ジャンパールから来た男
トランサー城内、大広間で祝賀会が催されている頃、薄暗くなり街灯がともり始めた港にある男が降り立っていた。乗って来た船は、ジャンパールの客船だった。男は、ジャンパールの武家の姿をしていた。
「ここがトランサー王国か…なるほど、良い町だ」
と、独り言を言いながら歩いた。道行くトランサー人は、ジャンパールから来た旅行者だと思っている。
「旦那、今宵の宿をお探しで?」
などと声を掛ける者も居る。男は、軽く会釈して通り過ぎる。男は、真っ直ぐ城に向かって歩いた。その頃、大広間では、サイモン夫妻が養子にしたアンジュとケリーをマルスとラーズに紹介していた。
「アンジュ・サイモンでございます、お二人の御尊顔を拝し恐悦至極に存じ奉ります」
「ケリー・サイモンです、同じくお二人の御尊顔を拝しきょう…きょう…?…奉ります」
「あっはっはっは、うんうん、俺はマルス・サモンだ、よろしくな」
「ふふふ、俺はラーズ・スティール、よろしく」
と、二人は、にこやかに言いアンジュとケリーの頭を撫でた。
「ところでサイモン元帥、この子らを養子に迎えるまで大変だったそうだな」
と、マルスがケリーを膝の上に座らせながら言った。サイモン元帥とルーシーがこれまでの経緯を話した。マルスもラーズもレンから話は聞いていたので、大した驚きは無かったが両親の話しになると憤っていた。
「とんでもない親だぜ、あんたらに引き取られて本当に良かったよ」
「全くだ、良かったな二人共、義父さんと義母さんの言う事を良く聞くんだぞ」
と、マルスとラーズが言うとアンジュとケリーは、元気よく返事をした。
「ところで殿下らの奥方達はご懐妊されているとか」
と、ルーシーがエレナの傍に居るカレンとユリヤを見て言った。
「うん、産み月は再来月辺りかな、俺達もやっと人の親になる」
と、ラーズが嬉しそうに言った。ルーシーは、微笑んではいるがどことなく寂しそうだった。
「私も本当は自分で夫の子を産みたかったのですが…奥方達が羨ましい」
「おいおい、ルーシー今はアンジュとケリーが居るんだ、もう良いじゃないか」
と、涙ぐむ妻ルーシーを気遣い、夫サイモン元帥がなだめた。そんな夫妻を不思議そうにラーズが見た。
「どんな理由で子が出来ないのか知らないが、ルーシーさん、一度ドラクーン人に診てもらってはどうかな?」
「おい、いい加減な事を言うなよ、奴らが治せるのは怪我だろう」
「マルス、お前は忘れたのかよ、イビルニアでグライヤーによって産みたくもない半イビルニア人を産まされていた女達の事を、彼女達を解放した後ドラクーン人は何をした?腹に居る半人を消し去っただろう、腫瘍に見立ててさ、そんな事が出来るんだぞ、だったら逆もあるんじゃないかと思ってな妊娠出来るようにするとかさ」
と、ラーズがマルスに言った。サイモン元帥もドラクーン人の治癒能力の事は知っている。マルスは、難しい顔をした。ルーシーにどんな理由があって妊娠出来ないのか詳しく分からない。生まれつきなのか過去に病を患い、それが原因で妊娠出来ないのか。
「まぁ、一度治療に長けたドラクーン人の女に診てもらっても良いかもな、人間もドラクーンの女も身体の中身に大差は無いだろうから、そうだシーナを呼び出そう」
「お願い出来ましょうか?」
「ああ、大丈夫だよ、俺達が来いって言ったらあいつは喜んで来るはずだ」
と、マルスは、サイモン夫妻に明るく言った。
「何を話してるんだい?」
と、レンとエレナがマルス達に近付き言うとマルスが先ほど話した事を聞かせた。レンは、二つ返事で呼び出すと約束した。
「お前達、もしかすると弟か妹が出来るかも知れんぞ」
と、ラーズがアンジュとケリーに言うと二人は、素直に喜んだ。ルーシーは、ちょっと照れ臭そうにしていた。
その頃、ジャンパールの客船で来た男は、港町から城下町を出て丁度ロイヤー屋敷付近を歩いていた。歩く速度が異常に速い。
「ここがテランジン・ロイヤーの屋敷か…でかい屋敷だな、まるで出城だな、フフフ」
そんな事を呟きながら屋敷前を通り過ぎた。男は、真っ直ぐトランサー城を目指していた。城内大広間では、まだまだ祝賀会が続いていた。音楽隊が奏でる音に合わせて踊ったりと優雅な時間が流れていた。
「そう言えばレン、昼間にラーズから聞いたんだが町に半イビルニア人が居たんだって?」
と、テランジンとリリーが踊る姿を見ながらマルスが言った。
「うん、そうなんだよ、まさか城下町に居るなんて想像もしなかったからびっくりだよ」
と、レンは、肩をすぼめて答えた。
「いや、まだどこかに居るだろう、まぁ大半はメタルニア辺りだと思うがな、ひょっとすると半イビルニア人との間に生まれた子供もいるかも知れんぞ、グライヤーのクソ野郎は人間の女に子を産ませていたんだ、半分は人間だから子供も作ろうと思えば作れるんじゃないのか?」
「嫌な事言うなよ、もしそうなら大変じゃないか…でも油断は出来ないね、奴らにイビルニア人の血が流れている以上、放っておく訳にはいかない、いつその血に目覚めるか分からない、見つけ次第殺すしかないよね」
と、レンは、深刻な顔をして言った。そこにルークとデイジーを抱っこしたマリアがレン達の前にやって来た。ルークは、レンから子爵を授けられた立派な貴族である。
「陛下、マルス兄ぃ、ジャンの野郎から聞きましたよ、町に半イビルニア人が出たって」
「やぁルーク、マリアさん久しぶりだな、そうやって見ると二人の子みたいだな、あははは」
「まぁ、そうですか?うふふふ」
と、マルスの言葉にマリアが嬉しそうに答えた。ルークも照れ臭そうにしている。この日のデイジーは、大人しい。レンは、そっとマリアからデイジーを受け取り抱っこした。デイジーは、じっとレンの目を見つめている。
「ところでお前んとこは何時なんだ?」
と、デイジーを抱っこするレンを見てマルスが言った。
「はぁ?何が?」
「何がじゃねぇよ、子供、世継ぎだよ、お前は国王なんだぞ、お前とエレナに子が出来なかったらどうするんだよ!全く…呑気な奴だな、お前んとこが一番早いと思ってたのに」
「そうですよ陛下、我々国民は、お世継ぎのお誕生を待ってるんですぜ」
「そうだルーク、もっと言ってやれ!」
「ま、まぁそう言われても、あは、あははは」
と、レンは、困った様な顔をした。
「どうしたのレン?」
と、エレナがカレン、コノハ、ユリヤを連れてレン達の前にやって来た。ルークとマリアがカレンとユリヤの懐妊の祝いを述べた。レンは、デイジーをエレナに託すとカレンとユリヤがデイジーの顔を覗き込んだ。
「可愛い、私達の子もこんなに可愛かったら良いのに」
と、カレンがマルスを見て言った。大広間が和やかな雰囲気に包まれていた頃、トランサー城大外門前では、ちょっとした騒動が起きていた。あのジャンパールの客船でやって来た男と城門を守る兵士が言い争っている。
「いくら貴殿がジャンパール人だからとて陛下にそう簡単に目通りなど許されるはずがないだろう、正式に陛下に拝謁したいのならまずは、ジャンパール大使に相談なされよ」
「そんな回りくどい事をせずとも良いではないか、私はジャンパール人だぞ!」
「だから無理だって!一体何の用で会いたいと言うのだ?先程から貴殿は理由を説明しないではないか」
と、言い争っていると他の兵士達が集まり出した。
「どうかしたのか?」
「ははぁ、この男が恐れ多くも陛下に会いたいなどと言いまして」
「んん?貴殿は何者か?」
と、男を相手にしていた兵士の上官が聞くと男は、集まった兵士の数を数え始めた。
「ふむ、十五人か…ところで今日はジャンパールの皇子とランドールの王子が来ているのだろう?」
「そうだ、それがどうした!今日は陛下の治世一年目の祝賀会だって話を逸らすな!貴殿は何者かと問うている!」
と、上官が語気を強めて言うと男は、ニヤリと笑った。その瞬間兵士達は、背中に冷や水を流された思いがした。
「と、とにかく拝謁は出来ん!ましてやこんな時間に、さっさと帰れ!」
と、上官が怒鳴った瞬間、辺りの空気が急に重く感じた。兵士達は、互いに顔を見合わせ何が起きたのか知ろうとした。
「な、何だ?か、身体が…お、重い」
「重地縛」
「は、はぁ?」
「かつてはベルゼブ様が使った技…クククク」
「べ、ベルゼブ?な、何を言ってるんだ貴様」
「もう良い、勝手に会いに行く死ね」
と、男は、刀を抜いた。兵士達は、慌てて剣に手を掛け抜こうとしたが身体が思う様に動かない。男は、まず目の前の上官を叩き斬った。血飛沫を上げ倒れる上官を見て兵士達が悲鳴を上げた。逃げようとする者や戦おうとする者、皆が重地縛によって動きを鈍らされている。男は、次々に兵士達を斬り殺して行った。
「ふん、大人しく道を空けていれば死なずに済んだのに、間抜けな連中だ」
と、言うと男は、刀を一振りして鞘に納めた。そして、何事も無かったかのようにその場から中門に向かって歩き出した。
大外門の惨劇の事など全く知らないレン達は、祝賀会を大いに楽しんでいた。コノハは、トランサーのある若い貴族に口説かれて困っていた。そんな妹の姿を横目にマルスがレンとエレナに説教をしている。
「お前達、早く世継ぎを作れ、トランサー国民はお前達の子を待ち望んでいるんだぞ」
「よくぞ仰せ下さいました殿下!陛下、エレナ様、マルス殿下の仰る通りですぞ、国民はお世継ぎのお誕生をせつに願っておりまするぞ」
と、ここぞとばかりにディープ伯爵が言った。実際、重臣達は、いつまで経っても世継ぎを作らないレンとエレナにやきもきしていた。レンに側室を持たせようと言う者も居る。
「お前達ちゃんとやる事やってるのか?毎日やれ、毎日」
と、ラーズが言うとレンとエレナは、顔を真っ赤にした。
「何をやるんですか?」
と、いつの間に居たのかアンジュがラーズを見上げて言った。今度は、ラーズが顔を赤くする番だった。
「んん?ええっとアンジュにはまだ早いな、うん、早い早い、あはははは」
レンとエレナは、アンジュに救われた気がした。そこに若い貴族からやっと解放されたコノハがやって来た。
「あ~もう、あいつのしつこさって何なの?」
「良かったじゃないか、お前を口説いてくれる男が居て」
と、妹の難儀を笑うマルスであった。コノハは、ふくれっ面を見せエレナの隣に座った。
「実はこいつに縁談話が来てな、なぁコノハ」
と、マルスがクスリと笑い言うとコノハの機嫌が益々悪くなった。
「良かったじゃない、どんなお方なのコノハ」
エレナは、子作りの話しからやっと逃れられると思い慌てて聞いた。
「つまらない人よ、父上も母上も気に入ってるみたいだけど、私は嫌だな」
と、コノハは不機嫌な顔をして答えた。
「だから俺が紹介してやろうか、良い奴がいるぞ」
「お兄ちゃんの紹介なんて絶対に嫌!」
と、コノハは、更に機嫌を悪くした。マルスがゲラゲラ笑っている。ラーズがコノハの言う通りだと言った。
「こんな野郎が紹介する男なんざろくな奴はいねぇぞ」
と、マルス、コノハ、ラーズが話す様子をレンは、心から楽しみジャンパールに居た頃を懐かしんでいた。マルスとコノハとは、よく遊んだ。時々だがラーズが来た時は、マルスと三人で遊び、侍女や女官達に仕掛けた悪戯を全てレンの責任にされた事もあったが最終的には、マルスとラーズの悪戯だと分かり皇帝イザヤにこっ酷く叱られている様子もよく見た。
「あ~ちょっと小便してくるわ」
と、マルスが言い大広間から出て行った。祝賀会は、まだまだ続く。アンジュとケリーは、眠くなったのか大広間の壁際に用意されている椅子に寝転がり眠っていた。傍でルーシーが見守っている。ルークは、妻マリアと踊っている。テランジンとサイモン元帥は、若い貴族達にイビルニア人について質問攻めにされていた。
「閣下らはどのようにして奴らを見分けるのですか?」
「知らないのか?会えば直ぐに分かるぞ、あの何とも言えん気配、一瞬で気分が悪くなる」
「君達は見た事あるだろう、ザマロ時代には普通に街を歩いていた」
「いえ、あの頃はまだ幼かったので街には出た事が無かったのです」
と、ある一人の若い貴族が情けない顔をして答えた。テランジンとサイモン元帥は、やれやれといった顔をして若い貴族達に話している頃、小便を済ませたマルスは、大広間に続く廊下の窓辺で夜風に当たっていた。そこへ血相を変えた兵士が通り過ぎようとした。
「おい、どうした?」
と、マルスは、兵士の様子が尋常ではないと気付き止めた。
「あぁぁ、あなたはサモン大公!」
(ど、どうしよう…このお方なら話しても大丈夫だろうか、いや、やはりこれは先にロイヤー閣下とサイモン閣下にお話しせねば)
「し、失礼」
と、兵士が一礼して通り過ぎようとしたが、マルスが強引に止めた。
「だからちょっと待てって、何かあったんだろう?顔に書いてあるぞ」
「あっ?ああぁ」
と、兵士は自分の顔を手で触った。そして、意を決したのかマルスに話し始めた。
「一大事でございます、たった今城内中門にてジャンパール人と思われる男と練気隊が交戦中であります、大外門付近に警備兵十五名の死体あり、その男が殺害したと思われます」
「な…何だってジャンパール人?本当か?何人居るんだ?」
「ははぁ、一人です、髪の色や服装など恐れながら殿下のお国の者に相違ございませぬ」
「何っ?一人だと」
「はい、その男も練気を扱えるようで既に練気隊士二名が斬り殺されております」
マルスは、呆然とした。この世界で練気使いと言われる人間は、自分を含めレン、ラーズ、インギそしてテランジンの五人とトランサー王国とジャンパール皇国で創設した練気隊の五十人ほどである。
「まさかうちの練気隊士か?いやそんなはずはない…隊士に選んだ時に一人一人入念に審査した、おい、本当にジャンパール人なんだな?他に何か特徴は?」
「ははぁ…おかしな術を使うようで、重何とかと男が言うと急に空気が重くなると言うか地面に吸い寄せられると言うか私は何とか抜け出し知らせに参ったのです」
「重何とか?…あっ!?ま、まさか」
マルスには、心当たりがある。空気を重くしたり空間を歪めたり出来る者など人間で居るはずもない。そんな事が出来る者と言えばイビルニア人サターニャ・ベルゼブ以外に居ないのだ。
「ま、まさか、また奴が復活した?姿を変えて…いや、そんなはずは無い!奴は純白の世界で消滅したとアルカトは言っていた…アルカト?ベルゼブの息子、半イビルニア人、そうかその男は半人だ!覚醒しているな、おい、君は直ぐにドラクーン大使館に連絡して応援を寄越すよう言ってくれ、マルス・サモンの要請だと言え、この事は俺がレオニールらに伝える、構えて事を荒立てるな、今日この城に詰めている兵には出るなと言え今日の祝賀会に集まっている連中はほとんどが貴族だ、今、外で戦闘になっていると聞けば混乱を招くだけだ、その野郎は俺達で片付ける、良いな?」
と、マルスが一気に言うと知らせに来た兵士は、顔を真っ青にさせ返事をしてドラクーン大使館に連絡するため城内の通信室へと走って行った。マルスは、直ぐに大広間に戻った。
「長い小便だったな」
と、ラーズがマルスを見るなりからかった。マルスは、へらへら笑いながらレン達に気付かれないようラーズを大広間の壁際に連れて行き話した。
「何?半イビルニア人だと?」
「ああ、既に十五人兵士を殺している、今はトランサーの練気隊士と交戦中だ、ついでにベルゼブと同じ術を使うらしい、練気隊士だけじゃ勝てん、俺達も行くぞ」
「ベルゼブと同じ術を…覚醒しているな、良し行こう、半人は生かしてはおけん」
と、話を聞いたラーズが鼻息を荒げた。
「後は、レンとテランジンに話すだけなんだが…あんなに人に囲まれてたら話せん、周りの者が聞けば絶対に大混乱になるだろう」
「そうだな、今日集まっている連中は貴族だけだろう、とにかく二人に何とか話さなくては、良し俺が周りの者の気を引き付けるからお前はその隙にレンとテランジンに話してくれ」
と、ラーズは言い大きな声で歌いながら踊り出した。皆一斉にラーズに注目した。マルスは、素早くレンとテランジンに近付きこっそりとまた大広間の壁際まで連れて行った。
「どうしたんだよマルス、ラーズがあんなに歌が上手いとは僕知らなかったよ」
「レン、テランジン、良く聞いてくれ、今、城の中門で半イビルニア人とお前んとこの練気隊士らが戦っている」
「ははっ、何言ってるんだよマルス、冗談キツイよ」
と、レンは、笑ったがマルスの顔を見て本当の事だと悟った。テランジンは、周りを見回しルークとサイモン元帥にこっちに来るよう合図を送った。マルスは、この二人なら話しても大丈夫だろうと思いラーズに話した事を話した。
「何と…ジャンパール人の半人ですか」
「そうらしい、おまけに覚醒してると思う」
「そんな…だったら今の練気隊士じゃ勝てない」
と、覚醒した半イビルニア人の恐ろしさをよく知るレンが目の色を変えて言った。
「とにかく死人が増える前に俺とレン、テランジン、そしてラーズで奴を始末する」
「分かりました、サイモン、ルーク、奴が本当に一人で来ているのか分からん、万が一この大広間に仲間が来た時は頼んだぞ」
「心得た、ミトラとクラウドにも俺から話をしておこう、陛下くれぐれもお気を付け下さい」
と、練気使いでないサイモン元帥は、自分の役目を弁えている。
「陛下、兄貴、マルス兄ぃ、ご武運を!」
と、ルークは、三人に頭を下げた。テランジンは、頼んだぞと言う意味でルークの肩を軽くポンと叩き何事も無かった様に振舞った。レンとマルスも同じ様に振舞う。ラーズが歌い終わり踊りながらレンとマルス、テランジンに近付いた。四人は、互いに目配せをしてエレナ達に気付かれないよう、一人一人数分、間を空けて大広間から出て行った。四人は、城の玄関に当たる場所で揃い中門へ向かった。
「急げ、急げ!」
と、四人は、走った。フウガとヨーゼフの銅像が左右に建つ内門を潜り抜け中門付近まで来ると練気隊士達の怒号が聞こえた。そして、中門を抜けると直ぐに目に入ったのは、全身を血塗れにした練気隊士三名と向かい合う男であった。男から少し離れたところに既に斬り殺された練気隊士の死体が二つ転がっている。
「野郎!」
「お前達、離れろ!俺達が相手になる」
と、マルスとラーズが叫んだ。練気隊士達は、聞く耳を持たず果敢に男に斬りかかる。
「うおりゃあぁぁぁぁ!」
「でやぁぁぁ!」
「せいやぁぁぁ!」
練気隊士達の攻撃を容易く防いだ男は、刀の一振りで隊士三名をふっ飛ばした。隊士達がレン達の前まで飛んで来た。
「もう止せ、後は俺達に任せろ、ドラクーン人を呼んである、来たら直ぐに治療してもらえ」
と、目の前の隊士にマルスが言うと隊士が悔しそうな顔をした。
「悔しいです…全く歯が立ちませぬ」
「君達よくやった、さぁ早く下がりなさい」
「へ、陛下ぁ…面目次第もございませぬ」
と、悔し涙を浮かべ隊士達がレン達の後方へ行こうとした時、男が真空斬を放って来た。それをテランジンが弾き返した。
「ふむ、なかなかの威力だな、どこで練気技を覚えた?」
「貴様はテランジン・ロイヤーだな、フラックを倒したという…そして、そこのマルス・サモンはジルドをラーズ・スティールはグライヤーをレオニール・ティアックは…ククク」
「半人のくせによく知ってるな、おのれが生きているという事はあの時は半島に居なかったはず、今までどこに居た?」
と、マルスが愛刀、叢雲を鞘包みで構えつつ言った。
「どこに居た?フフフ、どこに居たと思う?俺の顔をよく見るんだな」
と、男がニヤニヤ笑いながら言った。レン達は、男の容姿を見た。服装は、ジャンパール風で顔立ちもジャンパール人の様だがどこか違っている。
「なるほど…本当に我が国から来たようだな、それにおのれは他の半人には無い何かを感じる、既に覚醒してるのか?」
と、マルスが叢雲に気を溜めながら言った。男は、刀を鞘に納めマルスと同じ構えを取りながら答える。
「覚醒?何の事かな、しかしただの半イビルニア人ではない事を見抜いた事は褒めてやるよ」
目の前のジャンパールから来た男は、ニヤニヤ笑っている。
「ねぇマルス、こいつ誰かに似てないかい?」
「ふむ、確かにな…俺の知る限りでは二人だ、一人は思い出したくない奴…そしてもう一人は…」
「うん、彼とは同じだと思いたくないけど…」
と、レンとマルスは、同時に同じ男を思い浮かべた。ラーズとテランジンも気付いていた。
「おいレン、あいつはやっぱり」
「うん…おそらく」
「という事は陛下、あいつの身体に流れている血は」
「そう、あいつの言う通りただの半イビルニア人じゃないって事だね」
「何をごちゃごちゃ言っている!」
と、男が強烈な真空斬を放って来た。それをマルスが抜き打ちで真空斬を放ち弾き返した。物凄い衝撃波を生みレン達をふっ飛ばし地面が窪んだ。
「うわぁぁぁ!」
「おおう!」
真空斬を放ったマルスと男だけがまともに立っていた。
「さすがだな、これではっきりしたぜ、おのれの身体に流れるイビルニア人の血の正体がな」
と、マルスは言いながら叢雲をまた鞘に納めた。男は、刀をだらりと持ち立っている。ふっ飛ばされたレン達は、素早く立ち上がり剣を構えた。そこへ知らせを受けたドラクーン人達が駆けつけて来た。
「殿様ぁ…じゃなかった陛下ぁ!こりゃあ一体、ああぁ!てめぇは半人じゃあねぇか!この野郎、おいらがぶっ殺してやらぁな!」
「待ってラードン大使、こいつは僕達が倒す、あなた方は怪我人の治療をお願いします」
と、変身しようとしたラードン大使をレンが止めた。一緒に来たワイエットとタキオンが素早くレン達の後ろに居る練気隊士のもとへ駆けつけた。
「あんたも行けよ」
と、男はラードン大使に言った。
「ちっ!」
と、ラードン大使は、軽く舌打ちをして男を警戒しながら練気隊士達のもとへ向かった。男は、余裕の笑みを浮かべている。
「良いのか?そんなに余裕を見せて、やっぱり仲間がどこかに潜んでるんだな」
「仲間?何を勘違いしているラーズ・スティール、俺は一人だよ、俺に家族や仲間など不要だ、まぁ家来にしてくれと言うならしてやっても良いがな、ハハハハハハ!」
「この野郎!」
と、怒り狂ったラーズが真空突き連撃を放った。男は、鋭く放たれた真空波を巧みに避け刀で弾いた。
「家族や仲間など不要、その台詞…」
と、レンは呟き、フウガ遺愛の斬鉄剣に気を溜め始めた。レンの頭の中では、二人の男の顔が浮かんでいる。
「お前の父はベルゼブだな、そして…」
「そう、我が父はマスター・サターニャ・ベルゼブ…そして、我が兄は…」
と、男が言い切る前にレンが雷光斬を放った。怒りの雷が男は、ギリギリで避け直撃を免れた。男は、やれやれといった顔をしてレンを見た。




