ヘブンリー
白い服を着た男達に運ばれたマルス達は、見事な装飾が施された部屋のベッドに寝かされていた。ヴェルヘルムと戦って負った傷は手当てされている。
「んんん…いたたた、ど、どこだここは?」
と、マルスが目覚め半身を起こした。隣のベッドにラーズが眠っている。真向いにはシーナが、その隣のベッドにヨーゼフが眠っているが見知らぬ男が一人椅子に座ってヨーゼフを心配そうに見ていた。マルスは、レンが居ない事に気付き思わず叫んだ。
「レンが居ねぇ!どこだ、どこに居るレン!」
「レオニール様なら女王様の部屋に居ますよ」
と、ヨーゼフの傍に居た男が言った。
「誰だよ、あんた」
と、マルスは男に言った。男は椅子から立ち上がりマルスに近付き一礼して言った。
「私は、トランサー王国陸軍少尉、シドゥ・モリアであります」
「ああ…あんたがヨーゼフの言ってた人か、お、俺はジャンパールのマルス・カムイだ、よろしく」
と、マルスは、まさかこんな所で探していたシドゥに会えるとは思ってもいなかった。そこに迷いの森で出会った長身で赤毛の男が部屋に入って来た。
「気が付いたかね」
そう言ってマルスを見た。マルスは、男をじっと見た。レンと同じ赤毛をしている。
「レ、レンは女王の部屋に居るとシドゥから聞いたが無事なのか?」
「もちろん無事だよ、ラダムの実も食べさせたがあの子は生まれてから一度も食べた事がないんだろう、少し時間が掛かるかも知れないな、自己紹介が遅れたな私はアンドロス」
と、アンドロスが言った。マルスも自己紹介したが、アンドロスは、全て知っている感じだった。アンドロスは、シドゥにマルスをレンの元へ連れて行くよう言い二人は、部屋から出て行った。
「さてと、ヨーゼフ、ヨーゼフ起きろ、ヨーゼフ」
と、アンドロスは、ヨーゼフを半ば強引に起こした。ヨーゼフは、全身の痛みに顔を歪めながら目を覚ました。
「うう、痛たた…なんじゃ、どこだここは?…お主はアンドロスではないか、ここはヘブンリーか?」
と、ヨーゼフは、アンドロスに助けてもらいながら半身を起こした。
「そうだ、もう来る頃だと思っていたよ」
「何ぃ?分かっているなら何故あんな化け物を寄越したのだ、危うく殺される所だったぞ…若は?レオニール様はどこだ?」
と、ヨーゼフもレンが居ない事に気が付きアンドロスに聞いた。アンドロスは、微笑んで言った。
「大丈夫だよ、レオニールは女王様の部屋で眠っているよ、酷い先祖返りをおこしていたな」
「そうじゃ、話しでは聞いていたが本当に起こるとは夢にも思わなんだわ」
「ははは、そうだろうな、ティアック家の子だからなぁ、ラダムの実は食べさせたから大丈夫だ」
ヨーゼフは、ホッとして気が抜けたのか涙が溢れて来た。その様子を見てアンドロスは、もう少しこの部屋でヨーゼフを寝かせる事にした。シーナとラーズも眠っている。アンドロスは、そっと部屋を出た。
シドゥに連れられてマルスは、女王の部屋に来た。絨毯の上に寝かされているレンを見るなり安心したのかヨーゼフの様に涙が溢れ出た。
「あなたがマルス・カムイね、私はこの国を治める女王アストレア、レオニールは大丈夫よ」
と、レンの傍に居た美しい翼を生やした美女が言った。
「レン…本当に助かったんだな、良かった…」
と、マルスは眠っているレンの手を握りしめた。傍には斬鉄剣と不死鳥の剣が置かれている。マルスは、ふと思った。何故自分がマルス・カムイだと知っているのか気になって聞いてみた。
「あんた何で俺の事を知ってるんだ?」
「ふふふ、あなたを見ていると弟を思い出すわ、あなたやレオニールの事なら全て知っている」
そう言ってアストレアは、マルスに手鏡を見せた。見事に飾られた手鏡である。マルスは鏡を覗き込んだが自分の顔が映っているだけだった。
「何だ、ただの鏡じゃないか」
「私には見えるのカムイ家とティアック家の様子がね」
マルスは、訳が分からなかった。そこへアンドロスが部屋にやって来て今日は、ゆっくり休めと言いマルスは、最初に居た部屋に戻った。
翌朝、マルス達は、アンドロスに連れられ女王の部屋へやって来た。レンはベッドに寝かされていた。先に部屋に居たシドゥは、ヨーゼフを見るなり飛びつかんばかりに駆け寄った。
「ロイヤー閣下…うわわぁぁぁ」
と、ヨーゼフの手を取り泣き出した。今まで一人ヘブンリーに居てヨーゼフと会うのは十四年ぶりであった。
「待たせたなぁすまんすまん、元気そうで何よりじゃ、ところでテランジンの姿が見えんが奴はどこだ?」
と、ヨーゼフは、シドゥの肩に手をやり言った。シドゥは、申し訳なさそうな顔をして言った。
「あいつはじっとして居られないと十年前にここを出て海賊になりました」
「何じゃと?海賊?」
ヨーゼフは、驚いた。マルス達も顔を見合わせて驚いている。十四年前テランジンとシドゥは、サイファ国でヨーゼフと別れヘブンリーに向かった。迷いの森でアストレアに認めてもらうまで一年近く掛かりようやくヘブンリーに入った。ヨーゼフに言われた事を話すと二人は、ヘブンリーでレンとヨーゼフを待つ事になったがある日、テランジンは、閣下がレオニール様をお連れするまで俺は、一人でも多くザマロの手下やイビルニア人を殺してくると言い出したと言う。ヘブンリーに来る途中、デスプル島と言うランドール領の小さな島があるのを聞いた。そこは、通称ならず者の島と呼ばれていて誰も近付かない島だった。そこに居るならず者共を手懐けて戦力にすると言った。当然、シドゥは止めた。死ぬかも知れない。テランジンは、強引に出て行った。
「そう言えば聞いた事があったな、イビルニアの船やトランサーの船ばかり狙ってる海賊が居るって、そうかその海賊がテランジンって人だったのか」
と、ラーズが思い出して言った。
「レオニールが目覚めたわ」
と、アストレアが皆に言った。マルス達がレンの元に駆け寄った。レンは、ぼぉっと天井を見つめていた。
「ここはどこ?僕…記憶がはっきりしないんだ、マルス、マルス?」
レンの目はあまり見えて無いようだった。マルスは、レンの手を取り言った。
「やっと目覚めたか、馬鹿野郎、心配させやがって…」
「村の病院で背中を診てもらった所までは覚えてるんだけど、そこから先の事が全く分からないんだ」
ヨーゼフが経緯を説明した。レンは、皆に迷惑をかけた事で申し訳ない気持ちで一杯になり涙が出た。
「ごめんよ皆、本当に心配させて…」
「もう良いじゃないか、お前が先祖返りを起こそうが起こすまいが結局ヘブンリーに来なきゃいけなかったんだから、気にするな」
と、マルスはレンを励ました。レンは、皆に礼を言い知らない人が居る事に気が付いた。シドゥである。シドゥは、レンの前に進み出て片膝をついて臣下の礼を取りながら言った。
「レオニール様、トランサー王国陸軍少尉、シドゥ・モリアであります」
「あなたがヨーゼフの言ってた人ですね、僕にはあなたの助けが必要です、よろしく」
と、レンに丁寧に言われシドゥは、どうして良いか分からずヨーゼフを見た。ヨーゼフは、うんうん頷き、頼んだぞと言った。レンが完全に回復するまでまだ時間が掛かるので、しばらくヘブンリーに滞在する事となった。
レンは、毎日ラダムの実を食べ背中に出来た傷をシーナに治療してもらっていたある日、ずっと気になっていた事をアストレアに聞いた。どうして自分の背中に羽が生え始めたのか、先祖返りとは、何なのかを知りたかった。アストレアは、遠い目をして言った。
「昔々の話しよ、マルスが居る時にお話ししましょう」
「どういう事ですか?マルスも関係するんですか?」
と、レンは聞いたが、アストレアは、にっこりするだけで答えてくれなかった。マルスは、ラーズとヨーゼフを連れてヘブンリーの町を歩いていた。
「しっかし、妙だな建物がジャンパールに似てるんだが気のせいかな?」
「そうだな、何となくだけど似てる気がするなぁ」
「トランサーの建物にも似てござる」
と、三人は、ヘブンリーの街並みを見て不思議に思っていた。小さな羽を生やした子供達が駆け回っている。大人達は、マルス達を見てひそひそと何か話している。
「ちっ、またこれだ、ドラクーンの時もそうだったが何でこいつらは俺達を見るとああやって変な目で見るんだよ」
「仕方がございません、ドラクーン人もエンジェリア人も元来人嫌いですからなぁ」
と、ヨーゼフが訳知り顔で言った。ラーズも仕方がないといった顔をした。三人は、海が見えるところまで来た。ヘブンリーは、山の上にある国で眼下には、真っ青な海が広がって見える。
「デスプル島はあっちだな」
と、ラーズが指差した。三人は、デスプル島のある方角を見つめた。
「この海でテランジンめ海賊をやりおるのか…陸から海に乗り換えおったか」
と、ヨーゼフが呟いた。シドゥ同様テランジンも陸軍少尉であった。
「レンが回復したら直ぐにテランジンに会いに行こう」
「はい殿下、あとテランジンさえ連れていければトランサー奪還、ティアック家再興も叶います」
三人は、宮殿に戻った。アンドロスが険しい顔つきで他のエンジェリア人と何か話していた。
「よう、何かあったのか?」
と、マルスが聞いた。アンドロスが真剣な顔をして言った。
「森にイビルニア人が出たそうだ」
「何?」
「ヴェルヘルムが数人殺したがまだ何人か残っているそうだ、女王様が結界を張っているからヘブンリーには入って来れないはずだが一応警戒はしなければな」
そう言うとアンドロスは、慌ただしく宮殿を後にした。マルス達は気になったが、とりあえずレンが居る女王の部屋に行った。
「あっ?!お帰り、さぁマルスが帰って来ましたよ、女王様お話しを聞かせて下さい」
と、マルスを見るなりレンがアストレアに言った。何の話しだと、マルス達がレンの傍に座った。
「レオニールがどうして先祖返りを起こしたか、それは…あっ?!」
と、アストレアが話し始めた時、急に額を手で押さえた。レン達は、急にどうしたんだと心配した。しばらく間が空いてアストレアが言った。
「け、結界が破られたわ…どうして?」
「結界が破られた?さっきアンドロスがイビルニア人が迷いの森に出たと言ってたがまさかイビルニア人が結界を破ったのか?」
と、マルスが言った。アストレアは、険しい顔をして頷き言った。
「上位者が居るみたいね…アンドロスとヴェルヘルムが居るから大丈夫だと思うけど」
「僕達も行こう」
と、レンがベッドから出ようとしたがヨーゼフがシドゥが止めた。
「若、なりませぬ、まだ完全に回復はしていないのでしょう、今はお休み下さい」
「大丈夫だよ、僕も戦う」
「レオニール様、ここは我々にお任せ下さい、閣下参りましょう」
と、シドゥは言ってヨーゼフと部屋から駆け出して行った。マルスも来るなと言ってヨーゼフとシドゥの後を追った。ラーズとシーナも出て行った。部屋に残ったのはレンとアストレアだけになった。レンは、しょんぼりしていた。
「もう大丈夫なのに…」
「駄目よレオニール、ヨーゼフの言う通りあなたはまだ完全に治っていないのよ、今は彼らに任せなさい」
と、アストレアに言われレンは、仕方なく寝る事にした。背中がズキズキと疼いた。
その頃、アンドロスとヴェルヘルム、他のエンジェリア人がイビルニア人達と対峙していた。