しばしの別れ
カイエンの帰りをレン達は待っていた。昨日の夕暮れ時には帰って来ると思っていた。
「遅いなぁカイエン、何やってんだぁ」
と、マルスが珍しく叢雲の手入れをしながら言った。
「何かあったのかなぁ?」
と、レンは、神殿の入り口側の窓から外を眺めて言った。レンは、神殿に到着してからまめに不死鳥の剣と斬鉄剣の手入れを行っていた。
「良し、これでいい」
と、マルスが叢雲の手入れを終え鞘に納めた。レン達は、明日ドラクーンから南西にある国、ランドールに行こうと決めていた。コルベの村でマルスが負傷して完治するまで一ヶ月以上、この神殿に居た。
「この間ヨーゼフが言ってたテランジン・コーシュとシドゥ・モリアって人、どこに居るんだろうね、ヘブンリーに居るのかなぁ」
「ああ、ヘブンリーに行くにはランドールを通らなきゃ駄目だからなぁ、とにかくランドールの王様にも会わなきゃいけねぇって言ってたな」
ヨーゼフが、テランジンとシドゥにヘブンリーの女王に会ってイビルニアと戦争になったら協力して欲しいと話して来いと言ってから十四年経つ。無事に会えて話しが出来たかは分からないが、彼らを信じるしかなかった。
「カイエン帰って来たよ」
と、シーナが知らせに来た。レンとマルスは、カイエンを出迎えに行った。
「お帰りカイエン」
「遅かったじゃないか、何かあったのか?」
と、レンとマルスは言った。カイエンは、話したくてうずうずしていた。
「その事よぉ殿様、兄ぃ、俺っちがよう殿様達の手紙をジャンパールの大使館に持って行っただろ、その日のうちに帰ろうと思ったんだがよう、大使館の旦那らがどうしても俺っちにご馳走してぇって言うからようご馳走を受けたんだ、そんで帰ろうとしたら居るじゃねぇか、大使館の近所にイビルニア人がよう」
「何だって?」
と、レンとマルスは、驚いた。カイエンは、満足げに頷き話しを続けた。
「で、俺っちは大使館を飛び出し変身してイビルニア人が居る所に行ったんだ、そしたらサイファ人も居てよう、頭に袋を被せた人間を三人連れてらぁな、てめぇら人さらいかって俺っちが言うとサイファ人はこいつらは借金の形でイビルニアに売り飛ばすってんだから、ひでぇ話しだぜ」
と、カイエンは、一息ついた。
「イビルニア人と借金取り達はどうしたの?」
と、レンが聞くとカイエンは、また満足げに頷き話し出した。
「な~にイビルニア人は、俺っちが殺した、借金取り達は大使館の旦那らがひっ捕らえたぜ、その直後にサイファの役人どもが何の騒ぎだって言って出て来たんでぇ、まぁ後の事はその役人どもにまかせたんだがよぉ、あっそうだ役人の中に殿様達を知ってるのが居たぜぇ何でもリンゲの町で何ちゃらってな」
「ああぁあいつか、知ってるよ、俺達もそのリンゲの町でイビルニア人を一人殺した」
「何でぇ何でぇそうだったのかい、おっと、忘れるとこだった手紙はちゃんと渡したぜ」
と、本来の目的だった手紙の事を思い出したカイエンだった。
「ありがとうカイエン」
「ありがとな」
と、レンとマルスは、カイエンに礼を言った。カイエンは、照れくさそうに手を振った。カイエンが帰って来たのでレン達は、龍神の部屋で今後の事を話した。
「ふむふむ、ランドールか…インギに会いに行くのじゃな」
「うむ、インギ殿にも協力を仰がねばならん」
「インギってランドールの国王じゃないか」
ヨーゼフと龍神の会話を聞いていたマルスが驚いた。幼い頃、ランドールに行った事もある。ヨーゼフの考えでは、テランジンとシドゥは必ずランドールを通ってヘブンリーに向かっている、インギは彼らの事を何か知っているかも知れないと考えていた。
「それで、いつ発つのじゃ」
「明日、出発しようと思う」
「ええええぇぇぇ!?」
と、カイエンがびっくりした。
「なな何でぇ明日出発って」
「ごめんよカイエン、僕達行かなきゃならないんだ」
と、レンは、悲しい顔をして言った。カイエンは、急に元気が無くなり泣き出しそうな顔になった。
「そんな顔すんなよ、別に今生の別れじゃないんだぜ、また会えるさ」
「カイエン、次に会う時は若の仇討の時じゃぞ、その時までのしばしの別れじゃ」
と、マルスとヨーゼフが言った。カイエンは、しょぼくれたまま頷いた。本当は、レン達と旅に出たいが来るべきイビルニアとの戦争に備えて自分にはやる事が山ほどある。
「カイエン、すまんのぉ、お前さんもレン殿達と共に旅に出したいが今のドラクーンにはお前さんの力が必要なのじゃ」
と、龍神はカイエンの肩に手をやり言った。カイエンは、気を取り直しシーナに言った。
「シーナ、俺っちの代わりにしっかり外の世界を見て来てくれよ」
と、レン達と旅に出るシーナに言った。
「うん、分かった」
シーナは、珍しく真面目な顔をして答えた。
「皆、シーナをよろしく頼みます」
と、ドラコが兄としてレン達に言った。この歳の離れた妹がレン達の足を引っ張らないか心配だった。この日は、レンもマルスもずっとカイエンの傍に居た。マルスは、カイエンがいつも歌う妙な鼻歌の事を聞いたが教えてくれなかった。この日の夜、レンとマルスは、カイエンを間に川の字になって寝た。月の光り照らされたカイエンの顔は涙で濡れていた。
翌日、レン達は荷物をまとめ旅の準備に取り掛かった。ドラコとカイエンが手伝ってくれたが、カイエンはおいおい泣いていた。そんな様子を見ていたレンもマルスも悲しくなって泣いた。ヨーゼフは、一人呆れていた。ヨーゼフが一人でドラクーンに来ていた時も別れ際は、いつもこうで後ろ髪を引かれる思いをさせられる。子供の様に泣いているカイエンをヨーゼフが見かねて言った。
「カイエン、いい加減泣き止まんか」
「だってよぉだってよぉ…ううううぅ」
「そうだよ、カイエンが泣くから僕達も泣いちゃうじゃないか」
レンは、涙を拭きながら言った。カイエンは、レンを抱きしめた。
「殿様ぁトランサーに行く時は俺っちも絶対一緒に行くからよぅ」
「うん、ありがとうカイエン」
カイエンがやっと泣き止みレン達は、神殿を出て川の船着場に向かった。ランドールに行くには、その川を南西に下った方が早いとの事だった。川の途中には、村や町があるので食料を用意する必要もなかった。
「さて、わしらはここまでじゃ、ヨーゼフくれぐれも身体には気を付けろ、シーナの事を頼んだぞ」
「うむ、龍神殿よ世話になった、お前さんも気を付けてな」
と、ヨーゼフと龍神は、固く握手した。レンとマルスも龍神達に最後の挨拶をして、三頭の馬と共に都から川を下って一つ目の町に行くため船に乗り込んだ。シーナは、兄ドラコから訓示を受けていた。シーナは、珍しく神妙に聞いていた。カイエンは、また泣き出しそうになったが、龍神にいい加減にしろと言われていた。ヨーゼフとシーナが最後に船に乗り込み船は、出発した。
「殿様ぁ、兄ぃ、旦那ぁ、またなぁ」
と、カイエンは、大声で叫んだ。
「必ず、必ずまた会おうねぇ」
「元気でなぁ」
レンとマルスも大声で船の上から叫んだ。レン達は、龍神達が見えなくなるまで手を振った。龍神達もレン達が見えなくなるまで手を振り見送った。