ラインの館
ソフィアを埋葬してラインの住む館に向かう途中レン達は、兵隊がやたらと多くなっている事に気付いた。ラーズは、兵士を一人引き留めて何かあったのか聞いてみた。
「ラーズ王子、お父上が軍を率いて今、川の向こうに陣取っているんですよ」
「何、父上が?」
ラーズは、驚いた。確かに北と南は戦闘状態だったが、まさか父インギ王自ら軍を率いて来るとは思ってもみなかった。
「おい、あんた今から川に向かうんだろ?だったらインギ王に伝えてくれ、占い師のグラウンとか言う野郎の正体が分かったと、イビルニア人だ、ラインの事は俺達に任せろとな」
「ええ?!イビルニア人が…あなたは?」
「俺は、ジャンパールのマルス・カムイだ、俺からの伝言だと言ってくれ」
「あなたが、わ、分かりました、お伝えします」
と、兵士は言って川に向かって行った。レン達は、ラインの館に急ぎ向かった。館の警備をしているラインの家来に至急ラインに会わせるよう頼んだ。
「しかし、グラウン殿が何と言うか…彼の占いでは殿は誰にも会ってはいけないそうで…」
「馬鹿野郎、グラウンの正体はイビルニア人だ、早くライン公に会わねば大変な事になるんだぞ」
と、ラーズが家来を怒鳴りつけた。 「何ですって?グラウン殿がイビルニア人…そんな馬鹿な」
「つべこべ言わずに俺達をラインの所に連れて行け」
と、今度はマルスが怒鳴った。怒鳴られた家来は、慌てて門を開けレン達を通し館の中へと案内した。
「こちらが殿のお部屋です」
「退けっ!」
と、ラーズは、家来を押し退け、部屋の扉を開けた。部屋の中は何とも言えない匂いが充満している。
「ごほっごほっ、な、何だこれは?」
「いかん、この匂いを嗅いではいけませぬ」
と、ヨーゼフが皆に言った。レン達は、直ぐに部屋の窓を開けて回った。部屋の真ん中で椅子に座りぼんやりしている男が居た。ライン・スティールである。ラーズは、ラインに駆け寄った。
「叔父上何をしてるんですか、叔父上っ!」
と、両肩を持ち揺さぶった。
「んん?何だラーズじゃないか、お前の女はどうした、元気にしてるか?」
「叔父上、占い師のグラウンはどこですか、あいつの正体が分かったんです」
と、ラーズは、ぼんやりとしているラインに言った。ラインがヘラヘラ笑って何か言おうとした時、部屋のもう一つの扉が開きフードを目深に被った者が現れた。
「貴様ら何をしている、この部屋には入るなと…お前はヨーゼフ・ロイヤー」
と、フードの男がヨーゼフに気付き言った。グラウンことグライヤーである。
「久しいのう、グライヤーまたお前を斬る事になるとはな」
と、ヨーゼフが刀を抜きながら言った。レンとマルスがグライヤーを囲んだ。ヨーゼフは、刀を静かに構えて言った。
「ランドールを南北に別けて何を企んでおるのか知らんが、おのれの思い通りにはさせん」
その頃、マルスの伝言を預かった兵士は、馬でインギ王が陣取る川に向かって北に駆けていた。橋の上の南ランドールの兵士が止めた。
「おい、どこへ行く、向こうには陛下が陣を張っておられるのだぞ」
「分かっている、その陛下にジャンパールのマルス皇子の伝言を伝えに行くのだ、頼む通してくれ」
橋の上の兵士は、マルスと聞いて通してやった。元々やる気のない戦争である。橋を渡った兵士が今度は、北ランドール兵に止められた。マルスの伝言を伝えに来た兵士は、戦いに来たのではない事を説明した。
「とにかく陛下にお目通り願いたい、事は一刻を争うのです」
と、マルスの伝言を伝えに来た兵士の顔を見てただ事ではないと感じた北ランドール兵は、直ぐにインギ王の陣に案内した。
「ラインの兵が余に何の用だ?」
「陛下、ジャンパール皇国のマルス皇子からの伝言でございます、ライン公の占い師、グラウンの正体はイビルニア人です、そしてライン公の事は俺達に任せろと申されていました」
「な、何とイビルニア人だと?」
インギは、思わず椅子から立ち上がり言った。
「こうしてはおれん、師匠も居るから大丈夫だとは思うが余もラインの館に行くぞ、馬引けい」
と、インギは、側近三名を連れてラインの館に行く事に決めた。周りの者は止めたが聞く様な王様ではない。インギは、側近三名と伝言を伝えに来た兵士と共にラインの館に向かった。驚いたのは南ランドール兵達である。国王自ら馬に乗って攻めて来たのかと思った。
「退け退けぇい、イビルニア人を退治しに行く、退かぬかぁ」
と、インギは叫びながらラインの館に向かった。ラインの館では、レン達がグライヤーと戦っている。ドラクーンで会ったジルド同様かなり手強い。ラーズとシーナは、ラインを部屋の隅に移動させレン達の戦いを見守っていた。
「やっぱり上位者ともなると手強いな」
「うん、この部屋じゃ真空斬も撃てないし」
レンとマルスがグライヤーとの距離をじりじりと縮めながら言った。そこへラインの家来達が駆けつけて来た。
「何事ですか、ああぁグラウン殿、あんた達何をしてるんだ」
と、何も知らない家来が言った。
「馬鹿野郎、こいつの正体はイビルニア人だ、お前達の殿様はこいつに操られていたんだよ」
と、ラーズが言った。家来達は信じられないといった顔をした。
「ちっ、もう少しでこの南ランドールを乗っ取る事が出来たものを」
グライヤーが苦々しい顔をして言った。ヨーゼフが猛然と斬りかかった。グライヤーは、おそらく何かの金属で出来ているのであろう杖で攻撃を受け止め競り合いになった。
「南ランドールを乗っ取ってどうするつもりじゃった」
「ふん、知れた事、マスターのためにこの国の連中には大いに働いてもらう、それだけだ」
「ベルゼブの事か」
と、ヨーゼフはマスターと聞いて背筋が凍る思いがした。イビルニア国に君臨する史上最悪の悪鬼、マスターサターニャ・ベルゼブである。
「トランサーのザマロ・シェボットが封印と結界を解いてくれたおかげで我々はまたこの地上に出る事が出来た、ザマロには感謝してるよククク」
「おのれぇ」
ヨーゼフは、力任せにグライヤーを押し退けた。二人の間に間合いが出来た。
「すげぇな…」
「か、関心してる場合じゃないけど…僕達じゃ…」
と、レンとマルスがヨーゼフとグライヤーの戦いを固唾を飲んで見守っている所へインギが駆けつけて来た。
「ライン、ラインはどこだ!出て来い」
「父上、叔父上はここです」
と、ラーズが部屋の隅から声をかけた。インギはラインを確認するとヨーゼフの隣りに立った。
「し、師匠、イビルニア人と言うのはグライヤーの事だったんだな」
と、インギは言って剣を鞘から抜いた。グライヤーは、わざと驚いた様に言った。
「おお誰かと思えばフウガとヨーゼフの尻にくっついてた小僧か、いつ会いに来るかと楽しみにしてたぞ、フフフフ」
「あの頃の俺と思うなよ、おらぁぁぁぁ」
インギが鋭く斬りかかった。グライヤーは、その攻撃を受け止め弾き返すが絶え間なくインギが攻撃を仕掛ける。
「ホホホ、やるようになったな、しかしっ!」
インギの攻撃を巧みに受けかわすグライヤーは、インギが攻撃を仕掛ける一瞬の隙を見切り杖でインギを突き飛ばした。幸い鎧を着ていたので衝撃は軽く済んだ。
「はぁはぁ…」
「インギ殿、少し休みなされ」
と、突き飛ばされ膝立ちになったインギにヨーゼフが言った。レンとマルスは、自分達もグライヤーに攻撃しようと隙を探っている。レンとマルスは、二人同時に攻撃を仕掛ける事にした。息を合わせ同時に斬りかかった。グライヤーは、杖で二人の攻撃を受けた。二人は、インギの様に絶え間なく攻撃を仕掛ける。しかし、グライヤーは、容易く攻撃を受け流す。
「ホホホホ、二人同時でこの程度か、笑わせる、それっ」
と、グライヤーは、二人の攻撃を弾き返すと杖でマルスの腹に強烈な突きを入れた。まともに受けたマルスは、壁際まで飛ばされ気を失った。
「マルスッ!この野郎」
と、レンは、グライヤーに猛然と斬りかかった。マルスをやられた怒りで無意識に気が爆発したのだろう斬鉄剣の刀身が淡く光っている。本来ならばかなり強烈な真空斬や真空突きを放てる状態だがレンは、放とうとせずグライヤーに斬りかかる。
「おらぁぁ!」
と、レンは、気合と共にグライヤーに斬鉄剣を振り下ろした。杖で受けようとしたが斬鉄剣は、杖を叩っ斬りグライヤーの右肩から胸の辺りまで切り下げた。
「ぐうううう、小僧まさかそれはフウガの斬鉄剣か…使いこなせるとは、小僧何者だ」
「僕は、フウガ・サモンの孫、レン・サモンだ!」
と、レンは、素早くグライヤーから斬鉄剣を引き抜き首を斬り落とそうと斬鉄剣を右に振るった。グライヤーは、紙一重でかわし隠し持っていた短剣でレンの右腕を斬り飛ばした。
「うわぁぁぁぁ」
レンの右腕が斬鉄剣を持ったまま床に落ちた。
「若っ!」
「殿様ぁ」
ヨーゼフとシーナとインギがレンに駆け寄った。グライヤーは、斬られた右肩から溢れ出るどす黒い血など気にもしないでほくそ笑んでいる。
「まさか斬鉄剣を使える孫が居たとはな、ハハハしかし、もう使えまいハハハハハハ」
「うううぅぅぅぅ」
レンは、斬り落とされた右腕を押さえ痛みに耐えていた。
「おのれぇ…」
ヨーゼフは、怒りで鬼の様な形相になった。インギは、剣を構え斬りかかろうと間合いを詰めた。シーナが素早く床に落ちているレンの右腕を拾い切り口に合わせた。
「そんな事をしても繋がらんぞお嬢ちゃん…まさか、ドラクーンの小娘か」
グライヤーは、シーナの光る手を見て驚いた。その瞬間インギが斬りかかった。
「貴様は生きて帰さんぞ」
「この場で殺してくれる」
ヨーゼフも斬りかかった。グライヤーは、一気に壁際まで飛び下がり妙な玉を取り出し言った。
「ふん、まさかドラクーン人まで居るとはな、仕方がないランドールは諦めよう、次に会う時はお前達を必ず殺してやる」
グライヤーは、そう言うと手にした玉を床に叩き付けた。玉が割れ中から紫色の煙がもうもうと吹き出しグライヤーを包み込んだ。煙に向かって斬り込もうとしたインギをヨーゼフが止めた。
「止せ、もうここにはおらぬわ」
煙が消えるとグライヤーも消えていた。