脱出
フウガは、港を目指してひた走った。途中何軒か民家を通り過ぎ馬を繋いであった民家から馬を拝借した。
「すまんのぉ、ちょっと借りるぞ」
と、ちょうど家人がいたので声をかけ素早く繋いであった縄を解き馬上の人となった。家人は、びっくりして何か喚きながら走ってきたが、相手にしている暇などなく馬を走らせた。
「これでは泥棒だ」
と、フウガは、馬上でクスクス笑った。馬は、よく調教されていたのだろう素直に走ってくれた。さすがに馬だとあっという間に軍艦を停泊させてある港付近まで着いた。軍艦の周りには、ザマロが送り込んだ反乱兵達で一杯だった。
「やはりな…このまま馬で斬り込むか」
と、フウガは、思ったがもしも馬を傷付けられたらあの家人に申し訳ないと思い馬から降り適当な場所に繋いだ。
「ありがとうよ、そのうち主人が見つけてくれるだろう」
と、フウガは、馬につぶやき少しづつ様子を見ながら軍艦に近づいた。フウガが乗って来た少し古い軍艦の前で艦長のヤハギ大佐が、反乱兵の指揮官と揉めているのが見えた。
「だから何度も言わせるな、全員この艦から降りろ、これはザマロ大臣のご命令なのだ」
「断る、なにゆえザマロ大臣が我々に指図するのか?我々をこの艦から降ろして何をする気か?」
と、ヤハギ大佐は、不審に思っていた。目の前の兵隊たちが皆、正規兵に見えなかったからだ。しかし、この指揮官は、城に居た指揮官らしき男に比べればかなり紳士的だ。
「頼む、手荒な事はしたくないのだ、降りてくれ」
「断る、手荒な事とはどういう事か?」
ヤハギ大佐は、毅然とした態度で言った。指揮官は、ため息をつき反乱兵らに攻撃の合図を送った。ヤハギ大佐は、その場にいた反乱兵に拘束され、他の反乱兵は、艦橋から艦に乗り込んでジャンパール人水兵や士官らと戦闘になった。フウガは、その様子を見て一気に艦に向かって走った。走りながら刀を鞘から抜き兵隊の格好をしたならず者を片っ端から斬り捨てた。突然後方からやって来たフウガに反乱兵達は、びっくりして蜘蛛の子を散らしたようになった。
「退けぇい、退かぬと叩っ斬るぞ!」
と、フウガは、叫びながら反乱兵達の間を走り抜けた。ヤハギ大佐は、隙を見て自分を拘束した反乱兵を殴り倒しフウガの後を追う。
「閣下何事でありますかこれは?」
ヤハギ大佐は、走りながらフウガに聞いた。
「謀反だ、急げ」
「む、謀反でありますか?」
「そうだ、とにかく逃げるぞ」
フウガとヤハギ大佐は、艦橋を登り切り追いかけて来た反乱兵を蹴飛ばし艦橋を強引に外した。反乱兵二、三人が海に落ちた。
「艦長、艦を出せ急げ」
「しかし、直ぐには動きませんぞ」
「つべこべ言わずに早く動かせ」
と、フウガに急かされヤハギ大佐は、艦の機関室へ走って行った。甲板に残っている反乱兵らを片付けているうちに艦は、ゆっくりと動き出した。反乱兵達も昨日ジャンパールから受領した新造艦で後を追おうとしたが、不慣れな連中ばかりでなかなか動かせないでいた。
「一発お見舞いしてやれ」
と、フウガは、ヤハギ大佐に言った。
「よろしいので?」
と、ヤハギ大佐は、不安げに聞いた。
「構わん、撃て」
と、フウガは、新造艦を見つめながら憎らしげに言った。ヤハギ大佐は、砲手に新造艦を撃てと命令した。砲手もヤハギ大佐と同じ事を聞いた。
「構わん撃て、とのサモン閣下のご命令だ」
ヤハギ大佐は、砲手に言った。それならと、砲手は、遠慮なく大砲を新造艦に向け撃ち込んだ。砲弾は、新造艦の操舵室に命中した。それを見届けたフウガは、ヤハギ大佐と直ぐに艦内に入り自分に与えられた部屋に行った。
「一体何事ですか、謀反とは誰が起こしたのです?」
「ザマロ大臣だよ」
ヤハギ大佐は、もう訳が分からないと言った顔をしてフウガに聞いた。
「ザマロ大臣が?ああぁそれであの指揮官は、ザマロ大臣の命令と言っていたのか」
と、ヤハギ大佐が変に納得していると、突然、フウガの腕の中のレオニールが声を出した。
「ばぶぅ、きゃっきゃ」
「えっ?今、赤ん坊の声が…」
ヤハギ大佐は、自分の耳がおかしくなったのかと思っているとフウガが、真剣な顔で言った。
「艦長、驚くな…いや驚いても良い、ただ一切他言は無用じゃ」
と、フウガは、言って左腕を隠してあるマントを右手でそっとめくった。そこには、レオニールと不死鳥の剣があった。ハヤギ大佐は、言葉を失った。しばらく考えてフウガに聞いた。
「あ、あのどちら様で?」
「レオニール・ティアック王子だ」
「…はぁぁ?」
フウガは、ヤハギ大佐にトランサー城で起きた事を詳しく話した。大佐の顔が見る見る青ざめていった。
「で、ではレオン王とヒミカ様は?」
「おそらくは生きてはおらんだろう…残念な事だが…」
フウガは、悲痛な顔で言った。二人は、しばらく無言でいた。
「ところで艦長、この艦にミルクはあったかの?」
と、フウガは、レオニールに与える食事の事が気になった。レオンとヒミカの忘れ形見を死なせては、何のために自分に託されたのか分からない。
「はい、有るはずです、ジャンパールまで帰るには燃料が持ちませんので途中パルア島に寄港するつもりです」
と、ヤハギ大佐は、答えた。トランサー王国で謀反が起こらなければトランサーの港で軍艦の燃料と食料を補充するつもりだったが、それも叶わない今、パルア島というジャンパール皇国が治める小さな島で補充しようと言うのだ。
幸いザマロの追っても無く艦は、順調に進んで行った。艦内のフウガの部屋には、誰も近づかないよう命令が出た。ヤハギ大佐からトランサー城で起きた謀反の事、そしてイビルニア人がそれに関与していた事を聞いた水兵や士官達は、フウガに、気を使い誰も命令を破らなかった。誰も近づかない部屋でフウガは、レオニールと二人きりで過ごせた。
「しかし、赤ん坊の世話をするのは四十年以上ぶりか…」
と、十年前に戦争で亡くした息子の事をフウガは、思い出した。途中寄港したパルア島でヤハギ大佐がこっそり手に入れて来た哺乳瓶でレオニールにミルクをやりながら呟いた。
「十五年後か…あのイビルニア人め…厄介な約束をさせおって」
艦は、着々とジャンパールに向かいつつある中、ザマロ・シェボットが世界に向けてトランサー王国の王に自分が即位した事を宣言した。