ラストロの処遇
パルア島の第七艦隊司令官アイザ大将は、ルーク達の知らせを受け大いに喜んでいた。アイザ大将は、急ぎ本国ジャンパール皇国に使いをやった。パルア島の保護施設に居たミトラは、狂喜しルーク達と共にトランサーに帰った。
「では、とうとうレオニールはザマロを討ち取ったのだな、間違いないな?」
「ついにやったのね」
「ははっ!間違いございませぬ陛下」
と、ジャンパール城の謁見の間でアイザ大将の使いの者から知らせを受けていた皇帝イザヤは、ホッとしたのか椅子に崩れるように座り込んだ。皇后ナミは、号泣した。そしてイザヤは、ジャンパールに滞在していたトランサー王国貴族のイーサン・ディープ男爵を呼びアイザ大将の使いの者に同じ話をさせた。ディープ男爵もまたミトラの様に狂喜した。ディープ男爵は、急ぎ帰国の準備をしアイザ大将の使いの者と共にパルア島に行き、そこからトランサーへ送ってもらう事となった。
「良くやったレオニール…フウガとの約束を見事果たしたな…」
と、イザヤは、満足げに呟くとアルス皇太子、コノハ、エレナ、ハープスター親子を呼びレンが、見事本懐を遂げた事を話した。皆、歓喜した。
「じゃあいつでもトランサーには行けるのね」
と、コノハがイザヤとナミに聞いた。もちろんと言われコノハは、エレナとカレンを連れて直ぐにでも行きたいと言い出した。
「まぁお待ちなさい、レン達は国を取り返したばっかりよ、忙しいはずだから連絡が来るまで待ちなさい」
ナミからそう言われ、コノハ達は、新たな連絡を待つ事にした。ナミが言う様にレン達は、多忙な日々を送っていた。
ザマロの首を城下の大広場に晒してから三日が過ぎていた。レンとヨーゼフは、城内大広間で連日、ティアック派の貴族や大臣とで人事について話し合い、テランジンとシドゥは、まだ国内に残っていると思われるイビルニア人を捕殺するため新たに編成した軍隊の指揮官となって走り回っていた。マルス、ラーズ、シーナ、カイエンもこれに加わっていた。
「では、テランジン・コーシュ陸軍少尉を海軍の大将にするのですか、閣下」
「左様、彼はデスプル島で海賊の親分をやっておった、海の事ならおそらくこの国の海軍の連中より長けておるぞ、それとテランジンの子分達にトランサー国籍を与え海軍士官にする、これは彼らとの約束でな」
と、ヨーゼフは、大臣に話した。大臣は難しい顔をした。
「僕からもお願いします大臣、それとシドゥ・モリア少尉は、陸軍大将にします、彼らには十分その器はあります、それともう一つサイモン大尉も大将にします、彼が軍部を制圧していなかったら人質として幽閉されていた人達がどうなっていたか分かりません」
と、レンは、大臣に話した。大臣は、確かにその通りだと言いレンとヨーゼフに賛成した。それから、ザマロによって職を解かれたり名誉を奪われた者達の復権について話し合われた。これについては、全てヨーゼフに任せた。
「閣下の処遇はどうなされますか、ロイヤー閣下こそ一番の功労者と思いますが」
と、ある貴族が言った。大広間に居た全員がそうだと言い話し合われた。
「では閣下を公爵とし、レオニール様のお側で政務をお取りになるという事で皆様よろしいかな?」
「賛成です」
と、満場一致で決まった。レンもそうしてくれたら安心だと言った。ヨーゼフは少し照れながら皆に礼を言った。そして、レンがいつ国王として正式に即位するのかが話し合われた。
「ちょっと待って下さい、僕が国王になるにはまだ早い気がします、それにイビルニアの事があります、あの国を以前の様に封印してからでないと…僕が王になるのはその後で」
と、レンは、アルカトの言葉を思い出し話した。自分が王となり国内に居たらどうなるんだろうと思ったからだ。アルカトから大事な何かを失う事になると言われて気になって仕方がなかった。
「若の仰る通りでござる、イビルニアとの決着を付けねばこの世界に完全な平和は来ません、あの国を滅ぼし封印した後に若の戴冠式を行いましょう」
と、ヨーゼフが話した。近くに居た大臣が不思議そうに言った。
「しかし、戦になってもわざわざレオニール様自ら行かれる事はないでしょう」
「いえ、駄目なんです、僕が行かないと」
と、レンは、言った。そして、アルカトの言葉を皆に話した。ヨーゼフは、その場にいたので驚かなかったが他の貴族や大臣達は驚いていた。大臣がレンに尋ねた。
「大事な何か…ですか、お心当たりはあるのですか?」
「ええ、無いとは言い切れません、もしも僕が思っている事だとしたら急ぎジャンパールに戻らなきゃいけません」
「やはり…エレナ殿の事ですかな若」
「うん」
と、ヨーゼフも薄々感じていた事だった。レンは、エレナの事を皆に話した。大臣や貴族達は、直ぐにでもエレナをトランサーに迎えた方が良いと言ってくれた。レンは、素直に皆に礼を言った。そして、近々エレナを迎える事が決まりこの日の会議を終えた。
この日の夕方にマルス達が城に帰って来て大広間に集まった。連日のイビルニア人討伐で疲れた様子を見せていた。
「まだまだ、イビルニア人が潜んでいる、油断出来んぞ、ラーズの方はどうだった?」
と、マルス達は東西南北に分かれて討伐していた。マルスは東地方を担当していた。
「西もまだまだ居るようだ、あの地域の者達には警戒は怠るなと言ってあるが心配だな」
と、ラーズが椅子に座りながら言った。
「全くザマロの奴、どれだけイビルニア人をこの国に入れていたのか」
南地方を担当するシドゥがうんざりした顔で言った。そんな中カイエンとシーナだけが元気そうだった。そこへテランジンが海賊改めトランサー海軍達と大広間に帰って来た。広間が急に賑やかになった。
「今日だけでイビルニアの軍艦を五隻は沈めてやったぞ、シドゥ」
と、自慢げにテランジンが言うとシドゥは、負けじと私は三十人ほど始末したと言った。二人の様子を見てヨーゼフは、まだまだ元気だなと安心した。皆が集まった所でヨーゼフは、今日の会議で決まった事を話し出した。テランジンとシドゥは、いきなり大将になるとは思ってもいなかった様で驚いていた。海賊達も約束通り正式にトランサー国籍を与えられ海軍士官として任務に就く事を聞き喜んだ。
「え~皆の就任式は後ほど行うのでそのつもりでおってくれ」
と、ヨーゼフは話した。シーナとカイエンはそんな事より早く晩飯を食わせろと喚き散らしていたので食事の準備をさせた。
「イビルニア人退治が一段落着いたら俺達は一度国に帰ろうかラーズ」
「ああそうだな、それから国でもイビルニアとの戦争準備をしなきゃならん」
マルスとラーズは、一度国に帰り改めて軍を率いてトランサーに戻ると言った。
「そうですな、是非そうして下され、こちらもロギリアのベアド大帝に使いを出し来るべき日が来たと伝えましょう」
と、ヨーゼフが言った。それから二日後には、トランサー王国が元のティアック家に戻った事が全世界に知れ渡った一週間後、マルスとラーズは、一度国に帰る事になった。
「次に来る時にエレナを連れて来るよ、まぁそれまで辛抱しろレン、ははは」
「何を辛抱するのさ」
と、レンは何を言っているのか分からなかったが、ヨーゼフ、テランジン、シドゥにはその意味が分かり笑いを噛み殺していた。
「レン、まぁそう言う事だ、じゃあな」
と、ラーズも意味が分かったのかニヤッと笑った。そうして、マルスとラーズは、自分達の国に帰って行った。シーナとカイエンは、トランサーに残る事にした。
「まぁまだイビルニア人やザマロの野郎の手下がどっかに居るかも知れねぇからな、俺っちがやっつけてやるぜぇ」
「ああ、カイエンお前さんがいてくれれば安心じゃ」
と、ヨーゼフに言われるとカイエンは、誇らしげにあの妙な鼻歌を歌い始めた。城内で起きた乱闘で壊れた部屋や壁などの修繕も進みやっと各部屋が使えるようになった。城の通路や庭などは町の者の好意で綺麗に整備された。城下町や港町に活気が出て来て以前のトランサー王国の姿を取り戻しつつあった。
トランサー城内では、ヨーゼフ達功労者の叙任就任式が執り行われた。各自があるべき地位に就いた。シーナとカイエンには、トランサー王国の最高位の勲章が贈られた。
「マルス兄ぃの国から貰ったのを合わせたら二つ目だね、カイエン」
「ああ、龍神様に自慢できらぁな」
と、シーナとカイエンは、大いに満足していた。マルスとラーズは、帰国していたので使いをやり勲章を送り届ける事にした。トランサー国内のイビルニア人退治も終わり、国政に携わる人事も決まり新生トランサー王国は、完全に元のティアック家が治める姿になった。
ある日、トランサー議会では、今だ城内の牢獄に幽閉しているザマロ・シェボットの息子ラストロの処遇について話し合われた。死罪にするべしとの意見が半分以上締めたが、レンや他の一部の政治家が反対した。
「王子、あやつを生かせて野に放てば必ずやまたティアック家に弓を引きますぞ、死罪が一番です」
「左様、情けをかけてはなりませぬ」
と、軍人や政治家達は言う。王族ではあるがシェボット家は、断絶しようと意見が出た。
「本来ならそうするべきかも知れませんが、僕は反対します、見方を変えれば彼もまた父ザマロの被害者だと思うのです、ザマロが謀反を起こさずに居たら彼はきっと平穏に暮らせていたはずです、皆さんもご存じの通り僕はジャンパールで育ちました、そのジャンパールでは、出家と言う方法があります、俗世間から離れ神仏のためだけに生きると言う…彼を出家させ父親のせいで亡くなった人々の供養をさせてはどうでしょう」
と、レンは話したが、皆あまり良い顔をしなかった。隣りに居るヨーゼフも難しい顔をして聞いていた。レンは、やっぱり殺すべきなのかと思った。レンは、出来るだけラストロを生かせてやりたかった。根っからの悪人とは、思えなかったからである。
「まぁこの事はまだまだ議論するべき問題ですな、今日はこのくらいにしておきましょう」
と、ヨーゼフが締めくくり議会を終えた。その後、レンは、ヨーゼフと一緒にラストロの様子を見に城内の牢屋に向かった。屈強な牢番が居た。牢番は、レンとヨーゼフに気付くと慌てて敬礼をした。
「ラストロの様子はどうじゃ?」
「はい、閣下、大人しく本を読んだり身体を鍛えたりしております」
レンとヨーゼフは、牢番の案内でラストロが入れられている牢屋の前に来た。なるほど大人しく本を読んいた。ラストロは、二人に気付くと本を閉じゆっくりと頑丈な鉄格子の前までやって来た。
「私はいつ死刑になるのだ、覚悟は出来ている」
と、ラストロは言うと真っ直ぐにレンを見つめた。レンも真っ直ぐに見つめ返し話し出した。
「今日、その事を議会で話し合いました、ほとんどの人達が死刑にすると言っていますが僕は反対しました」
レンが死刑には反対していると聞いてラストロは、驚いた。
「なぜ、お前が反対するのだ、私はザマロ・シェボットの息子だぞ、本当は八つ裂きにしたいのだろう」
「謀反人ザマロ・シェボットは討ち取り国は元に戻った、確かにあなたはザマロ・シェボットの息子だけどあなたが謀反を起こし僕の父や母を死に追いやった訳じゃない…だけどただ無罪放免と言う訳にはいかない…出家して下さい、この国にも修道院はあるでしょう、そこであなたの父が殺した人々の供養をして下さい」
「何だと?私に坊主になれと言うのか?!馬鹿な…断る!」
「おのれはレオニール様の情けが分からんのか!」
と、ヨーゼフが怒鳴った。ラストロは、坊主にするくらいなら殺せと言いふて腐れた。ヨーゼフは、今すぐにでもぶん殴ってやりたかったが堪えて言った。
「その方の処分はまだ検討中である、出家させるかその方が望み通り死刑か、沙汰あるまで大人しくしておれ」
「ラストロさん、よく考えて欲しい、ザマロは僕達から見れば謀反人だけどあなたにとっては立派な父親だったんだろう…あの時、あの拷問部屋で必死にザマロを庇ったあなたを見て僕は羨ましいと思った…僕には庇いたい親は居ない…」
「その方の親のせいでな」
と、ヨーゼフがレンの言葉尻を取って言った。レンは、ヨーゼフに止せと首を振りまた話し出した。
「あなたにその優しい心があるのなら、あなたの父のせいで死んだ人々の供養が出来るはずだ、あなたは分かっていたはずだ、自分の父親が本当は間違った事をしていると」
「うるさい、黙れ!もう出て行ってくれ」
と、ラストロは叫ぶように言った。レンは、ヨーゼフに出ようと言って牢屋を後にした。
ザマロを討ち取ってから二ヶ月ほど経ち、トランサー国内もようやく落ち着きを取り戻した。ヨーゼフは、娘リリーとレンの希望で城内で暮らしていた。テランジンとシドゥは、城下の役宅で暮らし、シーナとカイエンは、城内の客間で暮らしていた。レンは、新たに増設した部屋で暮らした。当然この部屋は、エレナと暮らす部屋でもある。そして、あの拷問部屋は、綺麗にされ倉庫として使う事にし城外へと続く脱出口は埋められた。
イビルニアとの戦争に向けて着々と準備を進めていたトランサー王国にラーズが軍を率いてやって来た。
「王子、閣下ただ今ランドールのラーズ王子が軍を率いて来られました」
と、役人が知らせに来た。レンとヨーゼフは、港に行き出迎えた。軍艦三隻兵士や物資を載せた輸送船二隻を港に停泊させた。
「やぁ久しぶりだなレン、ヨーゼフさん、この港町も見違えるほどに変わったな」
と、ラーズは、以前見た港町とは全然雰囲気が変わっていると驚いていた。これが本来のトランサー王国の港町ですとヨーゼフはにこやかに話し、城に向かった。ラーズは、中庭のラダムの木の前にある顔が修復された女神像を見て驚いた。
「アストレア女王じゃないか」
この日は、ラーズ達ランドール軍の歓迎会を行った。士官達は城内の客間に泊り一般兵は、町の宿屋に泊る事となった。ラーズは、レンの部屋で寝る事にした。
「そう言えばレン、あの野郎まだ生かしてるのか?」
「あの野郎ってラストロの事かい?」
と、ラーズは、歓迎会の時にトランサーの役人から聞いた事をレンに言った。
「うん、彼には罪は無いよ、それに聞いた話しじゃザマロがある時一度に三十人近く死刑にするって言ったのを止めた事があってそれでその三十人は殺されずに済んだらしいんだ」
「ふうん、親父よりよっぽど人間が出来てるってか…しかしザマロの息子だぞ、どんな切っ掛けで反乱を起こすか分からん、ここは心を鬼にして死刑にする方が良いと思うがな」
と、ラーズは、ぶどう酒を飲みながら話した。レンは、この事は議会で決めるとだけ言った。翌日、レンは、ジャンパールに使いをやった。トランサーの使いの者から連絡を受けたマルスは、ヤハギ中将が指揮する第五艦隊でエレナ、コノハ、そして婚約者のカレンとトランサーに向かった。
トランサー議会では、ラーズも含めてラストロの処遇について話し合われていた。やはりほとんどの者が死刑にするべしとの意見だった。ザマロ派の連中で特に悪名を馳せた者は、ヨーゼフによって粛清されたが生き残った連中がラストロを担ぎ上げて反乱を起こすかも知れないと言う理由があったからだ。そして、本人が死にたいと言っているのだからそうしてやるのが良いと言う意見も出た。
「レオニール様、死をお与えになられるのも一つの慈悲かと思います」
と、ある大臣が言った。レンは、悩んだ。出来れば誰も殺したくなかった。結局この日もラストロの処遇を決める事が出来ず終わった。
「死を与えるのも慈悲か…」
と、レンは呟いた。ヨーゼフ達重臣は、レンが相当、心に負担をかけているんじゃないかと心配した。齢十六にして人の生死を判断するには若すぎたのだ。
ジャンパールに使いをやってから十日後、マルス達がトランサーに到着した。レンは、ヨーゼフとラーズ、シーナとカイエンを連れ港まで出迎えた。レンは、軍艦から降りて来るエレナの姿を見て思わず涙が溢れた。国を取り返したら迎えに行くと言っていたのに結局マルスが連れて来てくれた事を情けなく思った。
「レン」
そう言うとエレナはレンに抱き付き熱い口づけを交わした。そんな様子をくすくす笑いながら見ていたマルスがレンに言った。
「兄弟、元気にしてたか?約束通りエレナを連れて来たぞ、ん、お前少しやつれたか?」
「そうかな?大丈夫だよ」
と、レンは、自分の頬を擦った。エレナもレンを抱き締めた時に少し痩せたかと感じていた。
「こいつザマロの息子の事で悩んでいるんだよマルス」
と、ラーズが言った。マルスは意外だなといった顔をした。
「何だまだあの野郎生きてるのか?さっさと殺してやれよ」
「まぁその事は議会で決めるよ、さぁ城に行こう」
と、レンは、マルス達と城に戻った。




