島
テランジンの艦に魔導無線が入った。
「テランジン大将、ようこそイビルニア海域へ」
と、ヤハギ中将からだった。ヤハギ中将率いるジャンパール海軍第五艦隊とランドール海軍は、レン達がイビルニア海域に到着する一時間ほど前から戦闘に入っていた。
「敵の戦艦はあれだけですか?」
と、テランジンが魔導無線で聞いた。
「いや、君達が来るまでに三隻ほど沈めたがまだまだこれからだよ」
と、ヤハギ中将が答えた。テランジンは、前方に大きな島を見つけた。あの島を押さえれば拠点に出来ると思いレンに話してみた。
「若、見えますか前方に大きな島があります、あれを我々トランサー軍で押さえようと思いますがいかがでしょう?」
「うん、見えるよ、あそこから敵の戦艦が出て来てるよ、よしやってやろう」
「ははっ!ヤハギ中将、我々トランサー軍は前方の島を落とし拠点にします」
と、テランジンが魔導無線で連絡した。やってくれと返事が来てテランジンは、トランサー軍に前方の島に攻撃を掛けるよう命令した。艦砲の音が鳴り響く中トランサー海軍の戦艦が島付近まで行き砲撃した。丁度、島の港から出撃して来たイビルニアの戦艦に命中し戦艦が炎上した。港付近の砲台から攻撃してきたが玉は届かず目の前で落ちた。
「はっはーっ!やったな、もっと撃て撃て」
と、ラーズが望遠鏡で炎上するイビルニアの戦艦を見て言った。トランサー海軍は、艦砲射撃で島のあちこちを破壊した。島の砲台を破壊したのを確認して陸軍を乗せた輸送船で島の上陸を図った。
「では若、行ってきます」
と、陸軍大将であるシドゥがテランジンの艦から輸送船に乗り移った。テランジンは、巡洋艦を輸送船の護衛に就かせ島に向かわせた。島付近の沖から望遠鏡で見ていたテランジンがシドゥ達陸軍の連中が島に上陸したのを確認した。
「若、シドゥが上陸しました、我々も行きましょう」
テランジンは、トランサー海軍に島付近に留まるよう言い残し自分の軍艦三隻で島に向かった。島まで近づくと肉眼でシドゥ達陸軍が戦っているのが見えた。森の中にでも隠れていたのか、あちこちからイビルニア人やイビルニアと同盟を結ぶ国の兵士達が出て来た。シドゥは、人間は出来るだけ殺すなと叫びイビルニア人を片っ端から真空斬で斬っていった。レン達も急ぎ上陸し戦闘に加わった。マルスやカイエンは、久しぶりに大暴れ出来ると張り切って出撃した。
「おらおらおらっ!クソ野郎共、このマルス様が地獄に送ってやる!おらぁ!」
と、マルスが立て続けに五人のイビルニア人の首を刎ね飛ばすとカイエンも負けじと龍の姿に変身して爆炎を吐きイビルニア人を焼き殺した。それを見たイビルニアと同盟を結んでいるタンザと言う人間の国の兵士が恐れをなし逃げた。こうなると何かの競技の様で我先にと逃げ散って行ったが、それでも懸命に戦う人間も居た。小一時間ほどの戦闘で辺りからは敵が出て来なくなった。
「よし、この辺りにはもう敵は居ないようだね、先に進もう」
と、レンが言うとシドゥは、陸軍の大尉を呼び島の司令部を攻撃するよう命じた。テランジンは、海軍全体に島の司令部が見える辺りまで艦を移動するよう命じた。レン達は、上陸した浜に陣を張り吉報を待った。しばらくして司令部を制圧したとの連絡が来てレン達は、陣を引き上げ司令部がある場所に向かった。
「派手にやったな」
と、マルスが笑いながら言った。イビルニア人の死体や抵抗したタンザ国の兵士の死体がそこら中にあり建物は、海からの艦砲射撃で全壊していた。
「こちらの被害は?」
と、シドゥが大尉に聞いた。死傷者が三人出た程度だと大尉は説明した。そうかとシドゥやテランジンは納得したが、レンはあまり良い顔をしなかった。
「レン、戦争だぞ、死人や怪我人が出るのは当たり前だ、いちいち気にするんじゃない」
と、マルスが言った。レンは、死んだトランサー兵に祈りを捧げていた。そんな時、ジャンパールのヤハギ中将から連絡が入った。海の方は、ほぼ片付いたので島に上陸するとの事だった。こちらも片付いたと伝えヤハギ中将やジャンパール、ランドール軍を島に上陸させた。
「ははは、見事に破壊されましたな」
と、島に上陸したヤハギ中将が笑いながら言った。一般兵達が死体の処理をする中、レン達やジャンパール、ランドール軍の将校が集まり会議を開き、島の防衛とイビルニア以外の人間の国の対処方が話し合われた。
「人に対しては抵抗する者は仕方がないが出来るだけ殺さず降伏させましょう」
「どうせイビルニア人に利用されてるだろうからな」
「先ほど捕えたタンザ国の兵士が言っていたが国王がイビルニアに連れて行かれているそうだ」
「人質か…」
二十六年前の戦争を知るヤハギ中将や古参の将校達が暗い顔をした。そんな中、レンが手を上げて話し出した。
「皆さんに聞いて頂きたい事があります、僕を含めたトランサー軍の一部で直接半島に向かおうと思います、そこで皆さんには出来るだけ注意を引いてもらいたいのです」
「何を馬鹿な…無茶ですぞレオニール王子」
と、古参のジャンパール将校が言った。
「その様な事をされてレオニール様に何かあったらあの世でサモン閣下に合す顔がありませんよ」
と、ヤハギ中将が言った。
「理由があるんだよ、俺達だけでも早く行ってアルカトの野郎を殺さねぇとエレナがどうなっちまうかわかんねぇんだよ」
と、マルスが言った。エレナがアルカトに心を奪われ廃人の様になっている事をヤハギ中将らも知っているが、やはり納得できなかった。
「危険すぎます、敵はアルカトだけではありませんぞ、それに半島のイビルニア人はかなり手強くなります、後あの雲に問題があります」
「その雲の事なら大丈夫ですよ」
と、テランジンがセパル島でデ・ムーロ兄弟から受け取った爆弾について話した。将校達は、信じられないと言ったがテランジンは、自信満々で答えた。
「あの兄弟が作った物に問題はありませんよ、現に私の軍艦は潜水出来るし爆弾を持ってきた時やつらは船ではなく空を飛んで来たんですよ、セパル島の守備隊長も目撃している」
「だから大丈夫さ、俺達だけで先に潜入して内側から攻撃する、イビルニア人もまさかこっそりと来るとは思ってないはずだ、だからお前達が表で派手に攻撃を仕掛けて陸戦隊を上陸させてくれ」
と、ラーズが言うとランドール軍の将校が慌てて言った。
「王子まさかあなたまで潜入に参加されるおつもりか?お止め下さい」
「ははっ!おい俺を誰の息子だと思っているのだ、俺はインギ・スティールの息子だぞ」
と、ラーズに言われた将校は、そうだったと無茶苦茶な事をするのは親譲りだと諦めた。
「きっと成功させて見せます、フウガおじいさんもきっとそうしろと言ってくれると思ってます」
と、レンは、ヤハギ中将ら古参の将校達に言った。しばらく間がありヤハギ中将が話し出した。
「分かりました、我々は出来る限り注意を引きます、そして出来るだけ早く陸戦隊を上陸させましょう」
「ありがとうございます、後テランジン大将が僕と一緒に半島に行くのでトランサー海軍の指揮権をヤハギ中将に委ねたいと思ってますがどうでしょう?」
「私に?分かりました引き受けましょう」
と、ヤハギ中将が言ってくれたのでレンは安心した。後、半島に掛かる雲を晴らす時期は、陸戦隊が上陸してからと決め会議を終わらせた。占領した島にトランサー、ジャンパール、ランドールの国旗を掲げ三国の陣を張った。海上では、三国の戦艦が海の要塞としてイビルニア半島やサウズ大陸から来る敵に備えていた。
「さぁ明日いよいよイビルニア半島に潜入だな」
と、ヨーゼフ宛てに手紙を書いているレンに言った。レンは、手紙を書く手を止めしばらく無言で空を見つめていた。
「どうしたんだよ?」
「うん…本当にこれで良かったのかなってね、皆を危険に晒す事になったし」
「何を今更言ってるんだよ、大丈夫だ心配するな、俺達は運が良いんだ、きっと成功するさ」
と、マルスが明るく言った。レンは、マルスの明るさに救われた。レンは、ヨーゼフ宛ての手紙を書き終え伝令兵に手紙をトランサーに送るよう命じマルスと島を散歩した。二人でぶらぶらと歩いていると戦艦の大砲の音が響いた。レンとマルスは、慌てて自分達の陣屋に戻った。
「今、大砲の音が鳴ったけどまた攻めて来たの?」
「はい若、でも大丈夫ですよ、奴らがこの島に上陸する事はありませんよ」
と、テランジンが答えた。ジャンパール海軍の火力は圧倒的でイビルニア人達は、容易に島に近付けないでいた。テランジンは、我々トランサー海軍の出る幕は無いなと笑っていた。攻撃が止み静かになった。夕暮れになりマルスがヤハギ中将とトランサーの陣屋にやって来た。
「レオニール様、ご存知かと思いますが夜はイビルニア人を活発化させます、警戒を怠らぬようお願い申し上げます」
と、ヤハギ中将が忠告した。レンは、シドゥを呼び陸軍に警戒を厳しくするよう言った。シドゥは、陸軍の将校を集め分隊を作らせ島の警戒に当たらせた。そして、深夜を回った頃、トランサーの陣屋近くで悲鳴が上がった。仮眠を取っていたレンが飛び起きた。
「何だ?今誰かの悲鳴が聞こえたよ」
「見て来ます」
と、シドゥとテランジンが言い悲鳴が上がった方角に走って行った。二人が到着すると兵士五人が斬り殺され三人が一人のイビルニア人を相手に戦っていた。
「お前達下がれ」
と、テランジンが兵士達に言い剣を抜いた。イビルニア人は、標的をテランジンに変え襲い掛かって来た。撃剣の音が辺りに響き渡る。
「なるほど、今までのイビルニア人とは訳が違うな、確かに手強い」
と、テランジンは言いながら余裕で攻撃を受け流している。このイビルニア人は、下位の者と思われるが中位並の実力を持っている様だった。
「テラン、分かったからさっさと始末しろよ」
と、シドゥが言うとテランジンは、興醒めしたような顔をしてイビルニア人の首を刎ね飛ばした。テランジンは、やれやれといった表情で剣を納め言った。
「やはり半島が近いせいか今までのイビルニア人とは違うな、下位でも実力は中位並だな」
「こいつで下位なんですか?」
と、生き残った兵士達が驚いた。シドゥは、今斬った者が下位なら中位者が必ずどこかに居るから気を付けろと言った。斬り殺された兵士の遺体の片付けをしていると兵士が血相を変えてテランジンとシドゥに向かって走って来た。
「大変です、我が国の陣にイビルニア人共が攻め込んで来ました」
「何?」
テランジンとシドゥは、急いで陣屋に戻ると五人のイビルニア人が暴れていた。陣屋に居た将校二人が死んでいて兵士達は、レンを守ろうと必死に戦っていた。龍の姿に変身したシーナが身構えていた。
「もう何でこんな時にカイエン居ないんだよぉ」
と、シーナが愚痴をこぼした。カイエンは、他のトランサー兵と共に島の警戒に当たっていた。テランジンとシドゥは、直ぐに剣を抜き暴れるイビルニア人に真空斬を放った。イビルニア人の腕や足が切り裂かれ体勢を崩した所で、すかさず兵士が首を刎ねた。レンもフウガ遺愛の斬鉄剣で戦った。相手は中位者のイビルニア人だった。相当手強いようで押され気味のレンにシドゥが加勢しようとしたが、レンが来るなと言った。
「この程度のイビルニア人を倒せなきゃアルカトには絶対勝てない」
「グフフ、良いのカ?それそれそれ~」
と、中位のイビルニア人は、剣と鉄の爪の二段攻撃でレンを追い詰める。しかし、レンはその攻撃を見事にかわした。かわしながら練気をしている様だった。気が十分練れた事を感じたレンは、一気に攻撃に出た。一撃目でイビルニア人の剣を叩き斬り、二撃目で鉄の爪をはめた左腕を斬り飛ばし三撃目で首を刎ねた。
「お見事」
と、テランジンとシドゥは言った。陣屋を襲って来たイビルニア人を全員始末した頃、マルスとラーズがトランサー陣屋に駆けつけて来た。
「ここにも来たんだな、うちも先ほど現れたが一匹残らず殺してやったぜ」
「こっちは大変だったぞ、妙なのが混じっていた」
と、マルスとラーズが口々に話した。
「妙なのって何?」
と、レンが聞くとラーズは、その妙なイビルニア人の事を話し出した。
「そのイビルニア人は仮面をしてなくて上位かと思ったがどうも違う様で顔も普通の連中と違ってまともなんだ、仕草が妙に人間臭いところがあったな」
と、ラーズが言った時、レン、マルス、ラーズが同時に何かを思い出した。
「ま、まさか…」
以前、ジャンパールの都にある公園に現れたイビルニア人を退治した時、マルスがイビルニア人を訊問し話させた事を思い出したのだ。
「じゃあ、そのイビルニア人は人の間の子って事…」
「かも知れんな」
「どう言う事です?」
と、何も知らないテランジンとシドゥがレン達に質問した。レンは、ジャンパールで退治したイビルニア人が話した事を二人に話した。
「人と交われば昼でも陽の光に怯える事無く実力を発揮出来るかも知れないと、連中は世界中から女をさらって子を産ませてるんですか?何と言いう…」
二人は、言葉を失った。
マルスとラーズが自分達の陣屋に帰って行った後、レンは、他の分隊が心配で仮眠も取れなかった。そして、朝を迎えた。警戒に当たっていた兵士達が陣屋に戻って来た。レンは、兵士や将校達に労いの言葉を掛けて回った。皆、交代で朝食を取らせレンは、テランジンとシドゥを連れジャンパールの陣屋に行きヤハギ中将と会い話した。
「中将、僕達は半島に向かいます、後の事はよろしくお願いします」
と、レンは言って頭を下げた。ヤハギ中将は、慌てて椅子から立ち上がり言った。
「もう行かれるので?もう少し様子を見ればいかがですか?」
「いや、早い方が良いだろう」
と、マルスが言い机に立てかけていた叢雲を掴み立ち上がった。
「んじゃ行って来るぜ」
と、ちょっと散歩に出かけるかのようにマルスは言い残してレン達と陣屋を後にした。ランドールの陣屋にラーズを呼びに行こうと向かうとラーズがこちらに向かって歩いている姿が見えた。
「行くんだろ?」
と、ラーズは言いレン達とトランサーの陣屋に行った。シーナとカイエンが待っていた。置いて行かれたのかと思ったと文句を言っていた。
「では僕達は半島に向かいます、大佐、後の事はお二人に任せますヤハギ中将とよくよく相談して行動して下さい」
と、レンは、自分の国の陸軍と海軍の大佐に言った。
「ははっ!心得ました、王子くれぐれもご無理のないようにお気を付け下さい」
と、二人の大佐は、最敬礼をして答えた。レン達は、テランジンの三隻の軍艦を停泊させてある島の港に向かった。そこには元海賊の士官達がレン達を待っていた。
「殿様、兄貴、準備は出来てますぜ」
と、テランジンの側近のルークが言った。レン達が艦に乗り込むと艦はゆっくりと動き出した。そして、ジャンパールやランドール、トランサーの戦艦の間を通り抜け静かにイビルニア半島に向かって行った。




