異変
ヘブンリーに向けて馬を歩かせていたレン達は、途中小さな町に立ち寄っていた。そこには、ラーズが幼い頃に乳母をしていた老婆が居て、ラーズが久しぶりに会いたいと言ったからだった。
「婆や、元気そうで何よりだよ」
と、ラーズが婆やの手を握り言った。婆やは、数年ぶりに見たラーズが父インギ王に勘当されたと聞いていたので心配していた。
「ラーズ様がお父上に勘当されたと聞いてわたしゃ心配で心配で」
と、ラーズの手を握り返し言った。ラーズが勘当は解けた事を説明すると婆やは、泣いて喜んだ。
「それは本当に良うございましたな、ところでこちらの方々は?」
と、婆やは、レン達を見て言った。ラーズがレン達を紹介しヘブンリーに行く途中だと言うと驚いた。
「まぁヘブンリーに?それは大変ですね、迷いの森は危険な森ですよ、お止めになられては」
「そうもいかないんだよ婆や、行ってヘブンリーの女王に会わなきゃならない用があってね、それに皆が一緒だから大丈夫さ」
と、ラーズがレン達を見て言った。婆やは、レン達を見て王子をどうか守って下さいと言った。レンは、婆やを見ているとフウガの妻マーサを思い出し泣きそうになった。レンが八歳の頃、病死している。レン達は、婆やに別れを告げヘブンリーに向かった。ラインの館を出た頃からレンは、妙な咳をするようになっていた。
「ごほっごほっ、はぁぁ、ごほっごほっ」
「何だ最近よく咳をするなぁ大丈夫か?」
と、マルスがレンに聞いた。レンは、大丈夫だと言ったが顔色が悪い。ラーズは、まさかソフィアの病がうつったのかと思った。
「レン、胸が痛くなったりしないか?」
と、ラーズは、ソフィアが胸が痛いと言っていたのを思い出し聞いてみた。
「うん、全然痛くないよ、でも背中がちょっと痛いかな」
「胸は大丈夫なんだな、良かったでも何で背中が痛むんだ?」
「分からないよ、ランドールに来た頃から何だか痛む事があったんだ」
と、レンは、言った。迷いの森の近くに村があるのでそこに居るはずの医者に診てもらおうと言う事になり急いだ。レンは、大丈夫だと言ったがヨーゼフが聞かなかった。
「若は、いずれトランサーの国王になられまする、もしもの事があってはなりませぬ」
そして、もう直ぐ村に到着するというところでレンの身体に異変が起きた。村に続く街道を皆で進んでいるとレンが急に馬を街道脇の原っぱに駆けさせた。マルス達は、急にどうしたんだろうとレンを見た。マルスは、小便でもしたくなったのかと思ったがレンは、馬から降り前かがみになった。嘔吐している。
「おいレン、大丈夫か?」
と、マルス達が馬で駆け寄る。レンは、胃の中の物を全て吐き切ったが、まだ吐き気が治まらないようだった。
「な、なんだみんな来ちゃったのか…こんな物見せたくなかったから…離れたのに…はぁはぁ…ううう、うえぇぇぇぇ」
と、レンが最後に吐こうとするとその場に倒れ込んだ。
「おい、しっかりしろ!」
と、マルスとヨーゼフが慌てて馬から飛び降りレンを抱き起した。顔が真っ青になっていて汗を拭き出し目が虚ろいでいる。マルスは、持っていた水筒の水でレンに口をすすがせ、水を飲ませた。
「あ、ありがとうマ、マルス…はぁはぁ…もう大丈夫だから」
と、レンは言って立ち上がろうとしたが力が入らないのか立てないでいた。マルスは、先に馬に乗りヨーゼフとラーズにレンを自分の馬に乗せてもらい村に向かう事にした。
「殿様どうしちゃったの?」
と、シーナは、泣きそうな顔をして言った。
「全く分からんな、単なる風邪ならまだましだがどうも風邪じゃないみたいだし、とにかく急ごう」
と、マルスは言うと馬を少し早足にして村に向かった。村に到着すると直ぐに村の医者に診せた。医者は、レンの目や口の中を見て、喉と腹を触ってみたが思い当たる病気が無いと言った。
「背中が痛むと言っていたな、先生背中を見てやってくれ」
と、ラーズが医者に言った。
「ふむふむ、背中ですか…何ともない…あれ、これは…」
と、医者は、レンの美しい背中を見て触り肩甲骨の辺りを触って妙なこぶを見つけた。こぶと言っても小さなものだった。こりこりしている。レンの顔が苦痛で歪んだ。
「痛むかね、何だろう…こんなの初めてだよ」
と、医者が言った。医者は、ここに来るまでの様子をマルス達に聞き咳止めと胃薬を渡した。この日は、村の宿屋に泊る事にした。レンを寝かしシーナに看病させマルス達は話し合った。
「これからどうしようか、あいつが急に病気になるなんて思いもしなかったしな」
「左様でございますなぁ、しかし…背中が痛み、肩の骨のこぶ…ふうむ何かあったような…」
「何だヨーゼフさん、知ってるのか?」
と、しきりに何か思い出そうとしているヨーゼフを見てラーズが聞いた。その時、レンの看病をしていたシーナが慌てた様子でマルス達を呼んだ。
「ちょ、ちょっと皆来て、殿様がおかしくなっちゃったよ」
「何?」
と、マルス達が様子を見に来た。レンは、両手を上げ何か掴もうとしてぶつぶつと言っている。
「何だ、ただの寝言じゃねぇか、夢でも見てんのかな…ん?」
その寝言を聞くとレンが一番印象的だった事の様だった。
「マ、マルス大丈夫か、君に何かあったら僕は皇帝陛下達に顔向け出来ない…」
と、ドラクーンでマルスがジルドに脇腹を刺された時の夢でも見ているようだった。
「…あなたのせいで僕のおじいさんは死んだ、返して下さい…おじいさんを返せ!」
と、今度は、マルスに捕まえられレンの目の前に引き出されたカロラ侍従の夢を見ているようだ。
「エレナ…僕、ホントにエレナと付き合ってるんだよなぁ…ふふふ夢みたいだ」
と、エレナと付き合い始めた頃の夢を見ているようだ。どうやら記憶がさかのぼっているようだった。
「何だ?…ここまで来る間の出来事の夢か」
と、マルスは言って何かを掴もうとするレンの手を握った。レンの顔が穏やかになったが、しばらくして何だか急に幼児の様な顔つきになった。
「何でこんな格好させるのマルス?僕は男だよ、スカートなんて…」
マルスとラーズが顔を見合わせた。
「こ、こいつまさかあの時の事まだ覚えていたのか」
「ううむ、どうやらその様だな」
と、マルスとラーズが言った。ヨーゼフとシーナが二人を見た。
「どこに行くの?駄目だよお城から出ちゃ、怒られるよ…あれ?マルス、ラーズどこに居るの?…おじさん止めて、変なところ触らないで、止めて!僕は男だ!マルス、ラーズ、おじいさーん助けてぇ!」
レンが泣きながら助けを呼んでいる。ヨーゼフとシーナが何があったのか二人に聞いた。マルスとラーズがばつの悪そうな顔で説明し始めた。レンが五歳でマルスとラーズが八歳の頃だった。ラーズはたまたまジャンパールに遊学に来ていてフウガがレンを連れ城に来た時、三人はよく城で遊んでいた。マルスはどこから持って来たのか分からない女物の子供服をレンに無理やり着せた。
「な、ラーズこいつ女みたいだろ、絶対に分からないからちょっと町を歩いてみようぜ」
「面白そうだな、あははは」
と、嫌がるレンを二人は、無理やり城から連れ出し城下を歩いた。レンを先に歩かせマルスとラーズは、少し離れて後に付いて行く。誰もレンが男の子とは気付かない。そして、ある中年の男がレンに近付き何か話しかけてレンの手を取ってどこかへ連れて行こうとした。マルスとラーズは、不味いと思い後を追いかけようとしたが人混みに阻まれ見失ってしまった。二人は、辺りを探し回ったが全く見つからず、怒られるのを覚悟でこっそりフウガに相談した。フウガは、血相を変えて軍の若い兵士数名を連れて探しに出た。マルスとラーズもフウガに付いて行った。見失った場所からそう遠くない路地裏でレンと中年男を発見した。発見された時のレンは、スカートをめくり上げられ下半身を露わにされて泣き叫んでいた。それを見るやフウガは、一目散に走って行き中年男を殴り倒しレンを抱きかかえた。フウガは、中年男を軍部に連れて行くよう若い兵士達に命じた。この後、中年男は、フウガに記憶を消された。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁん、おじいさーん」
と、レンが夢の中でフウガに抱き付いて泣いているのだろう、そんな仕草をしている。話しを聞いていたヨーゼフの顔が険しくなった。そして、冷めた目でマルスとラーズを見た。
「そ、そんな目で見るなよ、子供の頃のちょっとした悪戯だったんだよ、なぁラーズ」
「あ、あれはお前が考えた事だろ…お、俺は…」
と、マルスとラーズは言ってヨーゼフから目を逸らした。
「お二人は、これまで若に何をして来たのですか?」
と、ヨーゼフは、眉間にしわを寄せて聞いた。
「おじいさん、マ、マルスがマルスが…」
と、またレンがマルスに悪戯された事を言い出した時、マルスがレンの口を塞いだ。
「もう、何もしゃべるな」
口を塞がれてもごもご言っているレンの様子がまた急変した。今度は、苦痛に耐えている様だった。レンは、ベッドの上でバタバタとのたうち回り背中が痛むのか自分の背中を触ろうとする。そこでふと、マルスが床に何か落ちている物に気が付いた。何だろうと思い指で摘み上げた。
「…は、羽?何でこんな所に鳥の羽が落ちてるんだ…ああぁ?!」
と、マルスは、レンの背中から血が滲んでいる事に気付いた。のたうち回るレンをラーズとうつ伏せにして押さえ込み服を捲り上げると肩甲骨の辺りからぽつぽつと、皮膚を突き破って小さい何かが
飛び出していた。
「ななな、何だこりゃ?!」
「気持ち悪い、何なんだこのぶつぶつは?」
と、マルスとラーズがレンの背中を見て言った。シーナは、どうして良いのか分からずただ茫然とレンの背中を見つめていた。ヨーゼフは、震えながら言った。
「ま、まま、まさかこんな時に…何と言う事じゃ…」
「ヨーゼフ知ってんのか?」
と、レンを押さえつけながらマルスが言うとヨーゼフは、静かに頷いた。