死を覚悟して
「さあ、全員大人しくしろっ!」
と、指揮官らしき男が叫んだ。男は、これが晩餐会の余興ではない事を知らしめるため近くに居たジャンパール人を蹴り飛ばした。大広間からは、怒号や叫び声が響く。兵士たちは、大広間に居る者たちを拘束し始めようとした時、フウガが、大音声で言い放った。
「おのれら、このフウガ・サモンの前でこんな事をして無事に済むと思うてかっ!」
と、言い刀を抜き放った。トランサーの兵たちは、震え上がった。
「ひ、怯むな!数ではこちらが上だ、やれっ!」
「ははっ!」
と、指揮官らしき男に怒鳴られ、トランサーの兵士達は、大広間に居る者たちに襲い掛かった。刀剣を身に着けている者は、すぐさま応戦した。大広間は、大混乱に陥った。フウガは、レオンとヒミカを守りながら戦った。
「フウガ、俺の事は、大丈夫だ!ヒミカとレオニールを頼む」
と、国王であるレオンも剣を振るいながら言った。数で勝るトランサーの反乱兵達は、次々と大広間にいた人々を拘束したり殺したりした。残ったのは、ジャンパール人であるフウガと武官が二名、トランサー人は、レオン、ヒミカ、レオニールと近衛兵三名と若い士官、テランジン・コーシュとシドゥ・モリアの二名だった。斬り倒しても直ぐに新手の反乱兵が大広間に入って来る。
「こりゃあ、難儀じゃな、テランジン、シドゥ!」
と、フウガは、若い二人を呼んだ。
「はい、閣下!」
と、二人は、襲い掛かる反乱兵を斬り倒しながらフウガに近づき言った。
「こうして閣下と共に戦えるのは光栄であります」
「そうかえ、光栄に思ってくれるのなら、おぬしら二人は、とにかく陛下たちをお守りしろ、良いな?」
と、フウガは、若い二人に言った。テランジンとシドゥは、尊敬するフウガに命じられ目を輝かせた。
「命に代えましても!」
そう叫んで二人は、レオン達を守りに行った。フウガは、残るジャンパール人武官二人と共に謀反を起した不届き者として反乱兵達を斬りまくった。中には、トランサー王国の兵でないものまで現れた。おそらくザマロ・シェボットが町のならず者達を金で雇ったのだろう。
「チンピラまで雇うとは、ザマロめ、よほど王座が欲しいのじゃな」
と、フウガは、ならず者の首を斬り飛ばし胴体を蹴り飛ばした。応戦しているフウガ達に疲れの色が見え始めた。反乱兵やならず者達は、ザマロ・シェボットに何を約束されたのか、目の色を変えてフウガ達に襲い掛かる。レオンをはじめトランサーの近衛兵やテランジン、シドゥも必死になって戦った。反乱兵達ほとんどが階級の低い者ばかりだった。
「レオンの首を取った者は、軍の大将にしてやるとのザマロ様のお達しだ!」
と、指揮官らしき男が叫ぶと、反乱兵達は、一斉にレオン達に群がった。フウガは、目の前の反乱兵を素早く斬り捨てレオン達の方へ駆けつけた。
「陛下たちには、指一本触れさせん」
と、フウガは、群がる反乱兵達を斬りまくった。しかし、じわりじわりと大広間の壁へ追い込まれて行く。数では、圧倒的に反乱兵が勝っている。一人の近衛兵が反乱兵に斬られ止めを刺されそうになったその時、大広間から絶叫と共になだれ込んで来た一団があった。トランサー王国近衛師団である。彼らは、爆発のあった城内の中庭で他の反乱兵らと戦っていた。中庭の反乱兵を片付けて急いで国王がいる大広間へとやって来た。
「貴様らぁ、何と言う事をしているのだっ!」
と、近衛師団の男は、反乱兵の指揮官らしき男を斬った。
「陛下ぁ!」
と、男は、レオン達に駆け寄ってきた。立派な髭を蓄えている。男の名は、ヨーゼフ・ロイヤー。トランサー王国近衛師団長である。
「陛下、ヒミカ様ご無事で、おおフウガ殿がご一緒でしたな、良かった」
と、ヨーゼフは、安堵の色を浮かべ言った。ヨーゼフは、十年前の戦争でフウガと共に戦った仲である。ジャンパール皇国とトランサー王国、他数カ国の連合軍とある国との戦争だった。
「久しぶりにフウガ殿に会えたと言うのに、このような事態になってしまって申し訳ない」
と、ヨーゼフは、フウガに詫びた。
「何を言う、ヨーゼフ殿のせいでは無いではないか、それよりレオン様たちを安全な場所に」
フウガは、そう言うと大広間を見回した。近衛師団たちが反乱兵たちをあらかた片付けていた。反乱兵らは、指揮官らしき男が斬られた事で動揺し足並みが乱れ反乱兵たちは、退却して行った。
この隙にフウガとジャンパールの生き残った武官一人とテランジン、シドゥとヨーゼフ率いる近衛師団たちは、レオン、ヒミカ、レオニールをレオンたち家族が普段暮らす部屋へと連れていった。途中、反乱兵に会う事もなく部屋に辿り着いた事にフウガは、少し不審に思った。
「全く叔父上は、何を考えているんだ」
と、レオンは、血で汚れたマントを床に脱ぎ捨てながら言った。部屋は広い、フウガやヨーゼフが率いて来た近衛師団二十数人が入っても十分な広さがある。ヨーゼフは、自分の部下たちに部屋の出入り口や窓の守りを固めるよう命じた。フウガは、ヨーゼフにテランジンとシドゥを紹介した。
「ほう、君たちのような若者が居てくれて誠に心強く思う、共に王家を守ろうぞ」
と、ヨーゼフは、二人に言った。
「ははっ!この命に代えましてもお守りします」
と、テランジンとシドゥは、もはや死を覚悟して答えた。そんな二人をフウガは、見て悲しく思った。ザマロ・シェボットが謀反など起さなければこの二人は、将来それなりに出世して安定した生活を送っていただろうと。そして、ふと王妃ヒミカを見た。ヒミカは、息子レオニールを抱き不安げにフウガを見つめていた。フウガは、ヒミカの傍に行った。
「フウガ、私たちは一体どうなるの?」
と、ヒミカは、不安と怒りを噛み潰しながら言った。
「とにかく、この城から脱出する事を考えましょう」
と、フウガは、言うと、レオンは、テランジンとシドゥとで部屋の隅の家具を動かした。家具の下になっていた床の一部に何か細工がしてあるのが見えた。レオンは、床の細工から取っ手を引き出した。その取っ手を持って床を引き上げると何と階段が現れた。
「脱出口ならここにある、この脱出口は代々国王になった者しか知らない、ここを通れば城の外に抜け出せる」
と、レオンは、部屋居る全員に告げた。一同に希望が見えた。ヨーゼフは、近衛兵の中から五人選び先に脱出口が安全か確かめるように命じた。レオンは、部屋にあった立派な造りの金庫から剣を一本取り出した。
「それは?」
と、フウガは、レオンに聞いた。
「我がティアック家に伝わる不死鳥の剣だよ、これを叔父上のような者に奪われたら先祖に顔向けできんよ」
と、レオンは、言い家宝の不死鳥の剣を腰に帯び左手には、戦闘用の剣を持った。部屋の外でガヤガヤと物音が聞こえた。ザマロの反乱兵が部屋の前に集まり始めているようだった。部屋の扉は、簡単に開けられないように重い家具などで固めてある。そう簡単には、進入出来ないはずであった。
「ザマロの兵たちが集まり始めたようです」
と、扉の守りをしていた近衛兵が伝えた。
「陛下急ぎましょう」
と、ヨーゼフがレオンに言った時、ちょうど先に脱出口を調べに行った近衛兵の一人が帰って来た。
「中は大丈夫です、通路の安全は確認出来ました」
「そうか、ご苦労、では陛下参りましょう、フウガ殿らも早よう行って下され」
と、ヨーゼフは、扉を警戒しながら言った。そして、フウガ、レオン、息子レオニールを抱いたヒミカとジャンパール人武官の順番で脱出口の階段を降りて行った。
「さぁ皆も早く来い」
と、レオンが声をかけた時、異変が起きた。ザマロの反乱兵が爆薬を使い扉を吹き飛ばしたのだ。
「どうした、何があった、大丈夫か?」
と、レオンは、叫んだ。ヨーゼフが脱出口から叫んだ。
「陛下、扉が破られました、我々がここで食い止めますのでどうか早うお逃げ下さい」
「駄目だ、俺も戦う!」
と、レオンが叫び返して階段を上がろうとした時、フウガが止め言った。
「レオン様、ここは彼らに任せましょう、我々は一刻も早くここを脱出しなければなりませぬ」
「フウガ放せ、ヨーゼフたちを放っては行けない」
「フウガ殿、陛下たちをよろしく頼みましたぞ」
と、ヨーゼフは、叫び脱出口を塞いだ。ズズズと、音が響いたのでおそらく退かした家具を元に戻したのだろう。
「レオン様、彼らの意思を無駄にしてはなりません、先を急ぎましょう」
フウガは、悲しみと怒りに堪え言った。出来れば自分もヨーゼフたちと戦いたかった。あの若い二人の士官テランジンとシドゥの事も気になった。
「皆、すまん…」
と、レオンは、力なくつぶやき出口へと向かった。 脱出用の通路は、トランサー城の壁の中に作られている。トランサー城が建てられた遥か昔、時のトランサー国王がもしもの時のためにと作らせたが、今日まで使われることもなく時が流れた。先に脱出用通路の安全確認のために入った近衛兵を先頭にフウガたちは、どんどん進んでいった。途中何度もレオニールがヒミカの腕の中でぐずついたが、何とかなだめ透かしていた。そして、ようやく出口と思われる場所に着いた。一見すると何の変哲もない壁に見えたが、良く見ると扉になっている。中から外の様子を確認出来る覗き穴まである。
「陛下…」
と、近衛兵は、レオンを見た。レオンは、頷き壁に見せかけた扉のあちこちを触り始めた。
「たしかこの辺に…これだ……何ぃどうして?」
レオンは、愕然とした。この脱出口は、代々国王になった者が次の国王に伝えていく国王にしかわからない秘密の通路のはずだった。
「レオン様、どうなされましたか?」
と、フウガも扉に近づきレオンに言った。
「叔父上たちが外にいる」
レオンは、信じられないといった顔でフウガに答えた。フウガは、慌てて覗き穴から外の様子を見た。
「何と…」
外には、ザマロ・シェボットたち反乱兵が出口を囲んでいた。そして、ザマロの隣には、全身真っ黒なフード付きマントのような物を纏った背の高い正体不明な者も居た。その正体不明な者を見たフウガは、背中に冷や水を流された思いをした。
「まさか…奴はイビルニア人か…」
フウガのその言葉で皆、戦慄した。
「何を言ってるんだフウガ、あれは十年前にフウガたちが半島に封印したんじゃなかったのか?」
と、レオンは、言ってまた覗き穴から外を見た。誰がイビルニア人か解らない。十年前レオンは、まだ十三歳だった。戦争に参加もしてなければイビルニア人を見た事も無かった。フウガは、ザマロの隣に居ると伝えた。
「なるほど…異形だな」
と、レオンは、つぶやいた。もう外は、夜が明け始めている。ザマロや反乱兵たちの顔は確認できるがイビルニア人の顔は、真っ黒のフードを被っているためか全く顔を確認する事が出来ない。
万事休すである。外に出ればザマロたちに捕まるか殺される、また戻っても部屋がどうなっているかも解らず、ヨーゼフたちがどうなっているかも解らない。もはや袋のねずみとなってしまった。
「とにかく、ここをどう切り抜けるかを考えよう」
レオンは、そう言ったがすでに死を覚悟していた。どうやってフウガとジャンパール人武官、妻のヒミカと息子レオニールそして、今まで自分達を命懸けで守り戦ってくれた近衛兵たちを生かして逃がすかだけを考え始めていた。