ドラクーン人の証言
「メタール中将!メタール中将!お止め下さい!」
「それ以上やったら死んでしまいますよ!評定所へ連れて行くんでしょう!」
「うるせぇ!放しやがれ、もういいんだ、こいつをこの場でぶっ殺してやるんだよ!」
と、遅れて船に到着したメタルニアの武官二人がバッドを殴り倒すルークを必死になって止めていた。ハリアは、ルークに殴られて気を失って倒れている。ジャンは、アンジュとケリーをルーク達から引き離し様子を見ていた。
「お、おい、しっかりしろ、アンジュ、ケリー…ひでぇ怪我してるじゃなぇか」
「う…うぅぅぅ」
アンジュがジャンの手を少し握った。
「な、何なんだあんた!いきなり入って来て、ぼ、暴力を!うっ!げふぉぉぉぉぉ」
「やかましい!てめぇアンジュとケリーに何をしたぁ?何で怪我してるんだ?」
ルークは、バッドの腹に拳を突き入れ胸倉を掴んだ。
「言えってんだよ!」
「いい、痛い放してくれ!」
「兄貴、そんな奴もう放っておけよ、アンジュとケリーが…おお、おいしっかりしろ!アンジュ、ケリー」
「あぁぁぁぁっ!畜生め!」
と、ルークは、思い切りバッドを殴り倒しアンジュとケリーに駆け寄った。
「アンジュ、ケリー…おい、あんたらはこの馬鹿共を連れて評定所へ行ってくれ、俺達は子供達を病院に、いや、ドラクーン大使館に連れて行く、頼んだぜ!」
と、ルークは、アンジュをジャンは、ケリーを抱きかかえ部屋から出て行った。部屋に残された武官二人が、呆れたようにバッドとハリア、そして部屋の様子を改めて見た。床には、踏み潰された魔導車のおもちゃ、アンジュの嘔吐物、嘔吐物が掛かり汚れ脱ぎ捨てられた大人の服、そして二本の鞭。
「バッド・グリッド、ハリア・グリッド立て、今からご城下の評定所へ行く」
「な、何で我々が…そんな事よりさっきの見たでしょう?あいつは、民間人である我々に暴力を振るったんですよ!妻を見てくれ!あぁぁぁ酷い、女の顔を殴るなんて」
「殴られるような事をしてたんじゃないのか?」
と、武官の一人が呆れたように言った。もう一人の武官が気を失って倒れているハリアを起こした。
「とにかく、申し開きは評定所へ行ってする事だ、我々はお前達を評定所へ連れて行き、その後メタルニアへ連行する役を大使殿より仰せつかっている、さぁ立て」
と、武官に言われ仕方なくバッドとハリアは立ち上がった。武官の一人が床に落ちている壊れた魔導車のおもちゃを拾いポケットに入れ二本の鞭も拾い、船員を呼び部屋の荷物を運び出すよう言い、バッドとハリアを連れ船を降りた。
「しかし、どうして我々が評定所へ、そしてどうしてあんたらが我々を国元へ連行するんだ?」
「バッド・グリッド、本当に心当たりがないのか?」
「無い!」
「ふ~ん、そうか…まぁ評定所へ行けば分かるだろう」
と、武官は、軽く言いメタルニアの小さな国旗が付けられた魔導車にバッドとハリアを乗せ評定所へ向かった。その頃、ルークとジャンは、ドラクーン大使館付近まで来ていた。大使館の前でカイエンの友人で大使でもあるラードンが呑気に打ち水をしていた。
「はは~ん、今日も平和だねぇトランサーは」
と、妙な鼻歌を歌いながらラードン大使は、水を撒いていた。ラードン大使に気付いたルークが馬の速度を弱め大声で叫んだ。
「おおーい!ラードンさーん!」
「んん?あぁ海軍のルークどんじゃあねぇか」
ルークとジャンの駆る馬が大使館前で止まり、二人はアンジュ、ケリーを抱き馬から飛び降りた。何事だろうとラードン大使が打ち水を止め二人を見た。
「ラードンさん、頼む、この子達を治してやってくれ」
「どうしなさった?んんん?何でぇこりゃ!酷ぇ怪我じゃねぇか!とと、とにかく中へ」
と、ラードン大使は、慌ててルーク達を大使館に入れた。アンジュとケリーをまず来客用の長椅子に寝かせた。
「何でこんな目に…おいら一人じゃ駄目だ、おおい!皆来てくれ!」
と、ラードン大使は、大使館員全員を呼んだ。大使含めて五名である。その中にカンドラ事件で世話になったタキオンとワイエット大使館員も居る。
「何事ですか?」
と、皆集まり、ルークが手短に説明するとドラクーン人達は、信じられないと言った。
「お、親が子をこんなになるまで…信じられねぇがそうも言ってらんねぇ、おい、皆、全力で行くぜぇ!」
「ははっ!」
と、ドラクーン人達は、アンジュとケリーに向け両手をかざした。手が優しく光り出した。何も出来ないルークとジャンは、ただ祈るしかなかった。
「う~む…傷口から悪意を感じる…」
「ああ、カイエンの野郎…じゃなかった龍神様が居たらその親は間違いなくぶっ殺されてるぜ」
「う、うう…」
「はぁ…はぁ…」
気を失っていたアンジュとケリーが目を覚ました。ケリーの右腕が見る見るうちに治っていく。そして、潰れた左目も元に戻っていく。
「アンジュ、ケリー」
「ル、ルークのおじさん?」
「おおっと、まだ動いちゃ駄目だぜ、お嬢ちゃん、もう直ぐ終わるからな」
「坊ちゃんもまだじっとして」
「ここはどこ?僕どうして…うううぅぅ、うわぁぁぁん」
と、ケリーが不安になったのか泣き出してしまった。ジャンが慌ててケリーに駆け寄った。
「ケリー、俺だジャンだ!もう大丈夫だぞ」
「うわぁぁぁん、おじさぁぁぁん!僕の、僕の、おじさんに買ってもらった僕の魔導車が、魔導車が、うわぁぁぁん」
「どうしたんだ?魔導車がどうしたって?」
「壊されたの、おじさんに買ってもらったケリーが一番気に入っていた魔導車をあの人が踏み潰したの」
と、アンジュが泣き叫ぶ弟の代わりに答えた。アンジュは、父バッドを「あの人」と言った。父とは、絶対に言いたくなかったからである。
「何だってぇ?!あの野郎…ケリー泣くな、また買ってやるからな、お前達をこんな酷い目に遭わせたあいつらを絶対に許さねぇ!」
と、ジャンは、ケリーの治った右手を優しく握りながら言った。ドラクーン人達の懸命な治療のおかげでアンジュとケリーは、事なきを得た。
「お嬢ちゃん、気分はどうだえ?頭をぶつけたんじゃねぇか?頭ん中に血の塊を感じたが」
「はい、あの人に突き飛ばされて壁に頭をぶつけたの」
「そうかい、安心しな、もう血の塊は消し去った、ところでルークどん、これからどうするんだね?」
「この子達を評定所へ連れて行かねぇとならねぇんです」
「この子達の親にはある詮議が掛かっていましてねぇ」
と、ルークとジャンが答えた。うんうんとラードン大使は頷きワイエットに同行するよう言い渡した。
「ワイどん、ルークどんらと評定所へ行ってくれ、この子らの怪我の説明しなきゃなんねぇだろうからな、おいら説明が苦手だから頼んだぜ」
「心得ました」
「評定所へ行く前にこの子達を着替えさせます、アンジュ、ケリー新しい服を買ってやる、行こう」
と、ルークとジャンは、アンジュ、ケリーを連れ城下の服屋へ向かった。
既に評定所には、レンとエレナをはじめ側用人であるディープ伯爵、評定所の主とも言えるエイゼル・ジャスティ大臣やフレイド・フロスト大臣、あと重臣が数名、そしてサイモン元帥が妻ルーシーと義母ステラ、義妹マリアを連れて来て居た。法廷内の一段高くなった場所には、御簾が掛かっている。その内側にレンとエレナ、ディープ伯爵が座っていた。
「遅いのぅ、何をしておるんじゃ」
と、ジャスティ大臣が忙しなく法廷内をうろうろしていた。そこへ改めてメタルニアのデ・ムーロ兄弟に連絡を取っていたテランジンが法廷内にやって来た。
「あの野郎、やっぱり嘘を言っておりました、今デ・ムーロに確認したところバッドとは違うグリッド姓の者でした」
「ふむ…なぜ気付かなんだのか?」
と、ジャスティ大臣が手を後ろに組み言った。
「クリフの野郎、名前まで確認しなかったようでして苗字だけで判断したらしく申し訳ないと詫びておりました」
と、テランジンが申し訳なさそうに言い、バッドがメタルニアへ一旦帰国した時に行った工作の事も話した。
「バッドの野郎、トランサーからもしも自分宛てに連絡があったら営業所に勤めてる事にしてくれとそこの所長に頼んでいたそうで、何でも自分はトランサーで酷い目に遭いサイモンに子供を奪われたなどと偽り同情を買っていたそうです、ところがデ・ムーロから直接、此度の事を聞いた所長が驚いてあっさりしゃべったそうです」
「私が子供達を奪った事になっているのか…呆れてものも言えん」
と、サイモン元帥が憤った。テランジンがサイモン元帥の隣に座った。とにかく本人達が来るまで待つ事となった。それから三十分ほどして役人が法廷にやって来てメタルニアの武官がバッドとハリアを連れて来たとジャスティ大臣に伝えに来た。
「やっと来たか、で、子供達は?」
「さぁ、来ているのは武官殿二名とグリッド夫妻です」
「ふむ、まぁ良い、ここへ連れて参れ」
武官一人が先頭に立ちバッドとハリアが法廷に現れた。バッドの顔を見るなりジャスティ大臣が顔をしかめた。
「えらい顔になっとるのぅ、何があった?」
「何があった?ふざけるなっ!この国の軍人は無抵抗の民間人に暴力を振るうのかっ?」
と、バッドが怒り叫んだ。そこへまた役人がやって来て、今度は、ホーリッシュ大司教が弟子二名と共に来たと伝えに来た。ホーリッシュ大司教にも評定所へ来るよう連絡されていた。
「一体何事ですか?グリッドさん、どうしてあなた方がここに?その顔はどうしたんです?」
と、ホーリッシュ大司教も驚いた。ジャスティ大臣は、ホーリッシュ大司教と弟子に座るよう言い、バッドとハリアに理由を説明するよう言った。
「あの男は、いきなり部屋に入って来るなり、妻を殴り倒し私を散々殴ったんだ、家族水入らずで過ごしていたのに」
「あの男とはメタール中将か?ギムレット少佐か?」
「ああ、メタール中将閣下です」
と、武官の一人が答えた。
「私共が遅れて部屋に到着するとメタール中将がグリッドを…まぁ理由があっての事と存じますが」
と、意味あり気な顔をしてもう一人の武官が答えた。
「とにかく、私は訴えますよ!民間人に暴力を振るうなんて最低な軍人だ!」
と、バッドは、鼻息を荒げて言った。ジャスティ大臣は、やれやれといった顔をした。
「ふむ、ロイヤー殿、サイモン殿にお尋ねする、我が国の軍人は何の罪科もない一民間人に暴力を振るうか?」
「我が誇り高きトランサー海軍にその様な狼藉者は存在しません」
「右に同じく、陸軍にもその様な狼藉者は存在しません」
と、テランジンとサイモン元帥が答えた。
「わしもそう思う、まぁ当人が来て申し開きするじゃろう」
と、ジャスティ大臣は、大した問題とは思っていないようである。バッドがぶつぶつ文句を言っているが全く相手にしていない。
「ところで大臣殿、この者らの部屋にこれが落ちていましたので持って参りました」
と、武官の一人がポケットから壊れた魔導車のおもちゃを取り出し、ベルトに差し込んでいた鞭二本をジャスティ大臣に差し出した。バッドとハリアが一瞬だけ「あっ!」と言う様な顔を見せた。
「ふむ、壊れた魔導車のおもちゃに…これは…鞭じゃな、何故この様な物を持っておる、この鞭は軍隊で使う物ではないのか?ロイヤー殿、サイモン殿」
「はい、それは軍隊で主に教育隊が使う物です」
「そうそう、あれで叩かれると痛いんだ、俺達もよく士官学校の時にあれで叩かれたな、サイモン、しかしシドゥの奴はいつも上手く言い訳をして逃れていた」
と、サイモン元帥、テランジンが言うと他の者達がクスクス笑った。御簾の内側でレンとエレナ、ディープ伯爵も笑っていた。
「ふふふ、テランジンらしいね、でもグリッド夫婦があれを持っていたのなら、まさかアンジュとケリーをあれで…」
と、レンは、不安に思った。エレナもまさかといった顔をしている。
「ま、まさか…彼らは大聖堂で神の御前にて過去の罪を告白し懺悔したのです、先ほどデ・ムーロ商会で働いていない事は、判明しましたが子供達に手を出したとは考えたくはありませんな」
と、人の好いディープ伯爵が言った。ジャスティ大臣は、両手に壊れた魔導車のおもちゃと鞭を持ち、それらを眺めながらバッドとハリアを交互に見た。
「そ、それは私が誤って踏ん付けてしまったんです…む、鞭は部屋に落ちてました」
と、バッドが平然と嘘を言った。ハリアは、うつむき何も答えない。そこでテランジンが腕組みをしながら言った。
「おい、グリッド、貴様デ・ムーロの商会で働いていると何故嘘を言った?」
と、いきなり仕事の話しをされバッドが「えっ?」と顔色を変えた。テランジンは、自分がデ・ムーロ兄弟に直接連絡を取り確かめたと言うとバッドは、意外にもそれを認めたのだ。
「仕方がないじゃないですか…私のような者が信頼されるには多少の嘘でも吐かなければ信頼されない…でもちゃんと仕事もして生活も安定してるんだ」
「貴様…詐欺師だな?」
「えっ?何を言ってるんですか、私はちゃんと仕事に就いてますよ」
「では本当は何の仕事をしているのだ?答えよ!」
まさかこの様な状況になるとは、思ってもいなかったバッドは、答えに苦しんだ。
「何でも屋です」
と、ハリアが突然答えた。とっさに思いついた嘘である。確かにそう言った仕事はある。例えば忙しい者の代わりに名代として結婚式や葬式に出る、或いは、家の掃除や物の配達など特別な技能を要しない仕事なら大概の仕事を請け負う職業である。
「何でも屋ねぇ…まぁこの場はそういう事にしておいてやろう」
と、テランジンは、半ば呆れ気味に言った。そこでジャスティ大臣が咳払いを一つ落としバッドとハリアに問うた。
「先ほどから其の方共から酒の匂いがするが、まさか…酒の勢いでアンジュとケリーをこの鞭で打ったりなどしておらんじゃろうのぅ、何故アンジュとケリーがおらんのじゃ?」
この法廷に居る誰もが思っていた。何故アンジュとケリーがこの場に居ないのか。
「ああ、子供達ならメタール中将とギムレット少佐がドラクーン大使館に連れて行きました」
「何とドラクーン大使館に?」
「はい、我々も良くは確認しておりませんが子供達は怪我をしておりました、何せメタール中将を止めるのに必死だったもので、はっきりとは分かりませんが」
と、武官の一人が答えた。怪我と聞いて法廷内は騒然となった。
「怪我をしておったと?何故、子供達が怪我をしていたのか?」
と、ジャスティ大臣が冷たく言った。
「私と妻が船内の売店で食べ物を買いに行っていた頃だと思いますが、二人は喧嘩をしたんです、部屋に戻りびっくりしましたよ」
「そんな事ありえない!あの二人が互いに怪我をするまで喧嘩するなど絶対にありえませんぞ!」
と、ホーリッシュ大司教が叫ぶように言った。ホーリッシュ大司教は、アンジュとケリーが孤児院に居た時の事を細かく話した。口喧嘩などよくあったが互いに手を出す事は一度もなかった。
「本当なんですよ!」
「子供同士の喧嘩には見えなかったぞ、どうして二人ともぐったりしていたのか?全身が腫れ上がっていた様に見えたが」
と、もう一人の武官が顎髭を触りながら言った。この法廷内に居る誰もがバッドとハリアが何かしらやったと思った。
「まぁ…全ては役者が揃ってからじゃ」
と、ジャスティ大臣がバッドとハリアを見据えながら言った。それから三十分ほどして役人がジャスティ大臣に知らせに来た。
「メタール中将、ギムレット少佐が子供達を連れ参られました、それとドラクーンのワイエット殿もお越しです」
「うむ、来たか、早うこれへ」
ルークがアンジュと手を繋ぎ、ジャンがケリーを抱っこして法廷内に入って来た。その直ぐ後からワイエットも入って来た。
「おお、来たか、遅かったのぅ、何があった?おお、ワイエット殿も」
と、ジャスティ大臣がルーク達に近付きながら言った。バッドとハリアは、子供達を見て驚いた。怪我がすっかり治っていて服まで違っている。何が起きたのだと二人は、顔を見合わせた。
「先ほどからのぅ、こやつがお前さんに言われ無き暴力を受けたと言っておってのぅ、何があったんじゃ」
と、ジャスティ大臣は、アンジュとケリーの頭を撫でながらルークに言った。ルークとジャンの表情が見る見るうちに豹変し恐ろしい顔になった。
「言われ無き暴力だと?てめぇが子供達にやった事をまだ話してなかったのか」
「この二人はアンジュとケリーを鞭で打っていたんですよ」
「そう、俺達が部屋に踏み込んだ時、こいつらは倒れるアンジュとケリーに鞭を振り上げていた、それを見た瞬間、俺ぁ頭の中が真っ白になっちまって気が付いたらこいつらを殴り倒しておりやした、そこでメタルニアの武官殿が俺を止めに」
と、ルークの言葉を聞いた瞬間、法廷内の皆は、やっぱりといった表情を浮かべた。
「お、お前達はもう二度と子供達を傷付けないと約束したではないか!」
と、ホーリッシュ大司教が怒りの声を上げた。同席しているルーク、ルーシーの母ステラとルークの妻マリアは、心配そうにルーシーを見ていた。ルーシーは、明らかに怒っている。
「どういう事か?説明せよ」
「ち、違うんです大臣、子供達が喧嘩をしていたので部屋に落ちていた鞭で仲裁に入ったまでの事、決して私は…」
「喧嘩の仲裁だと?てめぇ寝ぼけた事ぬかしてんじゃねぇぞ!子供の喧嘩如きで手の骨が折れたり目が潰れたりするもんか!」
と、ケリーを抱くジャンが怒鳴った。ジャンの言葉を聞き法廷内が騒然となった。ひそひそと話し声が聞こえる。
「骨が折れ目が潰れたと?どういう事だ?」
レンとエレナ、ディープ伯爵も御簾の内側で顔を見合わせ驚いている。ジャスティ大臣は、アンジュとケリーに直接尋ねた。
「アンジュ、ケリー今この大人が言った事は誠の事か?お前達は姉弟喧嘩をしたのか?」
「いいえ、違います、喧嘩なんてしてません、私達は…私達は…」
と、目に涙を浮かべたアンジュが答えるがその時の恐怖が蘇り思うように説明出来ないでいる。
「おぅおぅ、よしよし、怖い思いをしたのじゃな、うんうん、あい分かった、もう大丈夫じゃぞ、ここに居る大人達は…あぁこやつらは別じゃが、皆アンジュ、ケリーの味方だからね、安心して良いんだよ、よしよし」
と、ジャスティ大臣は、アンジュの手を取りそっと撫でながら優しく言った。ケリーは、ずっとジャンの胸に顔を向けバッドとハリアを見ないようにしていた。
「け、怪我なんてしてないじゃないか、あんたらの見間違いだ!」
「ほう、貴様から子供達の傷口と同じ悪意を感じる、貴様らがこの子達の親だな」
と、バッドの言葉を聞きワイエットが答えた。
「よろしいかな、方々、子供達の怪我の具合を説明しようと思いますが」
「おお、ワイエット殿よろしくお頼み申す」
と、ジャスティ大臣が言うとワイエットは、アンジュとケリーの怪我を説明した。
「まずは女の子の方から…この子が運び込まれた時、非常に危険な状態でした、全身は何かで叩かれ…あぁ大臣が持っている鞭ですな、同じ悪意を感じる…全身が腫れ上がっていました、所々に血も滲んでいた、そして頭の中に血の塊を感じました、父親に突き飛ばされ壁に頭をぶつけたそうで、当然血の塊は消し去りました、そして男の子の方はこれも酷かった…先ほどジャン殿が言った通り右腕の骨は折れ手の骨はバラバラになっていて紫色に腫れ上がっており、女の子同様に全身が腫れ上がっており、極めつけは左目が潰れておりましたので治しましたが、まぁ子供の怪我を治すのに我々大人のドラクーン人が五人がかりですよ、二人とも本当に危険な状態でした」
と、ワイエットが二人の怪我の具合を説明してバッドとハリアが虐待を行ったという証言をした。法廷内が静まり返っている。
「怪我を負わせたのが実の親と聞き驚きましたよ、何であんな事が出来るのだ?我々ドラクーン人には全く理解出来ん」
と、ワイエットがバッドとハリアを見て言った。ホーリッシュ大司教は、弟子二人に支えられやっと座っていられるといった様子だった。
「うう…嘘だ!そんな怪我していない、大袈裟に言ってるだけだ!」
「この野郎、この期に及んで」
「まぁ待てルーク、こやつらはドラクーンの方々の事をよく知らんのじゃろう」
と、殴り掛かろうとしたルークを止めながらジャスティ大臣が言った。
「我々ドラクーン人は炎は吐いても人間に対して絶対に嘘は言わんよ」
と、ワイエットが言うとクスクスと笑い声が聞こえた。バッドとハリアは、それでも自分達はやっていないと言い張った。そして、国へ帰ったら訴えると言い出した。
「とにかく私は訴えるぞ!私や妻に暴力を振るったメタール中将とここを仕切っているあんたを!」
と、バッドがルークとジャスティ大臣を睨みながら言った。
「訴える?ほう、良かろう好きにせい、其の方が訴えをメタルニアが受け入れればの話しじゃがのぅ、いつでも受けて立ってやる、わしは、わしの正義を持って職務に就いておる、一歩も引かんぞ!」
と、ジャスティ大臣が凄みを出しながら言った。
「これに証拠がある、其の方らが言う部屋に落ちていたと言う二本の鞭、そして壊れた魔導車のおもちゃじゃ、そしてドラクーン人たるワイエット殿の証言…懲らしめねばならんのぅ」
「魔導車は、この人がケリーから取り上げて踏み潰したの、む、鞭は鞄から取り出してた」
と、ジャスティ大臣が言うとアンジュがバッドを指差し勇気を振り絞って後に言った。バッドとハリアは、余計な事を言うなと言わんばかりの顔をした。アンジュは、直ぐにルークの後ろに隠れた。
「で、でたらめだ!アンジュ何て事を言うんだ!どうして親を陥れる様な事を言うんだ!」
「そうよ、アンジュ、何て事言うの!あなたは黙ってなさい」
「僕の魔導車を返して!おじさんに買ってもらった僕の魔導車…魔導車…うわぁぁぁぁん」
と、壊された魔導車を思い出しケリーが泣き出した。御簾の内側でレンは、腸が煮えくり返る思いをしていた。エレナも同じ思いをしていた。レンは、鈴を鳴らした。何か言ってやらないと気が済まなかった。澄んだ鈴の音を聞き御簾の向こうにレン達が居る事を知るジャスティ大臣達が一斉に御簾を見た。バッドとハリアは、何事かと思い御簾を見る。法廷内に入った時から御簾の手前左右に近衛隊隊長であるミトラとクラウドが居た事は、知っているが御簾の向こうに人がいる事に全く気付かなかった。
「バッド・グリッド、ハリア・グリッド、陛下の御下問である、心して答えよ」
と、ディープ伯爵の厳しい声が法廷内に響いた。




