都ドラゴニア
ヨーゼフに訊問されたイビルニア人は、何か言おうとしているが上手く喋れないようだった。斬り落とされた腕や足をバタバタさせている。
「ブグジュグジュジュ」
「下位の者か…どうりで易々と斬れたはずじゃ、仕方あるまい」
と、ヨーゼフは、言ってイビルニア人の首を刎ねた。
「おいおい、どうしたんだよ、せっかく生け捕りにしたのに」
マルスが残念がって言った。ヨーゼフが首を横に振りながら答えた。
「このイビルニア人は、ろくに喋れませぬ殿下、イビルニア人がまともに喋れるのは中位以上でござる」
どうやらイビルニア人には位があるようだった。下位の者は、必ず中位以上の者に命令を受けて行動をする。単独で行動できるのは、中位以上の者からである。そして、名前があるのは上位の者しかいない。
「おじいさんの屋敷に現れたあいつは喋ってた…中位以上ってこと?」
と、レンは、フウガの屋敷で討ち取ったイビルニア人を思い出した。
「おじいさんは、一度も名前を呼ばなかった…知らなかったのかな…」
「いや、恐らく中位の者でしょう、上位のイビルニア人は滅多にあの半島から出ません」
中位であの強さかと思うとレンは、ゾッとした。
「リンゲの町に居た奴も喋ってなかったか?」
マルスが思い出して言った。
「変な片言みたいな喋り方だったね」
と、レンも思い出して言った。
「下位から位が上がった奴かも知れませんな」
と、ヨーゼフが答えた。とりあえず殺したイビルニア人を一ヶ所に集めカイエンが炎を吐き燃やした。カイエンが光を放ち元の姿に戻った。
「ふぃ~、一先ずこれで片付いたな…シーナいつまで寝てるんでぇ、起きねぇか」
と、カイエンは、自分の腕の中でまだ寝ているシーナを起こした。シーナの涎がカイエンの腕に垂れ落ちた。カイエンは、怒ってシーナを投げようとしたがヨーゼフが慌てて止めた。
「な、何…何かあったの」
と、カイエンから引き離したヨーゼフの腕の中でシーナが目覚めた。
「のん気な奴だぜ全く、あれを見ねぇ」
カイエンは、怒ったように言って燃やしたイビルニア人の死体を指差した。シーナは、イビルニア人の焼け焦げた死体を見ても何か分からなかったが、段々それが死体の山だと分かると「ひっ!」と、小さな悲鳴を上げてヨーゼフにしがみついた。
「やっと状況が理解出来たか、あいつらはお前を狙って来たんだぞ、俺っち達が居なかったらお前は今頃イビルニアに連れて行かれてんだぞ」
カイエンの怒りは治まらない。カイエンの剣幕に恐れをなしシーナは、ヨーゼフにしがみつき泣き出した。
「まぁまぁ、もう良いじゃないか無事に切り抜けたんだし…ね!」
と、レンがカイエンをなだめた。
「殿様、こんな奴甘やかせばどんどん調子に乗るぜ、ここいらでガツンと言ってやりゃなぁいけねぇんだ」
「ま、まぁそんな事よりさっき僕達が始末したイビルニア人が下位ならどこかに中位以上の者が居るんだろ、そいつを警戒しなきゃ」
と、レンは、話しを逸らした。ヨーゼフは、その通りだと言って辺りを警戒し始めた。マルスは、先ほどからずっと辺りを警戒していた。カイエンも意識を集中して辺りにイビルニア人の気配がないか感じ取ろうとしたが、幸い何も感じなかった。
「もう、ここいらには居ねぇようだな」
空が白み始め夜明けを告げた。レン達は、またいつイビルニア人がシーナを狙って襲って来るかも知れないので急ぎ都ドラゴニアに向かう準備を整え出発した。マルスは、イビルニア人に気付かれないようにとシーナに毛布をかぶせた。
「これかぶってろ、良いな」
「暑いよぉ」
「我慢しねぇか」
と、マルスとカイエンに言われ渋々シーナは、毛布をかぶり馬の背に乗った。レン達は、あまり休憩を取らずに街道を進んだ。食料も減って来て荷物も減り馬の背が空いたのでそこにヨーゼフを乗せた。ヨーゼフは、主君が歩き臣下が馬に乗るなど持ってのほかだと言い張って乗ろうとしなかったが、レンは、これは命令だと言って馬に乗せた。ヨーゼフは、自分の身を気遣ってくれる主君であるレンに深く感謝して涙を浮かべて乗った。そんな二人の様子を興味津々でカイエンは、見て言った。
「なぁなぁ殿様ぁ、俺っちにも何か命令してくれよ」
「えっ?何で」
と、レンは、驚いた。カイエンには、レンとヨーゼフの主従関係が羨ましいようだった。ドラクーン人には、基本的に主従関係は無い。龍神は、ドラクーンを統治しているが、皇帝や王と言う立場ではなく、あくまでドラクーンの指導者的な存在だった。龍神と言うのも称号で今の龍神は、エルドラと言う。
「何かねぇのかよ、先の様子を見て来いだとかさぁ」
カイエンは、レンに何か命令されたくてたまらない。
「う~ん、じゃあちょっと先の様子を見て来てくれないか」
と、レンは、仕方なく命令した。
「合点だい」
と、カイエンは、言って龍の姿に変身して空を飛び先の様子を見に行った。しばらくすると戻って来て何もなかったとレンに報告した。カイエンは、また元の姿に戻り気が済んだのか、妙な鼻歌を歌いながら歩いた。レン達が坂道を上り切ると眼下に壮大なドラクーンの都ドラゴニアが見えた。
「凄い…」
「ほほぅ」
と、レンとマルスは、目を輝かせた。ヨーゼフは、何度も見ているので感動する事はなかったが、何だかホッとした気分になった。レン達は、都まで続くなだらかな坂道を下って行った。都の近くまで来ると他のドラクーン人の姿が見え始めた。相変わらずレン達を変な目で見ている。カイエンは、時々声を掛けたりした。知り合いなのだろう。
「カイエン、また人間を連れて龍神様のとこに行くのか」
と、一人のドラクーン人が声を掛けて来た。
「おうよ、大事な用があるんでぇ」
カイエンは、気さくに答えた。
「人間を連れて大事な用とは何だ?」
「いずれおめぇにも分かる時が来らぁなぁ」
ドラクーン人は、冗談でも聞いた様に笑って立ち去った。
「分かっちゃいねぇなぁ、あの連中は、なぁヨーゼフの旦那」
「そうじゃのぉ」
と、ヨーゼフは、馬上からカイエンに返事をした。ほとんど休憩も無しに歩いてやっと都ドラゴニアに入った。もう薄暗くなって来ている。龍神が住む神殿に行くのは明日にしてレン達は、カイエンの友達と言うドラクーン人の家に行った。
「何だ今日は、やけに人が多いな」
と、友達のドラクーン人がレンとマルスを見て言った。ヨーゼフは、ドラクーンに来るといつもこの家に世話になっていたので良く知っている。ヨーゼフは、レンとマルスを紹介した。カイエンの様な反応は無かったが、このドラクーン人も人間に興味があるのか、にこにこして紹介を受けた。
「そうか、まぁヨーゼフの仲間なら信頼出来る、俺はこの家の主のブレオだ、よろしく」
レン達は、ブレオの家に泊めてもらった。
「ここへ来る途中、イビルニア人に遭ったか?」
と、ブレオがレン達に聞いた。カイエンが喋りまくった。多少話しを誇張している。
「大変だったぜ、そんな中こいつはのん気に寝てやがるし」
と、カイエンは、言ってシーナの頭を小突いた。シーナは、直ぐにヨーゼフの後ろに隠れた。恨めし気にカイエンを見た。レンは、シーナの頭を撫でてやりながらブレオに聞いた。
「都にもイビルニア人は出るんですか?」
「いや、都ではまだ確認されてないようだがね、さすがに龍神様が居る都には来ないだろう」
「うんにゃ分からねぇぜぇ、もうどこかに潜んでるかも知れねぇ」
確かにいつどこに現れるか分からない状況を都に来るまでにレン達は体験している。
「死んだ古龍党の奴が言ったコルベ様はもう…ってどう言う意味だろう」
と、ブレオは、顎に手をやりながら言った。
「それよぉその事も明日、龍神様に報告せにゃなんねぇ、コルベの奴、俺っちが会った時に何か隠している様にも思えたんだが、関係するかなぁ」
カイエンは、古龍党の連中に尻尾を切るよう説得しに行った時の事を思い出して言った。
翌日、レン達は、龍神が住む神殿に向かった。都の中央に位置し小高い丘の上に建てられている。神殿に向かう途中に会うドラクーン人は、相変わらず変な目でレン達を見た。マルスがとうとうキレた。
「じろじろ見るんじゃねぇ、見世物じゃねぇぞ馬鹿野郎っ!」
「まぁまぁ、マルスの兄ぃ勘弁してくんな、人間がここに来るのが珍しいんだから仕方がねぇなや」
と、カイエンがマルスに言った。マルスは、ぶつぶつ文句を言っていたが、納得した様子だった。そうこうしているうちに神殿の真ん前まで来た。神殿の前は、ちょっとした広場になっていてその脇に馬を三頭繋いだ。神殿の入り口の脇に門番が二人立っていた。
「おう、龍神様に会いに行くぜ通してくんな」
「カイエンか、ん?あんたヨーゼフじゃないか久しぶりだな」
と、門番は、ヨーゼフを知っている様子だった。
「ああ久しいのぉ元気にしておったか、今日こそ龍神殿に良い返事をもらいに来たぞよ」
「ああそう言えば龍神様があんたに会いたがっていたぞ」
「そりゃ本当か、今回は期待出来そうじゃな」
と、ヨーゼフは、喜んだ。カイエンを先頭にレン達は、神殿に入って行った。神殿内は、蝋燭の炎だけで明るさが保たれていてちょっと薄暗かった。奥に進むとそこに一人の老人の姿をしたドラクーン人と屈強な肉体を持った体格の良いドラクーン人がこちらを見つめていた。




