もう一つの再会
謁見の間に現れたカイエンは、酷く緊張した面持ちをしていた。そんなカイエンを見てレンとマルスは、笑いを堪えるのに必死になった。カイエンは、ぎこちなく宮廷式の挨拶をイザヤとナミにして龍神から預かって来た書状の入った筒をそっと侍従に渡した。それを侍従から受け取ったイザヤは、筒から書状を取り出し読んだ。うんうんと一人頷き読み終わるとカイエンに言った。
「カイエン、レンを助けるためにわざわざドラクーンから来てくれたのだな、ありがとう、龍神殿の書状にはこう書いてある、我々ドラクーンの民は人間を受け入れる時が来た、カイエン、シーナにはもっと人間の事をよく理解し共に繁栄する架け橋となってもらうため送り出した、何卒二人に人間界の事をよく教えて欲しい、とな」
「へへぇまぁそう言うこってす、皇帝様ぁどうぞよろしくお願ぇいたしやすです」
と、カイエンは照れ臭そうに言った。イザヤとナミは、笑いを堪えるのに必死だったが、とうとう我慢出来なくなり大笑いした。
「はははは、マルスとレンの手紙通りだな、気に入った」
「ええ、見ているだけでほのぼの致しますわ、ねぇお上」
と、イザヤとナミは、大いにカイエンを気に入った。謁見の間から奥の部屋へカイエンを連れて行き、とびっきり苦くしたお茶を振る舞った。カイエンは、そのお茶を美味そうに飲んでいた。
「ところでカイエン、よく僕達がジャンパールに戻った事が分かったね」
と、レンが言うとそれ来たと言わんばかりにカイエンが喋り出した。
「そうよ、じつはロギリアから知らせがあったんでぇ殿様達が来たって、ほんでもう国に帰っちまったてよぅ、んで龍神様が頃合いを見て俺っちをジャンパールに向かわせたってぇ訳よ」
「なるほどね、とにかく無事に来れて良かったね」
「で、いつ行くんだいトランサーには、俺っちその何だぁ、ザマロって野郎を早くぶん殴りたくて仕方がねぇやな」
と、言ってカイエンは拳を擦った。その隣でシーナが勝手にカイエンの鞄の中をあさりドラクーンの道端に生えていた苦い葉っぱを見つけ食べ始めた。
「ああ、懐かしいだろ、好きなだけ食えやシーナ」
と、意外にもカイエンは怒らなかった。シーナが美味しそうに食べるのを見てラーズが興味を持った。
「そんなに美味いのか?俺にも一つ分けてくれないか」
「ああ良いぜぇ、いっぱい持って来たんだ、ほれっ」
と、カイエンがラーズに葉っぱを渡した。ラーズが食べる前にマルスがしっかり噛まないと味がしないぞと言った。
「そうか、んじゃ一つ…?…??ぐわぁぁぁ」
と、ラーズが悲鳴に近い声を上げて慌てて部屋を出て行った。それを見たレンとマルス、ヨーゼフが大爆笑した。しばらくしてラーズが真っ青な顔をして部屋に戻って来た。
「マルス騙したな!めちゃくちゃ苦いじゃないか」
「ははは、何事も経験だよラーズ君」
と、以前ヨーゼフに言われたような事をマルスは言った。カイエンはマルスとラーズのやり取りをにこにこしながら見て言った。
「トランサーにはいつ行くんだよぅ」
「うむ、トランサーにはまだ行けぬ、後二人と五十人ほど仲間が居ってな今はメタルニアで船を改造強化中なんじゃよ、彼らがジャンパールに来た後は若の立太子式を行う、トランサーに行くのはその後だな」
と、ヨーゼフがカイエンに説明した。
「な~る、んじゃそれまで暇なんだな、だったら俺っちにこの国を案内してくれよぉ」
と、カイエンが言うとイザヤとナミがそうしてあげなさいとマルスに言った。そして、翌日からカイエンのジャンパール観光が始まった。カイエンは、どこに連れて行っても喜んでくれた。その裏では、レンの立太子式の準備が着々と進められている。そんな中カイエンとある観光地に行っていた頃、ジャンパール領海付近に三隻の軍艦が近付きつつあった。メタルニアで改造強化を済ませたテランジンの海賊船だった。
「さぁこの先はジャンパール領海だ、勝手に入って良いものかどうか…近くにジャンパールの軍艦でもいたらいいのだが」
と、操舵室で望遠鏡を覗きながらテランジンが言った。
「兄貴、殿様達が話しを付けてるんじゃねぇんですかい、大丈夫でしょう」
と、隣に居たテランジンの一番の側近ルーク・メタールが言った。シドゥもそうだろうと言った。このままここで浮いていても仕方がないのでテランジンは領海内に入る事に決めた。しばらくジャンパールを目指して進んでいると船内に警戒音が鳴り響いた。
「何だ?あっ?!あれはジャンパールの軍艦だ、まずいっ」
と、言ってテランジンは慌てて甲板に行き白旗を振った。シドゥとルークも出て行き白旗を振った。
「ん?白旗…攻撃する気はないと言う事か…何者だろう」
と、ジャンパールの軍艦からその様子を見ていた艦長が呟き、攻撃はするなと士官達に言い魔導無線でテランジン達に話しかけた。テランジンの子分が魔導無線を受け慌ててテランジンを呼びに行った。知らせを受けテランジンは操舵室に戻った。
「こちらはテランジン・コーシュと言う者です、そちらの国でマルス皇子、レオ…いやレン・サモン公爵、ヨーゼフ・ロイヤー閣下と会う約束をしておりまして、どうか我々の艦を港まで誘導して頂きたい」
「マルス殿下の…本当かね?私は何も聞いていないので一度本国に確認する、しばし待たれよ」
と、艦長は言い海軍本部に連絡を取った。本部にはあのヤハギ中将が詰めていてテランジンと聞いてハッと思い自ら艦長と話した。
「私だヤハギ中将だ、その者はテランジン・コーシュと名乗ったのだな…うむ、では港に誘導してさしあげろ」
と、言いヤハギ中将は直ぐにヨーゼフに知らせに行った。テランジン、シドゥの事はフウガから聞いていた。
「ロイヤー閣下、先ほどテランジンと名乗る者が我が国の海に来たそうでこちらに向かうよう艦を誘導させました」
「何?!来ましたか、それはかたじけのうござる、では早速若達に連絡を付けます」
と、ヨーゼフは言ってカイエンを連れて観光を楽しんでいるレン達に魔導話で泊まっている宿に連絡をした。取り次いだ宿の者がレンにヨーゼフと言う人から連絡ですと言った。
「ヨーゼフ、何かあったの?」
「若、テランジン達がジャンパールに向かっておるそうです、城にお戻り下さい」
「えっ?!テランジン達が?分かったマルスに言って明日の夕暮れまでに帰るようにするよ」
と、言ってレンは魔導話を切りマルス達に話した。カイエンは、また新しい友達が出来ると言ってワクワクしていた。レン達は、眠りに就くまでカイエンにテランジンとシドゥの事を話してやった。
翌朝、テランジン達は、ジャンパールの軍港に碇を落とした。改造強化が済み終わった海賊船から続々とテランジン、シドゥ、海賊達が降りて来た。それをヨーゼフが出迎えた。
「やぁよう来たよう来た、船はまるで別物じゃな、ここまで変わってしまうとは思ってなかったわい」
と、ヨーゼフが三隻の海賊船を見て満足げ言った。メタルニアのデ・ムーロ兄弟のドックで改造強化された船はもはや海賊船ではなく立派な軍艦になっていた。
「閣下、無事、改造が済みました、ところでレオニール様は?」
と、レンが居ない事に気付いたテランジンとシドゥが聞いた。ヨーゼフは、カイエンの事を少し話し先に城に行こうと言いテランジン達を連れジャンパール城に向かい、イザヤとナミに謁見させた。
「トランサー王国陸軍少尉、シドゥ・モリヤでございます」
「同じくトランサー王国陸軍少尉、テランジン・コーシュであります」
と、二人は、イザヤとナミに自己紹介した。イザヤとナミは、古い友人にでも会ったような顔をして言った。
「うんうん、君達がシドゥとテランジンだね、その昔フウガから君達の事は聞いていたよ、無事で何よりだ、レオニールをしっかりと助けてやってくれ、頼んだよ」
「ははっ!命に代えてもお守り致します」
と、二人は、声を揃えて言った。この後、雑談となりシドゥは、一人ヘブンリーで寂しく過ごしていた事やテランジンが海賊になった経緯や右足を失って義足をしている事などを話した。そして、夕暮れ時にレン達はジャンパール城に帰って来てシドゥとテランジンに再開した。
「船は無事に改造出来たんだね、あれ?テランジン義足新しくなってないかい?」
と、レンがテランジンの義足が新しくなっていた事に気付き言った。
「はい、若、デ・ムーロ兄弟がもっと良いのが出来たからと私にくれました、以前の物より着け心地が良く本当に自分の足のようですよ」
と、テランジンは、かなり気に入った様子で話した。レンは、テランジンとシドゥにカイエンを紹介した。カイエンは、また人間の新しい友達が出来たと大いに喜んだ。この後、夕食となってレンは、エレナをテランジンとシドゥに紹介した。二人は、もう未来の王妃が居ると喜んだ。夕食が終わりエレナは、コノハの部屋に行きレンとマルス、ラーズはカイエンと同じ部屋で寝る事にした。ヨーゼフ、テランジン、シドゥは、イザヤとナミの部屋に行きレンの立太子式をいつ行うか話し合った。
「さぁ役者は揃った、それでいつレオニールの立太子式を行うかだ、ヨーゼフ準備は整っているのだろう?」
と、イザヤが自ら最高級の酒を三人に振る舞いながら言った。
「はい、お上、密かに侍従長殿と儀式の準備は進めておりましたので後は、報道機関の者らを呼んで行うのみでございます」
「では、三日後でどうでしょう、三日もあれば十分報道機関の者らに連絡が行きわたるはずですしレオニールも心の準備が整うでしょう」
と、ナミが言うとイザヤは、目を潤ませてながら言った。
「これでやっと堂々と余の甥であると世間に言える、あの時、堂々と城で養育するべきだった、そうすればフウガも死なずに済んだかも…」
「お上、フウガ殿が亡くなられた事は誠に残念でございますが、レオニール様はフウガ殿に育てられ本当に良かったと思いまする」
と、ヨーゼフも目を潤ませながら言った。翌朝、レンに立太子式は、三日後に行う事が伝えられた。レンと一緒にそれを聞いたエレナが不安そうな顔をした。その様子を見てイザヤが優しくエレナに言った。
「エレナ、心配する事はないんだよ、レン・サモンがレオニール・ティアックとなり余の甥になっても中身は変わらないよ」
「はい陛下…」
「僕は僕のままだから」
と、レンは、エレナの手をぎゅっと握った。エレナは安心したのか笑顔を取り戻した。この後、エレナはコノハとカレンと学校に行きレン達は、テランジンの船を見に軍港へ出かけた。
「うわ~凄いね、テラン兄ぃ本当にあの船なの?」
と、シーナが意外にも興味を持っていた事に皆が驚いた。レン達は、艦内に入りあちこち見回った。テランジンがシーナに細かく説明してやるとシーナは目を輝かせて聞いていた。
「人間ってのは頭が良いんだなぁこんなの作れるなんてよぅ」
と、カイエンが操舵室にある計器類を見て言った。
「若、この三隻の艦には秘密があるんですよ」
と、シドゥが言うとテランジンがまだ言うなといった顔をした。
「ええ~何だろう気になるな、教えてよ」
「ふふ、若、それはトランサーに行く時のお楽しみと言う事にしておいて下さい」
と、テランジンがレンに言った。それから、立太子式を行うために着る大礼服を合わせたり儀式の段取りを覚えたりする事であっという間に三日が経った。