カレン救出、そして恋
カレン捜索にあたりレン達は、まず城下の地理に詳しい兵士達を集めてもらった。六人集まりレンと二人、マルスと二人、ヨーゼフ、シーナに二人のランドール兵士が付きカレン捜索に向かった。
「僕は西を探すよ」
「じゃあ俺は南だ」
「では拙者らは東を探してみます」
と、北は後回しにして三方向に別れて捜索した。若い娘が行きそうな店や場所を片っ端から捜索した。レンと一緒に捜索している兵士がレンの美しい横顔に見とれていた。ヨーゼフとシーナも若者達が出入りしそうな店を探し回った。マルスは、兵隊二人に怪しい奴がよく行きそうな酒場などを聞き、そこを探し回った。
「殿下、ここは以前に薬を売っていた者がよく出入りしていた酒場です」
と、兵士がマルスに案内した。マルス達が酒場に入ると酒場に居た連中が一斉にマルス達を見た。他国人がランドール兵士二人従えている。皆があの他国人は何者だといった顔をして見た。
「ああ、ちょっと聞きたいのだが」
と、マルスがすぐ傍に居た男に声を掛け、カレンの風体を説明した。男は知らないと言ったので違う者に声を掛けようとした時、いかにも酒場の用心棒といった男がマルスに近付いて来た。
「よお、兄ちゃん何の用だ兵隊まで連れて」
「ああ、人を探している」
と、マルスはこの男にも同じ事を説明した。男はヘラヘラ笑って小娘がこんな所に来るわけないだろうと言った。確かにこの酒場を見渡してもカレンほどの年の娘はいなかったが、近いと思われる娘は数人居た。
「最近人さらいが横行してるそうだな、この酒場にも居るんじゃないのか」
と、マルスが何となく言った言葉に男は一瞬ビクッとなったのを兵士は見逃さなかった。兵士は、マルスに耳元で何かを言った。マルスがニヤッと笑い男に言った。
「すまんが、ちょっと奥を見せてくれないか、俺は国元で酒場をやっていて他所の国の酒場の奥がどうなってるのか知りたいんだ」
と、あからさまな嘘をマルスは言った。男は、ムッとした顔をして答えた。
「だ、駄目だ駄目だ、他所で見てくれ」
「俺はこの店の奥が見たいんだ、やっぱりあんた人さらいの仲間か何かか?」
「貴様っ!」
と、男がマルスの胸ぐらを掴み凄んだ。マルスは、全く動じず男に胸ぐらを掴ませている。慌てた兵士二人を手で制しマルスが言った。
「何も怒る事ないだろう」
「こいつふざけた事言いやがって」
と、男が言った時、酒場の奥から出て来た男が兵士を見て慌てて奥に引っ込んで行った。その姿を見たマルスは、カレンじゃないかも知れないが奥に何かあると確信した。マルスは、自分の胸ぐらを掴む男の腕にそっと手をやった。
「おい、いい加減放してくれよ」
「こいつっ」
と、男がマルスを殴ろうとした瞬間どういう訳か男が悲鳴を上げて地べたに這いつくばった。マルスの胸ぐらを掴んでいた腕がマルスに捻り上げられている。レンもマルスもフウガに体術をみっちりと仕込まれていて、酒場の用心棒如き者など相手にならない。その様子を見た客が男を助けようとマルスに挑みかかったが兵士に止められた。兵士二人は、剣を抜き酒場にいる全員にそこを動くなと言った。
「おい、あの奥に何がある言え、言わねぇとお前の腕が折れるぞ、ほれほれ」
「いてててて、何も無いって嘘じゃない本当だ」
「んじゃ見に行くが良いな」
と、男の腕を捻り上げながらマルスが言った。
「何も無いから見ても無駄だって言ってるだろ」
「何もない事を確認したい、俺は嘘つきが大嫌いなんだ」
そう言ってマルスは男の肩の関節を外した。男は悲鳴を上げ痛みでのたうち回った。マルスは、酒場の奥へと行った。薄暗い通路を歩き奥へ行くと扉が一つあった。中の様子を伺おうとマルスは、扉に耳をくっつけた。話し声が聞こえる。
「おい、どうするよ…さっき兵隊二人と変な奴が店に居て何かもめてたぜ」
「なぁに心配する事ぁねぇよ、あいつがきっと上手く誤魔化してるさ」
マルスは、どうにか中の様子を見ようと扉の隙間を見つけ中を覗いた。椅子に縛り付けられている人影が見えた。
「なぁあの変態オヤジ達が来るのは明日の夜だろ?それまでこいつを俺達で楽しもうぜ」
「馬鹿、値が下がっちまうよ、止めとけ、それに俺はガキにゃ興味がねぇ」
「ん~ん~」
「うるせぇ、静かにしろ」
と、男の声がした。椅子に座って酒を飲んでいた男が立ち上がり椅子に縛り付けられている人影に近付いた。
「見ろやい、こいつの胸をよぉ、ぺったんこだぜ、こんな貧乳娘のどこが良いんだか…俺ぁもっとこうでっけぇのが良いなぁ」
と、男が話している。ぺったんこ、貧乳と聞いてマルスは、椅子に縛られている人影がカレンだと確信した。マルスは、小声であーあーと、あの用心棒の男の声色を作り扉を軽く叩いた。
「おう、どうした」
と、中から返事がした。
「おう、連中追い帰したぜ、ちょっと開けてくれよ」
と、マルスは、用心棒の声色を使って言った。
「何だ?何か用か」
と、中の男は何の疑いもなく内側の鍵を外し扉を開けた。そこには、用心棒の男ではなく背の高い異国人が立っていた。びっくりした男は飛び下がり机の上に置いていたナイフを取りマルスに向けた。もう一人の男は、カレンにナイフを向け言った。
「だ、誰だおめぇは?そこから一歩でも動くとこいつの命はねぇぞ」
マルスは、人さらいの男二人を交互に見て言った。
「別にそいつがどうなろうと知った事ではないが、傷付けたり殺したりしたらお前達も同じ目に遭うと言う事だけ言っておこう」
「んーんんーー」
と、猿ぐつわを噛まされているカレンが怒った様に呻いた。
「何を!」
と、カレンにナイフを向けている男が言った時、表が急に騒がしくなるのが聞こえた。どうやら他の兵士達が酒場に入って来たようだった。マルスは、ゆっくりと刀を抜き言った。
「おやおや、表で何かあったみたいだな、その子を解放しろ」
「動くんじゃねぇホントにこの娘の首を掻っ切るぞ」
「お前達もそこを動くなよ」
と、マルスは言って刀の切っ先をカレンにナイフを向けている男に向け腰を深く沈めて構えた。
「あまりこの技は得意じゃないんだ、カレンお前に当たったら勘弁してくれよ」
と、マルスは言って真空突きを放った。真空波が弾丸の様に飛びカレンにナイフを向けている男の右頬を切り裂いた。ぶしゅっと血が飛んだ。
「ひ、ひいいいい」
と、カレンにナイフを向けていた男が傷口を押さえながら尻もちを着いた。カレンも何が起きたか分からないと言った目をしていた。もう一人の男は、その場に凍り付いた様になり動けないでいた。その時、路地裏に出る裏口の扉を叩く音がし声が聞こえた。
「ここを開けろ」
と、レンの声がした。レン達も捜索中に聞き込んだ情報でこの酒場が怪しいと言う事を知り、急いでこの酒場に来たのだった。酒場に到着するとマルスに付いていた兵士二人が剣を構えているのが見え、レン達に付いていた兵士達を中に突入させてレン、ヨーゼフ、シーナは、裏口に回ったのだった。
「さぁどうする?俺の仲間が表で待ってるぜ、中に入れてやるのも良し、このまま無駄な抵抗を続けるのも良し、お前達次第だな」
と、マルスは、また刀を先ほどと同じ様に構えながら言った。やけくそになった男がカレンを殺そうとナイフを振りかざした時、裏口の扉が蹴り破られレン達が入って来た。
「カレンお嬢さん」
と、レンは、マルスに真空突きで右頬を切り裂かれて尻もちをついていた男を蹴り倒し取り押さえた。ヨーゼフとシーナがカレンの縄と猿ぐつわを外してやった。もう一人の男は諦めたのかその場にへなへなと座り込んだ。こうしてカレンはレン達によって救出された。後始末は、ランドール兵達に任せレン達は、インギ王とハープスター伯爵が待つ城へカレンを連れ帰った。
「カレンああ私のカレンや、よく無事で帰ってきてくれた、ああ、ありがとうございます」
と、ハープスター伯爵は、涙を流して娘のカレンを抱きしめながらレン達に礼を言った。
「皆ご苦労だったな」
と、インギも安堵の色を浮かべレン達の労をねぎらった。
「カレンや、皆さんにちゃんとお礼を言ったのか」
「そうだな、皆心配して必死に探し回ったんだ礼の一言ぐらい欲しいなぁ」
と、マルスが冗談っぽく言った。カレンは、わなわなと震えながら言った。
「べ、別にお前達に助けてくれと言った覚えはない…」
「これカレン、何てことを言うんだ」
ハープスター伯爵がたしなめた。カレンは、マルスを睨み付け更に言った。
「わ、私にあんな無礼な事を言ったんだ助けに来て当然だ」
と、カレンが言った時、マルスがカレンを引っ叩いた。皆が驚いた。
「このガキ、言わせておけば…いいかよく聞け、お前を探すためにどれだけの人が動いたと思ってるんだ、お前の家の者はもちろん、俺達や南の事で忙しいランドール兵達、少しは責任を感じろ、ああもう馬鹿馬鹿しい、こんな女助けるんじゃなかったぜ、あのまま変態オヤジ供のおもちゃにされてりゃ良かったんだ、行こうぜレン、おやっさんまた明日来るぜ」
と、マルスは言ってさっさと部屋から出て行った。レン、ヨーゼフ、シーナは、インギ王に帰りの挨拶をして部屋から出た。インギ王とハープスター伯爵、カレンが部屋に残った。
「カレン、勝気なのは良いが素直になる事も大切だぞ、明日もマルス達がここへ来るカレンお前も来なさい、そして今日の事を謝りなさい、良いね」
と、インギが優しくカレンに言った。国王から直接言われ、断る事も出来ずマルスに引っ叩かれた頬に手をやりカレンは、ただ泣いていた。ハープスター伯爵は、インギにお礼を言い娘を連れて城を辞した。
この日の夜、屋敷に帰ったカレンは、ベッドの中でマルスの事を考えていた。
「私はどうして大嫌いなあの男の事を考えているんだろう、胸が無いっていわれたから?怒られたから?引っ叩かれたから?私は…私は…」
その頃、レン達も城から魔導車で送られ大使館に帰っていた。
「けっ、何だよせっかく助けてやったのに礼の一つも無しってな、どうかしてるぜ」
と、マルスが文句を言いながら酒を飲んでいた。
「でも何も叩く事なかったんじゃ…」
「殿様ぁ甘いよ、ぼくだって兄ぃの代わりに引っ叩いてやりたかったんだから」
と、シーナが意外な事を言った。シーナもカレンの態度が気に入らなかったようだ。
「珍しく気が合うな、良し飲め」
と、マルスがシーナに酒を注いでやった。シーナは、嬉しそうに酒を飲んだが、数分後には寝息を立てていた。
「明日は、何が何でもラーズの事を聞き出さにゃならん、おっさん何で言いたがらないんだろ」
と、マルスは、つまみをかじりながら言った。
「とにかくまた明日お城に行くんだろ、マルス飲みすぎだよ、さぁもう寝よう」
と、レンが言って皆、寝床に着く事にした。
翌朝、レン達を迎えにまた魔導車が来ていた。
「今日はやけに早いね、どうしたんだろ?」
と、レンは、大使館の窓から魔導車を見て言った。レン達は支度をして魔導車に乗りまたランドール城へ向かった。城内に入ると昨日とは違う通路を通った。案内の者がある部屋の前で止まり扉を三回叩くと中から声がして扉を開けてくれた。その部屋に居たのは、インギ王ではなくインギの長男でランドール太子のヨハン・スティールだった。
「やあ、マルス、レン久しぶりだなと言ってもレンは覚えてないか、ハハハさぁ皆、座ってくれ」
ヨハンは子供の頃、弟ラーズと共に一度だけジャンパール皇国に来た事がありその時、まだ幼かったレンにジャンパール城でフウガと共に会った事を覚えていた。
「何だよ親父はどうした?」
と、マルスが言った。ヨハンは、皆が座るのを待って話した。
「父上は、色々多忙でね、昨日はその代わりを私がしていて会えなかったんだ」
マルスは、ヨーゼフとシーナを紹介して気になっていた事をヨハンに聞いてみた。
「昨日からラーズの姿を一度も見てないがどこに居るんだ?親父に聞いても話したがらないんだよ」
「ああ、ラーズか…あいつは今、勘当中なんだ」
「ええっ?!どう言う事だよ」
ランドールが南北に別れる前、年頃のラーズは近習の者と色町に出かけた。そこである女郎と知り合い恋に落ちた。その事を知った父インギ王は、怒り狂って別れさせようとしたがラーズは一向に聞かず、とうとう勘当されてしまったと言う。
「私も色々とその女郎の事を調べさせたら、どうやら病持ちらしいんだよ、しかも死の病だそうだ」
「今ラーズはどこに居るんですか」
と、レンが聞いた。
「運の悪い事にその色町は今、南ランドールと呼んでいる地域にあるんだ、そこに小さな部屋を借りて近習の者と住んでるそうだよ」
「そんじゃ南に行けばラーズに会えるんだな、良し行くぞ」
と、マルスは単純にだった。
「おいおい、ちょっと待てマルス、一応南とは戦闘状態なんだぞ、昨日はハープスター伯爵の領地に侵攻して来た兵隊共を追い帰した所だ」
「何を言う俺達は戦争に行くんじゃない、ラーズに会いに行くだけだ、それにラインとか言う南を統治してる奴にも会う必要がありそうだしな」
「我々はヘブンリーに行かねばなりませぬ」
と、ヨーゼフが言った。ヘブンリーに行くには、南ランドールから行くしかなかった。
「ヘブンリーに…う~んまぁ他国人である君達にまさか危害を加える様な事はないと思うが、行くなら十分気を付けて行ってくれよ」
と、ヨハン太子が言った時、インギ王が部屋に入って来た。
「おはよう、皆ちょっと来てくれないか」
と、インギ王自らレン達を呼びに来た。王が自ら呼びに来るとは何事かとレン達とヨハン太子は、インギに付いて行った。謁見の間ではなくごく私的な部屋に連れて行かれたレン達は、ハープスター伯爵と娘のカレンが居るのに驚いた。
「カレン、マルス殿下に話しがあるのだろ」
と、インギが悪戯っぽく笑って言った。マルスは、何だろうとカレンを見た。どうせまた悪態をつきに来たのかと思っていた。
「何か用か」
「マルス殿下、昨日は本当に申し訳ございませんでした」
と、カレンは、伏し目がちに言った。レン達は、急に大人しくなったカレンを見て驚いた。
「はぁ?何だお前、変なもんでも食ったのか?」
カレンは、潤んだ目でマルスを見つめて言った。
「昨日、殿下のお叱りを受け私は気付きました、今までの自分がいかに愚かだった事を…それに気付かせてくれた殿下がどんなに素晴らしい殿方かと…殿下、どうか私を殿下の花嫁にして下さい」
「な、何言ってんだお前!」
と、マルスは、珍しく顔を赤くして言った。レン達はクスクス笑いながら見ていた。
「殿下、娘は本気です、我がハープスター家としてもジャンパール皇室と縁が結べるのならこんなに幸いな事はございません、どうか娘カレンを殿下の花嫁候補の一人として見てもらえませんか」
と、ハープスター伯爵も満更ではない様子だった。マルスは、慌てて言った。
「ちょっ、ちょっと待て伯爵までなんて事言うんだ、駄目だ駄目だ、ささ、さぁレンもう行こう」
「どこに行くんだ?」
と、インギが笑みを浮かべながら言った。
「み、南だよ南ランドールに居るラーズに会いに行くんだよ」
「何、ラ、ラーズに会いに行くのか」
インギの顔から笑みが消えた。ヨハン太子が父インギにラーズの事をレン達に話したと言った。カレンは、いつの間にかマルスの腕に自分の腕を絡めていた。マルスは、カレンの腕を引き離そうとしたが、カレンはなかなか離れようとせず、マルスは諦めインギに言った。
「ああ、行くぜ、ラーズに何か言う事があったら伝えておくよ、それにラインとか言う奴にも会う」
「うむ、では伝えてくれさっさと女と別れて帰って来いと、そしてラインに会えたら馬鹿な事は止めて元のランドールに戻せと」
「分かった」
と、マルスは返事をしてカレンを見た。カレンは、ずっとマルスを見ていた。
「カレン、俺達にはやる事があってなそのためにこの国に来た、そしてこれからも行く所がある、そのために俺や仲間が死ぬかも知れん、俺みたいな男に惚れると苦労するだけだぞ、他に良い男は沢山いる俺は止めとけ」
と、マルスは言って自分の腕に絡みつくカレンの腕を離した。カレンは、目にいっぱい涙を浮かべて言った。
「殿下、私は待ちます殿下がお帰りになるのを、私には殿下しか居ません」
「困ったな…まぁいずれ気は変わるだろ」
と、マルスは、どうせ一時的なものだと思って言った。そして、レン達は南ランドールに向かうためジャンパール大使館に戻った。大使や大使館員達に南ランドールに行く事を告げ、馬に乗って早々と出発した。その後を一台の魔導車が付いて来た。ハープスター伯爵とカレンが乗っている。
「マルス、付いて来てるよ」
と、レンが言うとマルスは魔導車に近付き怒った様に言った。
「いい加減にしろ、こっちは遊びじゃないんだ」
「いえいえ、殿下この時間から南に行くと夜になります、南の手前に私の領地があります、南の連中に占拠されていましたが、昨日軍が追い出してくれたのでもう大丈夫との事、良かったら領内の息子夫婦の屋敷で一泊なされてはいかがかと」
と、ハープスター伯爵が魔導車の中から答えた。それならとマルスは承諾した。ハープスター伯爵が言った通り南ランドールの手前辺りで夜になった。レン達は、ハープスター伯爵の息子夫婦の屋敷に泊めてもらう事になった。




