先祖返り
「こんな時に何故…」
ヨーゼフは、愕然としている。
「いったい何なんだよこれは?」
と、マルスはレンの背中から飛び出しているぶつぶつを指で軽く突きながら言った。ヨーゼフは、やっと大人しく寝付いたレンの傍に座りレンの手を握った。
「これは、トランサーの王族方が僅かな確率で発症すると言われております先祖返りと呼ばれる症状でござる」
「先祖返り?」
と、マルス達はヨーゼフを見た。ヨーゼフは、力なく話し始めた。ヨーゼフがトランサー国の士官学校を出て初めて就いた任務が城内の警備だった。その時、レンの曽祖父のレオーネ王が若いヨーゼフに話してくれたと言う。ティアック家やシェボット家などの王族には、極稀に先祖返りを起こす者が居るそうで、そうならないために城の中庭に植えてあるラダムと呼ばれる木の果実を時々食べなければならない。食べなければ背中から羽が生えて死ぬと言い、だからこのラダムの木を絶対に枯らしてはならないと話した。若いヨーゼフは、好奇心に駆られ恐れながらとレオーネ王にラダムの実を食べてみたいと言った。レオーネ王は、クスクス笑ってヨーゼフに自らもぎ取ったラダムの実を与えた。若いヨーゼフは、有り難く頂き一口食べた。びっくりするほど不味かったそうで国王の手前吐き出す事も出来ず無理やり飲み込んだ。レオーネ王は、ゲラゲラ笑いながら、この果実をまともに食べれるのは我々しか居ないと言った。そのラダムの実を食べたヨーゼフは、その日一日中口の中が変になったと言う。
「食べないと羽が生えて死ぬって…どういう事だよ、じゃあティアック家の先祖って鳥か?そんな馬鹿な話しがあるかよ」
と、マルスが先ほど拾った羽を見て言った。そしてもう一度レンの服を捲り背中を見た。
「ちょっと待ってくれ、羽が生えてるぞ」
「確かに羽だな…」
と、マルスとラーズがまじまじとレンの背中を見た。ぶつぶつが白い羽に変わっている。
「んじゃあそのラダムの実ってのを食べたらレンは治るんだな?」
「ちょっと待て、おかしいぞ本当にそれはラダムの実だったのかな、ラダムの木ってヘブンリーにしか生えてない木だぞ、聞き間違いじゃないのかヨーゼフさん」
と、ラーズが言った。ヨーゼフは、首を横に振り確かにラダムの実だと言った。
「とにかくそのラダムの実がヘブンリーにしか無いんだったら急がねぇとレンが鳥になっちまうじゃないか」
「ま、まさか鳥にはならぬとは思いますが、確かに急がねば若のお命が危のうございます」
夜も更けていたがマルス達は、宿屋を出た。宿屋の主人が何となくマルス達にこんな夜更けにどこに行くんだと聞いた。マルス達は、今から迷いの森に入りヘブンリーに行くと言ったら主人は、必死でマルス達を止めた。昼間でも危ない森なのにこんな夜更けに行くとは考えられないと言い森には化け物が出るとも言った。
「化け物ならここに来るまでにいっぱい見て来たから今更何を見ても驚かんさ、じゃあな」
と、マルス達は、宿屋を後にした。マルスは、レンと一緒に馬に乗った。村を出て迷いの森と呼ばれる森の目の前まで来た時、レンがぶつぶつ何か言い出したが、何を言っているのか分からない。赤ん坊の様な声を出している。フウガにあやされている夢でも見てるのだろう。
「おい、とうとう赤ん坊にまでなったぞ」
と、マルスは、皆に言った。そして、マルス達は、迷いの森に入った。夜なので一層不気味さを増している。宿屋の主人が言っていた化け物が出るかも知れないとマルス達は、警戒しながら森の中を進んだ。時折、あちこちでガサガサと聞こえた。森の動物達がマルス達に気付いて逃げているのだろう。構わず進んで行くと誰かに見られている気がした。
「さっきから誰かに見られてる気がするんだが」
「殿下もですか、拙者も先ほどからそんな気がしてなりませぬ」
マルス達は、馬の歩みを止めた。シーナが意識を集中して周りの気配を感じ取っている。
「確かに誰かいるみたいだよ」
と、シーナが目をきょろきょろさせて言った。どこに居るかは分からない。
「イビルニア人か?」
と、ラーズが聞いた。シーナは、首を横に振り違うと答えた。
「そうだな、あの嫌な感じはしないな…しかし何だろうこの不思議な感じは?」
「確かにイビルニア人ではないようですな」
と、マルスとヨーゼフは、辺りを見回しながら言った。とにかく先に進もうと森の中を東に向かって馬を進めた。森の中の道は、いつしか坂になっていた。馬が疲れを見せ始めたので少し休憩する事にした。この頃には、夜が明けていたが、森の中は薄暗い。レンは、眠っているようだった。
「しっかし、さっきから同じところを何度も登ってる気がするんだが、気のせいか?」
「左様、確かにそう感じますな」
マルスとヨーゼフが言うとラーズが、レンの頭を撫でながら言った。
「俺達認めてもらってないんじゃないか…ヘブンリーの連中に」
「そうか…でも認めてもらおうがもらうまいが俺達はレンにラダムの実を食べさせねぇと駄目なんだ、絶対に行ってやる」
と、マルスは力強く言った。馬達が元気を取り戻したのでマルス達は、また進み始めた。しかし、一向に森の中の景色が変わらず同じ道を何度も何度も通っている気がしてならなかった。
「やっぱり同じ道を通らせれてるな、ちくしょう」
と、マルスが文句を言った時、シーナが叫んだ。
「兄ぃ!?前になんか居るよっ?!」
「ん?うわぁ何だありゃ?」
マルス達の目の前から何かが突進して来て襲い掛かって来たのだ。
「あぶねぇっ!」
と、マルスは、レンを抱きながら馬から飛び降りた。ヨーゼフもラーズも飛び降り剣を構えた。レンをシーナに任せ、マルスも叢雲を抜き放った。
「まさかこいつが宿屋のおやじが言ってた化け物って奴か?」
と、ラーズは、宿屋の主人の話しを思い出し言った。その化け物の姿は、巨大な白い獅子で頭に角が一本生えていた。
「ふん、化け物にしちゃあ、なかなか格好良いじゃねぇか、邪魔するなら殺してやる」
マルスは、そう言うと真空斬を放った。白い獅子は、素早く避けマルスに襲い掛かった。マルスは、叢雲で直接斬った。確かに手応えはあったが、致命傷には至らず白い獅子は、飛び下がりマルス達から距離を取った。獰猛な唸り声を上げ誰に襲い掛かろうか隙を見ている様だった。今度は、ヨーゼフが真空斬を放った。また素早く避けられたが白い獅子は、ヨーゼフに向かって来ずラーズに襲い掛かった。ラーズは、白い獅子の顔目掛けて斬りかかったが、前足で弾かれ体当たりを食らった。もう少しで頭の角が突き刺さるところだった。
「うう、痛ぇ」
と、体当たりを食らい飛ばされたラーズは、木に背中からぶつかった。さらに白い獅子が膝立ちになっているラーズに襲い掛かったところで、マルスとヨーゼフが真空突きを放った。真空波が白い獅子の身体にまともに当たったが貫通せず横に吹っ飛んだだけだった。白い獅子は、すぐさま体勢を整え前足で地面を掻くようにしてマルス達を威嚇した。
「どうなってんだこいつ、真空突きが当たったのに貫通しねぇ」
「ううむ直接斬って殺すしかないようですな」
と、マルスとヨーゼフが言い二人は、ゆっくりと白い獅子との間合いを詰めた。ラーズも立ち上がり剣を構えつつ間合いを詰めた。三人は、白い獅子を取り囲んだ。そして、一斉に斬りかかった瞬間、白い獅子は、全身から強烈な光を発した。バーンと音が森の中に鳴り響いた。マルス達は、吹っ飛ばされ木に身体をぶつけた。
「ううううぅぅ、痛ぇぇぇ」
「ぐぐぐ…」
「な、何だ今のは?痛ぇ…」
倒れているマルス達を見て白い獅子は、また前足で地面を掻き威嚇した。その様子を見たシーナが龍の姿に変身した。
「ごめんね殿様、兄ぃ達のところへ行くね」
と、シーナは、眠るレンに言ってマルス達の元へ走って来た。
「シーナッ!?」
「皆、大丈夫?ぼくも戦うよ!」
と、シーナは、白い獅子に爆炎を吐き飛び掛かった。カイエンにみっちりと戦い方を教えてもらっている。シーナは、白い獅子の首を絞めた。そのまま絞め殺そうとしたが、白い獅子はシーナを振りほどこうと暴れに暴れた。そこら辺の木々にシーナをぶつけ、木々がメキメキと音を立てて折れる。シーナは、自ら離れまた爆炎を吐いた。白い獅子が炎を嫌がり飛び下がった。マルスとヨーゼフが真空斬で援護する。ラーズは、自分の出る幕じゃないと思いレンの傍でマルス達を見守った。白い獅子が疲れて来たのか動きが鈍くなった。マルス達にも疲労の色が見えて来たが、ここで引く事は出来ないと最後の力を振り絞り勝負に出た。
「こいつを倒さねぇと先に進めない、一気にやるぞ!」
と、マルスがヨーゼフとシーナ言い真空斬を放った。白い獅子は、間一髪避けたがヨーゼフの放った真空突きが直撃しその場に倒れ込んだ。そこにシーナが最大級の爆炎を吐いた。炎に焼かれもがき苦しむ白い獅子を見てマルス達がやっと倒したと思った瞬間、白い獅子は、マルス達に向かって駆け出した。
「何?まだ死なねぇのかよ!うわっ!?」
白い獅子が光を放った瞬間ドーンと爆音を立て煙が立ち込める。煙が消えるとそこには、悠然と立つ白い獅子の姿があった。マルスとヨーゼフ、そして元の姿に戻ったシーナが倒れていた。
「皆…やや、やられた…ちくしょう…ちくしょう…おいレン、マルス達がやられた…目を覚ませ、レン」
と、見守っていたラーズが泣きながらレンを起こそうと身体を揺さぶった時、背中に不思議な気配を感じた。慌てて振り向くと白い服を着た赤毛の長身の男が立っていた。背中に大きな翼があるのが分かった。
「あああ、まさか…天の…民」
「今はもう休みなさい」
と、男は言うと、手をラーズの顔の前にかざした。ラーズは、眠るようにその場に倒れ込んだ。その様子をマルスは、薄れゆく意識の中で見ていた。男がこちらを振り向くといつの間にか現れた白い服を着た男達がレンとラーズを運んで行く。マルスは、必死で立ち上がろうとしたが立てず腕だけを伸ばした。
「ま、待て…レン達をどこへ連れて行く気だ…待ちやがれ…」
マルスの腕を白い獅子が前足で押さえつけマルスの頭に噛みつこうとした。
「よせ、ヴェルヘルム」
と、男が言うとヴェルヘルムと呼ばれた白い獅子は、噛むのを止めマルスから下がった。
「だ、誰だてめぇは…レンとラーズをどこへ連れて行った」
「ヴェルヘルムをここまで怒らせたのは君達が初めてだな、ところであの眠っていた少年は先祖返りを起こしていたのか?」
「何でそれを…お、俺達は、あいつの先祖返りを治すためと女王に会うためにここまで来た…」
「そうか…分かった…今はもう休むが良い」
そう言ってラーズにやった様に男はマルスを眠らせると他の男達に運ばせた。男は、ヨーゼフとシーナを見た。二人とも意識が無いようだった。
「ヨーゼフ・ロイヤーにドラクーンの娘か…」
そう言うと男は、ヨーゼフとシーナを運ばせた。この場に男とヴェルヘルムだけが残った。
「滅多に人は来ないからな…しかしやり過ぎだぞヴェルヘルム…まぁ良い、行きなさい」
と、男は、ヴェルヘルムの頭を撫でながら言った。ヴェルヘルムは、森の中へと消えて言った。
「先祖返りを起こしていた少年…ティアック家の子だな、生きていたのか」
と、男はつぶやくと、レン達を運んで行った男達の後をゆっくりと追って行った。




