デ・ムーロ兄弟の届け物
トランサー王国を出港したレン達の艦隊は、一路イビルニア半島があるサウズ大陸に向け航行していた。先発していたジャンパール皇国海軍ヤハギ中将率いる第五艦隊とランドール海軍がイビルニア国に占領されていた島を解放し守備隊を置き島を守っていた。
「おい、あの島にうちの国旗とランドールの国旗が揚がってるぞ」
「おお、ほんとだ!」
と、マルスが島を指差し言った。トランサー王国の艦隊は、島を目指した。島に近付くとジャンパール兵やランドール兵達が手を振っている。戦艦や巡洋艦などは、港近くの沖に停泊させテランジンの軍艦は、港に入った。
「ようこそセパル島へ」
と、守備隊長が出迎えてくれた。話しを聞くとサウズ大陸をめざし航行していたヤハギ中将達は、この島がイビルニア人達に占領せれていると知り島民を救うべく攻撃を仕掛けたのだった。セパル島を解放したヤハギ中将達は、今朝方サウズ大陸に向かった。
「今日はここで一泊されてはいかがですか?ヤハギ中将からトランサーの方々が寄られたらもてなすように言われておりますので」
レン達は、その好意を素直に受ける事にした。島民達も参加しレン達トランサー軍は、もてなしを受けた。夜、陸軍海軍の士官を集めて作戦会議を行った。
「さてこのままジャンパール、ランドール軍に合流するか、別に我々だけで一気にイビルニア半島を目指すか」
と、海軍の大将であるテランジンが話し出した。陸軍の大将であるシドゥも話し出した。
「合流して全軍で戦った方が良いんじゃないか」
「ああ、言葉が足りなかったな、我々と言ってもトランサー軍全部じゃない、俺の軍艦で直接半島に乗り込むのさ、他の戦艦はジャンパール、ランドール軍に合流させる」
と、テランジンが言った。そこである士官が質問した。
「しかし、そうなれば誰が海軍の指揮をするのですか?」
「そうだ、お前は指揮官だぞ」
と、シドゥが言うとテランジンは、ニヤリと笑い言った。
「俺がじっとして居られると思ってるのか俺の艦は何のために潜水出来ると思ってるんだ?」
「お前まさか忍び込むつもりなのか?」
シドゥの問いにニヤッと笑うのみのテランジンだった。
「レオニール様、こいつを止めて下さい、全滅してしまいますよ」
と、シドゥはレンに止めるよう頼んだが、レンは、意外にもテランジンと同じ考えだった。
「僕はテランジンに賛成するよ、上手く行けば早く終わらせられるかも知れないし、指揮はヤハギ中将に任せても良いと思う」
本来なら自国の軍の指揮は自国の指揮官がするべきだが、今の再編成した海軍の将兵達は経験が浅く指揮を執るのは難しいと思いレンは、良く知るジャンパールのヤハギ中将に任せたいと思ったのだ。
「しかし、それならそれで一旦はヤハギ中将達と合流して説明するべきでしょう」
と、シドゥが言うとレンは、もちろんそのつもりだと答えた。それでシドゥは納得したが、他の士官達が納得出来ないと言い出した。レンは、心苦しかった。本当は早くエレナの心を取り戻したいから自分達だけでもイビルニア半島に行くんだと言いたかったが、これはあくまで個人的な理由だ。軍全体を巻き込む事は出来ない。
「ああ皆ちょっといいかね」
と、マルスが納得出来ていない士官達に話し出した。
「俺達が先にイビルニアに行く理由が二つある、一つは俺達が少数で行き内側から叩く、イビルニア人達は海から来る敵に集中してるはずだ、まさか敵が既に上陸してるとは思わないだろう」
「なるほど、殿下達が半島に直接行けるよう残った我々が注意を引けばよろしいのですか?」
と、ある士官が言った。
「そう言う事だな、そして二つ目はレオニールの妻となるエレナの事だ、アルカトって言う上位のイビルニア人に心を奪われ廃人の様になってしまっている、彼女の心を取り戻すにはレオニールがアルカトを倒さなければならん、早く倒さねぇとエレナがこの先どうなるか分からんのでな、急ぐ理由はこれだ」
と、マルスは言い士官達を見た。話しを聞き納得した士官が言った。
「エレナ様の事は聞いています、分かりました我々の指揮権をヤハギ中将殿に委ねます、しかしレオニール様決してご無理はなさらないで下さい」
「ありがとう」
と、レンは素直に礼を言った。こうしてテランジンの軍艦三隻だけ先行してイビルニア国に潜入する作戦が決まった。不安はあったがやるしかない、それが出来るのは自分達だけだとレン達は思っていた。会議が終わり他の士官達は、島民の家に泊めてもらったり艦に戻ったりしレン達も島民の家に泊めてもらったがテランジン、ルーク、カツとシンだけは艦に戻った。
艦に戻ったテランジンを見て艦に残っていた元海賊士官が慌てて報告しに来た。何でもデ・ムーロ兄弟から魔導無線が入っていると言う。
「お頭、デ・ムーロ兄弟がさっきからうるさくて」
「何、どうしたんだ?何でここに居る事が分かった」
と、テランジンが魔導無線に出た。多少雑音が混じっているが返事が来た。
「何やってたんだ遅いじゃないか、お前に言われてた爆弾を持って来てやったんだぞ、それとお前の艦がどこに居るかなど俺達兄弟には手に取るように分かる」
「出来たのか、しかしどこに居るんだ?」
と、テランジンは、操舵室から外を見たが、見えるのはトランサー海軍の軍艦と輸送船だけだった。
「上だよ上、空を見てみろ」
と、デ・ムーロ兄弟に言われテランジンは、甲板に出て空を見上げた。大きな鳥の様な黒い影が飛び回っているのが見えた。
「まさか本当に出来たのか飛行魔導機が…はは、凄いな」
「お頭ぁ兄弟が島の空き地に着陸するって言ってるぜぇ」
「そうか分かった、着陸させろ」
と、言いテランジンは、ルークを連れ空き地に向かった。デ・ムーロ兄弟の飛行魔導機が段々と高度を下げて来た。両翼の裏側から車輪の付いた足の様な物が出て来て着陸した。飛行魔導機の中からデ・ムーロ兄弟が出て来た。
「よう、久しぶりだな国を取り戻せて良かったな」
と、兄のミランがにこやかに言った。
「あれぇ殿様達は?」
と、弟のクリフが言うともうお休みになられているとルークが答えた。テランジンは、早く爆弾を見せろと言いデ・ムーロ兄弟は、飛行魔導機について何か質問でもしろよとぶつぶつ文句を言いながら飛行魔導機の側面を開け爆弾を見せた。
「おお、これか、これで半島を包む雲を消し去る事が出来るんだな」
「全く往生したぜ、雲を消す爆弾を作れって海賊船を軍艦にするより難しいんだぞ」
テランジンは、メタルニアでデ・ムーロ兄弟に海賊船を軍艦に改造してもらった時に爆弾も頼んでいた。イビルニア半島を包む暗雲を消せば人間が行動し易くなるとヨーゼフから聞いていたので、その暗雲を消すにはどうすれば良いか考え、デ・ムーロ兄弟なら雲を消し去る何かを作れるんじゃないかと思い頼んでいたのだった。
「こいつをお前の艦に仕込んで打ち上げるんだ、ここが雲を感知したら爆発して雲を吹き飛ばす」
と、ミランが爆弾の先端を指差し言った。テランジンとルークは、爆弾をまじまじと見た。
「何だ羽の様な物が付いてるがどういう事だ?主砲から撃っても大丈夫なのか?」
と、爆弾の後方部分に付いている閉じた羽を指差しテランジンが聞いた。
「駄目だ駄目だ、そんな事したら主砲が吹っ飛ぶぞ、艦の後方に信号弾を打ち上げる所があったろ?そこに仕込んで打ち上げるんだよ、後は勝手にこいつが雲に向かって飛んで行くから」
と、クリフが答えた。テランジンが半信半疑で聞いた。
「ホントかよ、ちゃんと飛び上がるんだな?それともしも他の雲に当たったら無駄撃ちじゃないか」
「それなら大丈夫だ、俺達もイビルニアについて色々調べた、半島に掛かっている雲は普通の雲ではないそうだ」
「ふうん」
と、テランジンとルークは、どうも信用出来ないといった顔で返事をした。空が白んで来て朝が来た事を告げた。ルークは、爆弾を運び入れるため一旦艦に戻った。テランジンは、デ・ムーロ兄弟を連れて守備隊が居る施設に行った。
「あれは何ですか、びっくりしましたよ」
と、飛行魔導機を見ていた守備隊長がテランジン達に聞いた。守備隊長は、早くから飛行魔導機に気付いていがテランジンとルークが空き地に向かっている姿を目撃し後を追った。着陸したデ・ムーロ兄弟と親しく話している様子を見て仲間だと悟り引き上げたと言う。デ・ムーロ兄弟が守備隊長に飛行魔導機の事を説明した。守備隊長は信じられないといった顔をして聞いていた。そこに、レン達がやって来た。
「デ・ムーロさんじゃないか、何でここに居るの?」
と、兄弟に気付いたレンが聞くと兄ミランが得意げに言った。
「殿様、とうとう出来たんだよ飛行魔導機が」
「まだ改良するところはあるがメタルニアからここまで飛んで来たんだぜ」
と、弟クリフが言った。レン達は、飛行魔導機がある空き地に向かった。メタルニアのデ・ムーロ兄弟の工房で見た模型がそのまま大きくなった感じだった。
「こいつを持って来てくれたんですよ若」
と、テランジンがちょうどルーク達が運ぼうとしていた爆弾を指差し説明をした。シーナとカイエンが舐めるように飛行魔導機を見ていた。
「ありがとうデ・ムーロさん、これで戦いやすくなります」
「なあに、俺達だってイビルニア人は大嫌いだ、その連中と戦ってくれるんだ、それに俺達兄弟が作った物で世界を救う事になるならこんなに嬉しい事はない」
と、兄弟は胸を張って言った。それを見たテランジンが思わず笑いそうになった。
「似合わねぇ事言ってんじゃねぇぞ、さあ若、爆弾を積み込み次第出発致しましょう」
と、テランジンがレンに言うとまたデ・ムーロ兄弟がぶうぶう文句を言った。
「せっかく持って来てやったのに何だその態度は、もう作ってやらねぇぞ」
「そうだ、せっかく出来たこいつを見てもっと驚けよ、何か質問とかあるだろ?」
と、デ・ムーロ兄弟が飛行魔導機をばんばん叩きながら言った。
「戦艦を潜水出来るようにするお前達が何を作っても俺はもう驚かんよ、忙しいんだもう帰れ」
と、テランジンに笑いながら言われまた文句を言いながらデ・ムーロ兄弟は、飛行魔導機に乗り込んだ。
「では殿様、後はその馬鹿に任せる、また良い物が出来たら持って来るぜ」
そう言ってデ・ムーロ兄弟は、飛行魔導機を動かし始めた。キーンと音がして直進し始め速度が上がり一気に離陸した。レン達の上空を数回飛び回るとメタルニアがある北東に向かって飛んで行った。
「凄いね、人間って何でも作っちゃうんだね」
と、シーナが飛んで行った飛行魔導機を見て言った。テランジンがシーナにあいつらは、人間の中でも特別だと言い笑った。テランジンの部下達が軍艦に爆弾を積み終え、セパル島を出港する事にした。
「では守備隊長、よろしく島を守ってくれよ」
と、マルスがジャンパール人の守備隊長に言った。守備隊長は最敬礼をして返事をした。レン達が出港するのを見計らってトランサー海軍の戦艦達も動き出し一路イビルニアを目指した。
「なぁレン、やっぱりヨーゼフを連れてくりゃ良かったな」
と、マルスが真面目な顔をして言った。本当は、レンも少し後悔していた。
「うん…でもヨーゼフにはもう十分尽くしてもらってるから、これ以上リリーさんと離れ離れにさせられないよ」
「まぁ…そうだよな、すまん何か変な事言っちまったな」
と、マルスは言って甲板に出て行った。マルスの珍しい様子を見てレンは、不安を覚えたが先に甲板に出てはしゃいでいるシーナとカイエンの様子を見てレンは、救われた思いをした。
セパル島を出港して夜が過ぎ夜明け近くになった頃、戦艦の大砲の音が聞こえて来てトランサー軍がイビルニアの領海域に入った事を知った。ジャンパール、ランドールの連合艦隊がイビルニアやイビルニアに与する国の艦隊と戦闘中だった。




