ヨーゼフとインギ
トランサー王国の港では、イビルニアから送られて来た戦死者を陸揚げする作業が行われたいた。その様子を見守るヨーゼフの姿があった。
「皆、丁重に扱え世界のために戦った英雄達だぞ」
と、ヨーゼフは陸揚げ作業をしている兵士達に言いながら、シドゥの亡骸が入った死体袋を探した。
「どこじゃどこにおるんじゃシドゥよ」
続々と運び出される死体袋を見つめながらヨーゼフは、シドゥの死体袋を見つけ出した。しかし、他の者の手前、特別扱いする事が出来ず戦死者達は、広い軍の施設に運び込まれた。そこには、遺族達が集まっていて自分の息子や夫、父を見つけ出すと皆すすり泣いていた。
「あぁ何で死んでしまったの…母さんを置いて…うぅぅぅ」
「あなたぁぁ、うわぁぁぁぁ…あなたぁ…」
「お父さーん、目を覚ましてお父さん」
息子や夫にすがり付く者や父親を起こそうと必死に揺り動かす小さな子供の姿をヨーゼフは、時代が変わってもこの光景だけは変わらないと悲痛な思いで見た。
「閣下、モリア大将はこちらです」
と、近衛師団隊長のミトラがヨーゼフに言った。施設に運ぶ途中、シドゥの亡骸を密かに別室に移した。ヨーゼフは静かに返事をしてシドゥが眠る部屋へと向かった。ヨーゼフは、死体袋を開けシドゥを見た。戦死者全てに防腐処理が施されているのでまるで本当に眠っている様だった。
「シドゥ…よう帰って来た、お帰り」
と、ヨーゼフはそっとシドゥの頬を撫でながら呟くように言った。傍で見ていたミトラが堪え切れず泣き出した。ヨーゼフは、静かに涙を流した。ヨーゼフの頭の中でシドゥとの思い出が走馬灯の様に流れた。ザマロの謀反で捕えられテランジンと共に三人で脱獄し国を出た時の事が昨日の事の様に感じた。
「シドゥよ、今までよくぞ若を守ってくれた、後の事はわしやテランジンに任せ安心して眠れ」
と、込み上げる嗚咽を堪えながらヨーゼフが言いしばらくシドゥを見つめていると、そこへ陸軍士官がやって来た。
「閣下、広間にお越し下さい、例の祭壇の事を」
「おおそうだったな行こう…シドゥちょっと待っててくれ」
そう言ってヨーゼフは、他の戦死者が集められた広間に向かった。陸軍士官がヨーゼフが広間に来た事を遺族達に言うと遺族達は、ヨーゼフを見た。ヨーゼフは、遺族達全員を見回し話し出した。
「ヨーゼフ・ロイヤーである、皆良く聞いてもらいたい、イビルニアで戦い亡くなった英雄達の魂を一つの祭壇に集め国を挙げて祀りたいと考えているがどうか?」
遺族達が、口々に話している。ヨーゼフは付け加えた。
「無理強いはせぬ、家族の墓がある者や個人で供養したい者はそれで構わん」
祭壇を建てる事は、議会で決めた事だった。ザマロが国を治めていた頃、トランサー国民の貧富の差は激しく、レンが国を取り戻した後もなお貧富に差があった。個人で墓を建てる事の出来ない者がほとんどで、それを知っているヨーゼフや他の政治家、貴族達が祭壇を建て戦死者を集めて祀ろうと決めたのだった。遺族達は、ごく一部を除いて賛成した。ヨーゼフは大きく頷き後の事を役人達に任せ、またシドゥの眠る部屋へと向かった。そこには、シドゥの母と弟が居た。父は既に他界していた。ヨーゼフに気付くと二人は、直ぐに椅子から立ち一礼した。
「これはこれは母上殿、弟殿、此度の事誠に残念でござった」
と、ヨーゼフは悲痛な顔をして言った。
「息子は満足だったでしょうレオニール様やテランに看取られて…ううぅぅぅ」
「母さん、もう泣かないって決めただろ、兄さんは軍人だ、死ぬのは覚悟してただろう、俺達だって兄さんが戦場で死ぬかも知れない事は覚悟してたじゃないか」
そんな親子のやり取りをヨーゼフは、胸が張り裂ける思いで見ていた。
「ロイヤー閣下、先ほどミトラさんから聞いたのですが、戦死者を祭壇に祀ると…兄もそこに入るのですか?」
と、シドゥの弟が質問した。ヨーゼフは、うんうん頷き答えた。
「それでも良いしモリア家の墓があるのならそこに入れてやって構わんよ」
「それならば火葬した後、灰の一部を祭壇に入れ残りは当家の墓に入れると言う事は可能ですか?」
「ああ、それで構わんよ、是非そうしてやって欲しい」
と、ヨーゼフは言った。おそらく他の戦死者の遺族達もそうするだろうとヨーゼフは思った。戦死者の葬儀は、この施設の広間で執り行う事になっている。
「葬儀は、準備が整い次第ここで合同で行う、母上殿も弟殿も良うござるな…シドゥまた来るよ、では失礼」
と、ヨーゼフはシドゥの母と弟に言い部屋を出て城に戻った。城に戻ると今度は、ミトラと同じく近衛師団隊長を務めるクラウドが、ヨーゼフに報告に来た。
「閣下、港にランドール王インギ様がお忍びで参られているとの事です」
「何?インギが?こんな時に何の用だ、ええい仕方がない迎えをやって城に連れて参れ」
「ははっ」
と、ヨーゼフはクラウドに言い自室に入り椅子に座ってぼんやりとした。
「疲れたな…わしも歳じゃな、しかしインギめ何の用で来たのだ」
夕方になりクラウドがインギとその家臣五人を連れてヨーゼフの部屋へやって来た。インギは、ヨーゼフを見るなり抱き付いた。
「な、なんじゃどうしたインギ殿」
「師匠、シドゥの事、本当に残念だった」
「ああ、シドゥは今日帰って来た、軍の施設に居るぞ」
インギは、ヨーゼフの両肩を掴み涙目で言った。
「息子を亡くしたようで辛かっただろう、今日は師匠を慰めに来た」
それを聞いたヨーゼフは、嬉しくもあり迷惑でもあった。インギの家臣五人を別室に案内しヨーゼフは、インギと二人きりになった。
「一国の王が軽々しく出歩いては駄目ではないか」
「まぁそう言うなよ師匠、俺はあんたを心配して来たのだぞ、それに国の事は息子とラインに任せてあるから大丈夫さ」
そう言うとインギは、ドカリと長椅子に座った。意外に座り心地が良い事にインギは驚いた。ヨーゼフは、今のトランサー王国の現状をインギに話し最後にレンの恋人であるエレナの事を話した。
「な、何と…アルカトがエレナ殿の心を抜き取ったと言う事か」
「左様、心を取られてからはまるで人形のようじゃ、わしの娘のリリーやジャンパールの姫コノハ様、それにおぬしの国のハープスター伯爵の娘、カレン殿が身の回りの世話をしてくれているが…」
インギが会わせろと言ったのでヨーゼフは、インギをエレナが居る部屋へ連れて行った。扉をノックすると中からリリーの声がしたので入った。丁度エレナは、ベッドの上でコノハとカレンの間に座りぼんやりしているところだった。
「あらお父さん、どうしたの?そちらのお方は?」
「こちらはランドール国王インギ・スティール殿だ、わしとフウガ殿の剣の弟子でもある」
「インギです、何だ師匠にこんな美しい娘殿が居たとは知らなかったな」
「ヨーゼフ・ロイヤーの娘リリーでございます」
と、少し照れながらリリーは挨拶した。コノハとカレンがヨーゼフ達に気付き慌てて目の前まで来た。
「陛下お久しゅうございます」
「ああ、あの初めましてジャンパール皇国のコノハ・カムイです」
と、二人もインギと挨拶を交わした。そして、インギはリリー達からエレナの事を聞きエレナが座っているベッドの前まで行った。
「ふむ、美しい娘だな、余はインギ・スティールである」
「……」
と、声を掛けられたエレナは、虚ろな目でインギをゆっくりと見ただけで何も答えない。エレナの虚ろな目を見たインギがヨーゼフに出ようと言って部屋から出て行った。
「なるほど、師匠あれでは本当に人形だな…可哀想に」
と、インギはヨーゼフに言った。ヨーゼフは難しい顔をして頷いた。ヨーゼフの部屋に戻り二人は、話しをした。
「レオニール殿がアルカトを倒さぬ限りエレナ殿の心は元に戻らんのだな」
「左様…アルカトめ、とんでもない事をしてくれたもんじゃ」
と、ヨーゼフが苦々しく言った。
「しかし、師匠アルカトはあのフウガ師匠が死にかけたほど手強い相手だぞ、レオニール殿が勝てるかどうか…」
「ふむ、確かに心配ではある…しかしレオニール様の実力は確かだ、そう簡単にやられる事はないだろう、じゃがアルカトは他のイビルニア人とは毛色が違うからのぉ」
と、ヨーゼフは昔の事を思い出しながら言った。
「そうだったな、アルカトは確かに他のイビルニア人とは違ったな…」
と、インギも昔の事を思い出し言った。
「覚えているか師匠、アルカトが死ぬ間際に言った言葉を…あいつ人間に興味があるような気がしたが」
「ふむ覚えているとも、愛とは何だ、人間の強さの秘密は愛か?とな」
「そう、死にかけたフウガ師匠がアルカトの首を落とす前に言った言葉、人間は守るべきもののためには命を掛ける事が出来る、それは愛があるからだと、そして愛があるから強くなれると」
二人の間にしばらく沈黙が続きそして、もしかするとアルカトは、レンのエレナに対する愛を試してみたいと思いエレナの心を奪ったのかも知れないと考えた。
「師匠、この勝負レオニール殿の愛が本物ならば勝てるんじゃないか」
「そうじゃな、それならば心配する事はあるまい、我々はレオニール様を信じて待つだけじゃ」
ヨーゼフは、レンのエレナに対する想いは、本物だと確信しているので自信を持って答えた。この日、インギと家臣五人は、トランサー城の客間に泊まった。翌日、インギはヨーゼフとシドゥの亡骸を安置している軍の施設に行った。インギは、シドゥを含む戦死者達に静かに祈りを捧げ施設を出た。
「これからどうするのだ、国へ帰るのか?」
と、城に戻りヨーゼフは言った。インギはニヤリと笑い首を横に振った。
「師匠は俺の息子が練気を体得した事を聞いたか?」
「ああ、ラーズ殿下が覚醒したとレオニール様から聞いたが…まさかお主イビルニアへ行くつもりか?」
「へへっご名答、俺も行って練気を使えるようになって来る、息子に使えて親の俺が使えないのはどうも納得出来んからな」
と、インギが言うと家臣達はやっぱりそうかといった顔をした。そんな家臣達を見て気の毒に思ったヨーゼフがインギに言った。
「もういい歳なんだからそんな子供の様な事を言うな、お主は一国の王なるぞ立場をわきまえよ」
「嫌だね、俺は二十年以上修行してきて出来なかった事をラーズはたった一年ほどでイビルニアで出来る様になったんだ、俺ももう一度イビルニアに行き戦えば出来る様になるだろう」
と、インギは子供の様な目をして言った。ヨーゼフは、呆れて笑うしかなかった。
「そうじゃな確かにお主はよく修行をしたのぅ、今から行けば最終決戦に間に合うじゃろう、行きなされ、ただし無理はするなよ」
と、ヨーゼフが言うと家臣達は、がっかりした。てっきり止めてくれると思っていたからだ。
「ふふふ、これがお前さん達の主君インギ・スティールと言う男じゃ、お前さん達も覚悟を決めよ」
と、ヨーゼフは家臣達に言った。インギは、師匠の許しが出たと大喜びし直ぐにイビルニアに向かうと言い出し家臣五人を連れて港に向かった。補給のためイビルニアに向かう輸送船とそれを守る護衛艦が丁度停泊していたのでヨーゼフが艦長にインギ達を乗せイビルニアへ向かうよう命令した。
「では師匠行って来る」
「うむ、気を付けてな無理はするな」
二人は最後に固い握手を交わし別れた。城に戻ったヨーゼフは、レン達の事が急に心配になりイビルニアのトランサー本陣に魔導無線で連絡を取った。状況を聞くと今は、イビルニア人達の攻撃もそう激しいものは無くレン達、練気を使える者の手を煩わせる事無く一般の兵で何とか戦っているとの事だった。それを聞いてヨーゼフは、安心した。
「レオニール様…信じておりますぞ必ずやアルカトを倒しエレナ様のお心を取り戻す事を」
その頃、レンは、イビルニアのトランサー本陣で珍しくラダムの実を食べていた。それを見たシーナが心配してレンに聞いた。
「どうしたの殿様、また背中が痛くなったの?」
「ううん、痛くはないんだけどちょっと気になってね、大丈夫だよ」
と、レンは答えたが実は不安だった。アルカトとの対決でもしも負ければエレナの心は一生元には戻らないだろうし自分は死ぬだろう。そう考えたら不安で不安で仕方が無かった。何か気を紛らわそうと何となくラダムの実を口にしたのであった。そして、この日の夜、会議で明日の朝からイビルニア城に総攻撃を仕掛けると決まった。