若き夫婦の愛
ザマロ・シェボットは、レオン達が出てくるのを待っていた。
「ねずみ共め早く出て来い」
と、ザマロが言うと隣にいるザマロの家来がニヤニヤしながら話しかけた。
「閣下、いや国王陛下レオンを引き回して処刑する時が楽しみですねぇ」
「ふむ、あの頑固な小僧め、大人しく王位をわしに譲ればこんな事にはならんかったものを」
と、ザマロは、顎鬚を撫でながら言った。
ところで、何故、ザマロがこの秘密の脱出路の存在に気付いたのか。元々、ザマロは、ティアック家の者でザマロ十二歳の頃、王族のシェボット家に養子に出された。ザマロが十歳の頃、あの国王家族が普段生活を送る部屋で偶然見つけた。その時は、隠し階段に通じる床の上には、子供の力でも簡単に動かせる物が置いてあったので少年ザマロでも簡単に動かせた。好奇心の強かった少年ザマロは、この脱出口から奥へと入り、今ザマロたちが居る城の裏手の森に抜ける事を知った。
脱出路の扉の内側で死を覚悟したレオンが静かに言った。
「今日の事は全て俺の責任だ、皆をこんな事に巻き込んでしまって本当にすまない、叔父上の狙いは俺の命だろう、俺が出て行って話をつけよう」
「あなたっ」
と、ヒミカが、レオニールを抱き泣きながら言った。
「あなたが死ねばこの子はどうなるの?お願い、変な事は考えないできっと他に策があるはずよ」
「いや無い、後に戻っても部屋には、叔父上の兵隊がいるだろう」
と、レオンは、力なく答えた。おそらくヨーゼフ達は、捕まったか殺されているだろうと。もしもあの状況を切り抜けても部屋には居ないだろう。むしろ、上手く切り抜けて生き延びて欲しかった。
「陛下、拙者が斬り込みますゆえ、その隙にお逃げ下さい」
と、フウガは、言った。それを聞いたジャンパール人武官も覚悟を決めた様子で言った。
「閣下、私もお供します」
「ちょっと待て、フウガはヒミカとレオニールを守ってくれ、あんたもこんな事に付き合う必要はない」
と、レオンは、慌てて言った。そして、レオンは、腰に帯びていた「不死鳥の剣」をフウガに渡した。
「フウガ、これを頼む、とにかくお前はヒミカたちを連れて逃げてくれ、死ぬのは俺一人で十分だ」
「待ってあなた、それなら私も…」
と、ヒミカは、レオンの腕を掴んだ。この二人は、親が決めた結婚ではなく恋愛結婚だった。
当時レオンがトランサー王国の王子だった頃、ジャンパール皇国を訪問した事があった。その時、二人は、出会ったのだ。お互い一目惚れだったと言う。お転婆だったヒミカ姫は、急にお淑やかになった。二人は、文通や何か理由を付けては、お互いの国を行き来した。そして、お互いの親に認められ結婚した。その時、ザマロは、猛烈に反対した。他国人を王族に加えるなどありえないと言った。ザマロは、レオンのやる事全てが気に入らなかった。
「ヒミカ、フウガたちと一緒に逃げてくれ」
と、レオンは、言ってヒミカの手を握った。そして、静かに脱出口の扉を開けようとした時、外でドンッと、爆発音と共に何かが光ったのを感じた。
「危ない皆伏せろっ!」
と、レオンは、叫びヒミカとレオニールに覆いかぶさった。隠し扉が粉々に壊された。なかなか出て来ないレオン達にザマロが痺れを切らして反乱兵に大砲を撃ち込ませたのだ。扉が破壊された衝撃でレオン達は、倒れた。
「ううぅ…」
「く…な、なんてことを…」
と、暗い脱出路の中でレオン達は、苦しそうに声を上げた。
「ふん、さっさと出て来んからこうなるのだ、さぁ早く出て来い!」
ザマロの声が聞こえた。どうした訳か反乱兵が来ない。
「もう一発撃ち込みますか?」
と、ザマロの家来がニヤニヤしながら言った。
「馬鹿、これ以上、城を壊す訳にはいかん、それにレオンとヒミカとレオニールは、国民の前で処刑するのだ」
と、ザマロが怒ったように言った。ザマロの家来は、なるほどと言った顔で頷いた。
「まさか大砲を撃ち込んでくるとはな、皆大丈夫か…ううぅ…」
レオンは、皆を気遣ったが自分の右腕には、扉の破片が刺さっている。
「叔父上は話し合う気など無い様だな、こうなったら俺が斬り込んで時間を稼ぐ、フウガたちはヒミカとレオニールを連れて逃げてくれ」
「お供致します陛下」
と、残った近衛兵三人が言った。先ほどの爆発で共にここまで来た近衛兵二人が瓦礫の下敷きになり死んでいる。
「近衛兵になった時より命は、陛下に捧げておりまする、それにお供せねばロイヤー団長に顔向け出来ません」
と、近衛兵の一人が言った。
「それなら私も戦う、フウガ」
と、ヒミカが言いレオニールをフウガに託した。
「ヒミカ様…なりませんぞ」
フウガは、レオニールをヒミカに返そうとしたが、首を横に振って拒んだ。
「お父様や家来だけを死なせる訳にはいかないわ、レオニール…こんな母を許して」
と、ヒミカは、涙を流しレオニールの額にキスをした。
「レオニールは、ここで死んだ事にしましょう、砲撃で瓦礫の下敷きになったと言えば叔父上は納得するかも知れない」
と、ヒミカが言った。しかし、死んだと言う証しがない。ヒミカは、おもむろにレオニールを包んでいた上質の布を一枚剥ぎ取り、レオンの怪我をしている右腕にその布を押し当て血を染み込ませた。こんな子供だましが通用するとは、思えない。
「時間を稼ぐだけよ、叔父上はきっとレオニールはどうした?と聞くでしょう、その時は、瓦礫の下で潰れたと言うわ」
「なるほど、面倒臭がりの叔父上の事だ、おそらく自分で死体まで調べないだろう、フウガ、レオニールを頼む、ジャンパールに連れて帰ってくれ、そして伝えてくれ父や母はレオニールお前を愛していたと」
レオンは、ヒミカの案に乗った。フウガは、この若い夫婦のお互いを思いやる愛、子供への愛を改めて感じた。それまでどうにか全員で脱出する事だけを考えていたが、レオン、ヒミカの覚悟を受け入れレオニールだけを守り無事にジャンパールへ連れ帰る事だけに考えを絞る事にした。
「レオン様、ヒミカ様、このフウガ必ずや王子様をジャンパールへお連れしましょう」
と、フウガは、涙を呑んで静かに言った。
「頼む」
と、レオンは、フウガに言ってヒミカ、残る近衛兵三人の顔を見て行くぞと外に向かって歩き始めた。そして、フウガと、ジャンパール人武官もレオン達から少し距離を置いて歩き始めた。フウガのマントの下には、レオンとヒミカに託された王子レオニールと不死鳥の剣が隠されてある。