ジルドとの決着
ジルドの手刀がマルスに振り下ろされた。レンは、思わず目を伏せてしまった。しばらく間が空きドサッと何かが落ちる音がした。レンは、最悪の事を考え恐る恐るマルスが居るはずの方を見た。そこには、片膝立ちで叢雲を振り切ったマルスの姿があり、右腕を斬り落とされたジルドが立っていた。
「マルス」
と、レンは叫んだ。マルスは、サッと跳び下がり叢雲を鞘に納め構えた。ジルドは、斬り落とされた自分の右腕を見てマルスを見た。
「な、なぜだ?」
「ふん、俺に幻術など通用しないと言いたい所だが」
と、マルスは言って兜を指でコツコツと叩きながら言った。
「この兜、フウガが助けてくれたんだよ」
最初は、確かにジルドの幻影魔掌は、マルスに効いていた。マルスは、必死に幻影と戦っていた時、マルスはフウガの声を聞いたと言う。その声は、兜を通しマルスに話しかけて来た。マルスは、フウガの声で我に返ったが、わざと術に掛かっているふりをしてジルドを油断させたのだった。
「フウガが俺に言ったんだ、殿下これは幻影です恐れる事はありませんってな、それで目が覚めたんだよ、後は俺の芝居だ、あはははは」
「ぐぬぬぬ…またしてもフウガ・サモンが、ヨーゼフの時もそうだった…死んでなお我らに逆らうか」
美形とも言えるジルドの顔が醜く変っていく。
「ふん、イビルニア人らしい顔になったじゃないか」
と、マルスが挑発するように言うとジルドは、怒り狂って襲って来た。
「きえぇぇぇぇい、下等な人間如きがぁぁぁぁぁ」
ジルドは、左腕だけとは思えないほどの攻撃を仕掛けて来た。マルスは、その攻撃を紙一重で避けていたが、ジルドの拳がマルスの左脇腹を襲った。ドンッと鈍い音がしてマルスは、衝撃で飛ばされた。倒れながらも一回転して態勢を整えたマルスは、血を吐いた。衝撃は内臓にまで達している様だった。フウガの甲冑を着ていなかったら既に殺されていたかも知れない。
「はぁはぁはぁ…」
「小僧めぇ私を本気で怒らせた事とくと後悔するがいい、シェァァァァァ!」
ジルドが止めを刺そうとマルスに襲い掛かった時、鞘包みで構えていたマルスの叢雲が、光り出した。
「死ぬのはてめぇだ!真・神風!」
マルスが叫びながら一気に鞘から叢雲を抜き放った。空気が引き寄せられそこに巨大な竜巻が起こりジルドを包み込んだ。
「ぐわぁぁぁ…な、な、何だこれは?!ぎゃぁぁぁ、わ、私の顔がぁぁぁぁ」
竜巻の中でジルドがズタズタに切り刻まれていき宙に舞い上がり地面に叩き付けられるように落ちた。顔面が血まみれのジルドが立ち上がろうとするが、足やら腕の筋が切れて上手く立てないようだった。
「怒らせて後悔するのはどうやらてめぇの方だったな」
と、言いながらマルスはジルドに近付いた。
「痛みを感じないてめぇらイビルニア人の負けだ、痛みを感じれば引く事も考えただろうに」
「こ、小僧めぇ…」
ジルドはもはや動く事も出来ないでいるようだった。片膝をやっとの思いでつきマルスを仰ぎ見る様な形になった。マルスは、叢雲を大きく上段に構えて言った。
「お前達は、海の中でリヴァーヤを監禁して妙な管を刺していただろう」
「そ、そうだ…なぜそれを知っている…あっ?!まさか」
「そうリヴァーヤを解放したのは俺達だ」
「うぬぬぬ…何て事を…ゆ、許さんぞぉ」
と、ジルドは最後の力を振り絞るようにしてマルスに襲い掛かったが、それよりも早くマルスは、叢雲をジルドの首目掛けて振り下ろした。ドサッとジルドの首が落ちた。首を落とされたジルドがマルスを睨み付けている。マルスは、叢雲を一振りすると鞘に納めた。
「この外郭を制圧したところでお前達に勝ち目はないぞ…地獄を見るがいい」
と、首だけのジルドが言った。マルスは、ベッとまた血を吐きジルドに言った。
「地獄?上等だ、俺達人間をなめるな」
「ふ、ふふふふ」
と、ジルドは不気味な笑いを残し何も言わなくなった。完全に死んだようだった。レンは、マルスに駆け寄った。
「マルス、大丈夫かい」
「へっ大丈夫だって言いたいが結構きついな…」
そう言うとマルスは、その場にへたり込んだ。気が付けば周りには、イビルニア人の死体だらけになっていた。ドラクーン人達の活躍のおかげで外郭に居たイビルニア人は全て殺す事が出来た。
レン達は、進軍して内郭の門付近に陣を敷いた。外郭は、不気味に静まり返っていた。レンは、ジャンパールの陣屋でマルスの傍に居た。マルスは、甲冑を脱ぎドラクーン人に治療してもらっていた。
「さぁマルス殿、これで大丈夫だがあまり無理はしないでくれ」
「ありがとう、助かったよ」
と、マルスは治療してくれたドラクーン人に礼を言った。ジャンパール陸軍の士官達がマルスの周りを囲んでいる。
「殿下、お見事でございました、あの四天王のジルドを討ち取ったなど大手柄ですぞ」
「ああ、ドラクーンで奴にやられた傷の恨みを晴らせてスッキリしたよ」
「此度の事は急ぎお上に報告致しまする」
そう言って士官は、伝令兵を呼びマルスがジルドを討ち取った事をジャンパールに報告させた。この頃になると魔導無線や魔導話は、飛躍的に進歩していて直ぐにジャンパール本国に連絡が取れた。
ジャンパール城、皇帝イザヤ皇后ナミが住み暮らす部屋に侍従長が来て報告した。
「お上、先ほど軍部より連絡がありましてマルス殿下がイビルニア四天王と呼ばれるジルドなる者を見事討ち果たしたそうです」
「何?ジルドとな…フウガから以前聞いた事があったな、そうかそうかマルスが討ち取ったのか、うんうん良くやった」
イザヤは満足げに言った。ナミはホッとしたのかつい涙を見せた。傍で聞いていた皇太子でマルスの兄アルスは、興奮気味に言い出した。
「父上、母上、私もイビルニアに行かせて下さい」
「な、何?」
と、何を言い出すのだと言わんばかりの顔でイザヤが言った。
「マルスにばかり手柄を取られては兄の面目が立ちません、どうか私にイビルニア討伐の命をお下し下さい」
「ならん!お前は国内の守りの総司令官ではないか?!」
「そうです、それにお前にもしもの事があったらジャンパール皇国はどうなるのです?」
と、両親に言われたがアルスは引かず更に続けた。
「お願いします、私をイビルニアに行かせて下さい!」
「ならぬものはならぬ!お前に攻めの戦争は出来ん、攻めはマルスに任せておけば良い、お前はしっかりと国内の守りに徹しておれば良いのだ」
と、イザヤが皇帝の威厳たっぷりに言った。逆らえば息子であろうとも容赦はせぬという雰囲気を出している。アルスは、悔しさに震えながら諦めた。
「マルスやレン達が無事に帰って来る事を祈ろう」
と、最後に優しくイザヤは言った。
一方、トランサー王国にもマルスがジルドを討ち取ったという情報が入って来て政務を執っていたヨーゼフに知らされた。
「ジャンパール皇国皇子マルス殿下、見事ジルドを討ち果たしたそうです」
「おお、マルス殿下が…ふふドラクーンでの雪辱を見事晴らされたな、で、レオニール様にお変わりは無いのか?」
と、自分に与えられた部屋で以前、ジャンパールのフウガ屋敷でレンから貰ったフウガの甲冑を背に椅子に座りながら、知らせに来た近衛師団隊長のクラウドに聞いた。
「はい、閣下、レオニール様には変わった様子は無いそうです」
「そうか、ご無事であればそれで良い」
クラウドが部屋から出て行き一人になったヨーゼフは、フウガの甲冑をじっと見つめた。
「フウガ殿…やはり拙者も行けば良かったかのぉ、若い連中だけでは心配でたまりませんわい」
と、甲冑をフウガに見立てて話した。
イビルニア城では、グライヤー、フラックそしてアルカトがサターニャ・ベルゼブの前に並んでいた。
「グルゥゥゥゥゥ…ジルドがやられたそうだな…またもや人間にしてやられるとは…」
「ははっ全く持って情けのうございます」
と、震えながらグライヤーが答えた。フラックは額に汗を滲ませているがアルカトは目を閉じ静かに立っていた。
「フウガ・サモンとヨーゼフ・ロイヤーの気を感じるが…フウガは死にヨーゼフはこの地に来ていないと言うのにどういう事か?」
と、ベルゼブは、目の前の三人に問うた。目を閉じていたアルカトが口を開いた。
「恐れながらマスター、この地に来ているトランサー王国王子、レオニール・ティアックとジャンパール皇国皇子マルス・カムイはフウガとヨーゼフに強い縁があるようで…それで気をお感じになられたのでは?」
「ふむ、そう言う事か…ならば必ずその二人の息の根を止めよ…余をあの暗黒の世界に封印した憎き二人に縁がある者など生かしておく訳にはいかぬ」
「御意」
ジルドを倒してから一夜明けたイビルニア城外郭では、各国が内郭の城門に向け大砲や魔導戦車砲を撃っていた。城門は堅くなかなか思う様に破壊出来ない。トランサー陸軍の指揮を執っているシドゥがイライラして言った。
「何て堅さだ、これだけの大砲を撃ち込んでもひびも入っていない…何で出来てるんだ?」
「まぁそう焦るなシドゥ、必ず手はあるはずだ、ほれ飲めよ」
と、テランジンがシドゥに飲み物を渡しながら言った。シドゥは、受け取った飲み物を一口飲みため息を吐き呟いた。
「ジルドはマルス殿下が討ち取られた…次に現れる四天王とは一体誰なんだろう?」
「そうだな…俺達が直接知ってる四天王はアルカトしか知らん、もしアルカトが現れればレオニール様はアルカトと一騎打ちになるんだろ?そして倒さねばエレナ様のお心を取り戻せない」
「ああ、そう言う事だ…マルス殿下の様に見事討ち果たせれば良いが…ロイヤー閣下が申されていたなアルカトは四天王の中でも群を抜いて強いと…」
「なぁにレオニール様なら必ずアルカトを倒す、必ずな」
と、二人が話している所に伝令兵がやって来て今日の攻撃は終わりだと知らせに来たのでテランジンとシドゥは陣屋に戻った。トランサーの陣では、ドラクーン人である龍神エルドラとコルベが用意されたベッドの上に寝ていた。コルベや生き残った精鋭達は、既に不死鳥の剣で尻尾を切っていた。
「シドゥ、テランジンどうだった?」
と、帰って来た二人を見てレンが聞いた。
「全く破壊出来そうにありません若、いかが致しましょう」
と、シドゥは正直に答えた。この事は、各国の陣屋でも話し合われていた。シドゥの話しを聞いた龍神が半身を起こそうとしたのでレンが手伝った。
「ありがとうレオニール殿、ところで内郭の城門の事じゃが、あれは大砲では壊せませんぞ」
「えっ?じゃあどうやって中に入るのですか?」
「結界で守られとるでのう、まずは結界石を見つけ破壊せなばなるまいて」
と、龍神が言った。二十六年前は、結界石を発見し破壊して内郭に進軍したと言う。ただその結界石があると思われる場所が厄介だと言った。
「堀の中にその石はあってのうイビルニアにしかいない凶悪な魚が守っておるのじゃ」
「魚?」
そして、龍神は続けて話した。内郭の堀の近付くまで進軍すると攻撃され、結界が張ってあるため外からの攻撃が効かず相当苦労したと話した。シドゥが慌てて聞いた。
「そ、それじゃあどうやって石を破壊するのです」
「こっそりじゃ、夜の闇に紛れてこっそり破壊するのじゃよ」
龍神はおかしな事を言った。夜はイビルニア人を活発化させ危険なはずであった。
「奴らと同じ格好をして少数で破壊しに行くのじゃ、どういう訳か同じ格好をしとると目立たんようじゃな奴らの目には仲間に見えるようじゃ」
「な、なるほど…ではやってみましょう」
と、シドゥは言った。そして、深夜を待ちレン、テランジン、シドゥとドラコとコルベとの戦いで大怪我から回復したカイエンが行く事にした。レンが行く事を士官達は強く反対したが、レンは聞かなかった。レン達は、真っ黒い布を用意して全身を包んだ。
「王子、くれぐれもお気を付け下さい、何かあったらロイヤー閣下に合わせる顔がありませんからな、コーシュ大将、モリア大将、王子をよろしくお守り下さい」
と、士官達が言った。必ず成功させると言い残しレン達は、陣屋からこっそりと出て夜の闇に紛れて内郭の堀を目指した。




