南ランドール
ハープスター伯爵の息子夫婦の屋敷に泊めてもらう事になったレン達は、広い居間に通された。ハープスター伯爵は、息子夫婦にレン達を紹介し昨日のカレンの事も話した。
「私は、ジョアン・ハープスターです、どうぞ今日はゆっくりお休み下さい」
「ありがとうございます、ところで南の兵隊達に占拠されたと聞きましたが無事だったんですね」
と、レンは、ジョアン夫妻が南の兵隊に捕らわれていたと聞いていたので心配していた。
「ええ、領内に侵攻してきて我々を拘束したんですが何もされませんでした、兵隊たちはこれは形だけだからと言っていました」
ジョアンは、妻が入れたお茶をレン達に振る舞いながら言った。
「形だけとはどう言う事だろう、私は領地が占拠されたと聞いて慌てて陛下に助けを求めたんだが…」
ハープスター伯爵は、息子の話しを聞いてちょっと驚いていた。
「何かこう兵隊達にやる気を感じませんでした、嫌々やってるような、ある兵士が私に言いましたよ、ここだけの話しライン様がやってる事に何の正当性も感じないと、陛下が送り出してくれた軍隊を見て彼らは直ぐに引き上げて行ったんですよ」
と、ジョアンが言った。レン達も不思議に思った。
「とにかく何も無くて良かったじゃねぇか、明日南に行けば分かる事だしな」
と、マルスが気軽に言った。カレンは、ずっとマルスの傍に居る。
「ところでマルス殿下、兄の私が言うのもなんですが妹はなかなか美人でしょう、殿下のお妃にぴったりだと思うのですが」
と、ジョアンがにっこり笑って言った。どうもこのハープスター家は、娘のカレンに甘いようだ。マルスは、何とも言えない顔をしてレン達を見た。レン達がクスクス笑っていた。この後、夕食になりカレンは、健気にマルスの給仕をしていた。入浴を進められた時、マルスが風呂は広いかと屋敷の使用人に聞いた。広いと聞いてマルスは、レンとヨーゼフに一緒に入ろうと言った。理由を聞くと一人で入ったらカレンが乱入して来るかも知れないと言い、入浴後、寝る時も一緒に寝ようと言い出した。マルスに全く隙が無いのを見てハープスター伯爵親子は、残念がっていた。
翌朝、朝食を取り南ランドールに行く準備をしていると、カレンはマルスにいかに自分がマルスの事を想い慕っているか延々と言っていた。マルスは尻の穴がこそばゆくなる思いで聞いていた。
「お前の気持ちは嬉しいが今はどうにも出来ん、諦めろ」
と、マルスが言った時、カレンはマルスに抱き付き思い切り口づけをした。その様子を見たレン達は驚いたが、ハープスター家の者は良くやったといった顔で見ていた。
「ううう、私がこんなにお前の事を想っているのに何故良い返事をくれない、私は絶対にお前を振り向かせてみせる、良いな分かったな、私はジャンパールにだって行ってお前を追いかけるぞ」
と、カレンは怒った様に言い最後にもう一度マルスに口づけをして離れた。目から涙が溢れていた。マルスは、突然の事に固まっていた。まさか抱き付いて来て口づけまでして来るとは夢にも思っていなかった様だった。こんなマルスを見た事が無いとレンは、必死で笑いを噛み殺していた。マルスは、無言で馬に乗り南に向かって馬を歩かせた。レン達は、ハープスター伯爵家の皆に別れの挨拶をしてマルスの後を追った。
「兄ぃ元気出しなよ、カレンって口や態度は悪いけど案外良い子だと思うよ」
と、シーナがしょんぼりしたマルスを見て馬上から励ました。北ランドールにあるジャンパール大使館でシーナの分の馬を手に入れていた。
「あの小娘…まさか口づけまでして来るとはな…びっくりしたよ」
と、口づけなど何度もした事があるマルスだったが、さすがに衝撃的だった様だ。レンは、先ほどの事を早く国元のエレナや皇帝家族に知らせたいと密かに思った。
ひたすら南ランドールを目指して街道を行くと北ランドール兵達が陣を張っているのが見えた。その横を通り過ぎようとした時、当然声を掛けて来た。
「この先は今、戦闘状態にある、民間人の往来は控えてもらいたい」
「すいませんが僕達はどうしても南に行かなければならないんです、通してもらえませんか」
と、レンが丁寧に言った。戦闘状態にあると言った兵士は、レン達にちょっと待ってくれと言い上官を連れて来た。上官がレン達を見て聞いて来た。
「南に行かれるのか、何をするために行かれるのか?」
「ああ、俺達はラーズに会いに行くんだよ、ついでにラインとか言う野郎にも会おうと思っている」
と、気を取り直したマルスが答えた。
「ラーズ様に?貴殿らはいったい…」
「俺は、ジャンパールのマルス・カムイだ」
「あっ!」
と、上官は、ジャンパール皇国の皇子がこの国に来ていると聞いていたのを思い出した。なるほど目の前の馬上の男の顔は、ジャンパール人顔をしている。
「そうですか、あなたがマルス皇子ですか、しかし今は南と戦闘状態です、やはり今はお控え願えませんか」
と、上官は、申し訳なさそうに言った。
「僕達は、戦いに行くんじゃないんです」
「ああ、ラーズがどうしてるか知りたいんだよ、ヘブンリーに行くには南側からしか行けないんだろ?それに南もこの戦にあまり気乗りしてないそうじゃないか」
と、レンとマルスが言った。上官は、しばらく考えてちょっと待って下さいと言い陣に戻って行った。そして、一通の手紙を持って現れた。
「この文を南の指揮官に渡して下さい、あなた方には危害を加えないと思いますが念のため」
そう言って上官は、マルスに手紙を手渡した。
「ありがとう、じゃあ行って来るよ」
と、レン達は、南に向かった。しばらくすると大きな川が見えて来た。川を隔てて向こうが南ランドール領とライン・スティールが称している地域になる。大きな橋の真ん中には、有刺鉄線が張られていて兵士五人がこちらを見ている。
「おい、俺はジャンパールのマルス・カムイだ、ラーズ・スティールに会いに来た、ここを通せ」
と、マルスがいきなり名乗った。そして、北のランドール兵の上官から渡された手紙を南の兵士に渡した。
「これをお前達の指揮官に見せてくれ」
「分かりました」
と、兵士は、素直に受け取り指揮官の元に走って行った。
「この戦、誰もやる気が無いそうですなぁ」
と、ヨーゼフが南の兵士に話しかけた。兵士は、うんざりした顔で話し始めた。
「そうなんですよ、どうして一つにまとまっている国を二つに別けるのか理解出来ません、ライン様が突然言い出したんですよ」
「今までにライン公に何か変わった事はなかったのかね」
と、ヨーゼフは兵士に聞いた。兵士は、自分が知っているラインの事を全て話してくれた。
「なるほど、そんなに温和なライン公がその占い師とか言う者が来て激変したと言うのかね」
「そうなんです、まるで別人ですよ」
と、兵士が言った時、先ほど指揮官の元に手紙を持って行った兵士が戻って来た。
「どうぞお通り下さい」
と、言って有刺鉄線を外してくれた。レン達は、南ランドールに入った。レン達は、ラーズが近習の者と一緒に住んでいると言う色町の近くにある借家を探す事にした。街道を行くと遠くにライン・スティールが住む大きな館が見えた。しばらく行くと色町が見えて来た。
「この近所に家を借りてるって言ってたけど、どこだろうね」
と、レンがきょろきょろしながら言った。そうこうしているうちに色町の門の前まで来た。
「おい、あんた達、ここに入るのなら馬から降りてもらわないと」
と、色町の門番が言って来た。レン達は色町自体に用がある訳でもなかったが、シーナが見たいと言って聞かないのでちょっと覗く事にした。レンも色町に入るのは初めてだった。レン達は、大門を潜り中に入った。日は落ちているがまだ明るいと言うのに男どもで賑わっていた。
「ねぇじいちゃん、どうしてここの女の人達は檻の中に居てこっちを見て笑ってるの?」
と、シーナが不思議そうに言った。ヨーゼフが笑って答えた。
「ははは、あれは檻ではなく格子窓と言ってな、ああやって中の女を客に見せているんだよ」
「ふーん、変なの」
と、シーナは、色町の事を分かっていない。レンは、顔を真っ赤にして下を向いて歩いていた。
「おい、レンどうした?元気がないな、せっかく女郎屋があるのに、ああお前初めてか、あははは、ジャンパールにも良い所あったんだぞ」
と、マルスは急に元気になって言った。ジャンパールにも色町、女郎屋はありマルスは、貴族の悪仲間とちょくちょく行っていた。
「まぁお前は歳があれだからまぁ後、三年は辛抱しろ」
「行かないよ」
「あっエレナにそっくりな女が居るぞ」
「えっ?」
と、思わずレンは、マルスが見た方を見てしまった。
「あははは、冗談だよ」
「もう、全然似てないじゃないか」
レンは、エレナと聞いて見てしまい恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
「もう、ヨーゼフ、マルスに何か言ってやってよ」
「ははは、若、女子に興味を持つ事は恥ずかしい事ではありませんぞ、その若の好い人のエレナ殿に似た女子を探しなされ」
「ヨーゼフまでぇ」
と、レンは、怒った様に言った。マルスとヨーゼフが笑った。シーナが結局ここは何をする所なのとヨーゼフに聞いた時、騒ぎが起きた。




