帰国
ロギリア帝国の港から出て二日目の夜、マルスがしょんぼりとしている中、船はジャンパール皇国領海内に入った。船は順調に進んでいると思われた矢先の事だった。船腹にゴツンと何かがぶつかり船が大きく揺れた。
「うわっ!?何だ?」
と、船中の客達が騒ぎ出した。眠っていたレン達も何だろうと起き外の様子を見ようと船室から出ようとした時、悲鳴や叫び声がした。
「きゃぁぁあ、イビルニア人よぉー!」
「うわぁぁ、た、助けてくれぇー!」
その悲鳴や叫び声を聞いてレン達は、刀を引っ掴み声がした方へ走って行った。客達がイビルニア人に捕まり連れ去られようとしていた。
「おらぁぁぁクソ悪鬼共っ!俺が相手だ!」
と、マルスが抜き打ちでイビルニア人の首を刎ね飛ばすと傍に居た女がそれを見て気を失った。レン、ヨーゼフ、ラーズも次々と現れるイビルニア人の首を刎ねて行った。
「こいつら下位の者だな、こんな所に現れるとはな」
と、ラーズが首を刎ねたイビルニア人の身体を蹴り飛ばし言った。船を動かしている獣人達が駆けつけて来た。
「お客さん達、大丈夫ですか?うわぁぁぁぁ!?」
と、獣人がイビルニア人に斬り付けられた。ヨーゼフが直ぐにそのイビルニア人の首を刎ね獣人に駆け寄る。
「大丈夫か?しっかりせい」
「ううう、背中をやられた…ここはジャンパール領海内なのにどうして」
と、獣人は、顔を痛みで歪ませ言った。マルスが駆け寄り申し訳なさそうな顔で言った。
「すまん、俺はジャンパールのマルス・カムイだ、我が国の領海内に連中が出たのは…」
と、言いかけたその時、船全体が明かりに照らされた。
「な、何だ?」
レン達は、眩しさで手で顔を隠し指の隙間から見ると大きな軍艦が見えた。その軍艦がジャンパール皇国海軍の軍艦と気付くのに時間は掛からなかった。続々とジャンパール海兵達が船に乗り込んで来てイビルニア人達を殺して乗客達を保護した。
「君達、だいじょ…あああ、あなたはマルス殿下!なぜここに?」
と、マルスに気付いた海兵が驚いた。マルスはロギリア帝国からこの船に乗った事を説明した。
「左様でございましたか、ジャンパールを出られてから一年以上経ちますがずっとロギリアに?」
「まさか、ロギリアに行ったのはついこの間だ、それまで色々と国を回ったよ、イビルニア人の始末は頼んだぞ」
「ははっ!お任せ下さい、一人たりとも逃しません」
そう言って海兵は、その場を立ち去った。しばらくして船内が静かになりもう片付いたんだろうと思いレン達は刀を鞘に納めた。そして、イビルニア人達を片付けた事を知らせにレン達の前に海兵の隊長がやって来た。
「殿下、イビルニア人共は全て始末しました、ジャンパールにお帰りですか?」
「ご苦労さん、ああ国へ帰る途中だよ」
「では、我々が港まで護衛致しまする」
と、隊長は言って軍艦に戻って行った。レン達の乗るロギリア帝国の客船は、ジャンパール海軍に護衛され港に向かった。
「まさか、ジャンパール領海内でイビルニアの船に襲われるとは思いもしませんでしたな」
と、ヨーゼフが海を見回しながら言った。
「ホントだね、いつもあんな感じで人をさらってイビルニアに連れて行ってたのかな?」
「だろうな、この広い海でいつ現れるか分からん連中の警戒をする海軍は大変だな」
と、マルスは海軍の大変さを実感して言った。レン達は、ジャンパールに帰った後の事を船室で話し合った。まずイザヤ皇帝とナミ皇后に謁見しレンの立太子式をジャンパール皇国で行う事を承諾してもらう事、世界中にレンが正式なトランサー王国の王子である事を知らせ認めてもらう事を話し合った。
「うちは全く問題ないぞ、皇帝と皇后が反対するはずがない」
と、マルスが言った。
「ランドールはレオニール・ティアックを支持する」
と、ラーズ言うとシーナが神妙な顔をして言った。
「ドラクーンも同じくレオニール・ティアックを支持する」
「あはは、シーナが言うと何だかおかしいな」
と、マルスが笑いながら言った。シーナはペロッと舌を出しておどけた。ヨーゼフは真剣な顔をして言った。
「ジャンパール、ランドール、ドラクーン、ヘブンリーそしてロギリア、この国は問題ないとして他の国々がどう言って来るかでござる、今のトランサーと国交を持つ国々に反対されると厄介ですぞ」
「せっかく国を取り戻してもイビルニア以外の他の国と戦争になる可能性が出て来るって事か…それなら大丈夫だろ、もしレンのトランサーに手出ししたら我がジャンパール皇国は黙ってはいない、それにラーズんとこも、あとベアドのおっさんが黙っちゃいないだろ」
と、マルスが言った。ヨーゼフは、出来るだけトランサー奪還を自分達の手でやりたかった。レオニール・ティアックがトランサーの真の王子である事を世界に認めさせザマロが治めるトランサー国内に揺さぶりを掛けたかった。嫌々ザマロに従っている連中は必ず居る。レオニール・ティアックが生きている事を知れば必ず国内で何かが起きると確信していた。トランサー軍の中でザマロに反旗を翻す者は必ず居る、そうなればテランジンが持つ海賊船の戦力で何とかなるはずだと思っている。
「ジャンパールに行き、まずはテランジンとシドゥを待ちましょう、海賊船の強化が終わり彼らがジャンパールに来てから立太子式を行いましょう、若それでよろしゅうございますか?」
と、ヨーゼフがレンに言った。
「う、うんヨーゼフに全て任せるよ」
と、レンは、立太子式を行いレン・サモンからレオニール・ティアックになる事によって自分が自分でなくなるんじゃないかと不安な気持ちで一杯になりながらも答えた。その様子をヨーゼフは感じ取って言った。
「大丈夫でござる若、フウガ殿がお喜びになられますぞ、わしの孫がとうとう一国の王子になったと」
血の繋がりは無くともフウガの手によって孫として育てられたレンにとってフウガ・サモンは、祖父であり父でもあった。
「うん、僕がトランサー王国を取り戻すためにおじいさんは僕を育ててくれたからね…きっと喜んでくれると思う…でも僕がティアックになったらサモン家はどうなるんだろ?」
「あっ?!そうだな…跡取りが居ないな、ま、まぁその事もジャンパールに帰ったら皇帝達に相談しよう」
と、マルスが取り繕った。サモン家を継ぐ者が居なければサモン家はお家断絶となる。
「まぁ、お前がエレナと結婚して一杯子供を作れ、そしてそのうちの誰かに継がせるってのはどうだ?」
「ええっ?こ、子供?気が早いよマルス…」
と、マルスの言葉にレンは顔を赤くした。その様子を見てマルスとヨーゼフが笑った。そんな三人のやり取りを見てラーズがクスクス笑いながらマルスに言った。
「いやぁマルス君、君は人の心配も結構だが自分自身の事を忘れては居ないかね?くくく」
マルスは何を言ってるんだといった顔をしたが直ぐにラーズの言う意味が分かった。
「カ、カレンの事だな…カレンがジャンパールに行ったって聞いてどんだけ経つんだよ、もうランドールに帰ってるだろ?大丈夫さ」
「ふふん、果たしてそうかな?あの娘は地獄の果てまでお前を追いかけると俺は見た」
と、ラーズがニヤニヤ笑いながら言った。
「嫌な事言うなよ、もうさっさと寝ろよ」
と、マルスが酒を取り出し言った。本当は、カレンがジャンパールにまだ居るんじゃないかと心配していた。レンは、そんなマルスを見てクスクス笑った。シーナが酒を飲ませてとコップをマルスに差し出し酒を注いでもらい飲んでいた。そしてコップの酒を飲み切ると直ぐに寝てしまった。眠ったシーナに毛布を掛けてやりながらレンは、エレナの事を考えていた。旅に出て一年以上が経過しエレナはどんな風になったんだろうと、もしかしたら今まで送っていた手紙など読まれずに捨てられ他の男と仲良くやってるんじゃないかと思ったが直ぐに思い直した。エレナはそんな女じゃないと、必ず自分を信じて待っていてくれているはずだと思い直した。シーナも眠ってしまったのでレン達も寝る事にした。ジャンパールに到着するには、もう少し掛かりそうだった。
翌日、レンはすっきりと目覚めたが、昨日の夜に飲みすぎたマルスが、海に向かって嘔吐していた。
「マルス朝食は?」
「いらね、食べても吐きそうだからもう少し寝る」
と、マルスが言ったのでレン達は、マルスを部屋に残し朝食を食べに船の食堂に向かった。シーナが相変わらずの食欲で物凄い勢いで食べまくっていた。
「もうそろそろジャンパールの陸が見えるんじゃないか」
と、ラーズが嫌いな食べ物を跳ね除けながら言った。それを聞いたレンは、早く陸地が見たいと素早く食事を済ませ船の甲板に出た。海風に当たりながら水平線を眺めていると海鳥達が群がっているのが見えた。真下に魚の群れでもいるのだろう。海鳥の群れを通り過ぎ、しばらくすると灯台が見えた。
「あっ!灯台だ…ああ、見えた陸だ!ジャンパールに帰って来たんだ」
レンは、そう言うと慌ててマルスを呼びに行った。マルスは、部屋で二日酔いと戦っていた。
「マルス、見えたよ!陸が見えた」
「ううん…え?見えたのか?」
「うん、早くおいでよ」
と、マルスは、二日酔いどころではないと言わんばかりに飛び起き外に出た。ジャンパールの港町が見える所まで来ていた。マルスの目が輝いていた。
「あああ、帰って来たんだな俺達…」
「うん、やっと帰って来た」
と、レンとマルスの目から自然に涙が溢れ出た。フウガの遺言通りにヨーゼフやシドゥ、テランジンを探し出して帰って来た。皆どんな顔で迎えてくれるのだろうと期待で胸が膨らんだ。レン達の乗る客船を護衛していたジャンパール海軍の軍艦が汽笛を鳴らし離れて行く。軍艦は、軍港に向かった。そして、いつの間にかヨーゼフ、シーナ、ラーズが傍に居た。
「もう直ぐ陸に上がれますな若、殿下」
「ねぇねぇジャンパールって面白い国?」
「久しぶりだなジャンパールは」
と、三人が口々に言った。レンとマルスに笑顔が絶える事はなかった。そして、ゆっくりと船は港に到着した。




