虐待
ケリーにゆっくりと近付いたバッドは、覗き込む様にしてケリーを見た。ケリーは、にっこりと微笑みバッドを見返した。バッドは、ケリーが持つ魔導車のおもちゃを見つめて、もう一度ケリーを見た。
「ケリー、このおもちゃは誰に買ってもらった物だ?」
「えっ?これジャンのおじさんに買ってもらった魔導車だよ、カッコいいでしょ」
と、ケリーは、無邪気な笑顔を見せ答えた。
「父さんが買ってやった魔導車はどこにあるんだ?」
「ええっと」
と、ケリーは、ジャンに買ってもらった魔導車のおもちゃを床に置き、自分が持って来た鞄の中を探りバッドに買ってもらった魔導車のおもちゃを取り出そうとした時、バキッと後ろで音がした。振り向くとバッドがジャンに買ってもらった魔導車を踏み潰していた。
「ああっ!僕の魔導車!」
ケリーが慌ててバッドに近付き踏み潰された魔導車を拾い上げようとした。アンジュは、異変に気付き本から目を離した。
「どうしたの?あっ!?」
「ぼ、僕の魔導車…僕の…ジャンのおじさんに買ってもらった魔導車が…うぅぅ、うわぁぁぁぁん」
「ふん、他人に買ってもらった物を大事にして父から買ってもらった物を粗末に扱うとは許せん、ケリーそんな物は捨てて俺が買ってやった魔導車で遊べ!なっ!ほら、遊べ」
と、バッドは、ケリーの鞄から魔導車のおもちゃを取り出しケリーに渡そうとした。傍でハリアが当然だと言わんばかりの顔をしてバッドとケリーを見ている。アンジュには、この状況が全く理解出来なかった。
「さぁ、これで遊ぶんだケリー」
「嫌ぁだぁぁ、僕の、僕の魔導車、うわぁぁぁぁぁん」
と、ケリーは、壊れた魔導車を握りしめ泣いた。一番お気に入りの魔導車を踏み潰されたのである。
「何で踏み潰したの?父ちゃんの馬鹿ぁ、うわぁぁぁぁん」
「こ、こいつ、親に向かって馬鹿と言いやがった!何て子だ!」
「ちょっと、バッド、駄目よ」
と、ケリーを叩こうとしたバッドをハリアが止めた。バッドは、気を取り直してケリーから壊れた魔導車のおもちゃを取り上げ自分が買ってやった魔導車のおもちゃを強引に渡そうとする。
「なっ!ケリーこいつで遊べ、これは捨ててやるから、なっ…遊べって言ってるんだよ!」
と、バッドは、もっと壊して諦めさせようとした。壊れた魔導車のおもちゃを床に置きケリーの目の前で踏みにじった。その様子を震えながらアンジュが見ている。
(なにこれ?この人達は、何をやってるの?)
ケリーが泣きながらバッドに踏みにじられている魔導車を取り返そうと右手を伸ばした。その時、バッドの右足がケリーの右手を魔導車ごと踏んだ。魔導車のおもちゃが壊れる音とは別の何か乾いた音が鳴った。ケリーの右手の骨が折れた。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁ!」
「あっ!しまった!」
「ちょ、ちょっとバッド!」
ケリーは、その場でのた打ち回った。ケリーの右手が見る見るうちに腫れ上がっていく。掌には、おもちゃの破片が突き刺さっていた。
「痛いよぉぉ!痛いよぉ!」
「ああ、ケ、ケリー!」
アンジュは、慌ててケリーに駆け寄った。
「ケリー大丈夫?は、早く医務室へ」
と、アンジュがケリーを船内の医務室へ連れて行こうとしたが、バッドとハリアが止めた。
「アンジュ、心配ない、これはちょっとした事故だ、父さん達が何とかするからお前は、大人しく椅子に座っていなさい」
「そうよ、あなたは座ってなさい、さぁケリーお母さんに見せて」
と、ハリアが、ケリーの両肩に手をやりアンジュから引き離した。バッドがアンジュを無理やり椅子に座らせると、またケリーに近付き言った。
「ケリーお前が悪いんだぞ、あんなところに手を出すから」
「痛いよぉぉ!」
「ケリーお母さんに手を見せて、さぁ」
「いやぁぁ!」
ケリーの右手をハリアが掴もうとしたが、ケリーが激痛で激しく抵抗する。
「さぁ、早く見せなさい…もうほらっ…って、痛っ!この子今私をぶったよ、バッド」
と、抵抗するケリーの左手が偶然ハリアの右頬を掠めただけである。
「何っ?ぶっただと?このガキィィィ、母親に手を出すとは…悪い子だな、許せん、悪い子はお仕置きだ」
と、バッドの「お仕置き」と言う言葉でアンジュは、凍り付いた様にその場から動けなくなった。バッドが自分達の鞄に隠し入れていたある物を二つ取り出し一つをハリアに渡した。それを見たアンジュは、小さな悲鳴を上げた。四年前、散々自分を苦しめた物。鞭である。
「悪い子はお仕置きしなけりゃな!そらっ!」
と、まずバッドが最初にケリーを鞭で打った。ピシィィと音がする。打たれたケリーが悲鳴を上げる。次にハリアが打った。ケリーの耳をつんざく様な悲鳴が部屋に響く。バッドとハリアは、交互に何度も何度も鞭を打った。
「このっ!悪ガキめっ!母さんに謝れ!」
「きぃぃぃぃぃ、痛い、痛い」
「さぁ謝りなさい!」
アンジュは、鞭で打たれる弟を見て四年前の自分の姿を思い出していた。誰も助けてくれない。バッドとハリアの気が済むまで続けられる鞭打ち。
「だ、駄目…もう止めて、ケリーには何もしないで!」
アンジュは、勇気を振り絞りケリーを庇った。泣き叫ぶ弟を抱き締め両親を見た。バッドとハリアは、互いに顔を見合わせやれやれといった表情を浮かべた。
「アンジュ、そこを退きなさい、お前は大人しく本でも読んでろ」
「そうよ、アンジュ、お父さんの言う事を聞きなさい」
アンジュは、強引にケリーから引き離された。アンジュが止めるのも聞かずバッドとハリアがケリーを鞭で打つ。その時、船内放送が入った。
「ええ~ご乗船のお客様に申し上げます、ただ今、魔動機の故障で出港が遅れております、修理が出来次第、出港致しますので、どうかご容赦下さい」
「けっ故障だと?全くツイてないな、まぁ良い、その間ケリーをみっちり躾けねばな」
そう言うとバッドは、またケリーを鞭で打った。ケリーの背中には、あちこちミミズ腫れが出来ていて血も少し滲んでいた。アンジュがまたバッドとハリアを止めに入る。
「もう止めて、ケリーを医務室に早く!」
「親に向かって命令するなっ!」
と、バッドがカッとなってアンジュを突き飛ばした。突き飛ばされたアンジュが壁にぶつかった。
「ちょっと、バッド!アンジュには絶対手を出しちゃ駄目よ!傷つけたら値打ちが下がるんだから」
「分かってるさ、ちょっとカッとなっちまった、こらっ!アンジュ、そこで大人しくしてろ!」
先に飲んでいた酒がかなり回って来たのかバッドは、フラフラしだした。ハリアも少し酔いが回ってきている様子だった。二人が打ち下ろす鞭が背中から腕や骨が折れて腫れ上がっている右手に容赦なく当たり出した。ケリーの悲鳴が一段と強くなった。アンジュは、必死で二人を止めた。
「もう止めて、私達には二度と手を出さないって約束したじゃない!」
「うるさい!向こうへ行ってろ!」
と、バッドが先ほどより強くアンジュを突き飛ばした。アンジュは、頭を激しく壁にぶつけその場に倒れ込んだ。
「うぅぅぅ…いい、痛い…頭が」
アンジュの様子には、目もくれずバッドとハリアは、ケリーを責め立てた。そして、ハリアの振るった鞭の先がケリーの左目に直撃し左目が潰れた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
子供とは、思えないほどの悲鳴をケリーが上げた。
「ああっ!?やっちゃった、ケ、ケリーの目が」
「ああっ?お前何て事を…あ~あぁこれじゃあ大した金額にはならんな」
二人は、ケリーの怪我の事より金の心配をした。
(大した金額?値打ちって何の事?ケリー、ケリー…)
アンジュは、ケリーを助けようと必死になって立ち上がった。泣き叫ぶケリーを黙らせようとバッドがケリーの口の中にハンカチを詰め込んだ。バッドにフラフラとアンジュが近付く。
「ほらっこれで少しは静かになったぞ」
「も、もう止めて、止め…うっ、おっおえぇぇぇぇ」
頭を強く打っていたアンジュがバッドの背中に嘔吐した。
「ん?何?うっ!臭えぇぇぇ、こ、このガキ、俺にゲロを吐きかけやがった!何て事をしやがる!」
と、バッドは、アンジュの首根っこを引っ掴みケリーの真横に乱暴に座らせた。アンジュの様子がおかしい事に全く気付いていないハリアがアンジュを引っ叩いた。
「父さんに何て事するの?!謝りなさい!お父さんに謝りなさい!」
嘔吐物が掛かった服を脱ぎ捨てたバッドは、アンジュを鞭で打ち始めた。
「許さん!ハリア、俺の我慢は限界だ、ガキどもを売りに出す前に闇の病院で治療させたら大丈夫だろうからお前も打て」
「ああ、そうだね、その手があった、ほらっ!お仕置きだよ」
バッドとハリアが、狂ったようにアンジュとケリーを鞭で打ち据える。アンジュとケリーには、抵抗出来る体力がもう残っていなかった。
その頃、トランサー城内にあるレンの部屋でディープ伯爵、ジャスティ大臣、テランジン、サイモン元帥そしてルークとジャンが昨日のお別れ会の様子をレンとエレナに話していた。
「へぇそんなに楽しかったのかい、アンジュもケリーも満足してくれたんだね」
「はい、陛下、最後に二人の笑顔が見れて良かったです」
と、サイモン元帥が少し寂しそうに言った。
「まぁメタルニアへはいつでも行けるのだ、深刻に考えることもあるまいて」
と、ジャスティ大臣が明るく言った。その通りだとテランジン達も言った。そこへ慌ただしく扉を叩く音がした。
「誰か?」
と、ディープ伯爵が問う。
「私です、フロストです」
と、外務大臣であるフレイド・フロスト侯爵の声がした。ディープ伯爵が部屋に入るよう言うと血相を変えたフロスト大臣が入って来た。
「何事です?」
「陛下、ジャスティ大臣、大変ですぞ!先ほどメタルニアのセビル・キャデラ大統領直々に魔導話がありました、先日、メタルニアで大規模な人身売買組織の一斉検挙があったようでして、その組織の一人がこう申しておったそうです、ある夫婦が子供を二人売りたいと、そして子供をトランサーに置いてきたから連れてきたら高く買い取ってくれるかと」
「何っ?してその夫婦の名は何と申すのじゃ?」
と、ジャスティ大臣が問う。レン達は、嫌な予感がした。
「夫の名はイアン・グッドノン、妻の名はカーラ・グッドノンです」
「何だグリッドじゃなかったのか」
と、レン達が安堵の色を見せるとフロスト大臣は、真剣な顔をして首を横に振った。
「グッドノンは、グリッド夫妻のメタルニア名です、彼らは我が国を出奔しメタルニアへ渡った際、名を変えたそうです、そして二人が子供を引き取るために我が国に戻る直前に役人に賂を渡し、元のグリッド姓に戻していたのです」
「何だって?じゃ、じゃあ、あの二人は最初からアンジュとケリーを売るために」
と、レンが椅子から立ち上がり言った。エレナが信じられないといった顔をしている。
「グリッドらは何時メタルニアに帰ると言っていた?」
「確か朝一番の船便で出ると」
と、テランジンの問いにサイモン元帥が答えた。テランジンは、部屋の壁に掛けてある時計を見た。午前八時を回っている。グリッド家族が乗るメタルニア行きの船は、午前八時半出船である。
「ルーク、ジャン、急いで港町に行け!メタルニア行きの船を止めろ、グリッドを引っ捕らえて来い!」
「ああ、捕らえたら評定所へ連れて参れ!」
と、テランジンとジャスティ大臣が言った。
「合点!」
と、ルークとジャンが部屋から飛び出して行った。
「私も行こう」
「待て、サイモン、君はルーシー殿を連れて評定所へ行け、グリッドの事は、ルーク達に任せろ」
「イーサン、僕達も評定所に行こう」
「私も行くわ、子供を売ろうなんて…親の顔が見てみたい」
と、珍しくエレナが怒りの表情を浮かべ言った。ディープ伯爵は、直ぐにミトラとクラウドを呼びレンとエレナが評定所へ行く事を伝えた。二人は、直ぐにレンとエレナが評定所へ行く準備をした。
ルークとジャンは、まず城内の厩舎に行き足の速い馬を選び乗った。城を出て馬を走らせ真っ直ぐ港町に向かう。その頃、メタルニア大使館にも連絡がありガーランド大使が武官二人にグリッド夫妻を捕らえるよう命じていた。
「とにかく、二人を捕らえたらご城下の評定所へ連行しろ」
「ははっ!」
と、武官二人は、バッドとハリアを捕らえるため大使館を出た。武官は、バッドとハリアが既に船に乗っている事をまだ知らないので孤児院に向かった。その頃、馬を駆るルークとジャンは、城下町を抜け港町へ続く街道を走っていた。
「頼む、間に合ってくれ」
ルーク、ジャンは、そう祈りながら馬を駆った。一方、アンジュとケリーは、バッドとハリアに散々鞭で打たれていた。アンジュの意識は、既に朦朧としているが、弟を守らなければと言う強い意思だけは、はっきりとしている。ケリーは、口にハンカチを詰め込まれて叫び声を出せないようにされていて唸り声だけを上げている。潰れた左目から血を流し顔を血と涙と鼻水、涎で汚していた。骨が折れ腫れ上がった右手を必死になって守っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ…ったく、どいつもこいつも言う事を聞かない」
と、バッドが呟き、机に置かれた酒を飲んだ。かなり酔いが回っている様子だった。ハリアにも酒を勧めバッドは、またアンジュとケリーを鞭で打った。
「さぁ、答えろ!俺はお前達の何だ?えっ?答えろよ!」
父とは、意地でも言いたくなかった。アンジュは、ただひたすら鞭の痛みに耐えていた。
「…さん、…じさん」
「んん、何だって?」
「おじさん、おばさん、助けてっ!」
と、アンジュは、鞭の痛みに耐えかねて叫んだ。
「おじさん、おばさん?ああサイモンの事だな、サイモンの事を言ってるんだな?!この馬鹿娘めぇ!」
と、サイモン元帥に恨みを抱くバッドは、カッとなりまた激しくアンジュを鞭で打った。
「あうっ!うっうう」
「あの野郎のせいで殿は、殿は、あああ!畜生!」
「ちょっと、あんたやり過ぎだよ」
「うるさい!お前もやれっ」
「もう、しょうがないねぇ」
と、ハリアもまた加わりアンジュ、ケリーを鞭で打った。そこで船内放送が入った。
「ご乗船のお客様、大変お待たせ致しました、魔動機の修理が終わりましたのでただ今から出航致します」
その頃、ルークとジャンは、港町に到着していた。港には、各国の客船が並んでいてどれも出航しそうに見えた。
「畜生、どこだ、どこにあるメタルニアの船は」
「ああぁ!兄貴あれ、あの船にメタルニアの国旗が!」
「あれかっ!」
二人は、馬上から叫んだ。船がゆっくりと岸から離れて行くところだった。
「おおーい!その船止まれぇぇぇ」
「そこのメタルニアの船止まれぇぇぇ!」
ルークとジャンの周りに居た者達が何事だと一斉に二人を見上げた。そんな様子をメタルニアの客船の副船長が気付いた。
「んん?何だ、軍人か?」
「メタルニアの船止まれぇ、岸に戻れぇぇ!戻らんと沈めるぞぉぉぉ!」
と、ルークの叫び声を聞いた副船長は、慌てて船長に報告した。
「何?戻らないと沈めるだってぇ?一体何事なんだ」
「分かりません、とにかく言う通りにした方がよろしいのでは?」
「そ、そうだな…おい、船を港に戻せ」
船内は、大騒ぎになった。やっと出航出来た矢先にまた戻されるとはと怒りをあらわにする者も居た。そんな船内の様子に全く気付いていないバッドとハリアであった。船が着岸すると馬から降りたルークとジャンが直ぐに乗り込んで来た。船長と副船長が慌てて操舵室から出て来た。
「い、一体何事ですか?」
「すまない、今説明している暇がないんだ、この船にバッド・グリッド、ハリア・グリッドと言う夫婦が二人子供を連れて乗っているはずなんだ」
「船客名簿を見せてくれ」
と、ルークとジャンが言うと副船長が直ぐに持って来てくれた。周りに人が集まり出してきた。船が港に戻っている事すら気付いていないバッドとハリアは、ネチネチとアンジュとケリーに虐待を加えていた。
(ど、どうして、私達がこんな目に遭わなきゃいけないの?大司教様やサイモンのおじさんとおばさんは私達がこんな目に遭う事を望んでいたの?痛い…痛いよぉ…苦しい…どうして誰も助けてくれないの?だ、誰か助けて…)
アンジュの体力はもう限界に達していた。ケリーはもう唸り声すら上げていない。残された右目は、白目をむいていた。
「畜生め!グリッド、グリッド…どこだ?何で載ってねぇんだよ!」
「あの、何かの間違いなのでは?」
「確かに今日この船に乗ってるはずなんだ、なぁ皆」
と、ジャンが周りに居た乗客達にバッドとハリアそしてアンジュとケリーの特徴を言い見た者は居るか尋ねた。
「ああ、その家族なら確かに見ましたよ」
と、一人の男が言った。
「どこで見た?」
「ええ、確かにこの船に乗ってると思いますよ、私が見たのはこの船に乗り込む時でしたから、でもどこの部屋に居るかまでは」
「そ、そうかありがとう…でもどこの部屋に居るんだ」
その時、ルークは、不死鳥ラムールの声を聞いた。
(ルーク、アンジュとケリーはこの船の二階の奥の部屋に居ます、早く行きなさい、二人の命が危ない)
「ええっ?!何だって、二階の奥の部屋だな」
「ど、どうしたんですか兄貴」
「ジャン、アンジュとケリーはこの船の二階の奥の部屋だ、行くぞ、さぁ皆退いてくれ!」
と、ルークが走り出した。ジャンが慌てて後を追う。不死鳥ラムールがルークに言ったようにアンジュとケリーは、危ない状態に陥っていた。酒に酔い度を失ったバッドとハリアは、子供達が死にかけている事に気付いていなかった。
(お…おばさん…おじ…さん…た、助けて…)
アンジュは、心の中でそう叫んでいた。
(もしも…生まれ変われたら…おじさんとおばさんのところに生まれたいよ)
(アンジュや、よく頑張りましたね)
(えっ?)
と、アンジュもまたラムールの声を聞いた。
(アンジュ、サイモン夫妻はあなた達の幸せを心から願っていたわ、皆この二人に騙されたのよ、そして二人には必ず天罰が下ります、そしてあなた達の痛みと苦しみは龍が治してくれる、さぁもう助けが直ぐそこまで来ています)
と、ラムールがアンジュに話した時、部屋の扉がけたたましい音を立て開いた。ルークとジャンが鍵の掛かった扉を蹴り破ったのである。ルークとジャンの目には、倒れ込むアンジュとケリー。そして二人に向かって鞭を振り上げているバッドとハリアの姿が映っている。アンジュは、薄れゆく意識の中、確かにルークとジャンの姿を見た。
「お…おじ…さ…ん」
「な、何やってんだ…てめぇら」
「ああ、誰だ?あっ!」
バッドとハリアがルークとジャンに気付いた。慌てて鞭を隠そうとしたが遅かった。怒り狂ったルークが電光石火の如く二人に襲い掛かった。




