十五年後
ジャンパール皇国の都より少し離れた片田舎、 田園や民家が並ぶ道をのんびりと歩く色白で細身の肩まで伸びた赤毛の少年がいた。彼の名は、レン・サモン、十五年前フウガ・サモンがトランサー国王レオン・ティアック、ヒミカ王妃より託されたレオニール・ティアックであった。
十五年前、ザマロ・シェボットの謀反で両親を失ったレオニールは、フウガの孫としてジャンパールですくすくと育った。
フウガは、十五年前トランサー王国から脱出しジャンパール皇国に帰国後、直ぐに皇帝イザヤ・カムイ、ナミ皇后に謁見しトランサー王国で起きた全ての事を話した。そして、皇帝の甥になるレオニールの処遇についてどうするべきか話し合った。トランサーでは、レオニールは既に死んだ事になっている。あのイビルニア人が上手く誤魔化してくれたようだ。死んだとされる赤ん坊を宮中で養育するには、無理があった。まず誰の子か?と、問われるだろう。トランサー王国のレオニール王子と分かれば必ず現在トランサー王国を牛耳っているザマロの耳に入り戦争になる。当然、イビルニア国と組んで攻めて来るだろう。よって、フウガは、自分が孫として養育し時期が来たらレオニールに全てを話す事にした。
フウガは、レオニール養育のため軍からも政界からも引退し都にあった屋敷も引き払い、信頼のおける用人と女中二人を連れて田舎町に引っ越した。ただ、月に一、二度必ずレオニールを連れて宮中に参内するようにと皇帝から言われている。
レオニール・ティアック改めレン・サモンは、自分の本当の身分も知らず日々を送っていた。フウガから剣術や体術など身を守る術は、徹底的に叩き込まれているが、その力を誇示するような事はしない控えめで大人しい少年だった。サモン公爵の若様と近所から呼ばれていた。
「今日も良い天気だなぁ」
と、学校の帰り道を歩くレンは、呟いた。
「サモンさん」
と、後ろから声をかけられたレンは、立ち止まりゆっくりと振り向いた。少女がいた。
「一緒に帰りましょ」
と、言ってレンと肩を並べながら歩いた。彼女の名は、エレナ・アヤマ、レンの同級生で同じ教室に通う。レンは、この少女に淡い恋心を抱いていた。
「やぁ」
と、レンは、少し照れながら言った。
「今日の授業どうだった?私びっくりしたわ、サモンさんのおじい様のお話がでたんですもの」
「僕も驚いたよ、でも、おじいさんの名前が出るたびに皆が僕を見るから恥ずかしくて…」
レンは、また照れながら言った。エレナは、レンの様子を見てクスクス笑った。
「おじい様って本当に凄い人だったのね」
エレナは、授業で聞いたフウガの話を思い出し少し興奮気味に言った。
「そう言えばサモンさんのお屋敷の前に、たまに大きな魔導車が止まってるけどあれは?」
「ああぁ軍の人達だよ、たまにおじいさんに意見を聞きにやって来るんだ」
「へぇ、そうなんだ、やっぱり凄い人なのよ」
レンは、エレナと話せる事が嬉しくこの帰り道が、延々と続けば良いなと思った。そしてレンは、エレナの家の近くまで来た時、思い切って言ってみた。
「もし良かったら家に遊びに来ないかい?」
エレナは、急に立ち止まりレンをまじまじと見た。レンは、言うんじゃなかったと後悔した。
「良いの?ほんとに遊びに行って…」
と、エレナは、少し小さな声で言った。実は、エレナもレンに恋心を抱いている。
「もちろんだよ、大歓迎さ、おじいさんにも話しておくよ」
「ありがとう」
レンは、週末土曜に屋敷に招待する約束をした。そして、エレナを家の前まで送った後、嬉しさで叫びたい気持ちを抑えつつ屋敷に帰った。屋敷に着くと大きな魔導車が停まっていた。軍の関係者がフウガに意見を求めに来たのだろう。
「ただいま」
と、レンが屋敷の玄関の扉を開けると用人のバズが、ちょうど応接室にお茶を持って行こうとしていた。
「お帰りなさいませ、レン様」
「今日は何の用事で来てるの、あの人たち」
と、レンが用人のバズに聞いた。バズは、呆れたように答えた。
「また殿に相談があるとか」
「ふぅん、じゃぁ僕は部屋に行ってるよ」
レンは、そう言って二階の自室に入って行った。
「閣下、軍にお戻り願えませんか」
と、バズがお茶を運び応接室から出て行くと軍の高官二人がフウガに言った。
「わしは戻らんよ、ジジイが戻って何の役に立つのだ、お前達で何とか出来んのか」
「ですが閣下、昨今ではイビルニアの活動が活発化しております、皆、不安がっているのです」
「だからと言って、わしが戻ったところでイビルニアが大人しくなる訳ではあるまい」
フウガにそう言われて高官達は、情けない顔をした。確かに近年イビルニア国が周辺の国を統治下に入れている。各国は、警戒態勢とっている。フウガは、十五年前トランサー王国で会ったあのイビルニア人を思い出した。
「閣下、どうなさいました?」
と、フウガの顔色が急に険しくなったので心配した高官の一人が言った。
「ああ、いや何でもない、しかしイビルニア人は厄介じゃの、もしも見つけたら必ず始末しろ」
「心得ています、ところでお孫さんは、おいくつなられます、たしか…」
「今年で十五歳じゃ」
フウガは、高官の言葉尻を捕って言った。
「しかし、あの時は本当に驚きました。孫と田舎で暮らすと急に言い出されて」
高官の一人が当時を思い出して言った。フウガには、二人息子が居た。長男は、二十五年前イビルニア国との戦争で亡くなった。次男は、外交官をしていてレンが生まれる丁度一年前に赴任先のメタルニアと言う移民の国で病に倒れ亡くなった。レンは、次男の息子だという事にしている。
「トランサーであんな事が起きて、もう疲れたんだよ」
フウガは、あまり思い出したくないと言った顔をして言った。目の前にいる高官達もそれに気付いた。
「では、閣下我々はこれで失礼致します」
「うむ、そうそうイビルニアに対しては厳戒態勢をとるようにな」
「はい、海上および港の警戒は一段と厳しくします」
そう言って軍の高官達は、帰って行った。その後、フウガは、用人のバズに日曜に皇帝陛下にレンを連れて会いに行く事を伝えた。
「ところでレンは帰っておるかな」
「はい、ご自分のお部屋におられますよ」
と、バズは、にこやかに答えた。フウガは、二階のレンの部屋に行った。扉をノックすると返事がしたので部屋に入るとレンは、学校の宿題をやっていた。
「なんだ勉強中か」
「はい、また軍の人達が来てたみたいだけど、もう帰ったのですか?」
と、机に向かっていたレンは、フウガに向き直り聞いた。
「ああ、もう帰ったわい、ところで日曜に都へ行くからな、礼服を用意しておきなさい」
と、フウガは、レンに言った。
「おじいさん、週末の土曜に友達を屋敷に招待したんですが大丈夫ですか?」
と、レンは、遠慮がちにフウガに話した。
「友達を?ああ日曜でなければ構わんが、ちなみに男か女か?」
「女の子です」
と、レンが照れながら答えるとフウガは、笑顔で言った。
「そりゃ楽しみだな、センに言ってとびっきりの料理を振る舞わねばのぅ、ふふふ」
フウガは、そう言ってレンの部屋を後にした。レンは、エレナを屋敷に招待した事をフウガも喜んでくれたと思いホッとした。
「そうだ、宿題を終わらせたら部屋の掃除でもするか」
と、レンは、エレナが自分の部屋に入って来た時の事を考え、いつもより念を入れて掃除する事に決めた。