トランサー城へ
森の中から港町の様子を見ていたレン達の目にイビルニア人の姿が映った。
「イビルニア人があんなに堂々と…何と言う事だ」
「許せん…」
と、テランジンとシドゥが怒りに震えながら言った。今すぐにでも殺しに行きたいところだが騒ぎになると面倒なので堪えた。ヨーゼフには二人の気持ちが痛いほど分かる。かつては、活気に溢れ人々の笑い声が聞こえた港町は、イビルニア人が横行するためか死んだような雰囲気に包まれている。活気に満ち溢れていた港町を知るヨーゼフ達には、考えられない事だった。
レン達は、目立たぬよう歩き酒場「青い鳥」を目指した。イビルニア人とすれ違うたびに気分が悪くなった。いつもなら即殺しているところだ。酒場の場所は、ヨーゼフが知っていたので直ぐに到着した。レン達は、フードを深く被り何も言わずに酒場に入り適当に座った。
「さてと、どうやって俺達だと気付かせるかだな」
「そう言えば合言葉とか何も聞いてなかったね」
と、レンとマルスが話していると注文聞きがやって来た。適当に飲み物などを注文し待った。その間、酒場を見回しどんな連中がこの酒場に居るのかを確認した。顔を知られていないはずのマルスとラーズがわざと周りに聞こえるようにレン達の事を話した。
「そう言えばジャンパールからレオニールやその家臣達がトランサーに来てるらしいぜ、本当かな?」
「俺も聞いたよ、もし本当ならどこに居るんだろうな」
酒場に居た客達が一斉にマルスとラーズを見た。見られている事を感じ、さらに続けた。
「ジャンパールに行ったディープ男爵ってのはどうなったんだろうな、無事に辿り着いたのかな?」
「ちょっと、あんた達ディープ男爵を知っているのか?」
「あんたら何者だ?」
と、屈強な身体の男が二人近付いて言った。フードの奥からヨーゼフが男を見てホッとしたように言った。
「久しいのぉクラウド、わしじゃヨーゼフだ、ヨーゼフ・ロイヤーだ」
「あああ、か、閣下…」
クラウドと呼ばれた男の顔が驚きと喜びの顔に変わった。ヨーゼフは、この店は何時に閉めるか聞き、その時間まで普通に営業するよう言い、そして閉店時間が近付き客が一人また一人と減って行った。何人か客が残っていたが、店員は店を閉めた。残っていた客達がレン達の前に進み出て片膝をついた。
「もう大丈夫でございます、レオニール様、閣下」
ここで初めてレン達はフードを取り顔を見せた。歓喜の声が上がった。
「おお、その赤い御髪紛れもないティアック家の証、お帰りなさいませレオニール様、この日をこの日をどんなに待ち望んだ事か…」
皆、涙を流し喜んだ。そして、一人一人レンに自己紹介していった。ほとんどの者が元軍人や元政治家で中には現役の者も居た。ヨーゼフは、反ザマロ派の近況を尋ねた。着々と勢力を伸ばしつつあると言う。
「レオニール様、閣下、軍部の方は拙者にお任せ下さい、一斉蜂起の準備は既に整ってあります」
「政治家や貴族は私にお任せを」
と、言う者が居て彼らに任せる事にした。テランジンは、念のため海軍はちゃんと押さえてあるか聞いた。心配ないと言ったので自分の軍艦の話しをして蜂起した際には、ザマロ軍に艦砲射撃を加えるつもりだから間違えて攻撃しないよう伝えた。
翌日から青い鳥は、営業を止めた。理由はイビルニア人のせいで客足が減ったと言う事にした。店の裏口からは、頻繁に人が出入りするようになった。当然、ザマロの兵隊達に目を付けられる。最初は上手く誤魔化していたが、とうとう誤魔化し切れなくなり店に捜査の手が入った。
「レオニール様、お隠れ下さいザマロの兵隊共が店に来ます」
レンは、落ち着いていた。もう逃げも隠れもしないと決めていた。ヨーゼフが兵隊は何人来るのか聞いた。おそらく十人程だと言ったので逆らわずに店に入れろと言った。そうこうしている内にザマロの兵隊が流れ込んで来た。
「ここ数日、この酒場の様子がどうもおかしい、何を企んでいるのか知らんが調べさせてもらう」
隊長がそう言うと兵隊共が店を調べ始めた。クラウドが気付かれぬよう店の扉を閉めた。兵隊共が乱暴に店内のあちこちを調べている所にレン達は、姿を見せた。兵隊共は、白昼に化け物でも見たかのように凍り付いた。
「ま…ま、まさかぁレオニール、ティアック…」
「様を付けぬか愚か者!」
と、ヨーゼフが兵隊共を怒鳴りつけた。
「ヨ、ヨーゼフ・ロイヤー…お、お前達まで」
と、テランジンとシドゥにも気付いた隊長は、その場にへたり込んだ。兵隊共は暴れることなくレン達に拘束された。
「お前達の様な下っ端に聞いても仕方がないがとりあえず聞いておこう、ザマロはどうしておる」
と、ヨーゼフが訊問を始めた。ザマロの兵隊共は、殺されるのではないかと真っ青な顔をしてレン達を見上げている。なかなか答えないのでカイエンがイライラして隊長の頭を引っ叩いた。
「とっとと答えやがれっ!ザマロって野郎はどうしてんだい」
「ひっ!答えます答えます」
隊長は知ってる限りの事を話し出した。ザマロは、レンがジャンパールで立太子式をした事を知って以来、常にイビルニア人を護衛として傍に置いていると言った。
「ほう、相当警戒しているみたいだな」
と、シドゥが腕組をしながら言った。そして、隊長が名前は分からないが上位のイビルニア人も居ると言うとヨーゼフの目が光った。
「上位者までおるのか、そやつの特徴など分かるか?」
「ははぁ、白髪の長髪で額に角を生やしています」
「ふうむ、それだけでは分からんのぉ、しかし上位の者が居るのであればこちらも気を付けねばな、してお前達はどうするつもりか?ザマロに与する者は生かして帰さんが」
と、ヨーゼフが刀を抜きながら言うとテランジンとシドゥも剣を抜いた。兵隊共が震え上がった。
「ああ、あなた方の事は誰にもしゃべりません、どうかどうか命だけは…」
「ふん、分かるもんかよ、絶対にしゃべるぜこいつら」
と、マルスが叢雲を抜きながら言った。震え上がる兵隊共を見てレンは思った。ザマロが謀反を起こさなければこの連中もこんな目に遭わなかったのではないかと思うと急に憐れに感じた。
「分かった、お前達もうここには来るな、そして次に武器を持ち僕達の目の前に現れたらその時は容赦なく斬り捨てる」
と、レンは言い兵隊共を解放した。マルスやラーズが甘いと怒ったがレンはこれで良いと言った。出来る限り血は流したくなかった。
「あいつら絶対にしゃべるぞ、こうなったら一気に攻めちまおうぜ」
「軍の方も手筈は整っております、レオニール様」
マルスや反ザマロ派の軍人が言った。レンは、どうしていいか分からずヨーゼフを見た。ヨーゼフが静かに頷いた。
「頃合いでございましょう若、先ほど解放した兵隊共は真っ先にザマロに知らせに行くはずです」
「うん、じゃあやってやろう」
「では、私は軍の連中に伝えて参ります」
「うむ、軍の動きに合わせてこちらも動こう」
と、話し合い軍人が軍部に向かった。テランジンは、ルークに連絡を取った。
「ルーク聞こえるか、艦を港町付近まで動かせ」
「兄貴、聞こえるぜ、じゃあいよいよ攻撃に出るんだな」
「そうだ、攻撃の際はまたこちらから連絡する」
「分かった兄貴、ご武運を」
レン達は、戦闘に参加しない者を酒場の秘密の地下室に避難させた。ヨーゼフは、リリーに必ず事は成功させると言い地下室に避難させた。そして、レン達は、酒場から出て様子を見た。
その頃、解放した兵隊共は、案の定ザマロに報告していた。
「何だと?!レオニール達が港町に現れただと?い、いつの間に、アルカト!」
と、報告を受けたザマロがイビルニア人上位者であるアルカトを呼んだ。ザマロは、アルカトにレオニール達を始末して来いと言ったが、アルカトは笑いながら答えた。
「ははは、面白くなったではないかザマロよ、私は人間同士の争いに興味はない、我が国の者を使いたければ勝手に使え、私はここでレオニールを待つよ、はははは」
「くっ、き、貴様ぁ、と、とにかく軍部に連絡して奴らを始末するように伝えろっ!」
「ははっ!」
と、報告に来た兵士が行こうとした時、他の兵士が来てザマロに報告した。
「大変です陛下、軍部で反乱が起きました」
「何ぃぃ、一体どうなっておるのだ、城に詰めている兵を集めて始末して来い!」
ザマロが真っ赤な顔で怒り狂っている様子を見てアルカトは、冷たく笑っていた。軍部は、大混乱していた。反ザマロ派の軍人達が軍部を制圧しザマロ派の将兵達を次々と拘束していた。
「レオニール様がこのトランサーに戻られた今、ザマロに従う必要は無くなった!我々はティアック家の家臣である、皆行くぞぉー!」
「おおー!」
ティアック派の軍人達は、レン達が居る港町に向かい始めた。酒場の前で様子を見ていたレン達は、近所の者達を避難させていた。
「皆、早くここから立ち去るんだ、もう直ザマロの兵隊達がここに来るだろう、さぁ早く逃げろ」
と、テランジンとシドゥが近所の者達を誘導した。そこへ別のティアック派の一団が武器を手に駆けつけて来た。
「レオニール様ぁ我々も戦いますぞ」
と、かつては、重臣として城に仕えていた大臣や貴族達だった。ヨーゼフは、皆知った顔ぶれだったので大いに喜んだ。
「やぁ皆、元気にしておられたかレオニール様はここにおられるぞ」
「ああ、レオニール様ぁ」
と、元大臣や貴族達がレンを取り囲む中、何かが飛んで来る音がした。何だと周りを見た瞬間、近くで爆発が起きた。ザマロの兵が大砲を撃ちこんで来た。
「あぶねぇ!大砲を撃ち込んでくるとは町がどうなっても良いんだな、とんでもねぇ野郎だ」
マルスが物陰に隠れながら言った。テランジンは、ルークに連絡を取った。
「ルーク、そこから城に向かって砲撃出来るか?今し方城の方角から砲撃を受けた、援護してくれ」
「ああ、出来るぜ兄貴、城と港町の真ん中辺りに兵隊共が集まってるみたいだ、そこを狙う」
「頼む、やってくれ」
「任せてくれ」
そう言うとルークは、カツとシンに連絡し一斉に撃ち込むと言い砲撃の準備をして撃ち込んだ。ドンドンと、海から砲撃の音がして玉がレン達の頭上を通り過ぎザマロの兵隊達が陣取っている辺りに着弾した。悲鳴の様な声が聞こえたので命中したのだろう。テランジンがもう一度撃たせようと魔導無線機を取り出した時、ルークから連絡が入った。
「兄貴、大変だ、イビルニア人の部隊がそっちに向かってる」
「何?ではそっちに砲撃してくれ」
「分かった」
テランジンは、ルークの知らせをレン達に話した。城に向かう前にまずイビルニア人の始末が先と判断した時、反ザマロ派の軍人達が駆けつけて来た。クラウドがやっと来たかといった顔をした。
「遅かったではないか」
「すまぬクラウド殿、ここへ来る途中イビルニア人の部隊を始末していた」
「そうだったのか、レオニール様紹介します、彼は陸軍のサイモン大尉です」
と、クラウドがレンにサイモン大尉を紹介した。サイモン大尉は、レンに跪いて臣下の礼を取った。レンは、ヨーゼフと何やら話しサイモン大尉に言った。
「サイモン大尉、ここを任せられるかい?僕達は城に向かう」
「お主らがここを守ってくれるのなら安心してわしらはザマロを討ち取りに行ける、この酒場の地下に仲間が避難しておる、守ってやってくれ」
そう言われサイモン大尉は、最敬礼をして答えた。
「ははっ!ここは我々が死守致します」
「頼む」
と、言ってレン達は、トランサー城に向かう事にした。城に続く坂道、ここはかつてジャンパール皇帝イザヤの名代としてトランサー王国にやって来たフウガが馬車で通った道だ。坂道は、ルーク達の砲撃でボコボコになっていてあちこちにザマロの兵隊の死体が転がっていた。出来るだけ死体を見ないようにして城に向かっていると新手のザマロの兵隊達が雄叫びを上げ攻めて来た。
「おうおう、ぞろぞろと来やがったな、カイエンちょっと脅かしてやれよ」
と、マルスがヘラヘラ笑いながら言うとカイエンがやっと暴れられると言わんばかりに喜び、光を放って龍の姿に変身した。
「この時を待ってたぜぇ、ちょっくら行って蹴散らしてくらぁな」
そう言うとザマロの兵隊達に突進して行った。突如現れた龍に兵隊達は、混乱した。カイエンは素早く兵士を二人掴み上げ兵隊達に投げ付けた。そして、炎を吐くと兵隊達は、恐れをなして城に逃げ帰って行った。その様子を城の物見塔から見ていたザマロは、驚愕していた。
「ななな、何だあいつは」
「ドラクーン人まで居たのか、ははは、これは益々面白くなって来た」
と、ザマロの隣りでレン達の様子を見ていたアルカトが言った。ザマロは、物見塔から急いで自分の部屋に戻り側近の者に城に詰めている兵士に城門を固めるよう命じた。
「何でぇ何でぇ、もう終わりかよ」
と、逃げて行く兵隊達を見てカイエンが残念そうに言ったが、レンは、これで良いと思った。出来る限り人は殺したくなかった。レン達は、辺りを警戒しながら城に向かって進んだ。城門は見える辺りまで来た時、あの嫌悪感を感じた。直ぐ近くにイビルニア人が居る。
「キイィィィヤァー」
と、あちこちからイビルニア人が飛び出して来た。レン達は直ぐに応戦した。変身を解いていなかったカイエンが立て続けに六人ほどイビルニア人を殺した。下位、中位のイビルニア人など、もはやレン達の敵ではなかった。この場に居た最後のイビルニア人の首を刎ねたマルスが言った。
「何か変だな、兵隊もイビルニア人も弱すぎないか?」
「ああ、イビルニア人はともかく兵隊に国を守ろうとする気を感じないな」
と、ラーズも不審に思い言った。ヨーゼフ、テランジン、シドゥには、見当は付いていた。ここに来るまでに見た兵隊共は、元を正せばならず者や性根の腐った連中だったのであろう。まともにザマロのために戦う者など居ない。その地位に就けば食べていけるそれだけで従っていた者ばかりで命を懸ける者など居なかった。
「まぁここまで無事に来れたんだから良しとしよう」
「そうだな、で、この門を潜れば城内に入れるんだが開かないだろうな」
と、テランジンとシドゥが門を見上げながら言った。レンは、初めて見るトランサー城の門をじっと見つめた。




