先祖の話
レン達の時代からさかのぼる事、二千年以上前、現在ランドール王国があるウエズ大陸には、大小様々な国やその地方を治める豪族達が日々、自分たちの領土を広げるため戦争に明け暮れていた。レンの先祖であるロックウェル・ティアックもその豪族の子として生まれた。迷いの森付近を治めていたティアック家は、ある日敵方の豪族の奇襲に遭いロックウェル以外の一族郎党が皆殺しに遭った。ロックウェルは、命からがら迷いの森に逃げ込んだ。
「父上…母上…」
と、一族郎党を殺されたロックウェルは、傷付き悲しみに打ちのめされ森の中を彷徨った。せっかく逃げ延びたが、数日間飲まず食わずで怪我も負っている。ロックウェルは、ここで死ぬのかと諦めかけた時、アストレアの妹ミストレアと弟タケルヤが瀕死のロックウェルを偶然見つけた。
「人間じゃないか、怪我をしているな」
「ほんと酷い怪我…」
ミストレアとタケルヤは、ロックウェルをヘブンリーに連れ帰って手当てをしてやった。エンジェリア人の薬で直ぐに回復したロックウェルは、一族の敵を討つと言いヘブンリーから出ようとした時、女王アストレアが止めた。
「人間はどうして争いを好むの?争いが争いを生む事にどうして気付かないの?あなたの気持ちは分かるけどせっかく生き延びれたのだから静かに暮らしなさい」
「助けてもらった恩は感じるがそれは出来ない…父上母上の敵を討たずしてどうして生きて行けようか」
そう言ってロックウェルは、ヘブンリーを後にした。その時、ずっと人間に興味を持っていたタケルヤが、姉の言う事を聞かずロックウェルに付いて行ってしまった。それから一年後タケルヤの力を借りてロックウェルは、見事一族の敵を討ちタケルヤと共にヘブンリーに帰って来た。健康を取り戻しタケルヤの力を借りてまで一族の敵を討ち果たした人間にはもうヘブンリーに用はないはずだと、人間嫌いの他のエンジェリア人達は、ロックウェルをヘブンリーから追い出そうとしたが、一族郎党を殺されたロックウェルを哀れに思っていたミストレアが姉アストレアにヘブンリーで暮らせるよう頼んだ。
「良いでしょう、ただし都に住まわせる事は出来ないわ」
と、宮殿のある都から離れた木々に囲まれた場所で小さな家を建て、そこにロックウェルを住まわせた。ロックウェルは、両親や家来の供養をしながら日々を送っていた。そんなロックウェルの様子を時々ミストレアとタケルヤは見に来ていた。タケルヤは、ロックウェルの話す人間の事を目を輝かせて聞いた。ミストレアは、本来のロックウェルの優しさに次第に魅かれていき二人は恋に落ちた。禁断の恋である。二人の恋を知る者は弟タケルヤだけだった。そうして三人で過ごす時間が長くなり始めると周囲の者が怪しんだが、知恵者のタケルヤが上手く誤魔化していた。それから数年が流れたある日、タケルヤが突拍子もない事を言い出した。
「俺は、人間になって自分の国を持ちたい」
と、言い出したのである。アストレアは、怒り狂いタケルヤを牢に入れた。そしてロックウェルをヘブンリーに住まわせた事を後悔した。
「やはり哀れみで人間を住まわせたのがいけなかった…ロックウェルには出て行ってもらいましょう」
と、アストレアがロックウェルをヘブンリーから追い出そうと決めた矢先の事だった。タケルヤが牢を破り自分の従者を引き連れおまけに宝剣を持ち出しヘブンリーから出て行ってしまったのだ。国中大騒ぎになった。エンジェリア人達は、話し合いタケルヤ様が出て行ったのはロックウェルのせいだと決め付け罰を与えようと言い出した。アストレアは、追い出すだけで良いと言ったが他のエンジェリア人の怒りは治まらず、とうとうロックウェルを殺してしまったのだった。
「どうして…どうして殺してしまったの…あああ私のロックウェルが…ああ…」
と、ロックウェルの亡骸にとりすがり泣き崩れるミストレアを見て周囲の者が二人は恋仲だったと気付いた。しかし、禁断の恋である。周囲の者の反応は冷たかった。これで良かったんだと言う者も居た。ミストレアは、深く傷つき心を閉ざしてしまった。そして、ロックウェルの亡骸が腐らないよう術を掛け、木々に囲まれた小さな家に誰も近付けないよう結界を張り亡骸と共に暮らした。侍女達は、毎日様子を見に行っていたが、一向に出て来る気配がなくもしかしたら自殺したのではないかとまで考えたが、結界が張られている事は生きている事でもあり安心はしたがどうする事も出来なかった。
「妹の気が済むまで放って置きなさい」
と、アストレアは侍女達に言った。決して結ばれる事のない恋と分かっていてどうしてミストレアは、ロックウェルを愛してしまったのか。人間と結ばれるには、エンジェリア人の力を捨てる事になる。エンジェリア人の証でもある翼を捨てなければならない。妹ミストレアにその覚悟は、あるのか分からなかった。
ミストレアが心を閉ざして十数年後、極東の大きな島にタケルヤが国を興したとの情報が入って来た。それが今のジャンパール皇国である。ヘブンリーを出たタケルヤは、まず翼を切落とした。人間に近付こうとしたのだ。タケルヤの従者達も主人に従い翼を切落とした。そして海を渡り各地を転々として当時まだ未開の地だった島に入った。先住民達と親交を深め敵対する者達とは、共に戦いその強さを神の様に崇められ国を興し自らが皇帝となったのだ。アストレアは、密かにジャンパールに行きタケルヤに会った。
「姉さん、俺はとうとう自分の国を持ったぞ、人間としてだ」
「馬鹿な事を」
「姉さん、この二つの勾玉は国の者が俺に献上した物だ、これに俺のエンジェリア人としての最後の力を封じ込めた、一つ持って帰ってくれ」
タケルヤにそう言われ勾玉を持って帰ったアストレアは、自分が愛用する手鏡に飾った。そうするとタケルヤやジャンパールの様子が鏡に映ったのだ。アストレアは、タケルヤが自分のやった事は間違いじゃないと言う事を示したかったのかも知れないと感じタケルヤを認める事にした。そして、ミストレアを人間として生かせる事を決めた。アストレアは、不死鳥の剣を持ってミストレアに会いに行った。
「ミストレア、私よ、結界を解きなさい、話しがあるの」
と、結界の外からアストレアが言うとミストレアも話しがあると言い結界を解き小さな家にアストレアを入れた。
「ミストレア、タケルヤがとうとう国を興しその国の皇帝となったわ、翼を切り落とし人間として」
「えっ?タケルヤが…翼を落として…」
「そう、あなたにはその覚悟はあるの?」
「え…私は…」
「ロックウェルと結婚したいのなら翼を落とし人間として生きていく覚悟はあるかと聞いてるのよ」
ミストレアは、姉が何を言っているのか分からなかった。ロックウェルは、死んでいる。
「ここに不死鳥の剣があります、これでロックウェルを甦らせたらあなたは翼を切り人間としてこの国から出て行きなさい、良いですね」
そうアストレアは言った。ミストレアは、本当にロックウェルを甦らせる事が出来るのなら人間として生きていく覚悟はあると言った。分かったとアストレアは、不死鳥の剣でロックウェルを甦らせた。
「永い…永い夢を見ていた様だった…」
と、ロックウェルは言った。ミストレアは、自ら背中の翼を切り落とした。ロックウェルは驚いた。
「何て事を?!」
「良いのロック、私はあなたと共に人間として生きていくの、それが姉さんとの約束だから」
ミストレアは、ロックウェルに抱き付き言った。
「ロックウェル、あなたにはヘブンリーから出て行ってもらいます、ミストレアと一緒に…そしてどこかで暮らしなさい、ミストレア…あなたにはこの不死鳥の剣とラダム木の苗木を与えます、将来必ず必要になるでしょう、それとあなたの侍女を何人か連れて行きなさい、これが姉として最後に出来る事です、さぁもう行きなさい」
「ありがとう女王、この恩は生涯忘れない、必ずミストレアを幸せにするよ、さようなら」
「姉さん…本当にありがとう…さようなら」
と、二人はアストレアに最後の別れを告げ五人の侍女を連れヘブンリーから去ったのである。
ロックウェルとミストレアと五人の侍女は、まずタケルヤの国ジャンパールに行った。タケルヤは、ロックウェル達を大いに歓迎してくれ結婚式まで挙げてくれた。晴れて夫婦となったロックウェルとミストレアを期に侍女達は、翼を切り人間として生きていく事にした。タケルヤは、ジャンパールから南にある未開の大陸で二人の国を造る事を勧めた。
「姉さん、ロック、ジャンパールから南に誰も手を付けてない大陸がある、そこで国を興せ、俺も協力するよ」
「く、国を?そんな国なんて私は…」
「ミストレア、俺はお前を幸せにするためなら何でもする、平和で静かに暮らせる国を造ろう、タケルヤ頼む、協力してくれ」
そして、タケルヤの協力でトランサー王国を興し初代国王としてロックウェルが即位した。町を造り城を造った時、城の中庭にミストレアは、姉から貰ったラダムの木の苗木を植えた。ラダムの木に実が出来た頃、ミストレアの身に変化が起きた。これが先祖返りである。背中から羽が生え始めたのだ。姉が将来必ず必要になると言っていたのは、この事だったと悟った。しかし、タケルヤや従者達と侍女達には、先祖返りが起きなかった。エンジェリアの王族の女系のみが起こす症状だった。その事がありロックウェルとミストレアに出来た子供から、ラダムの実を食べる習慣が出来たのだ。タケルヤは、人間と結婚し子孫を残した。タケルヤとミストレアに従った者達も人間と結婚し子孫を残していった。そして、現在レン達の時代へと時が流れていった。
「本当に僕にはエンジェリア人の血が流れてたんだ…」
と、アストレアの話しを聞き終えたレンが信じられないといった顔で言った。レンより驚いていたのは、マルスだった。
「何て事だ、初めて知ったぞ、先祖がエンジェリア人だったとは…そうかあの壁画は本当だったのか」
と、マルスは、城の壁に描かれた初代皇帝タケルヤの背中に翼があったのを思い出した。
「俺はてっきり神々(こうごう)しく見せるために背中に翼を描かせたと思ってたよ、でも国の歴史書にはエンジェリア人の事なんか書いてなかったぞ」
「それはそうよ、タケルヤとミストレアは、自分たちがエンジェリア人と言う事を秘密にしたの」
と、アストレアは言った。
「どうして秘密にする必要があったのですか?」
と、レンが聞いた。アストレアは、少し考えて答えた。
「それは、二人が人間として生きて行く事の覚悟じゃないかしら、二人に従った他の者も秘密にしたんじゃないかしらね」
「ヨーゼフとシドゥ、テランジンそして亡くなったフウガにも我々の血が流れているんだぞ」
と、アンドロスがヨーゼフとシドゥを見て言った。
「何じゃと?!わしらにもエンジェリア人の血が流れておるのか?」
「そうだ、君達は侍女の末裔だ、フウガはタケルヤ様の従者の末裔だよ、だから真空斬などが出来るのだ」
意外な事実を知らされたヨーゼフとシドゥは、呆然としていた。
「ただの人間の俺に出来ない理由が分かったよ」
と、ラーズが変に納得した顔をして言った。
「それとマルス、君のその叢雲はタケルヤ様がヘブンリーから持ち去った刀だ」
と、アンドロスに言われマルスは、叢雲を抱きしめ返さないぞと言った。アストレアは、くすくす笑って言った。
「アンドロスはよくタケルヤに悪戯されてたわ、マルス、あなたがレオニールに悪戯してたみたいに」
そう言われてマルスは、照れていた。
「レオニール、不死鳥の剣を」
と、アストレアは言いレンは、不死鳥の剣を手渡した。アストレアは、不死鳥の剣をじっと見つめそして、鞘から抜き刀身を見つめた。
「力は十分に戻ってるようね」
そう言ってレンに手渡した。
「この剣で僕のご先祖を甦らせたんですよね、もしも誰かが死んだら僕にも死んだ人を甦らせる事が出来ますか?」
と、レンは、アストレアに聞いた。アストレアは、レンを見つめて答えた。
「死んだ理由がその者の宿命ならば甦らせる事は出来ない、宿命かどうかは不死鳥が決めるの、それと傷んでいない身体が無ければ無理ね、身体は魂の器だから」
「そ、そうですか…」
レンは、もしかすればフウガを甦らせる事が出来るかも知れないと思ったが、フウガの遺体は、既に灰になっているので諦めた。そしてレン達は、自分達の先祖の秘密を知った事で新たな気持ちでトランサー王国奪還、イビルニア人との戦いに挑む決意をした。
「ありがとうございました、女王様、必ず国を取り戻します」
と、レンはアストレアに約束した。
「お願いレオニール、ロックウェルとミストレアが築いた平和なトランサーに戻して、ザマロは同じティアック家の血を引いてるけど彼は異端よ、私には城のラダムの木を通してこの手鏡で見えるの、今もザマロによって苦しんでる人々が…」
と、アストレアは、マルスにも見せた手鏡をレンに見せた。
「女王様、必ずやレオニール様を王にして以前の平和なトランサー王国に戻して見せまする」
と、ヨーゼフが力強く言った。アストレアは、レンとヨーゼフの手を握りお願いと頼んだ。話しが終わりレン達は、テランジン・コーシュに会いに行くため準備を始めた。必要な物は全て揃った。
翌日の朝、アストレアは、レンにラダムの実を数個渡した。
「それだけあれば十分でしょう、レオニール頑張ってね、あなた達の無事を祈ってるわ」
と、アストレアは言ってレンの頬を撫でた。
「はい、では行ってきます」
と、レン達は、アンドロスと白い獅子のヴェルヘルムに付き添われヘブンリーから迷いの森に向かった。