本来の姿
ヨーゼフは、わなわなと震えながら神殿の屋根に立つ男を見上げている。
「久しぶりじゃないか、ヨーゼフ・ロイヤーまだ生きていたのか」
と、男は、言った。
「ジ、ジルド…」
ヨーゼフは、その男をジルドと言った。男は、ゆっくりと屋根から下に降りて来た。
「何者だあいつは」
マルスが、ヨーゼフに聞いた。ヨーゼフは、苦虫でも噛み潰したような顔で言った。
「…イビルニア人の上位の者でござる殿下」
「何っ?!こいつが上位者」
レンとマルスは、まじまじとジルドを見た。確かに他のイビルニア人とは違う。ジルドは、レンとマルスを見てニヤリと笑った。
「お前は…その風貌からしてジャンパール人だな、そしてそこの、ふむなかなか美しい顔立ちだな…どこの者かな…ジャンパール人の様でジャンパール人ではないな…」
マルスは、身構えた既に刀は抜いてある。レンも身構えている。ジルドは、レンの持つ斬鉄剣を見て思い出した様に言った。
「そうそう、フウガ・サモンが死んだんだってな、何でも我が国の者が殺したとか…お前が斬鉄剣を持っていると言う事はフウガの孫のレン・サモンかな?まぁどうでも良い、フウガとヨーゼフ貴様は我らにとっては疫病神みたいなものだからな、くくく」
「こいつっ」
と、マルスが攻撃を仕掛けた。ジルドは、手甲で弾き返した。
「危ない小僧だな、ヨーゼフ貴様の弟子かね?」
「この野郎…」
マルスは、目の前のイビルニア人が今までのイビルニア人とは別物だと感じた。ジルドは、自分の頬を指差し言った。
「ヨーゼフ貴様に付けられたこの顔の傷の恨み、封印され暗闇に閉じ込められてからもひと時も忘れた事はないぞ、今すぐこの場で殺してやりたいが今日は止めておいてやる、他に目的があるんでね」
そう言ってジルドは、シーナを見た。
「ふふふ、さぁおいでお前に相応しい場所が待っている」
と、ジルドは言ってシーナに手を差し伸べた。シーナは、ゆっくりとジルドに近づいた。
「いかんっ!カイエン、ドラコ、シーナを止めろ」
と、龍神は、言ってシーナに組み付いた。ドラコとカイエンも組み付き取り押さえたが、シーナは物凄い力で抵抗する。何とか取り押さえていると言った感じだ。
「邪魔をするなっ!」
と、ジルドが龍神達に襲い掛かった。ヨーゼフは、ジルドに出来た一瞬の隙を見逃さなかった。
「きえぇぇぇい」
「ぐっ!」
ジルドは、間一髪でヨーゼフの攻撃を受け止めた。
「シーナに何をしたのか知らんが、シーナは絶対に連れて行かせぬ」
ヨーゼフの猛攻撃でジルドは、シーナに近づけない。レンとマルスも攻撃に出た。シーナは、また耳をつんざく様な叫び声を上げて龍神達に抵抗している。シーナがドラコの腕に噛みついた。
「ぐおおお」
苦痛でドラコが叫ぶ。
「おお良いぞ、もっと噛みついてやれ」
と、レン達の攻撃をかわしながらジルドが言った。シーナに噛みつかれたドラコの腕から血が滴り落ちている。シーナは、今度はカイエンに噛みつこうとしたが龍神が両手でシーナの口を強引に閉じそのままねじ伏せた。うつ伏せにされたシーナは、辺り構わず尻尾を振り回し神殿内のあちこちを破壊した。
「こいつ何てぇ力だ」
と、うつ伏せになったシーナを抑え込んでいるカイエンが言った。シーナの棘の付いた尻尾が口を押える龍神に当たった。龍神は、態勢を崩し口を押える手が離れたその時、シーナは、うつ伏せのまま爆炎を吐いた。
「うわぁぁ」
レン達が吹っ飛ばされ壁に叩き付けられた。
「いてぇじゃねぇかシーナァ!」
マルスが最初に立ち上がった。ヨーゼフも痛みを堪えながら立ち上がった。レンは、打ち所が悪かったのかなかなか立ち上がれないでいた。
「若っしっかり」
と、ヨーゼフが近寄った。その時、レンが背中に背負っている不死鳥の剣がレンに話しかけた。
(私を出しなさい)
「…ま、まただ、また不死鳥の剣が僕に話しかけてきた」
と、レンは、ヨーゼフに言った。
「はははは、良いぞぉもっとやれ!シーナ、コルベの村で待ってるぞ」
と、ジルドは言って、神殿の穴の開いた屋根から出て行った。
「野郎待ちやがれっ!」
マルスが後を追う。
「カイエン、マルス殿について行け」
「合点だ」
と、龍神に言われカイエンは、マルスの後を追った。壊れた神殿内に残ったのは、傷付いた龍神とドラコ、ヨーゼフそしてやっと立ち上がったレンだけである。レンは、斬鉄剣を鞘に納め不死鳥の剣を取り出した。剣を鞘から抜き放った瞬間、身体に力が湧いて来た。
(私であの子の尻尾を切りなさい)
と、またレンの頭の中で不死鳥の剣が話しかけた。レンは、静かに構えて言った。
「龍神様、僕がシーナの尻尾を切ります」
「おお、その剣は…不死鳥の剣、分かったレン殿頼みましたぞ」
そう言って龍神は、シーナに組み付いた。ドラコも腕から血を流しながらも組み付いた。龍神とドラコが二人掛かりで何とかシーナを取り押さえまたうつ伏せにした。棘の付いた尻尾の先をドラコがしっかりと掴んでいる。
「さぁレン殿、今だ切れ」
と、ドラコが叫んだ。シーナは、尻尾を切られまいともがいたが、龍神とドラコが渾身の力で取り押さえているのでどうにもならないでいる。
「やあぁぁぁ」
レンは、シーナの尻尾の根元を狙って斬りかかった。刃が吸い込まれるようにシーナの尻尾の根元に入って行く。刃が尻尾を通り過ぎた時、切り口からどす黒い霧の様な物が吹き出て来た。シーナがまたあの耳をつんざく様な叫び声を上げた。どす黒い霧の様な物が何かの形になろうとしているがなりきれずシーナの叫びに合わせてもがいている様だった。龍神は、そのどす黒い霧の様な物の正体がジルドが何らかの方法でシーナの身体に入れたイビルニアの悪意の塊である事を見抜いた。
「消え去れ」
と、龍神は、どす黒い霧の様な物に向かって炎を吐いた。どす黒い霧の様な物は、消滅した。そしてまた、シーナに異変が現れた。真っ黒い龍の姿になっていたシーナの身体が、光り出した。レン達は、少し離れて見守った。バンと、大きな音を立て強く光って光は消えた。光の強さで一瞬視力を失った。そして、ゆっくりと視力が回復し目の前を見るとそこには、素っ裸の少女がうつ伏せで倒れていた。
「だ、誰?」
と、レンは、少女が素っ裸で居る事に気付き見ない様にして言った。
「シーナじゃよ、レン殿、やっと本来の姿に戻りよったわい」
と、いつの間にか元の姿に戻った龍神が言った。レンとヨーゼフは顔を見合わせた。今までずっとシーナは男の子だと思っていたからだ。
「…シ、シーナって女の子だったんですか…」
「女だったとは…」
と、レンとヨーゼフは呆然として言った。そんな時、ジルドを追っていたマルスとカイエンが帰って来た。
「すまん、逃がした」
と、マルスが悔しそうに言った。
「ん、ところでシーナはどうした?居ないじゃないか、ん?誰だそいつは」
と、マルスも少女に気付きレンに聞いた。
「驚いちゃいけないよ、あの子がシーナだよ」
「…はぁシーナ?男じゃなかったのか」
「うん」
レンとマルスは、改めてシーナを見た確かに女だ。ドラコは、シーナに布をかけてやり起こした。
「ん、何、どうなったのぼく…あああああ」
と、シーナは、自分の姿が変わっている事に気付き残念がった。
「こらっシーナお前ぇはいつまであの姿で居るつもりだったんだ」
と、カイエンが怒った。シーナは、しょんぼりしていた。大人になりたくなかったと言った。龍神達が呆れていた。
「ところで何で神殿が壊れてるの?」
「何も覚えておらんのじゃろうな、シーナ尻尾を切ろうとした事はおぼえておるか?」
と、龍神が静かに聞いた。シーナは、頷いた。
「でもそこから先が思い出せないの」
シーナは、頭を掻きながら答えた。龍神が全ての経緯を語った。シーナは、呆然と聞いていた。自分が黒龍となって皆を傷付けてしまった事に罪悪感を覚えた。
「ごめんなさい…ぼくがもっと早く尻尾を切ってればこんな事にならなかったのに…」
シーナは、泣き出した。いつものカイエンならピーピー泣くなと言って小突いていただろうが、さすがに今回だけはイビルニア人の仕業と分かっているので小突かなかった。
「まぁ済んだ事じゃ、神殿は修理出来る、傷も治る」
「そうだぜシーナ、もう気にするな」
「姿は、変わっちゃったけど無事で良かったよ」
と、皆に励まされてシーナは、元気を取り戻した。神殿の壊れた部屋から出たレン達は、最初に龍神とドラコに会った中央の間に移った。そこには、尻尾を切りに来たセージ家族が待っていた。
「セージじゃないか」
と、龍神が言った。
「龍神様、お久しぶりです、我々もやっと決心が着きました、尻尾を切って下さい…何かあったんですか?」
と、セージは、龍神達が傷付いているのに気付いた。カイエンがセージに説明した。
「そんな事があったのか…シーナ大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫、ちょっと歩き辛いけどね、あっ、ぼく服着て来る」
と、シーナはよろけながら服が置いてある神殿内の部屋に行った。尻尾を切った影響か歩くとフラフラして倒れそうになるらしい。
「ところでセージよ、ここに来る途中イビルニア人に遭ったり、首筋に何か痛みを感じた事は無いかの?」
と、龍神は、またシーナみたいになられては大変だと思い聞いた。セージ達は、イビルニア人にも遭わなかったし首に痛みの感じなかったと答えた。龍神とドラコは、セージ家族の尻尾を切るためまた、壊れた部屋にセージ家族と戻って行った。残ったレン達は、セージ家族が戻って来るのを待った。
「しっかし、ヨーゼフの旦那、あのジルドって野郎、相当危険な感じがしたぜぇ」
と、カイエンは、マルスと追っていた時に感じた事を言った。
「うむ、確かに危険な奴じゃ、しかし勝てない相手ではない」
ヨーゼフは、昔を思い出しながら言った。そこに服を着てシーナが戻って来た。
「ねぇセージ達が戻って来るまで遊んでようよ」
と、シーナがのん気な事を言った。カイエンの拳骨がシーナの頭を襲った。
「痛い」
「調子に乗るんじゃねぇ、遊んでる場合か」
シーナは、恨めし気にカイエンを見た。そこでレン達は、いつものシーナに戻ったと思った。




