デスプル島のテランジン
アンドロスとヴェルヘルムに付き添われ迷いの森を行くレン達は、半日ほどで森の出口付近まで着いた。
「何だあっという間だったな、こんなに近かったっけ?」
と、マルスは周りを見渡した。アンドロスが大真面目な顔で言った。
「すまなかったなぁ、君達が本当に我々の助けが必要なのか試させてもらっていたんだよ」
「さらにヴェルヘルムにわしらを襲わせるとはな、全くどうかしてるぞ女王様が命じたのか?」
と、ヨーゼフはアンドロスを恨めし気に見て言った。
「いや、久しぶりにヨーゼフを見て試してみたくなったのさ、やはり人だな君の老いを感じたよ」
「当たり前じゃ、いくら先祖にエンジェリア人がいてもただの人間だぞ」
と、ヨーゼフは怒った様に言った。アンドロスは笑いながらなだめた。
「さぁ私が来れるのはここまでだ、イビルニアとの決戦の時は我々も参戦する、皆気を付けてな」
「ありがとうございました、アンドロスさん、じゃあ行ってきます」
と、レンが最後に礼を言ってレン達は、森から外に向かって行った。アンドロスは、レン達が見えなくなるまで見送った。
「頑張れよ、レオニール」
と、アンドロスは呟きヴェルヘルムと共にヘブンリーに帰って行った。
迷いの森を出たレン達は、テランジンが居るデスプル島に向かうため、まず南ランドールにある港を目指した。デスプル島の海賊の情報を得ようと途中、宿泊も兼ねて港町に寄った。様々な噂を聞いた。
「デスプル島?とんでもない、あんなとこ行っちゃあ駄目だ、ましてや若い娘を連れて行くなんざ、あんた達どうかしてるぞ」
「デスプル島の海賊?ああ親分が変わってどう言う訳かイビルニアの船やトランサーの船ばかり襲っているそうな、恨みでもあるのかねぇ?」
「俺は一度、助けてもらった事があるんだ、親分の名前?ええっとたしかテラ何とか言ってたなぁ、片足だったぜ」
などと他にも色々あるがレン達は、聞き込んだ情報を宿屋の部屋で話し合った。海賊を仕切っているのは、やはりテランジンで間違いないようだ。
「あいつ…本当に海賊になったのか」
と、シドゥが難しい顔をして言った。
「片足だったってどういう事だろう?事故か何かで失ったのかな?」
「とにかくデスプル島に行ってくれる船を探さねばなりませぬなぁ」
と、ヨーゼフが船の心配をした。所詮は海賊の島である、船主に頼んでも断られるだろう。
「うちの軍艦を使うか?」
と、ラーズがランドール海軍の艦で行く事を提案したが、マルスが止めた。
「止めとけ、いくらこちらがテランジンだと分かっていても向こうは俺達の事わかんねぇだろう、討伐に来たと勘違いされて攻撃されたらどうするんだよ、テランジンごと海に沈めるのか?」
「ううむ、困ったな…とにかくデスプル島に行ってくれる船主を探そう」
レン達は、宿で一泊して翌日から船主を探した。ヨーゼフの心配した通り、どこの船主に頼んでも断られた。ラーズがとうとう船を買うと言い出した。
「全く、我が国民ながら腹が立ってきた、皆腰抜けばかりではないか、もう船を買って俺達で行こう」
「ええ?ラーズ、船を操舵出来るのかい?」
と、レンが驚いて聞いた。買っても操舵出来なければ話しにならない。
「ああ何とかなるさ」
と、ラーズは本当に船を買ってしまった。デスプル島に行くのを断った船主から強引に安く買い叩いた。古くて小さい船だが良く整備されていて何の問題も無さそうだった。馬達を宿屋に預けレン達は、船に乗った。魔導機で動く船でなかなか早い。
「こりゃあ良いな、俺にもやらせてくれよ」
と、マルスはラーズから舵輪を奪った。マルスは感が良いのか直ぐに操舵に慣れ順調に船はデスプル島に向かった。デスプル島から少し離れた沖合で一度船を止め島の様子を伺った。
「ふうむ、海賊船が泊まってござるな、ほう大砲まで装備している、本格的ですな、若どうぞ」
と、ヨーゼフは妙に感心して望遠鏡を覗いてレンに手渡した。
「ほんとだ、大砲がある…あれ?向こうもこっちを見てるのかな?」
と、レンが言うとマルスが見せろと言って望遠鏡を奪い見た。
「ううむ、見てるなこっちを…良し正面から行こう」
と、マルスは言った。堂々と行けば変な警戒はされないだろう。レン達は、正面から島に行く事を決めマルスが舵を取りゆっくり船を近づけた。物見塔に居た海賊が何か喚き散らしている。
「やい、てめぇらここを何だと思ってんだ!用が無いならさっさと消えろ」
「そこの者、テランジンは居るか?」
と、ヨーゼフが大声で言った。海賊が怒鳴り返してきた。
「お頭を呼び捨てるとは何てジジイだ!てめぇら何もんだ?ぶっ殺されてぇのか!」
「やれやれ、テランジンめ面倒臭い男を見張りにつけおって…良いか?よく聞けヨーゼフ・ロイヤーがレオニール様を連れて来たとお主の頭に伝えよ、早う行かぬか!」
と、ヨーゼフの迫力に圧倒され海賊の一人が物見塔から降りテランジンや他の海賊達が住み暮らしている館へと走って行った。数分後、海賊が戻って来て島に上陸しろと言って来た。レン達は、船を桟橋に着け上陸し館に案内され大広間に通された。大勢の海賊達がレン達を睨み付ける。ヨーゼフが先頭を歩きその後ろにシドゥ、レンと続きマルスとシーナとラーズは、少し離れて歩いた。海賊がシーナを見て指笛を吹き鳴らした。
「おお、若いねぇちゃんがいるぞ、おいねぇちゃん俺達と遊ばねぇかぁ、ひゃはははは」
「べ~だ!」
と、シーナは舌を出しからかった。海賊達は大笑いしていた。そしてレン達は、机の上に海図を置いて話しをしている海賊達の前まで来た。
「お頭連れて来たぜ」
と、言って物見塔に居た海賊が戻って行った。お頭と呼ばれた男は、ゆっくりと振り向いた。
「テランジン…お前…」
「ロイヤー閣下」
と、テランジンは、ヨーゼフに頭を下げた。
「陸から海に鞍替えして海賊とはシドゥから聞いてびっくりしたぞ、シドゥも居るぞ」
と、ヨーゼフが言うとテランジンはシドゥと握手を交わした。そんなお頭の振る舞いに他の海賊達は驚いていた。テランジンは、シドゥの後ろに居たレンに気付いた。
「そうじゃ我らが主君、レオニール・ティアック様じゃ」
と、ヨーゼフが言うとテランジンの目から大粒の涙が溢れ出た。
「な、何でぇお頭、あの女みてぇな顔のガキ見て何で泣いてんだよぉ」
と、近くに居た海賊が言った。
「無礼者、控えろ!このお方は我が主、レオニール・ティアック様だ」
と、テランジンが海賊達に言った。そしてレンに臣下の礼を取った。海賊達は呆然とその様子を見ていた。
「その御髪は、レオン様にお顔立ちはヒミカ様にそっくりです」
と、テランジンはレンを仰ぎ見て言った。レンは、少し照れ臭くなったが気を取り直して言った。
「ヨーゼフやシドゥの様に僕にはあなたの助けが必要です、力を貸して下さい」
「喜んでこの命レオニール様に捧げまする」
と、テランジンは言った。ヨーゼフは満足げにうんうん頷いていた。テランジンは、自分の側近とも言える男に何か言ってレン達を別の部屋に招いた。
「改めて自己紹介させて頂きます、自分はトランサー王国陸軍少尉テランジン・コーシュであります、この時を心待ちにしておりました」
と、テランジンは、レンに言った。レンは、テランジンが海賊になった事をシドゥから聞いていたが本人の口から改めて聞きたかった。
「どうして海賊を?足はどうされたんですか」
テランジンは、自分がどうして海賊になったかを説明し始めた。ヨーゼフの命を受けシドゥと二人ヘブンリーに行った。ヨーゼフの話しを女王アストレアに話してヘブンリーでヨーゼフとレンを待つ事になった二人は、アンドロスの指導で真空斬などの特殊攻撃を習得し、日々二人で剣の腕を磨いていた。ある日、自分がどれだけ強くなったのか知りたくなった。ヘブンリーに来る途中、町で聞いたならず者の島の事も気になっていた。自分が頭になってならず者共を上手く手懐ければ、来るべき時の戦力にも出来るではないかと考え始めた。シドゥにその事を相談したが反対された。しかし、テランジンは諦められず強引にヘブンリーを出て行った。そうしてテランジンは、このデスプル島にやって来た。来た当初は、本当にならず者だらけでろくな人間が居なかった。ランドールで殺人を犯した者や詐欺を働いた者、窃盗犯など世界中からろくでもない奴が集まっていた。それらを仕切っていたカンドラと言う極悪人をテランジンが成敗してデスプル島の新しい首領になった。それまで好き勝ってやっていた連中をまとめ上げ気の利いた者を自分の側近にした。逆らう者は、容赦なく粛清した。
「兄貴、大変だ!イビルニアの奴隷船が来たぜ」
と、テランジンの側近の男が急に部屋に入って来て言った。
「何?分かった今行く、レオニール様しばらくお待ち下さい」
「待って!僕達も行くよ、皆行こう」
と、レン達はテランジン達海賊と共にイビルニアの奴隷船を襲撃する事になった。レン達は初めて乗る海賊船にワクワクしていた。
「凄いな、この船、もう軍艦じゃないか」
と、マルスが感心して言った。テランジンの海賊船が島の港から奴隷船に向けて出港した。
「ルークあれだな、何人乗ってそうだ」
と、テランジンは、望遠鏡を覗き言った。ルークと呼ばれた側近の男は五十人は乗っていると言い、他の海賊達に指示を出した。レン達は、海賊達が忙しく動き回る姿を眺めていた。
「大したもんじゃな立派な海賊の親分ではないか」
と、ヨーゼフは嬉しそうにテランジンの肩を叩きながら言うとテランジンは少し照れながら言った。
「閣下、まぁ見ていて下さい、私がやってきた事が間違いじゃない事をお見せします、さぁ野郎ども準備は良いかぁ、船を寄せろ」
と、テランジンの合図で船は一気に奴隷船に近付き海賊達が奴隷船に飛び乗って行く。イビルニア人に一斉に襲い掛かった。
「ここで見ていて下さい」
と、レン達に言いテランジンは、剣を抜きながら奴隷船に飛び乗った。飛び降りたと同時に真空斬でイビルニア人の首を飛ばし片っ端からイビルニア人の首を刎ねていき、船内に入って行った。しばらくするとテランジンを先頭に続々と人が甲板に出て来た。皆、奴隷としてイビルニアに連れて行かれる者達だった。テランジンは、イビルニア人の死体の始末と奴隷船の操舵を海賊達に任せ海賊船に戻って来た。
「こんな事を十年近く続けています」
と、テランジンは言った。海賊になってからずっとイビルニアの船やトランサーの船ばかり襲って奴隷を乗せていれば奴隷達を解放した。
「ランドールの港で聞いた通りだったな、悪い噂をしていたのは前の親分の事だったんだな良かった良かった、わしゃもしかしてお前が悪党にでもなったのかと思ったぞい」
ヨーゼフが感心して言った。テランジンが首を横に振り笑顔で言った。
「ティアック家再興のため少しでもイビルニア人やザマロの手下を殺してやりたかっただけです」
そして、海賊船は、テランジンの指示でデスプル島へ帰還した。




