立太子式
ジャンパール城内には皇族達が式典儀式を行う大きな部屋がある。そこには大きな祭壇があり、そこにはカムイ家の先祖でジャンパール皇国の建国者であるタケルヤが祀られている。その祭壇の前に皇帝イザヤ、皇后ナミ、そしてアルス皇太子が立っていた。レン達やまだ何の儀式をするのか知らされていない有力な貴族達、武家貴族、政治家、各国の大使、報道機関者達がイザヤ達に向かい座っていた。
「これより、レン・サモン改めレオニール・ティアックの立太子式を行うレオニール前へ」
と、イザヤが厳かに言った。部屋がどよめき立った。
「レン・サモン改めってどう言う事だ?彼はサモン閣下のお孫さんじゃないのか?」
「ティアック家は十六年前に滅ぼされたんじゃ…」
などと口々に言う者が居る中、レンは、緊張した面持ちで椅子から立ち上がりイザヤの前へ出て跪くと部屋が静かになった。アルス皇太子が手に持っていた儀式用の剣をイザヤに渡すとイザヤは鞘から抜き払い剣をレンの肩に軽く当て厳かに言った。
「汝、数々の苦難を乗り越え故フウガ・サモンの遺言を守りて三人の臣下を得、今ここに真のトランサー王国の王位を継承する者として我がジャンパール皇国は、レオニール・ティアックをトランサー王国王子と認める」
部屋がまたどよめき立った。サイファやランドール王国、ロギリア帝国と言ったジャンパール皇国と友好関係にある国々から拍手が上がったが、ザマロが支配する今のトランサー王国と国交を結んでいる国の大使らは、ひそひそと話しをしていた。
「何と言う事だ、ザマロ王は知らなかったのか?あの時、皆、殺したと言っていたではないか」
「しかし、これは大変な事になったぞ、急ぎ国元へ報告せねば」
と、ある国の大使が数人部屋から出て行った。報道記者らが質問しようとした時、イザヤが手で制し質問は後だと言って今度は、レンと共に旅をして来たマルス、シーナ、ラーズそして旅はしていないがドラクーンで世話になったカイエンらの名前を読み上げ一人ずつ勲章を与えた。正装したマルス達は、勲章を自分達の胸元に付けてもらった。そして、ヨーゼフ、テランジン、シドゥには、ジャンパール皇国最高位の勲章が授与された。その後、記者会見となりレン、ヨーゼフ、テランジン、シドゥが会見に臨んだ。
「あのレオニール王子、ご気分はいかがですか?」
「ええ、まぁ今は何とも言えません、実感が沸かないって言うか、その…」
と、レンは、他人からレオニールと呼ばれる事に慣れていないせいか少しうつむき加減で答えた。
「ヨーゼフ閣下、どうしてジャンパールで立太子式を行ったのですか?」
「うむ、レオニール様のお母上ヒミカ様はイザヤ皇帝の妹君であらせられる、故にレオニール様にとってはジャンパールは、第二の故郷の様な国そして、伯父にあらせられるイザヤ皇帝に立太子式を行って頂く事が一番良いと思ったからである」
と、ヨーゼフは言った。
「現在王を名乗るザマロ・シェボットは当然反発するでしょう、一体どうなさるのですか?ジャンパールを巻き込んで戦争をするんですか?」
と、いかにも屁理屈ばかり言いそうな記者がヨーゼフに質問した。その質問にカチンと来たテランジンが何か言おうとしたが、シドゥが余計な事は言うなと小声で言い止めた。
「我らは戦争をするためにジャンパールで立太子式を行った訳ではない、ザマロからトランサーを取り返すのは我々トランサー人がやる事だ、この場を借りて言う事がある、記者諸君らはどうかこの事をトランサー王国に伝えてもらいたい、トランサー国民よティアック家再興の時が来た、ザマロ・シェボットに不満がある者は立ち上がれ、我々はレオニール様と必ずやトランサーに帰る、ザマロよ首を洗って待っておけ」
と、ヨーゼフは、記者達に言った。部屋は静まり返ったが、記者達はもっと話しをして欲しいと様々な質問をして記者会見は終わった。この日の午後、都や各地方に号外が出た。大礼服に身を包んだレンが両手に斬鉄剣と不死鳥の剣を持ち椅子に座り、大礼服にジャンパール最高位の勲章を付けたヨーゼフ、テランジン、シドゥがその後ろに立っている写真が一面を飾っていた。この記事を見たエレナの父親が驚き慌てて仕事場から家に帰って来た。
「かか、母さん大変だ、これを見てくれ」
と、母親に号外を手渡した。記事を見て凍り付いた様になった。
「何これ?レン君って王子様だったの?しかもティアック家って…何、フウガ・サモン公爵が密かに我が国に連れ帰り…」
と、十六年前の事が詳しく書かれていた。夫婦は呆然としていた。
「エ、エレナは上手くいったら一国の王妃様になってしまうのか…」
「公爵夫人どころじゃないわね、はは、ははは、信じられないわ」
エレナが通う女学校は大変な騒ぎになっていた。エレナの友達ユリヤ・アンドリエは、目を輝かせてエレナに話しを聞いていた。そしてエレナに反感を持っていた上級生や同級生もエレナが居る教室に集まって話しを聞いていた。
「じゃあエレナはレンさんが本当はトランサーの王子って知ってたのね」
「ええまぁ…最初に聞かされた時はびっくりしたわ」
「だからあの時、陛下がもう伯父さんって言っても良いんだよって仰ってたのかぁ」
と、ユリヤがレン達がジャンパールに帰って来て城中で共に帰国の歓迎会をした時、イザヤがレンに言った事を思い出して言った。エレナは、将来イザヤの甥であるレンの妻になる、だからこんなに親しくしてもらってたのかと皆が納得した。エレナに反感を持っていた連中の態度がこの日から一変した。急に優しくなったり自分達より位が上な貴族を相手にしているかのようになった。その事を女学校の寮でコノハに話すと大笑いした。一緒に居たカレンは、真実を知らなかったので驚いていた。
「ランドールで会った時、本当にただのマルス様の従者だと思ってたわ、でもよく考えればただの従者が主人を呼び捨てになんかしないもんね」
と、カレンは、今まで不思議に思っていた事が解消されスッキリした様だった。城では、立太子式を済ませたレン達が、いつトランサーに乗り込むか話し合っていた。
「今日の事がいつザマロの耳に入るかですな、数人どこぞの国の大使が部屋から出て行きましたゆえ近いうちにトランサー国内に何か反応があるでしょう」
と、ヨーゼフが言うとカイエンが待ちくたびれた様に言った。その隣りでシーナが貰った勲章を満面の笑みで眺めている。
「旦那ぁもうさっさと乗り込んでザマロをやっつけてやろうぜ、退屈で仕方がねぇやな」
「これっ、お前の退屈しのぎで国を取り返すのではないぞ」
と、ヨーゼフがカイエンに言った。
「しかし、閣下、早いうちにトランサーに乗り込まないとザマロがジャンパールに兵を送り込んで来るかも知れませんよ、そうなればジャンパールとトランサーの戦争になってしまう、大丈夫でしょうか?」
と、シドゥが心配して言った。
「まぁ焦るな、今日の立太子式やわしらの会見の事がトランサーに知り渡れば必ず国内に動きがあるはずじゃ、しばらく様子を見よう」
「あるでしょうな、我々が囚われた時に逃がしてくれた兵士がいたくらいですからね、ザマロに付いて後悔している連中はたくさん居るでしょう」
「左様、必ず動きはある」
立太子式の日から五日後、トランサー城の一室では、新聞を見て怒りで顔を真っ赤にしたザマロ・シェボットの姿があった。
「なな、何でレオニールが生きているのだ、あの時確かに殺したとあいつは言っていたではないか、わしに死体まで見せた、どうなってるんだアルカト」
と、ザマロは傍に居たイビルニア人に怒鳴った。
「知らんな、当時の事は私には分からないし興味も無い、お前達人間の争い事など私にとってはどうでも良い事だ」
アルカトと呼ばれたイビルニア人は、全く関心が無い様子だった。ザマロは、荒々しくアルカトに新聞を渡し読めと言った。アルカトは、仕方がないといった感じで新聞を読み始め掲載されている写真を見て目を光らせた。
「ほほう、ヨーゼフ・ロイヤーじゃないか生きていたのか…後の二人は知らないな…ん?この小僧が手に持っているのはフウガ・サモンの斬鉄剣ではないか」
「そうだ、その小僧があの時フウガに守られ不死鳥の剣と共にジャンパールに渡ったレオニールだ、女の様な面をしおって」
と、ザマロが吐き捨てる様に言うとアルカトは、ふふっと笑って言った。
「ザマロよ、少し興味が沸いたよ、フウガの孫として育てられたのならそれ相応に鍛えられていただろう、私を暗黒の世界に封印した恨みはこの小僧で晴らさせてもらおう」
と、二人が話していると部屋にシェボット派の貴族達が数名飛び込んで来た。
「陛下、一体これはどういう事ですか?ティアック家は滅ぼしたはずじゃなかったのですか?」
「ここに写っているのは紛れもなく赤ん坊だったレオニールではないですか、レオンとあのジャンパールの小娘にそっくりだ、ヨーゼフ・ロイヤーまで居る」
「城下は大変な騒ぎですぞ陛下」
と、口々にザマロに言った。ヨーゼフの読み通りトランサー国内が動揺していた。ザマロの謀反で政治から遠ざけられたティアック派の貴族や政治家達は、レオニールが生きていた事を大いに喜んだ。
「何と、王子が生きていたとは…しかも行方知れずとなっていたロイヤー殿まで一緒に居るではないか、我々も行動に出る時が来たようだ」
「レオニール様がお帰りになられるまでの間、我々だけでザマロの力を少しでも無くさねば」
ティアック派の者達はすぐさま行動に出た。地下に隠れた仲間に連絡を付け、軍に顔の利く者には、密かに軍部に探りを入れさせた。するとやはり、ザマロに反感を持つ者が多数居た。彼らは表面上ザマロに従っているだけであった。
「分かった、その時が来たら我々も決起しよう」
水面下で打倒ザマロの動きが広まり密かにジャンパールを訪れたトランサー人から知らせを受けた。
「レオニール様、お会いできて光栄です、私はトランサー王国男爵イーサン・ディープです、私の仲間が現在ザマロに反抗する者達を集め密かに活動しております」
「その事を知らせるため危険を冒してジャンパールに来られたのか、ご苦労でござった男爵殿、国内でその様な活動がある事は我らにとってありがたい事、ところで怪我をされてるではないか」
と、レンの代わりにヨーゼフが答えた。
「ははぁ、ここへ来る途中海で海軍の者に見つかってしまい船は沈められ殺されそうになった所をジャンパール海軍の方々に助けられここに来れました」
と、ディープ男爵は言った。レンは、シーナに怪我を治してあげてと言いシーナは怪我を治してやった。ディープ男爵は、非常に驚いていた。
「こんな事って…」
と、怪我をしていた腕が綺麗に治ったのを見てシーナに礼を言った。ドラクーン人である事を教えるとまた驚いていた。トランサーに行く頃合いが来たと感じたヨーゼフは、レンにいつが良いか相談した。
「拙者はもうトランサーに乗り込んでも良さそうと思いまするが、若はどう思われますか?」
「うん、ヨーゼフの読み通りトランサー国内で動きが出たから僕も行っても良いと思うよ…でも」
と、レンは、エレナの事を考えた。また離れ離れになってしまう。また寂しい思いをさせてしまうと考えると心が痛んだ。
「殿様ぁ、さっさとザマロをぶっ殺してエレナ姉さんをトランサーに呼んじまえば良いって事よ」
と、カイエンが明るく言った。そう言われたレンは、そうだ簡単な事じゃないかと思えた。
「色々準備もあるだろうし、別れの挨拶もしなきゃならないから、それが終わり次第行こう」
「では、そうしましょう」
と、次の日からトランサーに向かう準備が進められた。テランジンの軍艦に弾薬や食料、甲冑などが積み込まれた。レンは、久しぶりにフウガ屋敷に行きたいと言い出しマルスとヨーゼフを連れ魔導車でフウガ屋敷に行った。時折、人が来て綺麗に掃除しているので屋敷に傷みは全く無かった。
「そう、ここで僕はあいつと戦ったんだ」
と、フウガの部屋に入ったレンがマルスとヨーゼフに言った。あいつとは十六年前赤ん坊のレンとフウガを逃がしたイビルニア人の事である。レンはこの部屋でそのイビルニア人の首を刎ねた。レオニール・ティアックと名前が変わってもこの屋敷はレンにとって実家である。フウガはもちろん、女中のセンとリク、用人のバズの姿が目に浮かんだ。涙が込み上げて来た。マルスは、レンの頭をぽんぽんと撫で言った。
「フウガ達のためにもお前は必ずトランサーを取り戻さなきゃならねぇ、頑張ろうぜ」
「うん」
と、レンは涙を手で拭い返事をした。それから地下室に行きフウガの甲冑を見た。
「マルス、ヨーゼフ気に入った物があったら持って行って良いよ、僕には大きすぎて合わないから」
「本当によろしいので?」
「良いのかよ、それじゃあ…」
と、マルスとヨーゼフは、気に入った甲冑を持って帰る事にした。城に帰ったレン達は、テランジンから艦の準備は整ったと報告を受けた。
「そうか、ではいつでも出発出来るのだな」
「はい閣下」
「ああぁ~忘れてた、出発するのはもう少し待ってくれ」
と、マルスがエレナに文句を言っていた貴族の娘達の事を思い出して言いヨーゼフに説明した。
「なるほど、我らのお別れ会も兼ねてでござるか、それはありがたい事です、是非お願いいたしまする殿下」
と、貴族の娘達を別れの会に同席させる事をヨーゼフは了承した。マルスは、両親であるイザヤとナミに話し、別れの会を二日後に行う事にした。マルスは、その事をレンとエレナに話した。エレナは、別れの会と聞いてとうとうレンがトランサーに行ってしまうのかと泣き出した。
「また…また離れ離れになっちゃうのね私達…いや、行かないでレン」
「ごめんよエレナ、僕が行かなきゃどうにもならないんだよ、国を取り戻したら必ず迎えに来るから」
「必ず必ず迎えに来てね、私ずっと待ってるから」
レンとエレナは、抱き合い熱い口づけを交わした。目の前で見せつけられたマルスの方が顔を赤くした。そして、別れの会の日がやって来た。




