奇妙な約束
ザマロ・シェボットは、レオン達五人の亡骸を城下町の広場に運ぶよう反乱兵に命じた。晒して火炙りにするつもりだ。
「大臣、じゃなかった国王陛下、レオン様とヒミカ様の手が離れません」
と、一人の反乱兵がザマロに告げた。ザマロは、大臣と言われた一瞬ムッとした顔をしたが気を取り直した。そして、レオンとヒミカの亡骸を見た。確かに手を固く握り合っている。
「いかが致しましょう?」
「ふうむ、まぁ…良いだろう、そのまま運べ」
ザマロにも多少の良心が残っていたのだろう、手を切り離せとは言わなかった。
レオン達が壮絶な死を遂げた頃、フウガとジャンパール人武官は、港に向かって森の中を駆けていた。フウガ達は、森に入るまで歩いたが、ザマロ達から見えなくなったと確認するや一気に駆け出していた。
「急げ急げ、必ず追っては来るぞ」
と、フウガは、あのイビルニア人が自分がレオニールと不死鳥の剣を持っている事に気付いていると確信していた。
「やはり気付かれておりますか?」
と、武官は、走りながらフウガに問うた。フウガも走りながら返事をする。
「ザマロは、知らんがイビルニア人はずっとわしを見ておった」
木の根や岩に阻まれ、思うように進めない。しかし、行くしかない。このまま真っ直ぐ降りて行けば港が見えるはずだ。
「閣下、海が見えましたぞ」
と、武官がフウガに言った時、後方から声がした。
「いたぞっ!捕らえろ」
イビルニア人率いる反乱兵五人が追いついて来た。
「閣下、ここは拙者が引き受けます、先に行って下さい」
武官は、そう言うと刀を抜いて立ち止まった。
「止せ、逃げるぞ」
フウガは、止めたが武官は、首を横に振り断った。
「拙者が食い止めますゆえ、閣下は早ようお逃げ下さい、レオニール様をジャンパールに」
「ううぅ、すまぬ、武運を!」
と、フウガと武官の最後の会話になった。武官は、追手の反乱兵五人をあっという間に斬り伏せた。しかし、イビルニア人は、なかなか倒せない。とにかくフウガを無事に逃がせれば良い、武官は、そう思っていた。イビルニア人は、真っ黒のフードを目深に被っていて顔の表情が解らない。どこをどう攻めてくるか解らない。武官は、イビルニア人に散々斬りつけられた。立っているのがやっとだった武官は、渾身の力を込めてイビルニア人に斬りかかった。
「ジャンパール魂、見せてくれるわっ!」
イビルニア人は、武官の放った攻撃を紙一重でかわした瞬間、イビルニア人が左手に装備している独特の武器、鉄の爪が武官の胸を貫いた。そして、右手に持った剣で武官の首を斬り落とした。
森の中を駆け抜けていたフウガは、やっと港へと続く道にたどり着いた。陽は、かなり高く上っている、もう少し行けば民家も現れるだろう。馬でも繋いであれば良いがと考えていた。道なりに走っているとフウガの腕の中でレオニールが急に泣き出した。
「おおぉ、こんな時に、頼む泣かないでおくれ」
と、フウガは、慣れぬ手つきでレオニールをあやしたが、一向に泣き止まない。困り果てたフウガは、そのまま走る事にした。そして、やっと民家の屋根が見え始めた時、後ろに得体の知れない気配を感じた。その瞬間、レオニールは、ぴったり泣き止んだ。フウガは、ゆっくりと振り向いた。イビルニア人が武官の首を持って立っていた。
「連れを置いて逃げるなんて酷いじゃないか」
フードで顔の見えないイビルニア人が武官の首をフウガに向けて言った。目は、見開いたままだ。
「どうして欲しい?」
と、イビルニア人は、唐突にフウガに聞いた。
「どうして欲しいとは?」
フウガは、身構えて問い返した。既に刀は、抜いてある。イビルニア人は、顎に手をやりフウガをジロジロと見ている。レオニールと不死鳥の剣は、マントで隠してある。
「その左腕に隠してある物を渡してくれたら君の命は助けてあげよう」
「何の事かな?」
無駄だと解りつつもフウガは、すっとぼけた。イビルニア人は、空を見上げた。青白い顎と首筋が見えた。しばらく空を見上げていたイビルニア人は、またフウガをジロジロと見始めた。
「やっぱり簡単には渡してくれないか、ハハハ」
と、イビルニア人は、言って甲高い笑い声を上げた。
「ボク、ザマロが大嫌いなんだ、あいつに言われてここまで君を追ってきたけどあんなやつの言うとおりにするのは真っ平ゴメンだ」
「で、どうするのか?」
と、フウガは、警戒しつつ問うた。どんなタイミングで攻撃を仕掛けてくるか解らない。
「見逃してやるよ、君もその左腕の中の物も」
「えっ?」
フウガは、意外だった。まさかイビルニア人の口から見逃すと言われるとは考えもしなかった。
「ザマロには感謝してるよ多少ね、半島を包んでいた結界と封印を解いてくれたんだから、まぁ実際にはザマロの手下が解いてくれたんだがね」
「少なからず恩義は感じていると言う事か?」
フウガは、困惑した。今、普通にイビルニア人と会話をしている。目の前にいるイビルニア人は、本物のイビルニア人なのか解らなくなってきた。
「まぁそう言う事さ、でもボクはザマロが大嫌いだ、あいつが偉そうに命令してくるたびに殺してやりたいと思うよ、しかしマスターが謀反に協力してやれって言うから仕方なしに従ってるだけなのさ」
イビルニア人が「マスター」と、言った時、フウガは一瞬凍りついた。マスターとは、イビルニア人の総大将でイビルニア国を統治するサターニャ・ベルゼブと言う史上最悪の悪鬼の事だ。フウガは、目の前のイビルニア人が本物のイビルニア人である事を改めて痛感した。
「マスターから謀反に協力してやれとは言われたけど、君の左腕の中にある物までどうしろとは言われていない…ここから先はボクの楽しみになるんだけど、十五年待ってやる」
と、イビルニア人が言った。フウガは、ただじっと話を聞いている。
「十五年、せいぜい腕の中の物を鍛えておくんだな、十五年後に君と腕の中の物を殺しに行くよ」
「十五年も時間をくれると言うのか、そりゃありがたいな」
「約束したぞ!」
「よかろう、約束だ」
フウガは、早く話を切り上げてこの場から離れたかった。
「そうそう、見逃す代わりに何か証拠になる物が欲しいな、王子を殺した事にする為の…」
と、イビルニア人が言った。フウガは、イビルニア人を警戒しつつレオニールのおくるみを取った。
「これで良いか?」
と、フウガは言っておくるみをイビルニア人に投げ渡した。
「これでけっこう、後はボクが上手く細工してザマロを誤魔化すよ、その代わり忘れるなよ十五年後の事を約束したぞ」
「解った、覚えておこう、確かに約束した」
と、フウガは、落ち着いて答えた。
「んじゃあ、ボクは行くよザマロの奴うるさいからね」
と、イビルニア人は、言って森の中へと消えた。フウガは、イビルニア人が見えなくなるまで見送った。気が変わって襲ってくるかも知れない。見えなくなるのを確認してフウガは、また港へと走り出した。肌着だけになったレオニールがフウガの腕の中で「きゃっきゃ」と、はしゃぎだした。フウガは、泣かれるよりマシだと思い気にせず走った。
「しかし、我ながら変な約束をしてしまったな」
と、フウガは、独り言を言った。