心を奪われたエレナ
城ではジャンパール軍の歓迎会が行われエレナ、コノハ、カレンも参加した。当然シーナとカイエンも参加し料理を食べまくっていた。
「相変わらずスゲェ食欲だな、おい」
と、マルスは久しぶりに見るシーナとカイエンの食べっぷりを見て感心した。ヨーゼフは、ヤハギ中将と今後のイビルニアへ攻め入る時期を話していた。レンは、エレナを連れ城の中庭に行った。二人は、ベンチに座り星を眺めていた。久しぶりに過ごす二人だけの時間だった。
「君のお父さんやお母さん、弟は元気にしてるかい?」
と、レンは、エレナの家族の様子を聞いた。
「ええ、とっても元気よ、トランサーに行くって言ったらとうとう行ってしまうのかって父も母も急に泣き出しちゃって大変だったけど」
と、エレナは、少し悪戯っぽく言った。レンは、申し訳ない気分になった。いずれは、エレナの家族をトランサーに移住させようと考えた。
「イビルニアとの戦争が終わったらちゃんと挨拶に行くよ、それともし良かったら家族をトランサーに呼び寄せよう」
「えっ?ホントに?」
「うん、まぁ君の家族が良いって言ったらだけどね」
と、レンは言ってエレナの肩を抱き寄せた。久しぶりに感じるエレナの体温や匂いレンは、心から安らぎを感じた。エレナもまた同じ思いをしていた。
翌日、レンは、エレナを連れ両親の墓参りをした。ザマロを倒した後、ヨーゼフは、レオンとヒミカがどこに埋葬されているか調べた。歴代の王族が眠る墓地に埋葬されていたが、墓石はあまりにも粗末な物だったので新しく作り直した。レンは、マルスが連れて来た馬にエレナと共に乗り墓地に向かった。この馬は、サイファ国のジャンパール大使館で手に入れた馬でレンに良く懐いている。レンとエレナを乗せた馬を先頭に両脇には復職し新たに近衛師団の隊長となったミトラとクラウドが馬に乗って付きマルスとカレンを乗せた馬、コノハ、ラーズ、シーナ、カイエンは馬車に乗り後ろに三十名の兵士が付いて来た。
「何か凄い行列ね」
と、ちらりと後ろを見たエレナが言った。レンは、照れながら答えた。
「うん、本当は僕達だけで行きたかったんだけどヨーゼフが何があるか分からないし一国の王子が外出するんだからこのくらいじゃないと威厳が出ないからって」
「その通りでございますレオニール様、あなた様は将来この国の王として君臨されるのです、今から民には威厳を示さねばなりませぬ」
と、ミトラとクラウドが言った。そう言う事らしいとレンは、エレナを見た。エレナは微笑んだ。墓地に到着したレン達は、まずレオン、ヒミカの墓に献花し祈りを捧げた。ザマロが支配していた時は、荒れ放題だった墓地も今は綺麗になり墓地なのか公園なのか分からないくらいになっていた。
「綺麗な場所だな、ここなら伯父や伯母も安らかに眠れるな」
と、マルスが言った。レンの母ヒミカは、マルスの父ジャンパール皇帝イザヤの妹であり、レンとマルス、コノハは、従兄弟になる。しばらく墓地を散歩したレン達は、城に戻りイビルニアへ攻め入る時期をトランサー、ジャンパール、ランドールの軍の代表達ロギリア帝国のベアド大帝の使いの獣人と話し合った。
「昨日、ヤハギ中将と話したのですが、戦争開始は一ヶ月後と言う事でいかがでござろう」
と、ヨーゼフが話し出した。トランサー、ジャンパール、ランドール以外の国の戦争準備がまだ整っていないとの報告があった。特にランドールの隣国では、内乱が勃発したそうでイビルニアとの戦争どころではないらしい。そして、その内乱に関わっているのがイビルニア人だった。
「父上が援軍を送っているから近いうちに終わるよ」
と、ラーズは気軽に言った。皆、難しい顔をした中、獣人が手を上げて言った。
「我がロギリア帝国は貴殿らの動きに合わせるとのベアド大帝の仰せです」
「おお、それはありがたい」
と、ヨーゼフは、満足気に答えた。
「ああそれと、ドラクーンには私が帰り次第龍神殿に伝えに行きます」
と、獣人が言った。
「そりゃあ助かるぜ、あんがと」
と、カイエンが礼を言った。
「ではヘブンリーにはどうやって連絡を取りましょうか」
と、ランドール軍の将軍が言うとレンは、にっこり笑って答えた。
「それなら大丈夫ですよ、今のこの様子はアストレア女王は見ていますよ」
「ああ、見てるぜあの鏡でな」
と、マルスは言った。理由を知らない連中は、辺りをきょろきょろと見回した。レンが皆に説明すると以外にもヤハギ中将が妙な事を言い出した。
「何十年も昔の話しですが、城内のタケルヤ様が祀られている部屋の前をサモン閣下と通り過ぎようとした時、誰も居ないはずの部屋から女性の声がしましてな、気になって覗いてみたらぼんやりと白い光の様なものを見ました」
「何て言ってたんだ?」
「ええ、随分立派に祀られてるのね、と申して我々に気付くと少し笑って消えました」
マルスも幼い頃、何度か城内で白い光の玉を見た事を思い出した。そうだったのかと一人納得していた。そして、敵国について話し合った。イビルニア国があるサウズ大陸には大小国があり、ほぼ全てがイビルニア人に支配されていた。
「出来る事なら半島だけを攻めたいが、そうもいかぬであろう、必ずイビルニア人は、人間の部隊を出して来るだろう」
「そうでしょうな…あの時と同じように、辛い戦になりますな」
と、ヨーゼフと同じく二十六年前のイビルニアとの戦争を体験するヤハギ中将が言った。しばらく沈黙が続いた。そして、ランドールの将軍が何か言おうとした時、部屋の扉が勢いよく開きクラウドが慌てて入って来て叫ぶように言った。
「た、大変です、牢破りです、ラストロが牢を破りました」
「何?ラストロが?!」
レン達は椅子から立ち上がりクラウドに駆け寄った。怪我をしている。
「お主、怪我をしておるではないか、大丈夫か?」
「はい、閣下私は大丈夫ですが牢番が重傷を負いました」
「ラストロはどこに?」
と、レンが聞いた。クラウドは、牢屋付近でミトラ達、近衛兵が取り押さえているはずだと言った。レン達は、会議どころではなくなり急ぎ牢屋に向かった。牢屋に到着するとミトラ達が倒れていた。
「おい、しっかりせい!ラストロはどこじゃ?」
と、ヨーゼフがミトラを抱き起し聞いた。
「申し訳ありません閣下、ラストロは二階に向かったと思われます、ううう」
と、ミトラが苦しそうに答えた。二階には、エレナやコノハ、カレンが居るはずだった。レン達が二階に向かっていると侍女達が悲鳴を上げこちらに走って来た。
「ああ、王子様ぁ大変です、ラストロがぁラストロがぁ」
「ラストロはどこに?まさかエレナ達の部屋に?」
侍女は、激しく頷きその場に崩れた。レン達がエレナ達の居る部屋に到着するとシーナがエレナを背に龍の姿に変身してラストロと戦っていた。壁際にコノハとカレンが倒れていた。
「エレナッ!」
と、レンは叫んでエレナの元に向かおうとした。
「殿様ぁこいつ何だか変だよ、めちゃくちゃ…つよ…ああっ」
と、ラストロを取り押さえようとしたシーナが逆に取り押さえられようとした。レン達が一斉にラストロを取り押さえようとした時、ラストロがシーナをレン達に向けて投げ飛ばした。レン達は、シーナともろにぶつかりその場に倒れた。
「ラストロ大人しくしろっ!」
と、レン達は、立ち上がりまたラストロを取り押さえようとした時、ラストロが右手を左から右に振った。すると何か分からない力でレン達は、吹き飛ばされ壁や家具に身体をぶつけた。そして、ゆっくりとエレナに近付き左手でエレナの首を掴み右手をエレナの頭に乗せた。
「な、何をする気だ止めろ!」
と、痛みに耐えながらレンが立ち上がり叫んだ。ラストロの目や口からどす黒い煙の様な物が噴き出ている。エレナは必死に抵抗している。レンは、力を振り絞りラストロからエレナを引き放そうとしたが、首根っこを掴まれ床に叩き付けられた。
「うわぁぁ、ううぅぅ…止めろ、エ、エレナを放せぇ!」
と、レンは、ラストロの足に組み付いたが、ラストロは動じる事無く、またエレナの頭に右手を乗せた。エレナの様子が急におかしくなった。全身をがくがくと震わせ低い呻き声を上げると急に動かなくなった。ラストロがエレナの首から手を放すとそのまま崩れるように倒れた。レンは、エレナを抱き起そうとした時、ラストロが話し出した。
「くくく、レオニール、お前の女の心は私が預かった、返して欲しくば早くイビルニアに来い、私に勝ったら返してやろう、ふふふふグライヤーは全く面白い物を作ってくれた、こんな事で役に立つとはな、はははは」
と、何とアルカトの声で話した。話し終わるとラストロはその場に倒れ込んだ。
「エレナ!エレナしっかりしろ!エレナァ、エレナァ」
レンは、何度もエレナの名を叫んだ。ようやく立ち上がった、マルス達が駆け寄る。
「レ、レン、エレナは、エレナはどうなったんだ?」
「分からない、ラストロがアルカトの声でエレナの心は預かったって…死んじゃいないけど…エレナ、僕だよレンだよ」
「ぅぅぅぅ」
と、レンの呼びかけに虚ろな目をしたエレナが少し反応した。
「この野郎」
と、カイエンがラストロの胸ぐらを掴み引き上げるとラストロが巻いていた首飾りがボロボロと崩れた。ラストロは、頭を押さえながら周りを見て驚いた。
「こ、ここはどこだ?私は何を?」
「しらばっくれんじゃねぇぞっ!」
と、カイエンが大きな拳を振り上げラストロを殴りつけようとしたが、レンが止めた。
「待ったカイエン、ラストロさん覚えてないのか?」
「何が何だかさっぱりだ、そうだ牢屋で急にアルカトからもらった首飾りが光…ん?首飾りが消えている?」
と、ラストロは自分の首周りを触った。レンがラストロを通してアルカトが話した事を言った。
「グライヤー?知らないなそんなイビルニア人は…そのイビルニア人が首飾りに何か細工をしていたのか」
カイエンから手を放されたラストロは、レンとエレナの傍に来て頭を下げた。
「すまない、私があんな物をもらったばっかりにこんな事になってしまって…」
レンは、ゆっくりと首を横に振り力無く言った。
「これはあなたのせいじゃない…」
駆けつけて来たクラウドとミトラに拘束されたラストロは、大人しく牢に連れて行かれた。壁際に倒れていたコノハとカレンが気が付いてラストロが部屋に入って来た時の事を話した。やはり尋常ではなかった。
「部屋に入って来るなりいきなりお姉ちゃんに掴み掛ったの、シーナちゃんが龍に変身して引き離して戦ってると何だか分からない力で私達は壁に吹き飛ばされて」
と、コノハが言った。
「エレナさんは?」
と、カレンがエレナを見た。明らかに様子がおかしい事に気付いた。レンは、エレナをゆっくりと立ち上がらせレンが使っている部屋に連れて行き寝かせた。皆が見守る中、エレナは人形の様にただ虚ろな目で一点を見つめていた。
「レンの大事な何かを失う事になるってエレナの心の事だったのか…何て事しやがるんだ」
と、マルスがエレナを見つめて言った。マルス達は、しばらく二人きりにしようと部屋から出た。レンは、ベッドの横に座りずっと心を奪われたエレナの手を握っていた。
「このような事になっては悠長にしてられませんぞ、一刻も早くイビルニアに攻めこまねばなりませぬ」
と、ヨーゼフは、深刻な顔をして言った。マルスとラーズも同じような顔をしていた。シーナは、自分がもっと強かったらあんな事にはならなかったと後悔していた。
「シーナや、お前のせいではない」
と、ヨーゼフが慰めた。
「じいちゃん…」
シーナは、ヨーゼフに抱き付きおいおい泣いた。カイエンは、シーナの頭を撫でてやった。マルス達は会議をしていた部屋に戻り皆に事の次第を説明した。
「な、何ですと?では私は急ぎ帰還しベアド大帝に報告します」
と、獣人は言って部屋から出て行った。残ったマルス、ヨーゼフ、ラーズ、カイエンは、ランドール軍の将軍とジャンパール軍のヤハギ中将らと話し合い明日、世界中にイビルニア国に対して宣戦布告する事に決めた。そして、先発してヤハギ中将の第五艦隊とランドール海軍がサウズ大陸付近の海域で待機する事とした。
「直に各国からの艦隊が集まって来る事でしょう、おそらく向こうも攻撃を仕掛けて来るでしょうがその時は、我が第五艦隊の恐ろしさを知らしめてやります」
と、ヤハギ中将が自信たっぷりに言った。会議を終わらせたマルス達は、またレンとエレナが居る部屋に行った。部屋ではレンやコノハ、カレン、侍女、ヨーゼフの娘リリーがエレナを見守っていた。
「様子はどうだレン」
と、マルスがレンの肩に手をやり言った。レンは、首を横に振り答えた。
「駄目だ、まるで人形みたいだよ、何を話しても反応がないんだ」
「生きてるんだろ?」
と、ラーズがエレナを覗き込むように見た。目が虚ろで元気が無い。そこへミトラがやって来た。
「レオニール様、ラストロが大事な話しがあると申しております、いかがなさいますか?」
「こんな時に、何の話しだよ」
と、マルスが苛立ったがレンは会うと言ってエレナの手をそっと離しヨーゼフと牢に向かった。牢ではラストロが神妙な顔をしてレンを待っていた。
「ああ、レオニール、思い出したんだ私の様にアルカトから何か物をもらった者が数人居た事を…念のため私の様にならないようそれらの物は破壊してはどうかと思ってな」
レンとヨーゼフは、ラストロからアルカトから何かもらったと思われる貴族や政治家の名前を聞き、急ぎその連中からアルカトからもらった物を差し出すよう手配した。夜遅くになって全てが集まった。
「この中にグライヤーが魔力を入れた物があるかも知れないのか…」
と、集められた装飾品を眺めながらラーズが言った。そして、破壊するため城の外に持って行き穴を掘りそこに全て放り込みシーナとカイエンが龍の姿に変身して爆炎を吐き灰にした。レンとヨーゼフは、ラストロにその事を話しに牢に行き話した。
「そうか、灰に出来たのか良かった…レオニールあんな事があった後に言うのも何だが私は出家する事に決めたよ、まぁ死刑でも構わないが…」
と、ラストロは申し訳なさそうに言った。レンは、ラストロを真っ直ぐ見つめて答えた。
「エレナの事はあなたが悪いんじゃないあれはアルカトが首飾りを使いあなたの身体を通してやった事です…出家してもらえるんならそうして下さい」
「ありがとう、これからは父が殺した者達の供養をして生きていくよ」
と、言ったラストロの目に涙が光った。レンは、この男ならもう大丈夫だろうと思いヨーゼフと共に牢を後にした。
翌日、トランサー王国は、世界に向けてイビルニア国に宣戦布告を発表した。三日後には、世界中に知れ渡り各国々が動き出した。
「ではイビルニア海域でお会いしましょう」
と、ヤハギ中将とランドール軍の将軍がレン達に挨拶してトランサーの港を出発した。




