伯爵家の令嬢
「お嬢様ぁ、危のぉございます、どうか諦めて早う降りて下さい」
「お嬢様ぁぁ」
と、老夫と老婆が木の上を見て叫んでいる。レン達が近くまで行き木を見上げると、いかにも貴族のお嬢様と言った格好の少女が木に登っていた。
「どうしたんです?」
と、レンが老夫と老婆に聞いた。
「ああ、お若い方お助け下さい」
「先ほど吹いた風でお嬢様のお帽子が飛んで行き、あそこの木の枝に引っかかってしまったんです」
なるほど木を見上げると帽子が枝に引っかかっている。
「な~る、あれを取ろうとしてるんだな、良し俺に任せろ」
と、マルスは言って、木に近付き木に登っている少女に言った。
「お~い、その帽子は俺が取ってやるから降りて来い」
「服が木に引っかかって降りられないのよぉぉ、助けて」
「そんなひらひらした服着て木登りなんかするからだろ、しょうがねぇなぁ」
と、マルスは言って叢雲をレンに手渡し、するすると木に登って行った。あっという間に少女が居るところまで登って行った。
「ほほぉ、まるで猿のような」
と、ヨーゼフが感心した。マルスは、まず少女の服の引っかかった部分を外してやった。そして、そこを動くなと言い枝に引っかかった帽子を取り下に落とした。
「ほら帽子は、爺さんが拾ったぞ、さぁ降りるぞ」
「こ、怖くて降りれない」
「何っ?」
少女は、登ったものの下を見たら怖くなって降りれないらしい。マルスは、やれやれと言った顔をして木の下に居るレンに言った。
「レーン、ロープを投げてくれー」
何に使うか見当はついているレンは、馬の鞍に引っ掛けてあるロープをマルスに投げ渡した。マルスは、ロープを木に括り付け少女を背中に背負いズボンのベルトで少女を自分ごと締めた。
「これでお前が落ちる事はないと思うがしっかり俺にしがみ付いてろ、良いな」
と、マルスに言われ少女は無言で頷いた。マルスが少女を背負いロープを伝って降りて来た。
「ああ、お嬢様ぁ」
と、老夫と老婆が安堵の声を上げた。マルスは、ベルトを外し少女を地面に降ろした。
「ふぅ~、もう無茶な事するんじゃねぇぞ、ところでお前全く胸無いな、俺の妹でももう少し…」
と、マルスが言いかけた時、少女の顔が真っ赤になった。
「馬鹿ぁ」
と、少女は、怒鳴ってマルスの股間を思い切り蹴り上げた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
と、マルスの叫び声が響いた。レンとヨーゼフ、老夫と老婆は、慌てて駆け寄った。
「どうしたんだ」
「たた、玉がぁぁぁ、ぐおぉぉぉ、こいつに蹴られた」
と、マルスは言って悶絶している。この痛みは、男にしか分からない。
「き、君、助けてもらって何て酷い事するんだ、ちゃんと謝れ」
と、レンは、珍しくきつく言った。少女は、レンの色白で美しい容姿を見て一瞬ハッとしたが直ぐに気を取り直して言い返した。
「うるさい、男女!この男はわたしが一番気にしている事を…」
「男女…僕は男だっ!」
と、レンも気にしている事を言われ怒鳴った。
「無礼であるぞ小娘っ!」
と、今度はヨーゼフが怒鳴った。老夫と老婆は、この状況をどうして良いか分からず混乱していた。その様子をシーナは、馬上で爆笑して見ていた。
「うるさい髭ジジイ」
と、少女は言って走って逃げて行った。老婆が慌てて後を追った。残された老夫は、レン達に頭を下げ謝るしかなかった。マルスは、股間を押さえて悶絶している。
「殿下、飛びなされ」
と、ヨーゼフがマルスに言った。マルスは、辺りをぴょんぴょん飛び回った。その様子を見てシーナが何やら書き留めている。
「な~る、人間の男は股の間を蹴り上げられると物凄く痛がるっと、今度カイエンにもやってみよ」
「何を下らぬ事を書いておるのじゃ、カイエンにやったら殺されるぞ」
と、ヨーゼフがシーナをたしなめた。
「レン、とんとんしてくれ」
と、マルスが腰の辺りを軽く叩けといった仕草をして言った。レンは、マルスを中腰にさせ、とんとんしてやった。マルスの顔色が少し良くなった。
「シーナ、治療してあげて」
と、レンは言ったがシーナは、股間に手をかざすのは絶対に嫌だと言って聞かなかった。
「ところでマルス、いったいあの子に何を言ったんだ?」
「ああ、背負って降りて来ただろ、あのくらいの年の女だとそれなりにおっぱいあるだろ?だけどあいつには無かったんだよ、ぺったんこだ、俺の背中に何も感じなかった、お前全く胸が無いなって言っただけだ…ううぅ~だいぶ良くなって来た」
と、レンにとんとんされながらマルスが言った。レンは、呆れ顔で言った。
「そんな事言うからだよ、僕とヨーゼフまでとばっちりを受けたんだから」
「ああそうか、そりゃ悪かったな、でも玉を蹴り上げる事はないだろう」
「確かにやりすぎだよ」
と、レンとマルスが話していると、老夫がマルスに改めて謝罪した。
「先ほどはお嬢様がとんでもない事を致しまして、誠に申し訳ございませんでした」
「もういいよ、あんたに謝られても仕方がない、あの女は貴族の娘だな、あんたは何者だ」
「ははぁ、私、ハープスター伯爵家で執事をしております」
「そうか、あんたも大変だな、あんなお転婆の面倒見なきゃいけねぇって」
レンもマルスも、この伯爵家の執事に同情した。伯爵家の執事は、疲れ切った顔をしていた。マルスは、もう良いと言って執事を帰した。そして、レン達は、またランドール城を目指して歩いた。途中で兵士を乗せた大きな魔導車が通るのを何度も見た。
「何だか戦争でも始まりそうな雰囲気だね」
と、レンが眉をひそめて言った。途中で会った農夫の言っていた事を思い出した。
「行かない方が良いってこの事かな?」
「そうでしょうな、北と南に別れておるのでいつ南が攻めて来るか分からんと言う事でございましょう」
と、レンとヨーゼフが話しながら歩いていると馬上で居眠りをしていたシーナが馬から落ちそうになり慌ててマルスが受け止め注意した。
「こらっ鞍に座って寝るな、危ないだろ」
「ねぇ~いつになったら城下に入るの?ぼくお腹空いたよ」
「ああ、もう直ぐ着くだろ我慢しろ、お前ちょっと変身して先の様子見て来いよ」
と、マルスが言ったが、レンとヨーゼフが止めた。むやみやたらに龍の姿に変身すれば周りの者を驚かせて、何が起こるか分かったもんじゃない。マルスもシーナもつまらないといった顔をした。レン達は、やっと城下に入った。そこでまずジャンパール皇国の大使館を探し出し大使館に入った。大使が出迎えてくれた。
「お久しゅうございます殿下、本国よりお話しは聞いております、ご遊学とは結構な事ですなぁ」
と、大使は、マルスが本当に遊学していると思っている。マルスは、ランドール王に会いたいからと大使に言い会う手筈を取ってもらった。シーナが腹が減ったとうるさいので早めの夕食にした。大使館内の食堂にはレン達のために豪華な食事が用意されていた。シーナは、何を食べても美味いと言ってヨーゼフの皿の物まで勝手に食べる始末であった。レンとマルスは、ジャンパールの懐かしい味に感動した。
「何だかセンとリクを思い出すよ…あんな事にならなきゃ…」
と、レンは、食べた物の味付けがイビルニア人に殺された、女中のセンとリクが作った物の味付けに良く似ていたので急に思い出し泣きそうになった。マルスもその味を知っていて二人は急に湿っぽくなった。ヨーゼフは、そんな二人の様子を心配して見ていたが、シーナの食べる勢いを見て覚めた。
「お前もう少し味わって食えよ」
と、マルスが言った。シーナは、お構いなしに食べている。シーナの食べっぷりを見ながら夕食を済ませ、この日はもう休むことにした。
翌日、ランドール城から使いの者が来た。
「国王陛下はご多忙ゆえ謁見は明後日の昼にお願いしたい」
と、使いの者は言った。マルスは、分かったと言い使いの者を帰した。
「インギ王に会うのは明後日の昼からだ」
と、マルスは皆に伝えた。皆、今日にでも会えると思っていたので、マルスから明後日と言われ急にやる事が無くなった感じがした。
「明後日かぁ…あっ!そうだ、手紙を書こう」
と、レンは気を取り直して言った。レン達は、エレナや皇帝家族宛に手紙を書いた。シーナは、自分も手紙を出すと言い自己紹介の様な手紙を皇帝夫妻宛に書いた。
「手紙を本国に送って欲しいんだが」
と、マルスは、全員分の手紙を一つにまとめ大使館の職員に言った。
「手紙ですか、分かりましたお届けしておきます」
と、職員は、受けてくれた。その後、レン達は、城下の様子を見に行った。兵士があちこちに居る。隊長らしき男が兵士に何か命令でもしたのか兵士五人が南に走って行った。
「何で南北に別れたんだろ?確かにランドールはデカい国だが別ける事ないだろう」
と、マルスが走って行った兵士を見ながら言った。レンもヨーゼフも同感だった。
「何か悪い予感しかしないなぁ…イビルニア人が絡んでるとか…」
「左様でございますなぁ若、拙者もそのように思いまする」
「まぁ、南に行けば分かるだろ」
と、レン達が話している横でシーナは、目を輝かせて城下の風景を楽しんでいた。レン達は、城下町をぶらぶらして日を過ごし明後日が来るのを待った。そして、謁見の日がやって来て城から魔導車が迎えに来た。レン達は、魔導車に乗り込み城に向かった。車内でシーナがはしゃいでいる。
「あははは、凄い乗り物だね、人間って馬以外にこんなのにも乗るんだ良いなぁ~」
「これ、あまりはしゃぐでない、じっとしていなさい」
と、はしゃぐシーナをヨーゼフはたしなめた。レン達を乗せた魔導車は、城の大門を潜り抜け広場で止まった。ここからインギが待つ謁見の間まで徒歩で行く。案内の者の後をマルスとヨーゼフを先頭にレンとシーナが後を付いて行く。案内の者が謁見の間の前で止まりゆっくりと扉を開けてくれ、どうぞと中に入るようレン達を促した。レン達は、謁見の間に入った。部屋の中央に玉座がありインギ王が疲れた顔で座っていた。
「やあ、久しぶりだなヨーゼフ、マルス」
と、インギ王が声を掛けた。




