ロギリアでの戦闘
「フラックって誰だよ、強いのか?」
と、マルスがヨーゼフに聞いた。ヨーゼフは、少し興奮気味に答えた。
「ドラクーンで遭遇したジルドやランドールに居たグライヤーに並ぶ者です殿下」
「な~る、上位の者の中でも相当の手練れってわけか」
と、マルスは戦う気満々で言った。ヘブンリーで体得した雷光斬を使いたくて仕方がない。ベアド大帝が愛用の巨大な斧を獣人兵士から受け取りフラックが居る場所に向かった。そこには数十人の獣人兵士達が居たが、フラックと他二人のイビルニア人に殺されたり傷を負わされたりと苦戦していた。
「お前達下がれ、わしが討ち取ってくれるわ」
と、現場に到着するなりベアド大帝は、兵士達を下がらせた。
「やっと来たか、ベアド待っていたぞ…何だヨーゼフ・ロイヤーまで居たのか」
と、フラックは言った。ヨーゼフは刀を抜きながら言った。
「貴様、何のためにロギリアに来た」
「ベアドを殺すためだ、ついでにお前も殺してやる」
「ふん、わしを殺すだと?寝言は寝てから言うもんだ、今一度、暗黒の世界に送り返してくれる」
と、ベアド大帝は言うと巨大な斧を振りかざしフラックに攻撃を仕掛けた。それを合図にレンとマルスも刀を抜いた。
「ヨーゼフらは残りの中位者をやってくれ、フラックはわしが相手をする」
と、ベアド大帝に言われレン、マルス、ヨーゼフは、二人の中位のイビルニア人を相手にした。シーナが傷付いた獣人兵士の治療を行っている間、ラーズが傍で辺りの警戒をした。
「おじさん、傷は浅いから直ぐに治せるよ」
「君はドラクーンの…そうか、ありがとう」
シーナが懸命に獣人達の治療に励んだ。
「ラーズ、そっちは頼んだぞ」
と、マルスは叫ぶと刀を構え気を練り始めた。父イザヤ皇帝から旅に出る前に受け取った刀、叢雲の刀身が淡く光り出した。そして、気合と共にイビルニア人に向けて振るった。
「雷光斬!」
ドーンとイビルニア人の頭に目掛けて雷が落ちたがわずかに外れた。
「ちっ外したか」
マルスはもう一度やろうとしたがイビルニア人がさせまいとマルスに襲い掛かって来た。レンがすかさず真空斬を放った。その一瞬の隙を見てもう一人の中位のイビルニア人がレンに襲い掛かる。ヨーゼフがレンの前に立ちはだかりイビルニア人の攻撃を受け止めた。
「あの二人、ジルドが言ってた小僧共か、早めに摘んでおかねば厄介だな」
と、レンとマルスを見てフラックが言った。
「どこを見ておる」
と、ベアド大帝が斧をフラックの頭目掛けて振り下ろした。フラックは素早く避け身構えた。のこぎり状の刃の付いた剣を持っている。
「シャシャシャ、こいつでお前を切り刻んでやるよ、シェヤッ」
と、物凄い勢いでベアド大帝に襲い掛かり右太ももを斬り付けた。
「ぐおう」
ベアド大帝がよろけた所を今度は頭を目掛けて斬り付けて来たが、斧で弾き返した。
「以前にも増して素早くなったなフラック、だがっ!」
ドンと斧で地面を一突きし身構えベアド大帝は、気を練り始めた。空気中の水分がキラキラと輝き出し集まり出した。
「くっ!あれか、させるかっ!」
と、フラックはベアド大帝に斬りかかったが、一足先にベアド大帝が技を繰り出した。
「白氷瀑斧!」
ベアド大帝がフラックに向けて斧を振り下ろすと鋭く尖った氷が滝の様にフラックの頭上目掛けて降り注いだ。フラックは、頭の直撃だけは避けようと必死にのこぎり状の刃の剣を振るった。
「くくっぅう、危ないところだった」
と、身体中に氷が突き刺さったフラックが言った。
「ほほう、頭は守り切ったか」
「当たり前だ!今度はこちらの番だ、シェアッ!」
ベアド大帝とフラックの攻防戦が始まった。レン、マルス、ヨーゼフが中位者のイビルニア人と戦っていると突然ラーズの叫び声が聞こえた。シーナ、ラーズそして傷付きシーナに治療してもらっていた獣人兵士の周りにイビルニア人が群がっていた。
「何だよこいつらいつの間に!?」
ラーズは、治療に専念するシーナを守りながら戦った。獣人兵士達も仲間を守るため必死に戦う。何人首を斬り落としても次から次へ現れる様で切りが無かった。
「レン、こっちは俺とヨーゼフで片付ける、お前はラーズを助けてやれ」
と、マルスが叢雲をイビルニア人に向けながら言った。レンは、この二人なら大丈夫と確信していたので中位のイビルニア人は二人に任せる事にした。
「頼んだよマルス、ヨーゼフ」
と、レンは言ってラーズのもとへ駆けつけた。走りながら真空斬でイビルニア人の首を刎ねた。
「ラーズ大丈夫かい?」
「ああレン、こいつら斬っても斬っても沸いて来る様で切りが無いぜ」
「ホントだね!よぉし少し時間が掛かるけどやってみよう、ラーズ、僕にイビルニア人が近付けないように注意を引いてくれ」
「分かった、何をするのか分からんが出来るだけ早く頼むぞレン」
レンは、斬鉄剣を構え気を練り始めた。ラーズと獣人兵士達が奮戦している。斬鉄剣の刀身がレンの気でボウッと光り始めた。レンは今だと思い叫んだ。
「皆下がって、うおぉぉぉぉ雷光斬乱撃っ!」
レンは、イビルニア人達に向けて斬鉄剣を振り下ろすと無数の稲妻がイビルニア人達を直撃した。
「やったぁ!」
「すげぇ!」
一気にイビルニア人達が減った。レンは、もう一度雷光斬乱撃を出そうと気を練り始めた。その様子をマルスは見てニヤリと笑った。
「あいつ、やりやがったな…んじゃ俺もやってやるか」
と、マルスは言い叢雲を鞘に納め構え練気を始めた。何をやっているのか分からないイビルニア人がへらへら笑いながらマルスに突進して来た。
「剣を鞘に納めたら何も斬れんぞ、馬鹿者め、キヤァァァァッ!」
「馬鹿はお前だよ、真空斬神風!おらぁぁぁぁぁ!」
マルスは、鞘から一気に叢雲を引き抜いた。するとゴオッと音を立て竜巻がイビルニア人を包み込んだ。竜巻の中でイビルニア人が切り刻まれバラバラになった。その様子を見てもう一人のイビルニア人は、逃げようとしたところをヨーゼフが真空斬で首を刎ねた。レン達に襲い掛かるイビルニア人も全て殺した。そして、フラックだけが残された。
「ふぅふぅ…さぁ仲間は皆、死んだのぉフラック、後はお前だけだぞ」
と、身体のあちこちを斬られているベアド大帝が斧を構えて言った。レン達や獣人兵士達がフラックを取り囲んだ。
「ちっ!使えん奴等め…やはり外では分が悪いな…ベアド、今日の勝負はお預けだ、イビルニアで待っているぞククク」
そう言うとフラックが懐から妙な玉を取り出した。それを見たレンが玉を持つ手に目掛けて真空突きを放ったが、紙一重で避けられた。
「ふふ危ない危ない、ではさらばだ」
と、フラックは言って玉を地面に叩き付けた。グライヤーの時と同じく紫の煙がフラックを包み込んだ。煙が無くなるとフラックの姿はなかった。
「大帝様、大丈夫ですか、シーナ」
レンは、傷付いたベアド大帝を見てシーナに治療させた。シーナも先ほどからずっと獣人兵士達の治療をしていたので相当疲れている様子だった。
「はぁはぁはぁ…今日はこれが限界だよ、ごめんねおじさん」
「うんうん、ありがとうよお嬢ちゃん、もう大丈夫だ」
と、ベアド大帝は、毛むくじゃらな大きな手でシーナの頭を撫でた。イビルニア人や殺された獣人の死体の処理を兵士達に任せレン達は、ベアド大帝と城に戻った。
「まさか、フラック自ら乗り込んで来るとはな」
と、ヨーゼフを相手に酒を飲みながらベアド大帝が言った。ヨーゼフは深刻な顔をしていた。
「ドラクーンでジルドとランドールでグライヤーここでフラック…と言う事は奴も復活しておるじゃろうな」
と、ヨーゼフが言った。
「アルカトだな…全くザマロの奴が封印を解かなければこんな事にはならなかったものを」
と、ベアド大帝がぐいっと酒を飲みほし言った。すかさずお付きの者が酒を注いだ。
「ザマロめ…やはりあの時、暗殺しておくべきだった」
と、ヨーゼフは昔を思い出しながら言った。あの時とは、レンが生まれる数年前、ごく一部のトランサーの軍人や政治家、ティアック派の貴族の間でザマロの暗殺計画持ち上がったがあった。それは、ザマロの日々の素行の悪さや戦争を起こし領土を広げようとする考えに生かしておけば、いつか必ず問題を起こすだろうと持ち上がった計画だったが、ヨーゼフが止めた。ザマロは歴とした王族であり元はティアック家の者だった。十二歳の頃に王族シェボット家に養子に出されている。ヨーゼフは、王族を手にかけるなど臣下としてあってはならない事だと反対した。
「わしが甘かったよ大帝…」
と、酒を一口飲みヨーゼフが言った。レンとマルス、ラーズは、食事をしながらフラック達イビルニア人と戦っていた時の話しで盛り上がっていた。シーナは、治療で疲れ果てたのか珍しく何も食べずに眠っていた。
「しっかし、レンの雷光斬乱撃やマルスの真空斬神風…あんな事が出来るなんてもうお前達、人間じゃないな、ハハハハ」
と、ラーズは呆れたように言った。悔しさも混じっている。
「まぁ出来なくても十分戦えるじゃないか、お前は強い方だと思うぞ」
と、マルスは酒をグッと飲み干し言った。レンもラーズの強さは認めている。
「僕もそう思うよ」
「お前達に言われても嬉しくないな、はぁ~」
と、ラーズは言ってため息を一つ吐いた。レンとマルスは顔を見合わせ苦笑いを見せた。レン達は、ロギリアに一週間ほど滞在した。その間ベアド大帝からフウガとの思い出を沢山語ってもらいレンは、嬉しかった。そして、ロギリアを出国する前日の夜にベアド大帝が一枚の写真をレンに見せた。
「探していた写真がやっと見つかった、ほれ見なさい」
と、ベアド大帝がレンに写真を差し出した。レンが写真を受け取り見るとそこには大勢の人が写っていた。誰かの結婚式の様だった。大きな身体のベアド大帝が後ろの方に立っている姿が見え手前側に大礼服を着たヨーゼフの姿があり、花嫁を見るとジャンパール城内でイザヤ皇帝とナミ皇后から見せてもらった母ヒミカの花嫁姿があった。レンは、自分に似た赤毛の男を見て言った。
「じゃあこの隣の人が僕のお父さんですか…」
「そう、レン殿の父上レオン殿だよ」
と、ベアド大帝が笑みを浮かべて言った。レンは、自分の父の顔をまさかロギリアで見れるとは夢にも思っていなかった。自分に似ているがもっと男っぽい顔をしている。
「はは、お父さんってこんな顔だったんだ…僕に似てるかな」
「良く似ているぞ、レン殿、そなたはティアック家の立派な男子だ、父母を亡き者にしたザマロを必ず討ち取るのだぞ」
そう言ってベアド大帝は、大きな身体でレンを抱き締めた。レンは、幼い頃フウガに抱き上げられた時の事を思い出した。自然と涙が頬を濡らした。
翌日、ジャンパール行きの船に乗るためレン達は港に向かった。ベアド大帝が自ら見送りに来てくれた。大帝自ら見送りするレン達を何も知らない獣人や観光で来ている他国の者達が何者なんだといった目で見ていた。
「しかし、本当にお前さん達だけでトランサーを取り戻せるのかいな?兵を送ろうか?」
と、ベアド大帝が心配して言った。
「大帝よ、気持ちはありがたいのじゃが、これはお家騒動じゃわしらの手で決着を付けねばなるまい」
「はい、大帝様、大丈夫です必ず僕はトランサーを取り戻します」
と、レンとヨーゼフは答えた。その言葉に強い力と意志を感じ取ったベアド大帝は大きく頷いた。
「あい、分かった、では次に会う時はレオニール殿のトランサー王国でな」
「はい」
と、レンとヨーゼフは、ベアド大帝と固い握手を交わした。そして、レン達はジャンパール行きの船に乗り込んだ。船がゆっくりと動き出し岸壁を離れた。レン達は、船の後ろに行き見えなくなるまでベアド大帝達、獣人に手を振った。
「さぁいよいよ帰国だ、皆元気にしてんのかな、楽しみだなレン」
と、マルスが船内の自分達が取った部屋で荷物を降ろしながら言った。レンも嬉しくてたまらない様子だった。ヨーゼフ、テランジン、シドゥを探す旅に出て一年が過ぎていた。その間、レンとマルスが一方的に手紙を送りこちらの様子は伝えてもジャンパールに居る皇帝達やエレナの様子が分からなかった。
「うん、楽しみだね」
と、レンはにこやかに言った。そんな二人の様子を見てラーズがニヤッと笑いながら言った。
「おやおや、マルス君、何か忘れていないかね?君にはランドールで出会った素敵な女性が居たねぇ」
「ん?素敵な女性?…誰だよ…あ、ああ、ああああ、カ、カレンの事か?」
「そう、カレンだよ、ジャンパールに行ったって言ってなかったか?」
と、ニヤニヤしながらラーズが言った。マルスの顔が急に暗くなった。
「そうだった忘れてた…カレンの奴、ジャンパールに行ったって…お前の親父が言ってたな…」
マルスは、船から降ろせと喚き散らしたが途中で降りられる訳でもなく船は、着々とジャンパールに向けて進んで行った。




