ロギリア帝国
デ・ムーロ兄弟はドックに入れられたテランジンの海賊船を見て笑った。
「もう十分軍艦みたいじゃないか」
テランジンの乗る船には、合計で八門大砲があり他二隻の船には六門大砲が装備されていた。
「これじゃあただの海賊船だ、もっと軍艦に近付けてくれ、例えばもっとこう装甲を厚くするとか、とにかく金ならあるやってくれ」
と、テランジンは言った。テランジンにはイビルニアやトランサーの船から奪った金がある。デ・ムーロ兄弟は、船をあちこち見回し兄弟で何やら話し合いテランジンに言った。
「三隻やるんなら時間が掛かるぞ」
「どれくらい掛かりそうだ?」
「そうだな…うちの職人達総出で二ヶ月は掛かるな」
と、デ・ムーロ兄弟に言われテランジンは、レンとヨーゼフを見た。
「テランジンの気の済むようにして僕は待つよ」
「若がこう言われている、そなたの思うままにな」
と、レンとヨーゼフが言った。テランジンは、二人に頭を下げた。
「ありがとうございまする、若、閣下、さぁお許しが出た、やってくれ」
と、テランジンはデ・ムーロ兄弟に言った。そして、翌日から船の改造強化が始まった。しかし、二ヶ月もメタルニアでのんびり過ごす訳にもいかずヨーゼフの提案で獣人の国ロギリアのベアド大帝に会いに行く事にした。ベアド大帝とは、一度フウガの葬儀の時に会っている。レンは、あの時見た大帝の毛むくじゃらな顔を懐かしく思った。ロギリアに行く前に手紙を書き大使館で手紙をジャンパールに送るようマルスが職員に頼んだ。そして、テランジンと海賊改め仮のトランサー海軍とは、一旦ここで別れる事となった。次に会う時は、ジャンパールと約束してレンとマルス、ヨーゼフ、シーナとラーズは、ロギリア行きの船に乗った。シドゥは、ヨーゼフにテランジンの傍に居てやれと言われメタルニアに残る事となった。
「では若、次はジャンパールでお会いしましょう」
と、テランジンとシドゥに見送られてレン達は、メタルニアの港を後にした。ロギリア帝国行きの船はほぼ毎日出ている。獣人達は、他の種族に比べると人間に対して友好的だった。それは、二十五年前のイビルニアとの戦争でロギリア帝国のベアド大帝がフウガやヨーゼフと共に戦った事から始まる。それまでやはり獣人も人間嫌いだった。しかし、フウガとヨーゼフの人柄に触れ人間にもこんなに勇敢で誠実な者が居たのかと思い人間も捨てたものじゃないと考える様になった。戦争が終わり人間達と交流を深めよとのベアド大帝の命で今日に至った。
「ヨーゼフ、僕一度ベアド大帝に会った事があるんだ、おじいさんの葬儀の時にね、いつでも力になるって言ってくれたんだ、でもその時僕は自分がティアック家の者とは言ってないんだよ」
と、レンは、船の中でヨーゼフに話した。
「では今回は、堂々と若がティアック家の王子であることを伝えましょう、きっと大帝は力になってくれまするぞ」
「うん、でもあの時はレン・サモンとして会ったから力になるって言ってくれたんじゃないかな?フウガ・サモンの孫だからって今回は、レオニール・ティアックとして会う事になるから心配だな…」
と、レンは、あの時本当の自分を言えば良かったと後悔した。
「若、ご心配召さるな、そのような事を気にする男ではありませぬ」
と、ヨーゼフはレンを励ました。マルスとラーズ、シーナは、船内を散策していた。獣人が運営する船は、大した特徴も無く人間が乗る船と変わりはなかった。
「何だ普通の船じゃないか、つまんねぇなぁ」
「ははは、そりゃそうだろう」
と、マルスの言葉にラーズが笑いながら答えた。シーナは、妙な鼻歌を歌いながら水平線をぼんやりと見つめていた。その時、マルス達に一人の男が声を掛けて来た。
「君達、ロギリアに行くのだろう?そんな恰好じゃ死んでしまうよ、寒くてね」
「え?」
と、振り向くと一目で獣人と分かる毛むくじゃらな顔の男が居た。
「我が国は年がら年中寒い、私はロギリアの者だから平気だが人がそんな恰好で行ったら凍死する、この船の売店に人用の防寒着が売ってるから買って行きなさい」
そう言うとロギリアの獣人は、船内のどこかへ消えた。三人は、レンとヨーゼフが居る部屋へ戻ると先ほど獣人に言われた事を話した。ヨーゼフがそうだ忘れてたと言い皆、防寒着を買う事にした。
「そんなに寒いの?」
と、レンが買った防寒着を眺めながら言った。
「ジャンパールやトランサーに無い寒さでござる、下手をすれば本当に凍死しますぞ」
と、何度かロギリア帝国に行った事のあるヨーゼフが答えた。メタルニアの港を出て三日目に入った頃から急に船内が肌寒くなって来てロギリア帝国の領海内に入った事を告げた。それから二日目にロギリアの港に到着した。
「うわぁ~ホントに寒いなぁ、防寒着を着てこの寒さかぁ、そりゃ死ぬな」
と、マルスが身体を震わせながら言った。港に降り立つとまずは、ジャンパール大使館とランドール大使館を探した。両大使館を探している途中で入り口や窓に木を打ち付けられた建物を発見した。以前は、トランサー王国の大使館だった様でザマロが謀反を起こして以来、国交を断絶したので今は空き家になっていた。ヨーゼフがその空き家を見て言った。
「若、必ずやまたここを元のトランサー大使館に致しますぞ」
「うん、絶対そうするよ」
と、レンも空き家を見て言った。元トランサー大使館から直ぐ近くにジャンパール大使館があった。レン達は、マルスを先頭に大使館に入った。
「あっマルス殿下」
と、大使館職員が驚き駆け寄って来た。
「やぁ、早速なんだがベアド大帝と会えるよう段取りを頼む」
「ははぁベアド大帝にですか、分かりましたが何の御用で?」
と、職員はマルスに聞いた。いくら一国の皇子でも相手方に大した用事も無いのに会わせろと言う訳にもいかない。
「大事な話しがあると伝えてくれ、そうだヨーゼフ・ロイヤーも一緒だと言ってくれ」
マルスにそう言われて職員は、マルスの後ろに居たヨーゼフを見た。職員は、二十五年前のイビルニアとの戦争の事を良く知っていた。
「そうですか、あなたがロイヤー閣下ですか、十五年前に行方不明になったと聞いておりましたが、まさか殿下とご一緒にここにお越しになられるとは…考えもしなかった、分かりました直ぐに話して来ます」
と、職員は言うと大使館を出て行った。今度は、ラーズが職員にランドール大使館の場所を聞き、ちょっと行って来ると言って出て行った。しばらく大使館内で待っていると外に魔導車が停まり中からジャンパール大使館職員が降りて来てレン達に言った。
「直ぐに城に来るようにとの大帝のお言葉です」
「そうか、じゃあ行こうか、あっ?!ラーズの野郎を忘れるところだった」
と、マルスが言いラーズを待った。少し待っているとラーズが帰って来た。
「何だ、どこに行くんだ?」
「今からベアド大帝に会いに行くんだよ、早く乗れよ」
と、マルスはラーズに魔導車に乗るよう促した。レン達は、魔導車でベアド大帝の居城に案内された。城まで歩いてでも行ける距離だったが、わざわざ魔導車を出してくれたのは、ベアド大帝の心遣いだろうと思い、レン達は感謝した。城に到着すると直ぐに謁見の間に通された。
「やぁヨーゼフ生きていたんだな、良かった良かった、マルス殿にレン殿、久しぶりじゃな」
と、ベアド大帝は、大きな身体で三人を抱き締めた。そして、シーナとラーズに気付いた。
「ああ、紹介しようこちらはランドールのラーズ殿下、そしてこの娘はドラクーンの子シーナじゃ」
と、ヨーゼフが二人を紹介した。
「ランドール王国、インギ・スティールの次男ラーズでございます」
「ぼくはシーナよろしくね、おじさん」
と、二人は自己紹介した。おじさんはないだろうとラーズは、笑いそうになった。
「ふむふむ、わしはこの国を治めるベアド・バーンじゃ」
と、ベアド大帝は毛むくじゃらな顔をにこにこさせて言った。
「してヨーゼフよ、大事な話しとはなんじゃイビルニア人の事か?」
「ふむ、この国でもイビルニア人が出おるのかいな、難儀じゃな」
「出る出る、先月辺りから頻繁に目撃する、まぁ見つけ次第始末はしておるがな」
と、ベアド大帝は言った。
「まぁイビルニア人の話しは後じゃ、まず大帝に話す事がある、ここにおられるレン・サモン公爵は実は十五年前にザマロの謀反によってレオン様ヒミカ様と共に死んだとされる王子、レオニール・ティアック様じゃ」
と、言ってヨーゼフはベアド大帝を見た。ベアド大帝は、目を丸くしてレンを見ていた。レンは、少し照れながら言った。
「おじいさんの葬儀の時、本当の事を言わなくてすいませんでした」
「ははは、気にする事はないぞレン殿、本当はティアック家の子であろうがフウガに孫として育てられたのだからお前さんはフウガの孫じゃ」
「ありがとうございます」
「しかし、何故フウガはわしに打ち明けてくれなんだのかな?水臭いではないか」
と、ベアド大帝はレンの頭をポンポン撫でながら言った。ヨーゼフはフフッと笑って答えた。
「そりゃ大帝に話せばすぐにでもザマロを討ち取りに行ったじゃろう?しかしザマロの背景にはイビルニアが絡んでおったからな、そうなればトランサーとイビルニアを相手に戦争じゃ、トランサーはともかくイビルニアを相手にまた戦争をするにはな…」
「確かに、厄介だな…」
と、ベアド大帝は、遠い目をして言った。ヨーゼフは咳払いを一つして話し出した。
「大帝よ、わしらはこれからジャンパールに行きレオニール様の立太子式を行う、正式にトランサー王国の王子として世界に公表する、その後わしらは国を奪還しに行く」
「ほほぅその手助けをと言いたいのじゃな」
「いや、奪還した後の事じゃ、イビルニアと戦争になるだろう、その時こそ大帝のお力をお借りしたい」
「分かった、我々もその時は必ず参戦する、そして半島を封印するのではなく消滅させてやろうぞ、ハハハハ」
と、ベアド大帝は豪快に笑った。レン達は、そんなベアドを見て心強く思った。
「ところで大帝様、イビルニア人は何のためにこの国に侵入して来るのですか?」
と、レンがベアド大帝に聞いた。
「おそらくわしを殺しに来ておるのじゃろう、あの半島からロギリアの様な寒い国に来るなどご苦労な事だ全く、ハハハハ」
と、ベアド大帝は気にもしていない様子だった。レン達が今まで遭遇して来たイビルニア人の事をベアド大帝に話していた時、謁見の間に知らせが入った。
「大帝様、またイビルニア人が現れました」
「何、また出たのか、今度は何人じゃ」
と、ベアド大帝は頭をかりかり掻きながら聞いた。
「三人で二人は中位の者、一人は顔を晒して堂々としており上位の者と思われます」
「顔を出しておるのか、どのような顔じゃ?」
「色白く、顔は人間と変わりませぬが両目から一本ずつ頬にかけて黒い線があります」
それを聞いてヨーゼフとベアド大帝が顔を見合わせた。
「いかん、フラックじゃ!わしが行く、武器を用意せい」
と、ベアド大帝は慌てて部屋から出て行った。レン達もベアド大帝の後を追った。