悲しかったよ…どうして私も同じように愛してくれなかったのかと…お前のその耳は何だ、額のこぶは何だと毎日のように虐待された私と違い、あの時しっかりと母に抱かれる子を見て無性に腹が立った、同じ母から産まれたのにこうも違うのかと…」
そして、その時からアルカトは、密かに愛とは何だと思う様になった。
「アルカト…もしも、もしも君の母親が君を愛してくれていたら?」
と、レンは聞いた。アルカトは、遠いものを見る様な目で言った。
「もしも、あの時私を愛していてくれたら…私はもう存在していなかっただろう」
シーナとドラコの治療が終わりレンは、ゆっくりと倒れるアルカトの傍まで行きそこに座り込み話しかけた。
「アルカト、君の父親であるベルゼブは君の事を全く愛してなかったのかい?」
「父とは主従の関係だ愛など無い」
「でも君は密かにベルゼブを慕っていたんだろ?例えそれが主従関係でも、それが愛だよ」
と、レンはアルカトを見つめ言った。アルカトの目から涙が溢れて来た。イビルニア人が泣くなど聞いた事がないレン達は驚いたが、半分は人間の血が流れている証拠かとも思った。
「う、うぅぅぅぅぅ、そうだ私は心の中でベルゼブ様を何度も父上と呼んでいた…もしも人間の父親なら私を抱き締めてくれただろうか…まともな人間として生まれていれば母も私に愛を注いでくれたのだろうか」
アルカトは、感情が爆発したのだろう子供の様に泣き出した。それを見たレン達は、複雑な思いがした。グライヤーに作られた半イビルニア人達は、性根が腐っていたが、最初に見た奇形の半イビルニア人やアルカトは、明らかに違った。人間らしさを感じた。
「次に生まれ変われるなら今度はちゃんと人間として生まれる事が出来るだろうか…私は人間として生まれたい…そしてもっと愛を知りたい…レオニール…止めを刺してくれ」
そう言うとアルカトは、ゆっくりと半身を起こした。
「アルカト…」
レンは、出来る事ならアルカトを生かしてやりたいと思った。しかし、イビルニア人として生きて行かなければならず過酷な運命が待ち受けるだけだろうとも思った。レンは、不死鳥の剣を抜き構えた。
「アルカト、次は必ず人間に生まれ変われるよ僕はそう信じる」
「ありがとうレオニール」
レンは、アルカトの首を刎ねた。アルカトは穏やかな表情をしていた。
「何か変な気分だな、イビルニア人を殺してこんな気分になったのは初めてだ」
と、マルスが難しい顔をして言った。ラーズもそうだなと言った。レンは、アルカトの首を身体の傍に置いてやり手を胸の上で組ませた。
「斬鉄剣折れちゃったね」
と、突然シーナが言った。そうだったとレンは、床に突き刺さった斬鉄剣の刀身を見て引き抜くと泣きそうな顔をして見つめた。
「まぁジャンパールの刀鍛冶に修理させれば何とかなるだろうぜ、レン気にするな」
と、マルスがわざと明るく言った。レンは、折れた斬鉄剣の刀身を鞘に入れ柄も鞘に納めた。
「そうだね、きっと元に戻るよね、ちょっと短くなるかも知れないけど」
と、レンは皆に心配をかけまいと明るく言った。そんな中、レン達の中で唯一ベルゼブの事を知るベアド大帝が身震いしながら話し出した。
「アルカトを倒した今、いよいよベルゼブとの決戦じゃ皆よう聞いてくれ、ベルゼブはまともに戦って勝てる相手ではない、わしら獣人、ドラクーン人、ヘブンリーのエンジェリア人そして人間が力を合わせて倒すのじゃ」
「でも今エンジェリア人は居ない、どうするんです大帝?」
と、ラーズが言った。ベアドが困った顔をした時、大広間の空間が急に歪みだした。
「何だ?何か変だぞこの部屋」
「早く出ないと…うわぁぁぁ!」
レン達が気が付くと全く違う部屋に居た。そして、目の前に見た事のない黒い鎧に身を包んだ大きな男が一人玉座に座っていた。
「べ、ベルゼブ…」
と、ベアドが震えながら言った。
「グルゥゥゥ久しぶりだなベアド、暗黒の世界に閉じ込めた貴様らに対する恨み、怒り、憎しみ、晴らさせてもらおう」
そう言うとベルゼブは、ゆっくりと立ち上がった。




