ザマロの最後
かつては、国王家族が普段の生活を送る部屋として使われていたこの部屋は、ザマロによって拷問部屋に変えられてしまっていた。家財道具は無くなっていてその代わりに拷問器具が壁に掛けられている。ところどころ、床や壁、天井に血が付いている。
「ザマロよ、観念せい」
と、ヨーゼフが静かに言った。隣りでレンがじっとザマロを見つめていた。ザマロは、レンとヨーゼフを交互に見た。息が荒く目が泳いでいる。そして、急に笑顔になり話し出した。
「レ、レオニール大きくなったな会いたかったぞ、わ、わしはお前の大叔父だ、は、話しをしよう」
「何の話しをするのですか?僕の両親を死に追いやった話ですか?」
と、レンは、冷たく言い放った。ザマロは、情けない顔をしてレンを見上げている。レンは、目の前の老人が本当に自分の両親を死に追いやった男なのかと思ったが、ヨーゼフ、テランジン、シドゥの顔を見ると今まで見た事のない恐ろしい顔をしている事に気付き驚いた。
「ザマロ、貴様何人トランサー人をイビルニアへ売った?」
と、テランジンがザマロを睨み付けて言った。ザマロは、目を逸らし知るかと言った。マルスとラーズに預けたザマロの息子ラストロが後ろで何か喚いていた。シドゥが黙れと言ってラストロを思い切り引っ叩いた。
「レオニール、お前がこの国に帰って来てわしは嬉しいぞ、共にこの国を統治していこうな、は、ははは」
その言葉にレン達は、あきれ果てた。この期に及んで助かるとでも思っているのか、恐怖で頭がおかしくなったのかと思った。
「レオニールよ、わしはお前の大叔父だぞ、両親の事は本当に悪かったと反省している、わしもどうかしておった、わしはお前にとって唯一の肉親だ、わしらは家族だ」
「うるせぇジジイ!」
と、いつの間にか元の姿に戻っていたカイエンがザマロの後ろに回ってザマロの禿げ頭を引っ叩いた。ペチィィンと小気味良い音が部屋に響いた。
「痛いっ!」
と、ザマロは、頭を押さえて悶絶した。カイエンは、ザマロの胸ぐらを掴み引き上げた。
「やい、じじいてめぇが殿様の家族だと?ふざけた事ぬかすんじゃねぇこの場でぶっ殺してやる」
と、カイエンが殴ろうとしたが、ヨーゼフが慌てて止め引き離した。その瞬間、ザマロがニヤッと笑ったのをカイエンは見逃さなかった。
「笑うんじゃねぇ!」
と、またザマロの禿げ頭を引っ叩いた。
「痛いっ!」
と、また頭を押さえ悶絶した。ヨーゼフはザマロをレンの前に引き据えた。ザマロは、レンを仰ぎ見る様な形になった。
「レ、レオニール、わしを大叔父のわしを殺すのか?」
「僕は、おじいさんにあなたを討ち取るためにジャンパールで育てられました、今その時が来ました」
「おじいさん?兄上とお前がどこで会ったと…」
「フウガ殿の事だ、愚か者」
と、ザマロが言い終わる前にヨーゼフが言った。
「フ、フウガは他人ではないか、わしはお前の身内だぞ、身内の言う事より他人の言う事を聞くのか?」
「あなたには他人でも僕にとっては大事な身内、本当のおじいさんだ」
レンは、フウガとは他人だと言われ本当の孫ではないと知った時のショックが蘇り無性に腹が立ってきた。レンは、気持ちを落ち着かせるため深呼吸をして言った。
「ジャンパールでは責任の取り方に切腹と言う取り方があります、ジャンパールの名誉を重んじる武家や武家貴族の自決方法です、これは僕の最後の情けです」
と、レンは言って短剣をザマロの前に置いた。
「な、何?じ、自分で腹を切れと言うのか、ば、馬鹿な…わしはトランサー人であるぞ!ジャンパールの野蛮な風習をわしに押し付けるのか!?」
「父上っ!そんな事やめて下さい」
と、マルスとラーズに取り押さえられているラストロが叫んだ。マルスは、ラストロの胸ぐらを掴み言った。
「レンはお前の親父に最後の情けをかけてやってるんだぞ、ただの斬首とは訳が違うんだ」
「マルス、ラーズ、その人を大広間に連れて行って待っててくれないか、カイエン、シーナも一緒に行って」
と、レンは、ザマロから目を離さずに言った。マルスは、切腹するとその場で首を斬り落とす事を知っている。さすがに息子には、首を落とす所を見せたくないとレンが思っていると考え素直にラストロを連れて大広間に行く事にした。
「大広間で待ってるぞ、ラーズ、カイエン、シーナ行くぞ」
「ありがとう」
マルス達が拷問部屋から出て行った。部屋が一段と静かになった気がした。レン、ヨーゼフ、テランジン、シドゥは、床に座りうな垂れているザマロを見ていた。
「さぁ早くして下さい、介錯は僕がやりますから」
と、レンは冷たく言った。ザマロは、覚悟を決めたのか震える手で短剣を掴み鞘から抜き刃をじっと見た。恐怖で青ざめた自分の顔が映っている。どれほど時間が経っただろう、ザマロは何やらつぶやき出した。
「…いんだ…あの時、素直にわしに…いを渡しておれば…事にはならなかった」
「何を言っているんだ、自分で出来ないのなら手伝ってやろうか?」
と、ぶつぶつと呟くザマロにイライラしたテランジンが言った。
「全てお前の親父が悪いんだ!レオンがあの時わしに王位を渡しておればこんな事にはならなかった、ああああ全てお前の親父のせいだ!畜生めぇ!」
と、逆上したザマロが短剣でレンに襲い掛かった。レンは、受けて立ち短剣を奪い返すとそのままザマロの腹に突き刺した。
「この期に及んで見苦しい!」
「ぐおぉぉぉ…レオ、レオ、レオニールお前…」
レンは、更に深く突き刺し少し横に短剣をずらした。ザマロが悲鳴を上げレンの手を掴み引き抜こうとしたが、レンの手は全く動かない。レンは、涙を流し言った。
「どうして潔く腹を斬らなかったのですか?そうすれば今の様に苦痛を感じずに死なせてあげたのに」
ザマロは、力が抜けて来たのかガクンと膝立ちになった。レンは、突き刺した短剣から手を放しザマロの後ろに回って斬鉄剣を構えた。
「おさらば」
と、言って斬鉄剣をザマロの首目掛けて振り下ろした。首が鈍い音を立て床に落ちた。終わった。この瞬間ヨーゼフ、テランジン、シドゥは、堪えていた感情が一気に爆発したのか男泣きに泣きレンの前に跪いた。
「お見事でございました、レオニール様、我ら確かに見届けましたぞ」
「お見事です、レオニール様」
「勝鬨を上げよ」
と、ヨーゼフが叫ぶとテランジンとシドゥが立ち上がり叫んだ。
「おおおぉぉぉぉぉ!」
その頃、大広間には、大勢の兵士達や大臣らに囲まれマルス達は、レン達を待っていた。マルス達に捕らわれているラストロは、部屋の真ん中に引き据えられていた。
「裏切り者共めっ!こんな事をして無事に済むと思っているのか、さぁ早くこの縄を解け、命令だ!」
と、ラストロが喚き散らしていた。
「うるせぇ!」
と、カイエンに頭を叩かれた。
「痛い!ぶ、無礼者、そこになおれ、私はこの国の王子ラストロなるぞ!」
「お前なぁ、今の状況分かってるか?」
と、ラーズが屈みこんでラストロの顔を覗き込み言った。ラストロは、悔しそうにラーズを睨み付けた。その時、まだ城内に残っていたザマロ派の連中が大広間に討ち入って来た。
「裏切り者め!この場で殺してくれるわ、あっ?!ラストロ様っ!貴様らラストロ様を放せ!」
と、ラストロに気付いた者が叫んだ。この瞬間、目を輝かせたラストロは大声で叫んだ。
「おお皆、私はここだ!早くこの無礼者共を成敗せよ!」
「ラストロ様ぁ!」
ザマロ派の連中が必死にラストロを奪い返そうと戦った。大広間は乱戦となった。マルス達は、襲い来るザマロ派の連中を叩き伏せレン達が大広間にやって来るのを待った。
「静まれぇい!」
と、突如ヨーゼフの大音声が大広間に響き渡った。大広間の時間がピタリと止まった様になった。大広間に居た全員が扉に目をやるとそこには、レン、ヨーゼフ、テランジンそして、ザマロの服でザマロの首を包んで持つシドゥの姿があった。レン達を見たザマロ派の連中は、凍り付いた様になった。連中を横目にレン達は、部屋の中央に来た。ヨーゼフは、全体を見回し大きく息を吸って叫ぶように言った。
「ザマロ・シェボットは見事レオニール様が討ち取った!今日よりトランサー王国は元のティアック家が治める」
シドゥが血が滲んだザマロの服で包んだザマロの首を高々と持ち上げた。この瞬間、完全にザマロの支配が解けた。ラストロは、気が狂ったかの様に暴れ出したが、直ぐにカイエンに取り押さえられた。ザマロ派の連中は、そんな馬鹿なといった顔でその場に崩れた。
この日の事は、直ぐにトランサー国内に広まった。テランジンは、港を警戒しているルーク達に連絡し急ぎパルア島のアイザ海軍大将に報告しに行かせた。港町の酒場青い鳥では、大歓声が沸いた。ヨーゼフの娘リリーやサイモン大尉達は、ついにザマロの支配から解かれたと喜びの涙を流した。ザマロ派の兵士達は、自分達の身が危ないと感じ逃げに転じたが、結局、サイモン大尉らや城の中門を守っていた指揮官や兵士達に捕えられた。
「とうとうやったな、レン」
と、マルスがレンの肩に手をやり言った。レンは、静かに頷いた。目には涙が光っている。
「皆、ありがとう、皆の助けがなかったら僕は何も出来なかった…」
「レオニール、貴様は絶対に許さんぞっ!私が絶対に殺してやる」
と、カイエンに取り押さえられながらラストロが怒鳴った。やかましいと、またカイエンに頭を叩かれた。マルスとラーズが剣を抜きラストロに向けてレンに言った。
「おい、レン、こいつは殺した方が良いぞ、生かしておいてもろくな事にはならん」
「そうだレン、シェボット家は断絶にした方が良いな、こいつはこの場で処刑だ」
「ちょっと待ってくれ二人とも…ラストロさん、親を殺された人の気持ちが分かりましたか?僕の両親は僕が赤ん坊の頃、あなたの父に死に追いやられました、その事をジャンパールで初めて聞かされた時、はっきり言って何も感じなかった…今は違うけど、だけど…その事を僕の育ての親であるフウガおじいさんから聞かされた、イビルニア人にやられて死の間際に!ずっと本当のおじいさんだと思っていた人から本当は孫じゃないと言われた時はショックだった、でもフウガおじいさんは僕にとっては本当のおじいさんだった、僕の目の前でイビルニア人に刺され僕の目の前で息を引き取った…」
「それがどうした?貴様の両親が死んだのは父上に王位を素直に譲らなかったせいではないか、譲っておれば父上が謀反など起こす必要はなかったのだ!」
「勝手な事を抜かすな!馬鹿野郎」
と、マルスが思い切りラストロをぶん殴り叢雲を構えたがレンは慌てて止めて言った。
「ラストロさん、あなたにとってザマロ・シェボットは良き父親だったかも知れない、でも僕にとっては親の敵でありフウガおじいさんの死の切っ掛けを作った張本人でもある、謀反を起こすためにイビルニア半島の封印を解き、イビルニア人共を世に放った、この事だけでも到底許される事じゃない、だから」
「だから何だ!貴様は私の父を殺したんだぞ、私の父と貴様の両親の命の重みを一緒にするな!」
と、ラストロが言った瞬間ラーズがラストロの鳩尾に膝蹴りを入れた。ラストロが低い声で悶絶した。ラーズが呆れて言った。
「レン、残念だがこんな馬鹿に何を言っても始まらん、おいそこの者、牢屋はどこにある?案内してくれ」
と、言ってラーズとマルスは、ラストロを牢屋に入れて来ると言い近くの居た兵士と共に牢屋に行った。ヨーゼフは、大広間で捕えたザマロ派の者達全員を一旦城内の牢に入れティアック派として戦った者達に明日、またこの大広間に集まるよう言い渡し解散を命じた。
この日の夜、荒れた城内の中庭のベンチでレンは、一人座って顔が削り取られた女神像を見つめていた。どんな顔をしていたのだろうヘブンリーで会った女王アストレアの様な顔をしていたのかと考えた。
「若、ここにおられましたか」
と、ヨーゼフがいつの間にか傍に来ていた。レンは、ヨーゼフに女神像がどんな顔をしていたか聞いた。
「はい、ヘブンリーのアストレア殿に良く似ていました」
「顔…元に戻せるかな?」
「もちろんでございます、トランサーにも腕の良い彫刻家がおりまする」
そう言われてレンは、ホッとした。削り取られたままでは、あまりにも可哀想だと思ったからだ。レンは、ヨーゼフと大広間に戻った。シーナとカイエンが戦闘で負傷した兵士の治療をしていた。部屋の中央には、木箱に入れられたザマロの首が置いてある。明日、城下の大広場で晒す事になっている。城内は、乱闘で荒れ果てまともに使えそうな部屋はこの大広間ぐらいだったので、ここでレン達は、寝る事にした。
「明日からは、忙しくなりますぞ、今日はもう寝ましょう」
と、ヨーゼフが言いレンは、眠りに就いた。




