シドゥの死
シドゥの叫び声でレン達は、一斉に振り向いた。シドゥの腹から半イビルニア人の手が飛び出ている。
「シドゥ!」
「キキキキ、グライヤー様が言った通りだ、人間とは愚かなものだ、俺達に同情してくれてありがとう、おかげで一人、殺れたよイヒヒヒヒヒ、シェアッ」
と、半イビルニア人は、シドゥの身体から自分の手を引き抜くと血の付いた手をべろべろと舐めた。
「貴様ぁぁぁ!」
と、テランジンが怒り狂ってシドゥを刺した半イビルニア人を滅多斬りにした。レンとマルスは、倒れたシドゥを抱えて建屋から出た。
「シーナ、カイエン早く!」
「合点だい」
と、シーナとカイエンは、すぐさまシドゥの腹に両手をかざし治療を開始した。建屋の中では、テランジンとラーズが半イビルニア人と戦っている。
「貴様らぁ許さんぞ、皆殺しにしてやる」
と、鬼の様な形相のテランジンに言われた半イビルニア人達は、後ずさりした。
「何をしておる、早く奴らを殺さんか」
と、いつの間に現れたのかグライヤーが言った。
「グライヤー貴様ぁ」
と、ラーズがグライヤーに目掛けて真空斬を放ったが、グライヤーは傍に居た半イビルニア人を捕まえ盾代わりにし避けた。真空波が半イビルニア人の身体を裂いた。
「ぎゃあぁぁぁぁ…グ、グライヤー様ぁ何を…」
「ホホ、わしの盾になれたんだ、有り難く思え、お前達さっさと奴らを殺さんとこうなるぞホホホ」
「ひ…ひやぁぁぁ」
半イビルニア人がテランジンとラーズに襲い掛かってきたが、怒りが頂点に達している二人に敵うはずも無かった。半イビルニア人達は、二人に皆殺しにされた。残るはグライヤーだけとなった。
その頃、外に連れ出しシーナとカイエンに治療されているシドゥに異変が起きていた。
「殿様、駄目だよ傷口が全然閉じないよ」
「直ぐに開きやがる」
と、シーナとカイエンが必死に傷口を閉じようとするも閉じなかったのである。通常なら二人掛かりで治療すればあっという間に傷口は閉じるはずであった。
「どうなってるんだ、と、とにかくテランジンを呼んで来るよ」
と、レンは建屋に向かった。
「テランジン大変だ、シドゥの傷口が、あっ?!グライヤー!」
と、グライヤーに気付いたレンは、慌てて斬鉄剣を抜いた。グライヤーは、ゲラゲラ笑って言った。
「傷口がどうしたって?ドラクーン人の治癒を持ってしても塞がらんのだろう、そりゃそうだわしが研究に研究を重ね作った毒をこやつらの手に塗っていた、その手で刺されたのだ毒が効いて傷口は塞がらんわい、ギャハハハハ」
グライヤーが死んだ半イビルニア人を指差した。
「テランジン、早くシドゥを本陣に連れ帰るんだ、シーナ達の治癒が駄目なら傷口を縫えば助かるかも知れない、こいつは僕とラーズで」
「おい、俺を忘れるな、テランジン後は俺達に任せてシドゥの傍に居てやれ、早く行け」
と、マルスが建屋に現れ言った。レン達に促されてテランジンは、シドゥのもとへと向かった。
「シドゥしっかりしろ」
「うぅぅぅ…テラン…何をしている、若は?」
「グライヤーと交戦中だ、お前は今から本陣に戻るぞ、中隊長!」
と、テランジンは中隊長を呼んだ。丁度応援に来た別の中隊に解放した女達を引き渡している最中だった。
「何事ですかコーシュ大将、あっ?!モリア大将」
「見ての通りだ、シドゥを本陣に連れ帰り傷口を縫合する、急ぐぞ」
「ま、待てテラン、わ…若を放って行けるか、お守りせねば」
テランジンは何も言わずシドゥを抱え女達を引き取りに来た中隊に守られトランサー本陣に向かった。シーナとカイエンは、諦めずにシドゥの治療をしている。中隊長が建屋に居るレンにシドゥが本陣に連れ帰られた事を報告した。
「分かった、中隊長は引き続き外を警戒してくれ」
「ははっ!」
「ホホ、あの義足の男を帰らせて良かったのかな?」
と、グライヤーは余裕を見せつけながら言った。レン、マルス、ラーズは、同時に攻撃を仕掛けた。グライヤーは、巧みにレン達の攻撃を防いだ。
「今までは所詮は小僧とお前達をなめておったが…わしも本気を出す事にした」
グライヤーの猛攻が始まった。レン達は、必死で攻撃を防いだ。グライヤーの持つ杖が妙な光を帯びている。
「練気を使えるのが選ばれた人間だけと思うな、わしらにも同じ様な技はあるのだ、ホホホォォォ」
と、グライヤーの素早い突きがレン達を襲う。受け損ねた突きが甲冑を通して生身に衝撃を与える。
「ぐはぁぁぁ」
「いてぇぇぇ」
「ううぅぅぅ」
レン達は、痛みに耐えながら攻撃に出る。必死に剣を振るった。そして、やっとグライヤーの身体に傷を付けたが痛みを感じないイビルニア人には効果はない。
「こいつこんなに強かったのか」
「はぁはぁはぁ、でも絶対倒さないと」
レンとマルスは、剣を構え直しグライヤーの隙を探した。
「レン、マルスこいつは俺に任せてくれ」
と、突然ラーズが言った。三人がかりでなかなか倒せないのに一人で戦うなど無茶だとレンとマルスは言ったがラーズは聞かなかった。
「ホホ、本気のわしに一人で挑もうと言うのか?ホホやはり親子揃って馬鹿じゃな、勝手にせいお前を殺した後でそこの二人も殺してやる」
親子揃ってとグライヤーが言った事でレンとマルスは、なぜラーズが一対一の戦いを望んだのか分かった。ラーズの父インギ・スティールの雪辱を晴らすためでもあったのだ。
「分かったラーズ、お前の男を見せてもらおう」
「頑張れ」
と、レンとマルスは言い剣を納めた。二人に礼を言ったラーズが改めてグライヤーに向け剣を構え静かに練気を始めた。
「ふん、練気を使えるようになったからと調子に乗りおってキイヤァァァ」
と、グライヤーが激しく攻撃に出た。ラーズは、杖の攻撃を弾き返しグライヤーを思い切り蹴り飛ばした。グライヤーは、素早く態勢を整えまたラーズに襲い掛かる。気を帯びたラーズの剣がグライヤーの杖を叩き斬った。グライヤーは跳び下がり、かつてレンの右腕を斬り落とした短剣を取り出した。
「再びこれを使う時が来るとは思わなんだわ、わしは斬るより叩きのめす方が好きなんだ」
「黙れ変態野郎!お前によって作られたあの哀れな半イビルニア人のため無理矢理イビルニア人の子を産まされた女達のため、お前はここで死ぬんだよ、そして我が父の雪辱晴らしてくれる」
と、ラーズが一気に言うと剣は更に光を帯びた。
「くぅ~生意気な…本気のわしに敵うと思うてかっ?!死ねい!」
と、グライヤーが叫んで激しく襲い掛かった。ラーズは落ち着いていた。グライヤーの短剣の激しい突きを紙一重でかわし気を帯びた剣をすくいあげる様にほぼ真上に振るった。短剣を持つグライヤーの左腕が宙に舞った。そして今度は、グライヤーの首目掛けて剣を振るった。刃が吸い込まれるようにグライヤーの首を通り過ぎた。鈍い音を立て首が床に落ち、身体は数歩前を行き倒れた。
「やったぁ」
「見事だ」
と、レンとマルスは大いに喜んだ。ラーズは、剣を一振りし鞘に納めグライヤーの首を見た。首だけになったグライヤーがニヤリと笑いラーズを見返した。
「ホホ、わしを倒したからと言って喜ぶのはまだ早いぞ…フラックとアルカトが居る、今頃城門前はどうなっておるかな…そして刺されたお前達の仲間…シドゥとか言ったな…あやつは間違いなく死ぬ、ホホ、ホホホホ」
「こいつっ!」
マルスがカッとなりグライヤーの首を蹴り飛ばした。グライヤーが完全に死んだ事を確認してレン達は建屋を出た。中隊長が走って来た。
「ご無事でしたか、良かった」
「うん、グライヤーはラーズが討ち取ったよ、もうここに用は無い建屋全てに火をかけて陣屋に戻ろう」
「ははっ!」
レン達は、帰り際に全ての建屋に火を付けトランサー陣屋に帰還した。陣屋内は大変な騒ぎになっていた。傷口の縫合を受けたシドゥの傷がまた開いたのであった。
「どうなってるんだ?糸が直ぐに切れるじゃないか」
と、テランジンが軍医を怒鳴りつけていた。レン達は、シドゥのもとに駆け寄った。レンに気付いたテランジンが必死の形相で言った。
「若、傷が塞がらないのです、シドゥ、レオニール様が帰られたぞ、しっかりしろ」
「…若…ご無事ですか…こ、このような事になり…も、申し訳ありません…うううぅぅ」
「シドゥしっかり、僕は無事だよ、グライヤーはラーズが討ち取った」
と、レンはシドゥの手を握り締め言った。シドゥは握り返そうとしたが手に力が入らないようだった。傷口は、グライヤーの毒のせいで全く塞がらず血がドクドクと流れている。シーナとカイエンは、傷口に両手をかざし絶えず治療を行っているが傷口が塞がりかけるとまた開くを繰り返していた。
「ラーズ殿下が討ち取られたのですか…それは良かった…」
「シドゥもうしゃべるな」
と、テランジンがシドゥの傷口を押さえながら言った。
「シドゥ兄ぃごめんね」
と、シーナが泣きながら謝った。
「毒が効いてるんだグライヤーの野郎ドラクーン人の治癒が効かない毒を作ったって言ってた」
と、マルスが憎らしげに話した。
「毒が何だってんだい!俺っちが絶対治してやる」
そう言うとカイエンは、渾身の力を両手に込めたが、やはり傷は塞がりかけては開いた。龍神やコルベも治癒を行ったがどうにもならなかった。縫っても糸は切れる、もはやどうすることも出来なかった。
「シドゥ、死ぬな頑張れ、しっかりしろ!」
と、テランジンが言うとシドゥは、ゆっくりと首を横に振った。シドゥは自分の死を悟った。
「…テラン…レ、レオ、レオニール様を頼んだぞ…わ、私はもう、もう駄目だ…レ、レオニール、様…先に逝く私をお許し下さい」
「シドゥ、駄目だ死んじゃいけない!目を開けるんだシドゥ」
レンは、泣きながら叫んだ。
「な、何も見えない…テ、テラン、どこだ?」
「ここに居るぞ、しっかりしろ俺はここだ」
「も、もう何も見え…ない…レ、レオニール様を…お守りするんだぞ」
「分かっている、お前も一緒に守るんだ」
と、テランジンも泣きながら叫ぶように言った。 シドゥは、少し笑って首を少しだけ横に振り話し出した。
「残念だが…も、もう無理だ…し、しかしなぜだろう…こんな、こんな時に大昔の事を思い出す…あの娘、覚えてるか…シャーリー、可愛かったな」
「こんな時に何を言い出すんだ、ああ覚えてるさ、二人同時に好きになったな、お互い手は出さないと約束した」
「ああ、約束したが…あの娘は死んでしまった…あの世に行けばあの娘に会えるかな…はは」
「馬鹿な事を…お前は生きるんだよ、生きてレオニール様をお守りするんだ!死ぬな生きろ!」
テランジンは、シドゥを死なせたくない一心で必死に励ました。しかし、多くの血を失ったシドゥには、限界が来ていた。
「テラン…レオニール様を…ロイヤー閣下を頼んだぞ…最後だ…あ、ありが…とう…」
シドゥは静かに逝った。その顔は、苦痛に歪むものでもなく安らかな顔をしていた。
「おい!おい!冗談じゃないぞ!目を覚ませシドゥ、シドゥ…うおぉぉぉぉぉぉ」
テランジンは、人目もはばからず大泣きした。テランジンとシドゥ。トランサー王国の片田舎で生まれた二人は、家同士の仲が良かったせいか兄弟のように育った。本当の兄弟よりも兄弟らしかった。幼年期、少年期をほぼ毎日共に過ごした。十六歳でトランサー陸軍士官学校に入学し三年間を共に過ごし卒業し晴れて青年将校としてトランサー陸軍に出仕した。そして、ザマロ・シェボットの謀反で二人の人生は、大きく変わったと言えよう。テランジンにとって幼年期から今まで苦楽を共にして来たシドゥを失った悲しみは、計り知れなかった。レン達は、テランジンが落ち着くまで二人だけにしてやろうとその場を離れた。この日、トランサー陣屋は、悲しみに暮れた。そして、ラーズが四天王グライヤーを討ち取った事とシドゥが死んだ事が全軍に知らされた。




