出発前夜
ジャンパール城内の大広間に用意されたレン達の別れの会の会場には、エレナに文句を言っていた貴族の娘達はもちろんの事、テランジンの子分達も招かれていた。貴族の娘達は、ガラの悪いテランジンの子分達を見て驚いていた。トランサーに行くレン達が上座に座り別れの会が始まった。シーナは、相変わらず物凄い勢いで食べ始めた。
「おいシーナ、もうちょい味わって食えや」
と、最近では苦味以外の味に興味を持ったカイエンがシーナに言った。シーナがカイエンの皿に乗った物まで手を出してきたのでいい加減にしろとカイエンがシーナの頭を叩いた。そんな様子をイザヤとナミとアルスがにこやかに眺めていた。カレンは、父ハープスター伯爵の隣りで早くマルスの傍に行きたいとソワソワしていた。
「ねぇ、あそこにいる二人いくつ位なんだろう?」
「素敵な殿方ね」
と、貴族の娘がテランジンとシドゥを見て小声で話していた。娘達の視線に気付いたシドゥがテランジンに言った。
「おい、テラン、お前どっちが好みだ?右か左のほくろがあるほうか?」
「何を言ってるんだ、俺はガキは好みじゃない」
「そう言う意味じゃなく顔立ちだよ、どっちが好みだ?」
「ええ?う~ん…」
と、テランジンとシドゥが話していた。エレナは、コノハとユリヤに挟まれ食事をしていた。そこにマルスから貴族の娘達を呼んだ理由を聞いていたナミが来て声をかけた。
「あなた達、この子はあそこに座っているレオニール王子の許嫁と言う事は分かっているわね、レオニールがトランサー王国を取り戻せばエレナはトランサーに行く事になるでしょう、それまでどうかエレナと仲良くしてちょうだい」
と、皇后ナミに直接言われた貴族の娘達は、恐縮していた。女同士の感なのかナミには絶対に逆らってはいけないと感じた。
「は、はい皇后様、仲良くさせて頂きます」
「結構」
と、ナミは一言残しエレナの頭を軽く撫で席に戻った。貴族の娘達は、エレナに今までの非礼を素直に謝った。エレナは、それを許した。海賊達は、どんちゃん騒ぎをして歌や踊りを披露したりと皆を盛り上げようとしていた。宮中の音楽隊が演奏を始めると貴族の娘がテランジンとシドゥに一緒に踊りましょうと誘って来た。良いだろうと二人は、その娘達と踊り出した。テランジンとシドゥが意外にも踊りが上手い事にレンもマルスも驚いた。レンは当然エレナと踊り、マルスは強引にカレンと踊らされラーズは、ユリヤと踊った。そんな様子をイザヤ、ナミそしてヨーゼフは満足げに眺めていた。男達は、明日から死と隣り合わせの日々が続くと思い今のうちに楽しんでおけとばかりに騒いだ。別れの会も終盤を迎え皆が席に着くとイザヤが立ち上がり今日集まった者達に言った。
「明日、いよいよレオニール達がトランサーに向けて出発する、別れの会として開いた会ではあるが本当の別れではない、レオニールがトランサーを取り戻せば皆が自由にトランサーに行き来出来る様になる、レオニール我々はお前が無事にトランサー国の王となる日を待っているぞ、皆が再び会えるようにな」
「はい、陛下」
と、レンも椅子から立ち上がり頭を下げた。それに合わせてヨーゼフ、テランジンとシドゥが立ち上がり頭を下げイザヤに言った。
「お上、必ずやレオニール王子をトランサーの王にして見せます」
「命に代えましても」
「頼んだぞ」
と、イザヤは三人に言い別れの会が終わった。ユリヤと貴族の娘達は、今日がまるで夢のようだと話し今日の日を絶対忘れないとエレナに言い各自屋敷からの迎えの魔導車で帰って行った。ヨーゼフは、明日からはどうなるか分からないと言ってラーズとテランジンとシドゥに海賊達を連れて都にある色町で遊んで来いと言い自分は明日に備え寝床に就いた。そして、残ったレンとマルス、エレナ、コノハ、カレンとアルス皇太子、シーナとカイエンが別の部屋に移り話しをした。
「いよいよ明日かぁ、この日がいつ来るんだろうと常々思っていたがいざ来ると寂しいもんだな、ついこの間帰って来たばっかりなのに…レンいやレオニール、お前にはヨーゼフ達が付いているそれにこいつも居る、頑張れよ」
と、マルスの頭を軽く撫でながらアルス皇太子が言った。マルスは心配するなと兄アルスに言った。
「そうだぜぇ、俺っちが居るから安心してくんねぇ」
「そうそうぼくも居るから大丈夫だよ兄ぃの兄ぃ」
と、カイエンとシーナがアルスに言った。アルスはありがとうと二人の手を取り言った。その隣に居たコノハが意を決した顔つきでマルスに話し出した。
「お兄ちゃん、こんな時に何だけど私見たの、お兄ちゃんの部屋にあったアルバムの写真を…これ」
と、以前カレンを連れてマルスの部屋に入った時、見つけたマルスの初恋の人が写った写真をコノハは、マルスに差し出した。マルスは、あっ?!とした顔をして一瞬怒ったような顔をしたが、直ぐに元気を失った様に言った。
「な、何だ見たのかそれ…カレンに似てるって言いたいんだろ?」
「うん、良く似てると思う」
どれどれと、レンとアルスが写真を見るとカレンに良く似た女性が写っている。カレンがじっとマルスを見つめている。
「マルス、兄として命じる、今すぐカレンと庭で話して来い」
「な、何だよ急に」
「早く行けっ!」
と、いつも温和なアルスだがこの時だけは急に厳しい顔をして言った。その迫力に押されマルスは、カレンに来いと言って庭に行った。
「あいつ、本当は満更でもないんだよきっと」
「分かるんですか?」
と、レンが聞くとアルスは微笑んで言った。
「これでも私はあいつの兄だからね」
庭で二人きりになったマルスとカレンは、庭に置かれた椅子に座り星を眺めていた。兄アルスに言われて庭に来たが何を話して良いか分からないマルスであった。
「マルス様…あの年下はお嫌いですか?私は歳の差など全然気にしません」
と、カレンが遠慮がちに言った。
「お前、俺の何が好きなんだ?お前に惚れられる様な事はしていないと思うけどなぁ」
「そんな事…色々ありました、木の上から助けて頂いたり、誘拐犯からも助けて頂いたりと…その…」
「玉を蹴られたり、助けたのにお礼の一言も無かったり」
と、マルスは皮肉った。カレンが泣き出しそうな顔をしたのでマルスは慌てて真面目な事を言った。
「確かにお前は俺の初恋の女に良く似ている、木の上で初めて見た時びっくりしたさ、顔には出さなかったけど…駄目なんだ歳の差とかじゃなく、こう何て言うのかその顔が似てる分初恋の女を求めてしまう」
「知ってますその方がどんな方だったかマルス様のお友達からコノハさんが聞いてくれました、私はその人の様に正義感は強くありませんしどちらかと言えばわがままです、こんな私をマルス様が変えてくれそうな気がして…それに私はマルス様に一生を捧げるつもりでジャンパールに来たのです」
と、カレンは言ってマルスを潤んだ目で見つめた。
「ちっ!あいつか、お喋りな奴め…自分を変えたいから俺と結婚したいって言うのか馬鹿な、分かってるんなら自分で変えれるだろう、それに…」
と、マルスは言いかけた時、カレンの美しさに初めて気付きハッとした。初恋の女に似ているが別の美しさがカレンにある事に気付いた。マルスは、初めて真剣にカレンの事を考えた。十四五歳の少女が父親を伴い自分のために、遥々ランドールから極東のジャンパールまで来た健気さが急に可愛く思えて来た。そして、愛おしく思った。
「お、お前よく見ると美人だな…ガキだとばかり思っていたが…良いのか?本当に俺みたいな男で後悔するぞ、明日からトランサーに行く死ぬかも知れん」
「はい、構いません私にはマルス様しかいませんし必ず無事に帰って来ると信じています」
と、カレンが言うとマルスはカレンを抱き寄せキスをした。カレンは、まさかマルスからキスをされるとは夢にも思っていなかったので驚いたが直ぐに受け入れマルスを強く抱き締めた。
「お前胸が大きくなったんじゃないのか」
と、マルスは自分の胸に柔らかいものを感じて言うとカレンは嬉しそうに答えた。
「マルス様のおかげです」
女は、恋をすると胸が大きくなると女学校の生徒から聞いたとマルスに答えた。マルスはもう一度抱き締めキスをしてレン達が居る部屋に戻った。マルスとカレンの様子がおかしい事に直ぐに気付いたコノハは、ドキドキしながら聞いた。
「お、お兄ちゃん…カレンさん…も、もしかして?」
「ああ、俺の負けだ、カレンを将来嫁にする」
「えええええええっ!?」
レン達は、驚きと喜びが入り混じった様に声を上げた。そして、マルスはカレンが十八歳になったら婚儀を行うとレン達に言った。コノハとエレナは感動して泣いた。レン達が帰って来るまでの間、カレンが一生懸命花嫁修業をしている姿を見ていたからだ。
「おめでとうカレン、君の想いがやっと通じたな、マルスよカレンのためにも必ず無事に帰って来いよ」
と、アルスは言い残し自分の部屋へと帰って行った。コノハはシーナを連れ自分の部屋に行きカイエンはヨーゼフの部屋に行き、マルスは、今のうちにハープスター伯爵に挨拶しておくと言いカレンを連れて伯爵が居る部屋へ向かった。部屋に残されたレンとエレナは、庭に出た。椅子に座り星を眺めていると星が一つ流れて行った。エレナがそっとレンの手を握るとレンがエレナを抱き寄せ言った。
「エレナ、明日僕達はトランサーに向けて出発する命懸けになる、だけど僕は絶対に死なない君を悲しませる事はしない、だから僕を信じて待っててくれ」
「うん、私信じてるから…レン、あなたを待ってる」
二人はキスをして星空を眺めた。また一つ星が流れた。二人は、城内に用意された部屋に行った。そして、初めて身体を合わせた。エレナは涙を流しレンを受け入れた。その涙の意味は、喜びなのか痛みなのかエレナ自身も分からなかったが、ただエレナは、本当の意味でレンの女になったとだけは、はっきりと分かった。
翌朝、レンとエレナが目覚めると部屋の外がやけに騒がしい事に気付いた。なんだろうと思い二人でそっと部屋を出るとハープスター伯爵がおいおい泣きながらマルスに取りすがっていた。
「殿下ぁどうか…どうか無事に帰って来て下さい」
「分かった、分かったからとにかく離してくれ親父殿」
と、マルスがハープスター伯爵を親父殿と呼んだ事にちょっと驚いた。伯爵がレンに気付くと今度はレンに取りすがった。
「レオニール王子、どうかどうかマルス殿下を無事に帰して下さい…もしもの事があったら、むむ娘が娘がぁ~」
と、また泣き出した。せっかく結婚が決まったのに死なれて娘がいきなり未亡人になってしまうと思ったのだろう。まだ婚儀を済ませた訳でもないのに気の早い伯爵であった。
「お父様、マルス様は絶対死ぬような事はありませんわ、私には分かるの、だから心配しないでお帰りになるのを待ちましょう」
と、カレンが、父ハープスター伯爵の肩を抱きながら言った。伯爵は、うんうん頷きカレンの手を握り言った。
「分かったよ、カレン、お前がそう言うのなら殿下はきっと無事にお帰りになられるだろう」
そんな親子をやれやれといった感じでマルスが見ていた。レン達は、昨夜別れの会をした部屋に行った。そこには既にヨーゼフ達が居た。シーナは眠そうに目を擦っていてカイエンは腹が減ったと文句を言っていた。ラーズ、テランジン、シドゥは、やけにスッキリしたような顔をしていてルーク達、テランジンの子分は、先に艦に向かっていた。朝食を食べているとイザヤとナミが来た。
「マルス、カレンを嫁にする気になったんだな」
と、イザヤが言うと何も知らないラーズが朝食を噴き出した。慌てたように言った。
「ほ、本気なのかマルス」
「ああ、本気だ、ただし直ぐにとはいかないカレンが十八になったらな」
「そ、そうかカレン良かったな、おめでとう」
「ありがとうございますラーズ様」
と、カレンは素直に礼を言った。ナミが詳しい話しは後でと言うとイザヤは、真剣な顔をしてレン達に言った。
「いよいよ、出発となった、皆よろしくレオニールを頼んだぞ、くれぐれも無理はするなよ」
「父上、心配は無用だ、ザマロをぶっ殺して帰って来るさ」
「ああ心配無用だぜぇ、俺っちがいるからよう」
と、マルスとカイエンが言うとイザヤは怒った様に言った。
「今回は、ヨーゼフ達を探しに行く様な旅ではないのだぞ、国を取り戻すのだぞ」
マルスは、父イザヤの思いが伝わったのか椅子から立ち上がり答えた。
「はい、父上、命を粗末にするような事はしません、どうかご安心下さい」
「うむ、ならば良い、皆も命は大切にな」
「ははっ!」
と、レン達は答えた。そして、朝食後レン達は出発の準備をして魔導車でテランジンの艦を停泊させてある軍港へ向かった。イザヤ達も見送るため軍港に来た。艦は、いつでも動かせる状態になっていた。
「では陛下行ってきます」
と、レンはちょっとそこまで行くように言った。大げさな言い方はしたくなかった。
「レオニール…伯父さんと言ってくれて良いんだよ」
「そうよ、私の事も伯母さんで良いのよ」
と、イザヤとナミが言うとレンは照れ臭そうに伯父さん、伯母さんと言った。イザヤとナミはレンを抱き締めた。
「次に会う時は、お前はトランサー国の王だ、余はそう信じている、頑張れよ」
と、イザヤは言った。ナミは既に泣いていた。コノハもアルスも泣いていた。エレナは、泣かないように努めていたが皇帝家族を見てつい泣いてしまった。
「全く、これじゃあ今生の別れみたいじゃないか、縁起でもねぇ、泣かないでくれよ」
と、マルスはあきれたように言った。確かにその通りだなとイザヤ達は笑った。ヨーゼフ達は先に艦に乗り込みレンとマルスは、エレナとカレンに最後のキスをして艦に乗り込んだ。そして、三隻の艦はゆっくりと岸から離れ始めた。船尾からレン達は、イザヤ達に手を振った。
「とうとう、行ってしまったな…しかし、本当にあの三隻の艦だけで大丈夫だろうか…やはり我が軍を差し向けようか」
「父上もう少し様子を見てからでも大丈夫でしょう、テランジンが申しておりました、艦には特別な能力を付けているので我々だけでトランサーに潜入出来ると」
と、心配する父イザヤにアルスが答えた。テランジンに特別な能力とは何だと聞いたが答えなかったそうだ。
「特別な能力とは何だろうな…とにかく我々は皆の無事を祈ろう」
そう言ってイザヤ達は、城に帰って行った。途中、魔導車内でコノハがエレナに言った。
「お姉ちゃん、急に雰囲気が変わった気がする、何かあったの?」
「ええ?そうかしら、わ、私は何も変わらないわ」
と、ちょっとどぎまぎして答えた。ナミには直感で分かっていた。昨夜レンに抱かれたと。しかしその事を口には出さなかった。妙に落ち着かなくなったエレナを乗せ魔導車はゆっくりと城に向かっていた。




