同情
トランサー陸軍の中隊と共に建屋に向かったレン達は、思わず目を背けたくなる様なものを発見した。それは、グライヤーの実験によって作り出された人間との間の子、言わば半イビルニア人の失敗作とも言える死骸山だった。身体から首が二つあったり、腕が六本生えていたり顔が酷く醜いものと一目で奇形と分かるものばかりでおまけに腐乱していて臭いが酷かった。中隊に居る若い二等兵が嘔吐していた。
「馬鹿者、この程度で吐く奴があるか」
と、中隊長が叱りつけていた。レン達は、その場を素早く通り過ぎ建屋付近に到着した。似たような造りの建屋が三軒並んでいる。全くイビルニア人の気配が感じられなかった。
「誰も居ないのかな…気味が悪いほど静かだ」
「ああ、でも一軒一軒調べるしかないだろう、入るぞ」
と、レンとマルスは言った。シドゥは、中隊長に外を見張るよう命令した。
「はい、閣下」
「閣下はよせ、ガラじゃないよモリア大将で良い」
と、閣下と呼ばれてもおかしくない地位のシドゥが照れ臭そうに言った。隣に居たテランジンがクスクスと笑って言った。
「ふふ、確かに俺達は閣下と呼ばれるガラじゃないな」
テランジンとシドゥが音も無く一軒目の建屋の入り口に近付き中の様子を探った。その様子をレン達は、少し離れた場所で見ている。テランジンが扉の取っ手に手を掛けシドゥが剣を抜き構えた。テランジンが一気に扉を開けシドゥが中に突入した。テランジンも直ぐに中に入った。しばらくしてテランジンが顔を出しレン達にこっちに来いと合図を送って来たのでレン達は、中隊を残し建屋に入った。
「うっひょ~何これ?気持ち悪い」
と、シーナが悲惨な顔をして言った。一軒目の建屋の一階にあったのは、どれも失敗作の半イビルニア人の試験管だった。まだ養液で満たされている。見た事のない機械が壁際に並べられている。
「酷いな…こんなのを人間の女に産ませてたのか…グライヤーめぇ…」
と、ラーズが鼻息を荒げ怒り狂っていた。一階に敵が居ない事を確認するとレン達は、二階に上がったここは、グライヤーに種付けされた女達が生活を送るための部屋だったようで布団や食器などが残っていた。
「ここにも敵は居ないようだな、次の建屋に行こう」
と、レン達は一階に戻り建屋から出ようとした時、レンの耳に何か聞こえた。
「えっ?」
「ん、どうしたレン、早く行くぞ」
「待って、何か聞こえたんだ」
と、レンの言葉で皆が身構え辺りを見た。大きな試験管の中で失敗した半イビルニア人が見えるだけだった。気のせいかと思い扉の方へ振り向いた時、はっきりと声が聞こえた。
「ここだ、ここに居る」
レン達は、大きな試験管を見た。良く見ると養液から頭が出た半イビルニア人を見つけた。レン達は近付き話しかけてみた。
「君がしゃべったのかい?」
「そうだ、私が声をかけた」
レン達に声をかけた半イビルニア人は、腕が無い代わりに足が三本生えていた。その半イビルニア人は、悲しげな顔をして話し出した。
「私は何のために生まれて来たのだろう…人でもなくイビルニア人でもなく…ただこうやって試験管の中に閉じ込められ生かされている…」
「お前が生まれてからどれぐらい経つんだ?」
と、マルスが聞いた。試験管の中の半イビルニア人は、目を閉じ思い出している様子だった。
「一年になろうか…この中で多くの私の様な者を見て来た、奴は言ったどれも失敗だと、研究する余地があると」
「奴とはグライヤーの事だな?」
「そうだグライヤー…あの男に人間の女の身体を通して私は作られた、…我々は存在してはいけないのだ」
と、試験管の中の半イビルニア人は、涙を流しレン達に言った。レンは、目の前の半イビルニア人に同情した。
「君を産んだ女性は?」
「私を産んで直ぐに死んだそうだ、グライヤーが言っていた…頼みがある、ここにある全てを破壊して我々を殺してくれ、そしてグライヤーを殺してくれ、お願いだ」
と、試験管の中の半イビルニア人は、レン達に言った。
「分かった、グライヤーは必ず倒す、そして君が安らかに天に召されるように」
レンがそう言うと皆が剣を抜き真空斬で部屋の中にある試験管や壁際にあった機械を破壊した。試験管から出て来た半イビルニア人の首を斬っていき最後にレン達に話しかけた半イビルニア人の首を刎ねた。
「ありがとう」
と、首を刎ねられる寸前に半イビルニア人は、レン達に礼を言った。レン達は、複雑な思いで建屋から出て、中隊長に次の建屋に行くと合図を送り、音も無く二軒目の建屋に向かった。二軒目の建屋の中から物音がしていた。中にイビルニア人が居る事が分かった。レン達は、剣を構え一気に突入した。
「おらぁ来やがれっ!悪鬼共!」
と、突入したマルスが一番近くに居たイビルニア人の首を刎ね飛ばした。
「助けてぇ」
と、レン達に気付いた女が叫んだ。女は丁度イビルニア人に小さな黒い玉を膣に入れられる寸前だった。シドゥが真空突きで女の前に居たイビルニア人の頭を吹っ飛ばした。他に三人居たイビルニア人がレン達に襲い掛かってきたが直ぐに首を斬り飛ばした。シーナが台に固定された女を解放して傍にあった布をかけてやった。女は、シーナにしがみ付き泣き崩れた。
「ぼく達が来たからもう大丈夫だよ」
と、シーナが優しく女に言った。落ち着きを取り戻した女からこの建物の様子を聞くと二階には、自分と同じように連れて来られた女が三十人ほど居るとの事で中には、産まれそうな女も居ると話した。テランジンは、シドゥが殺したイビルニア人の手にあった妙な器具を取り上げ見た。先に小さな黒い玉がある。
「そ、それを私達の中に入れて子を宿らし産ませるの」
と、女は言った。生殖器を持たないイビルニア人は、人間と交わる事が出来ない。グライヤーは、イビルニア人の肉を削ぎ加工してこの黒い玉を作っていた。肉の部位によって一軒目で見た奇形の半イビルニア人が生まれる事が分かったと言う。
「何て野郎だ、あの変態め」
と、ラーズが黒い玉を見て言った。レン達は、女を連れ二階に上がり部屋に居た女達全員を解放した。
「やったぁ私達助かったのね、良かったでも…このお腹にはイビルニア人の子が…うっううううう」
と、女達は救出された事を喜びながらもイビルニア人を孕んでしまっている事を悲しんだ。レン達には、かける言葉が見つからなかった。イビルニア人によって望んでもいない子を産まされる苦痛と悲しみは計り知れなかった。
「産まれそうな者は産み落として殺せば良い、しかし、まだ産まれる段階じゃ無い者は…シーナ、カイエン、ドラクーン人の力で何とかならないか?」
と、ラーズが言った。
「う~ん、分からない龍神様やコルベ爺に聞いてみよう」
「そうしてやってくれ」
レン達が女達を連れ一階に降りると試験管の中の十分育った半イビルニア人が女達の中に自分を産んだ女を見つけ騒ぎ出した。
「母さん、俺だよ、もうこんなに大きくなったよイヒヒヒヒヒ」
「嫌ぁぁぁぁ」
女達は、恐怖で悲鳴を上げレン達の後ろに隠れた。
「どうしたんだよ母さん、何で隠れるんだよ、僕を見てよヒヒヒヒ」
試験管の中の半イビルニア人は、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。
「お前達など私の子じゃない」
と、女達が口々に言った。
「酷いなぁ俺はあんたから産まれたんだぜ」
「もういい」
そう言うとテランジンとシドゥがいきなり真空斬で試験管を破壊し始めた。ドサリと試験管から出て来た半イビルニア人をレン、マルス、ラーズが首を落としていった。その後、一軒目同様に部屋にあった全ての機械を破壊し女達を連れ建屋から出てシドゥは、中隊長を呼んだ。
「中隊長、彼女らを保護する、本陣に応援を要請しろ」
「ははっ、承知しました」
中隊長は、部隊から二名選びトランサー陣屋に向かわせた。そして、残るは三軒目の建屋である。どこか異様な雰囲気を感じる。
「一軒目と二軒目とは違う感じがするな…何だろうこの妙な胸騒ぎは…」
と、レンが言うと皆もそう思っていた様だった。
「確かに変な感じだな…しかし行くしかあるまい」
と、マルスは真剣な顔をして言った。そして、レン達は三軒目の建屋に向かった。
「グライヤー様、奴らが女どもを解放したようです」
「ふん、構わんここで奴らを皆殺しにしてくれる、ククク」
と、三軒目の建屋の中に居たグライヤーが上位者のイビルニア人に言った。
「奴ら人間の弱点は情にもろい事だ、ところで準備は出来ているか?」
「ははっ、言われた通りにしております」
「それで良いククク」
グライヤーは、何か企んでいるようだった。建屋の外で中の様子を探っていたレン達は、突入を決意し扉を蹴破り中に突入した。
「さぁ来やがれっ!って何だ?」
一番乗りしたラーズは驚いた。一軒目、二軒目同様に大きな試験管が並んでいたが中に半イビルニア人は、入っておらず皆外に出て怯えていた。
「ここ殺さないで、僕達は何も悪い事はやっていないよ、だから殺さないで」
「どうなってんだ?」
怯えて震えている半イビルニア人達を見てマルスが言った。レンは、斬鉄剣を構えながらゆっくりと近付き半イビルニア人に声を掛けた。
「ここで何をしている、ここに居るのはお前達だけか?」
「に、二階に僕達の母さんが居る、母さん達を助けて欲しい」
と、半イビルニア人はレンに言った。レンは、半イビルニア人達から目を離さずマルス達に話した。
「二手に分けよう僕とマルス、カイエンで二階に行く、テランジン達は彼らを見張ってくれ」
「承知しました若」
「お気を付けて」
レンは、マルス、カイエンと二階に女達を救いに向かった。テランジンとシドゥ、ラーズは、用心のため剣を抜き半イビルニア人達を取り囲んだ。シーナが一人の半イビルニア人を見て言った。
「あんた、何か隠してない?」
「えっ?何を隠すんですか、僕達は何も持ってないですよ」
と、半イビルニア人が両手を広げて言った。他の半イビルニア人達も何も持っていないようだった。
「おいお前、グライヤーはどこだ?知っているなら言え」
と、テランジンが冷たく言った。半イビルニア人達は、悲しい顔をして言った。
「やっぱり普通の人間じゃないからそんな言い方をするんですね…うう…僕達も好きで生まれて来た訳じゃないのに…僕達は生きていちゃいけない存在なんですね…うううううう」
と、半イビルニア人は言い泣き出した。やれやれとテランジン達は、泣いている半イビルニア人達を見た。どれも少し尖がった耳以外は普通の人間と変わらなかった。
「うるさいピーピー泣くな」
「おい、テラン…すまんなこの男は口が悪くてな、そこで大人しくしていれば我々は手を出さない」
と、シドゥが言うと半イビルニア人達は、泣き止みシドゥに礼を言った。テランジンは、気に入らないといった顔で半イビルニア人達を見た。その頃レンとマルス、カイエンは、二階の女達を救い出していた。女達は、涙を流し喜んだ。二軒目と同様に産まれそうな女も居た。
「ところでここにグライヤーと言うイビルニア人は居ますか?」
と、レンが傍に居た女に聞いた。
「はい、あなた方が来るまで居たようですが」
「えっ?じゃあ他の部屋に」
「どこだ、ぶっ殺してやる」
レン達は、二階にある部屋を一つ一つ調べたがグライヤーは居なかったので女達を連れ一階に降りた。女達を見た半イビルニア人達は、何か言おうとしたがテランジンが剣で脅し黙らせた。素早く女達を外に連れ出し中隊長に任せレン達は、また建屋に戻り半イビルニア人達の処遇をどうするか話し合った。
「殺すべきでしょう、イビルニア人の血が入っている以上生かしておく訳にはいきません」
と、テランジンは言った。マルス、ラーズ、カイエンもそうだと言った。
「お願いです、どうかどうか殺さないで下さい、僕達は何も悪い事していないんです、僕達はこのイビルニア半島から出ません、ここで大人しく暮らします、だからどうか殺さないで下さい」
と、必死にレン達に訴えた。その目は、イビルニア人には似合わない澄んだ目をしていた。レン達は、一軒目で見た奇形の半イビルニア人を思い出した。彼は、殺してくれとレン達に言った。存在してはいけないとも言っていた。しかし、目の前の半イビルニア人達は、生きたいと言っている。怯えて震えている姿を見ると哀れに思えた。グライヤーさえ居なければ普通の人間として生まれて来たかも知れない。
「本当にこの半島から出ないんだな?」
と、好きで半イビルニア人として生まれて来た訳じゃない彼らに同情したレンが言った。
「出ません、僕達はここで暮らします…死ぬまで…だからお願いします」
と、半イビルニア人達は、懇願した。中には両手を合わせて拝むようにしている半イビルニア人もいる。その姿に人としての心があると感じたレン達は、彼らを生かそうと思った。
「分かった…その代り約束だ、絶対に半島から出るんじゃないぞ、そして今は戦争中だ、この建屋に居る限り誰も君達を攻撃しないだろう、だからこの建屋から出るんじゃないぞ」
と、レンが言うと半イビルニア人達は、涙を流して喜んだ。
「ありがとうございます、ありがとうございます、このご恩は生涯忘れません」
その言葉を聞きレンは、ゆっくりと振り返りマルス達に建屋から出るよう促した。傍に居たシドゥがレンを守るようにして半イビルニア人達に背中を向けた時だった。半イビルニア人が疾風の如くシドゥに襲い掛かったのだ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ…き、貴様ぁ…何を…」
半イビルニア人の右手がシドゥの背中から腹を貫通した。