カイエンのちょっとした冒険
レン達が眠っている頃、神殿から飛び立ったカイエンは、ドラクーンとサイファの国境付近の真上を飛んでいた。さすがに空を飛ぶと移動が速い。
「もうこんな所まで来ちまったか、もそっとゆっくり飛ぶか」
と、カイエンは、独り言を言って飛行速度を緩めた。まだ空は暗い。サイファ領内に入る頃に空が白んで来て夜明けを告げた。カイエンは、飛行高度を上げ人の目からは、鳥か何か分からないようにした。しばらく飛んでいるとレン達が通って来た田舎道が見えた。
「おっあの辺りに降りるか」
と、カイエンは、田舎道の脇の森の中に降り立った。何人かに目撃されたようだったが気にもせず変身を解き元の姿に戻り森から出た。
「この道を真っ直ぐ行けば、兄ぃが言ってた大使館ってところに行けるはずだな」
と、カイエンは、独り言を言って歩き始めた。のんびり歩いているとサイファの子供達が走り回って遊んでいるのが見えた。こう言う風景は、どこも変わらないなとカイエンは思った。
「人間の子供とドラクーンの子供もたいして変わんねぇじゃねぇか」
と、カイエンは言って、妙な鼻歌を歌いながら歩いた。しばらくてくてく歩いていると町が見え始めた。ドラクーンには無い景色を楽しみながら町を歩いた。
「楽しい所だねぇ町ってところは、え~おい、あっそうだ」
と、カイエンは、傍を歩いていたサイファ人に声を掛けた。
「ちょっとそこの人、俺っちジャンパールの大使館って所を探してるんだがどこか分かるかえ?」
「んん?ああジャンパール大使館ね、そこならこの道を真っ直ぐ行って右に曲がればあるよ」
「何でぇそうかい、あんがとよ」
と、言ってカイエンは、教えられた通りに道を進んだ。するとジャンパールの国旗が掲げられた大きな建物があった。カイエンにはジャンパールの国旗の事は分からなかったが、そこが大使館と言う事は何となく分かった。カイエンは、珍しく緊張した。窓から見える大使館の中が何となく重苦しい空気に包まれている気がしたからだ。カイエンは、思い切って扉を開け中に入った。
「こ、ここはジャンパールの大使館かえ?」
と、中に入って来た見るからにサイファ人ではない大柄な男を見て職員たちは驚いた様子だった。
「はいそうですが、どちら様でしょう何か御用ですか?」
「お、おおう、ま、まずはこいつを」
と、カイエンは、マルスが書いた紹介状を職員に手渡した。職員は、紹介状を黙読した。だんだん顔色が変わって来た。そして、カイエンをまじまじと見た。
「ドラクーンから来られたのかね、はは皇子達、本当にドラクーンに行ったんだ…凄いな」
「ああ、今ぁドラクーンの都ドラゴニアに居るぜぇ、それでこいつをあんたらに国元に送ってもらうよう頼まれたんでぇ」
と、カイエンは言って、レン達から預かっていた手紙を職員に渡した。職員は、カイエンに今日中にでもジャンパール行きの船で送ると約束した。
「頼んだぜぇ、んじゃ俺っちはもう帰るわ」
と、カイエンは言って帰ろうとしたが、職員が止めた。
「まぁまぁ、そんなに急がなくても、はるばるドラクーンから来られたんだ、こちらも何かおもてなしをせねば皇子に叱られますよ、どうぞこちらへ」
と、職員は、カイエンを奥の部屋に案内した。職員達は、カイエンを質問攻めにした。おしゃべり好きのカイエンは、話しを多少誇張してべらべらとしゃべった。
「皇子は無事だったのかね、サモン公爵は?」
「ああ、マルス兄ぃもレンの殿様も無事だぜぇ元気にしてらぁな」
「そうか、良かった」
と、カイエンがジルドと戦った時の話しをして職員達は青ざめていた。カイエンは、話しが尽きたので職員に町を案内してくれと頼んだ。カイエンと職員は、大使館周辺を歩き回った。レンとマルスも行った事のある公園で休憩していた時、カイエンは妙な気配を感じ辺りを見回した。
「どうかされましたか?」
と、職員が聞いた。カイエンは、周りを警戒しながら言った。
「この辺りにもイビルニア人は出るのかい?」
「ええ、つい二日前に港の方で発見されサイファの役人が始末しましたが」
「そうかい、まだどこかに居るようだぜぇ」
「本当ですか?」
と、職員は、驚いて辺りを見回した。夕暮れになり二人は、大使館に戻る事にした。大使館に戻るとカイエンをもてなすための料理が用意されていた。
「へへぇ、こいつは美味そうだなぁ」
と、カイエンは、大喜びした。職員達もカイエンの様子を見てホッとした様子だった。
「ははぁ~食った食ったぁ、美味かったぜぁあんがとよ」
と、カイエンは、喜んでいたが職員は、よくあんなに苦くした料理を食べれるなと思っていた。マルスが書いたカイエンの紹介状には、食べ物を出す時は、とびっきり苦くしてやれと指示が書かれていた。
「んじゃ俺っちは帰るわ」
と、カイエンが言うとせっかくだから泊まって下さいと職員が言った。
「そうしてぇんだがそうも言ってられねぇんでぇドラクーンに戻ったら色々とやる事が…ちょい待ち」
と、カイエンは、急に話すのを止め意識を集中し始めた。何か言おうとした職員を黙らせ何か感じ取ろうとした。
「居るぜぇ…この近所に奴らの気配を感じた」
と、カイエンは言うと大使館から飛び出し全身から光を放ち龍の姿に変身して気配を感じた方向へ走って行った。初めてドラクーン人が龍の姿に変身したのを見て職員達は、感動した。
「す、凄いあれがドラクーン人の変身か…」
カイエンが向かった方向にやはりイビルニア人は居た。サイファ人が頭に袋を被せた者三人を連れて居る、おそらくイビルニアに連れて行かれるのだろう。
「何をやってやがる!てめぇら人さらいか?!」
カイエンが叫んだ。急に現れた龍に驚いた人間が驚いて悲鳴を上げた。イビルニア人は、じっと冷静にカイエンを見ている。
「ホホォ、ドラクーン人がなぜこんな所に」
「うるせぇやい、てめぇらそこの袋を被せた連中をどこに連れて行く気でぇ」
イビルニア人は、やれやれと言った仕草をした。
「こいつらは借金の形にイビルニアに売られたんだ、お前には関係ない」
「カイエン殿っ、ああイビルニア人、何をしているお前達」
駆けつけたジャンパールの職員達は、手に刀を持っている。
「人間はあんたらに任せたぜぇ、俺っちはイビルニア人を」
と、言うとカイエンは、一瞬でイビルニア人との間合いを詰めた。職員達は、刀を抜き借金取り達に向かって行った。カイエンは、イビルニア人の頭を握り潰そうとしたが、イビルニア人は、サッと後ろに跳び下がり剣を抜いた。
「オオッと、危ない危ない」
「野郎っ!」
と、カイエンがまた攻撃に出た。イビルニア人が斬りかかって来たが、カイエンの腕の手甲の様になった鱗で弾き返されている。ドラクーン人には、二種類の型がある。龍神やカイエン、ドラコ、シーナは、戦闘型でセージは、労働型と言える。労働型のドラクーン人は、訓練次第で戦闘型にもなれる。龍神が志しある者は都に集えと、触れを出したのは労働型の者を戦闘型に訓練する目的もあったのだ。
「お前達、同胞をイビルニアに売るとは何事か」
と、ジャンパール大使館職員達が呆れて借金取り達に言った。既に職員達が借金取り達を取り押さえている。
「なかなか固いな、これはどうだ」
と、イビルニア人がカイエンの胸に強烈な突きを繰り出した。カイエンは、炎を吐こうとしたが、火事にでもなったら大変だと思い止めた。そのためらいでイビルニア人の突きを避け切れず剣が右肩に刺さった。
「ぐっ」
「アハハハハ、刺さった刺さったぁ」
「カイエン殿っ!」
と、大使館職員二人がカイエンに駆け寄ろうとした。
「来ちゃあ駄目だ」
と、カイエンは、大使館職員を止めた。カイエンは、右肩に剣が刺さったままイビルニア人に攻撃を仕掛けた。まずイビルニア人の左腕を掴んだ。左手には、鉄の爪をはめている。カイエンは、その左腕を一気に握り潰した。ダランとなった左腕から手を離し素早くイビルニア人の胸ぐらを掴むと地面に叩き付けた。イビルニア人の手から剣が離れた。カイエンは、イビルニア人の頭を踏み潰した。
「ふぃ~終わったぜぇ、いててて」
と、カイエンは、右肩に刺さった剣を自分で引き抜くと元の姿に戻った。大使館職員が駆け寄る。
「大丈夫ですか、カイエン殿」
「ああ、あんなのどうって事ねぇさ、ほれもう傷口が塞がってらぁな」
と、カイエンは、自分の右肩を指差し言った。傷口は塞がり出血も止まっている。そこへサイファの役人達が来た。
「何の騒ぎだ」
その言葉にカチンと来たカイエンが怒鳴り散らしそうになったのを大使館職員が止めサイファの役人達に説明した。サイファの役人達の態度が一気に変わった。
「それはそれは、イビルニア人を退治して頂きありがとうございました」
「おう、分かりゃあ良いんでぇ」
大使館職員がサイファの役人にカイエンがドラクーンから来た事を話すとその役人は、慌てた様子でカイエンに聞いた。
「も、もしやマルス殿下やサモン公爵をお見かけになられたか?」
「んん?ああ、兄ぃと殿様の事か、見たぜぇ一緒に都まで行ったぜぇ」
「おおぉ」
と、このサイファの役人は、レン達がリンゲの町で知り合った役人だった。
「良かった無事に辿り着いたんだ、良かった」
と、役人は、喜んでいた。その後、イビルニア人の死体の処理と借金取り達の始末、借金の形に売られそうになった者らの保護をサイファの役人達に任せカイエンは、大使館職員達と大使館に戻った。
「ああ~帰るのが面倒臭くなっちまったなぁ、済まねぇが泊めてもらえるかえ?」
と、カイエンは、申し訳なさそうに職員に言った。
「もちろんですよカイエン殿、お疲れでしょう、ゆっくりお休み下さい」
と、職員は、にっこりと答え、カイエンのためにフカフカのベッドを用意させた。
「へ~こんなフカフカのベッドなんて生まれて初めてだぜぇ、あんがとよ」
カイエンは、子供の様に喜んでいた。そんな様子を見た職員達は、ホッとした。翌朝カイエンは、とびっきり苦く味付けされた朝食を食べ帰る事にした。
「いやぁ昨日はカイエン殿が居なかったら大変な事になってましたな」
「ああ、俺っちが居て良かったぜ」
と、カイエンが昨日の事を職員と話していると、あのリンゲの町に居たサイファの役人がカイエンを訪ねて大使館にやって来た。
「ああカイエン殿、昨日は本当に助かりました、ありがとうございます」
と、役人は、頭を下げ礼を言った。カイエンは、照れくさそうにしていた。
「良いって事よ、まぁイビルニア人には気を付けるこった、んじゃ俺っちは帰るわ」
と、カイエンは言って、大使館を出て行った。職員とサイファの役人は、カイエンが見えなくなるまで見送った。
「しかし、ドラクーン人とはもっと気難しい連中だと思っていたがあんなに気さくだったとは」
「そうですなぁ」
と、職員とサイファの役人は、カイエンの事をいたく気に入った。カイエンは、町の中を色々と見物しながら歩いた。町を出て田舎道になり人通りも少なくなってきた頃、森の中に入って龍に変身して空を飛んだ。一気に空高く舞い上がって大使館のある方を見た。
「いやぁ~人間って面白いなぁ、良い勉強になったぜ、あんがとよ」
と、カイエンは呟いて、また妙な鼻歌を歌いながらドラクーンに帰って行った。