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不死鳥の剣  作者: TE☆TSU☆JI
196/206

別れ

 祭壇前で懺悔ざんげするバッドとハリアは、号泣していた。その姿は、本当に悔い改めようとしている者の姿だった。誰もがそう思った。二人は、まだ若い。当時の事は、誰もが若さゆえの過ちだったのだろうと思った。懺悔が終わるとバッドとハリアは、居並ぶホーリッシュ大司教達に深々と頭を下げた。

 「神の御前にて懺悔した事、決してお忘れなきように」

 と、ホーリッシュ大司教が厳かに言った。バッドとハリアは、神妙な面持ちで返事をした。そして、アンジュとケリーを引き取る期日を話し合う事になった。

 「今日、二人を連れ帰る事は許されません、お二人にはしばらく孤児院で共に暮らしていただきます」

 「ええっ?そ、そんな…こ、こんな事は申し上げ難いのですが、私にも仕事があります、いつまでも休んでいられないのです」

 「ふむ、確かに仕事は大事だな、ところでお前さんの仕事とは?」

 と、テランジンが納得しながら質問した。

 「デ・ムーロ商会で営業主任をしております」

 「ほほぅ、お前さんはデ・ムーロの、俺はデ・ムーロ兄弟とは昵懇じっこんでな、そうか、そうか」

 「はい、ですが私は地方の営業でして、その社長達とは滅多に顔を合わす事がありません」

 デ・ムーロ兄弟が営む商会は、メタルニア全土に点在している。バッドは、トランサー人が多く住む地域の営業所に勤務している事になっている。

 「俺があの兄弟に話してやろうか?事情を説明すればあの兄弟なら納得するぞ」

 と、テランジンが言うとバッドは、とんでもないといった顔をして答えた。

 「そ、そんな、結構ですよ、自分で何とかしますから」

 下手に騒がれれば嘘がばれてしまう。そこでバッドは、自分は一旦メタルニアへ帰り仕事を終わらせたらまたトランサーに戻って来るという事にした。

 「妻を置いていきますので、これから子供達と暮らせるんです、しっかり稼がないと」

 と、いかにも仕事を頑張っている風を見せた。

 「アンジュ、ケリー、父さんは直ぐにまたここへ戻って来るから、それまで母さんと仲良くな、大司教様、皆様どうかよろしくお願いします」

 と、バッドは、父親そして夫としての姿を見せた。

 (ちくしょう、よりにもよってまさかデ・ムーロと仲が良い奴が居るとは…下手に勘繰られる前に何か手を打っておこう)

 ホーリッシュ大司教は、一ヶ月は孤児院で暮らすようハリアに言った。バッドとハリアは、素直に従う事にした。こうなったら意地でも子供達をメタルニアへ連れて帰る気なのだ。そして、子供達の引き渡しは、今日より一ヶ月後と決まった。何かあればまた話し合い引き渡しが先に延びる事になるとも伝えた。

 「分かりました、では今日は宿の方へ帰ります、私は明日の朝の便で一旦メタルニアへ帰ります、ハリア明日からここで子供達と暮らす事になるんだ、しっかり頼んだよ、アンジュ、ケリー父さんは直ぐに戻って来るからな」

 「アンジュ、ケリー、一緒に父さんを待ちましょうね、では大司教様、明日からよろしくお願いします」

 と、バッドとハリアは言い残し宿へ帰って行った。ルーシーは、今にも泣きそうな顔をしていた。テランジンやジャスティ大臣は、何とも言えない顔をしていた。本当にこれで良かったのかと。サイモン元帥がそっと妻の肩に手をやった。

 「ルーシー…」

 「ダンテ」

 ルーシーは、必死で泣くまいと耐えていた。そんなルーシーにアンジュとケリーがそっと近付いた。

 「おばさん…私」

 「ん?どうしたの?」

 「ごめんなさい」

 「ごめんなさい」

 と、アンジュとケリーは、悲しげな顔をして謝った。幼いながらにルーシーが本当は、悲しんでいると感じていた。アンジュとケリーがルーシーに抱きつき泣いた。

 「私ね、おばさん達の子供になれるって聞いて本当に嬉しかったの…でも、でも本当のお父さんとお母さんが来たから…うっうえぇぇぇん、ごめんなさい」

 「うわぁぁぁぁぁん、おばさん、おじさん」

 泣きすがる二人につられルーシーもとうとう泣き出してしまった。サイモン元帥は、そんな三人を覆うように抱き涙を流した。ホーリッシュ大司教は、悲痛な面持ちで見守っている。テランジンとジャスティ大臣は、目頭を押さえ泣くまいとしていた。

 「おばさんもおじさんもあなた達が本当に幸せになる事を祈ってるの…お父さんとお母さんは、過去に酷い事をしたけど、神様の前で懺悔したわ、お父さんもお母さんもあなた達と離れ離れになってやっと気付いたのよ、あなた達のいとしさを…」

 「おばさん、また会いに来てね、大司教様、ここにいる間はおばさんとおじさんに会える?」

 「もちろんだよ、アンジュ、サイモン殿ルーシー殿、まだ子供達がメタルニアに行くには時間があります、是非、会いに来てやって下さい」

 「喜んで」

 と、言ってルーシーは、笑顔を見せた。ホーリッシュ大司教は、その笑顔に救われた気がした。そして、この日サイモン夫妻は、アンジュとケリーが寝付くまで傍に居た。テランジンとジャスティ大臣は、孤児院を出て大衆酒場兼食堂の「青い鳥」に向かった。城下町から港町へ向かう道中、ジャスティ大臣がやっぱり強引にでもグリッド夫妻から親権を取り上げれば良かったと後悔していた。

 「ルーシー殿の心中を察すると不憫ふびんでならんわ、せっかく子供達も懐いていたようであったし…今頃のこのこと…やっぱり強引にでも親権を取り上げれば良かった」

 「ふむ、懺悔などさせなければ良かったですな」

 「左様、しかし、わしも法務大臣として公平に判断せねばならん、わし個人の感情で決める事は出来んからのぅ」

 と、話しながら港町に到着し青い鳥に入った。

 「ようオヤジ、今日も繁盛してるな」

 と、店に入りテランジンが声を掛けた。

 「おう、テラン、いらっしゃい、おおぅ今日はジャスティ大臣も!お久しゅうございます、さぁこちらへどうぞ」

 と、店主であるオヤジが奥の席へと案内した。ジャスティ大臣は、久しぶりに来たので嬉しそうにオヤジに話しかけた。

 「ここは相変わらずの繁盛ぶりじゃな、けっこう、けっこう」

 「へい、お陰様で…ところでサイモン家の養子の件、どうなったんです?」

 「んん?知っておったのか、ふむ…破談じゃ、今頃になって両親がしゃしゃり出て来てのう」

 「ホーリッシュ大司教が両親の懺悔をお認めになった」

 「ええっ!?何だってぇ!そんな…」

 オヤジは、店に来る陸軍の士官達から話を聞いていたのだ。サイモン元帥が毎日嬉しそうにアンジュとケリーの話しをしていたと言う。

 「何でも屋敷の改築許可が下りたとかで子供部屋を作るって張り切ってたそうじゃないですか」

 「ああ、その矢先だよ…全く、あいつもルーシー殿も運が悪い」

 そう言ってテランジンとジャスティ大臣は、飲み物と食べ物を注文した。オヤジが残念な顔をして店の厨房へ向かった。

 「しかし…全く世の中上手く行かんのぅ」

 「はぁ、誠に残念です…しかし、デ・ムーロがあの男を本当に雇っているのか気になります」

 と、テランジンが顎に手をやり言った。どうも信じられない様子だ。バッド・グリッドが言うようにメタルニアには、トランサー移民が多く住む地域がある。そこのデ・ムーロ商会の支店の営業を担当しているという。

 「嘘をついていると言うのか?」

 「はい、出来れば改心した両親を信じてやりたいのですが、どうもこう…何と言って良いのか」

 「ふむ、確かめる必要があるか?」

 「屋敷に帰ったらデ・ムーロに連絡してみようと思います」

 「そうじゃな、それが良かろう…おお、酒が来たぞ」

 と、ライラの後任として雇われた店の看板娘キッカが先に酒を持って来た。

 「テランさん、いらっしゃい、こちらの方は?」

 と、ジャスティ大臣の事を知らないキッカが二人の前に酒を置きながら尋ねた。テランジンがキッカを紹介するとジャスティ大臣は、にっこり微笑んで自己紹介した。

 「この国の正義を守るジジイ、エイゼル・ジャスティじゃ」

 ライラならここで冗談の一つでも言うのだがキッカは、まだ慣れてないらしく大真面目で答えた。

 「ジジイだなんて、まだお若いですわ」

 「あははは、良い子じゃ、気に入った、あはははは」

 キッカが店の奥へ引っ込むと二人は、またサイモン夫妻の話しをした。そして、この日、テランジンは、ジャスティ大臣を屋敷まで送り、自分の屋敷に帰ると直ぐに魔導話を取った。デ・ムーロ兄弟に連絡するためである。

 「よう、俺だ、テランジンだ」

 「何だよ、こんな時間に」

 と、眠い目を擦りながら魔導話に出たのは、デ・ムーロ兄弟の弟クリフだった。

 「悪い悪い、急ぎで確認したい事があってな、ちょっと良いか?」

 「だから何だよ」

 「お前んとこの営業をやってる奴の中にバッド・グリッドって言う元トランサー人は居るか?」

 「ええっ?そんなの急に言われても分かんねぇよ、グリッドなんて名前の奴なんか一杯いるだろ?」

 と、クリフが答え大あくびをを掻いた。

 「大事な事なんだ、真面目に答えてくれ、そのバッド・グリッドって野郎がお前んとこの営業所に居るんだとよ、ああ、トランサー人が多く住む地域の担当だそうだ、うん、分かった、変な時間に悪かったな、頼んだぜ、ミランによろしくな、じゃあ」

 と、テランジンは、クリフにバッドの事を調べるよう頼み魔導話を切った。テランジンは、妙な胸騒ぎを感じながらこの日は、就寝した。

 夜が明けると朝一番のメタルニア行きの船便でバッド・グリッドは、メタルニアへ帰った。またトランサーに戻って来るのは、十五日後だろう。ハリア・グリッドは、夫バッドを宿から送り出すと今までの宿泊料金を支払い孤児院へと向かった。今日から一ヶ月間アンジュとケリーと共に暮らすためである。孤児院に到着すると直ぐに中へ通された。

 「アンジュ、ケリーおはよう、今日からここでお母さんも一緒に暮らすわ、よろしくね、ああ、大司教様、おはようございます」

 と、ハリアは、丁寧にあいさつをした。孤児院の奉仕者からハリアが来たと聞いたホーリッシュ大司教は、神妙な面持ちで居た。

 「おはようございます、ハリア殿、バッド殿はもう?」

 「はい、今朝一番の船でメタルニアへ帰りました、仕事を片付け次第すぐにこちらに参ると思います」

 「結構です、では今日より一ヶ月、あなた方の様子を見させていただきます」

 そう言ってホーリッシュ大司教は、弟子達が待つ講堂へ行った。ハリアは、この瞬間から良い母、良い妻を演じようと心に決めた。何があっても絶対に怒らない、嫌な顔は見せない。子供の世話はもちろん孤児院の掃除や大聖堂の掃除など率先してやろうと決めた。

 (とにかく今はこの子達や他の連中の信用を得るのが先よ、メタルニアへ帰れば…ウフフフ)

 「さぁ、お母さんは、まず今までお世話になった方々にご挨拶してくるから、仲良く遊んでいてね」

 と、ハリアは、アンジュとケリーに言い奉仕者達に挨拶して回った。日を重ねるごとにハリアの印象は、良くなっていった。ホーリッシュ大司教や奉仕者達は、ハリアが過去、本当にアンジュに対して虐待をしていたのかと思うほどだった。サイモン夫妻でさえそう思った。一方、メタルニアへ帰っていたバッドは、下手に探りを入れられ本当は、デ・ムーロ商会で仕事をしていない事がバレないようあの手この手を使っていた。まず、元トランサー人が多く住む地域のデ・ムーロ商会の営業所長と仲良くなり、同情を買いトランサー王国から何か連絡があった時は、自分は地域の営業主任という事にしてくれと頼んでいた。

 「分かったよ、それで君達家族が幸せに暮らせるならそうしよう、しかしトランサーも酷いな…家族を引き離そうなんて」

 と、所長が言った。バッドは、何も知らない所長にとんでもない噓を言っていた。四年前、ザマロ派だった貴族に仕えていた理由で国を追われメタルニアに移住したと言い、その時妻子をサイモン元帥に奪われたと言った。

 「今の国王が慈悲深い人なんて嘘ですよ、サイモンのような男を陸軍の最高位に就け、元海賊のかしらを海軍の最高位に就け…とんでもない悪党ですよ」

 「そうかねぇ?レオニール様を悪く言うのは君が初めてだよ、私は今まで聞いた事がないからね、まぁとにかくトランサーからもしも連絡があったら君が言うようにここで働いているという事にしておくよ」

 「お願いします、もう少しで家族水入らずで過ごせるんです」

 と、バッドは、最後に深々と頭を下げた。

 (ふぅ、これで何とかなるだろう、さぁまたトランサーに行くか)

 バッドは、またトランサーに向かうため準備を始めた。これより少し前、テランジンからバッド・グリッドの事を調べるよう頼まれていたクリフ・デ・ムーロは、数日経ってテランジンから頼まれた事を思い出し慌ててトランサー人が多く住む地域の営業所に連絡していた。バッドが所長と仲良くなる少し前であった。

 「何っ?グリッドって言う奴は確かにうちで働いてるんだな?間違いないな?」

 「はい、副社長、グリッドはうちの社員ですよ」

 実は、グリッド姓の男がデ・ムーロの商会には、三人ほど居たのだ。いずれもトランサー王国出身である。グリッド姓の者は、トランサー王国では、多く存在する。クリフは、名前を確認しなかった。苗字だけで判断してしまっていた。クリフは、直ぐにテランジンに連絡した。

 「何っ?!じゃあ本当にお前んとこで働いているのか」

 「ああ、そうみたいだぜ」

 「そうか…分かった、すまんな面倒な事を頼んで」

 「ああ、別に構わないが、そのグリッドって野郎、一体何をやらかしたんだよ?」

 テランジンは、知ってる限りの事をクリフに話した。

 「な~る…酷い親だな、でも改心したんだろ?じゃあ良いじゃねぇか、子供を返してやれば、うちで働いてるんだ、営業だったらそれなりの給金もらってるはずだぜ」

 「うむ、しかし、サイモンの事を思うとな…まぁとにかく面倒を掛けたミランによろしく、じゃあ」

 と、魔導話を切ったテランジンは、ため息を吐いた。

 バッド・グリッドがメタルニアからトランサーに戻って来た頃には、ケリーはハリアとすっかり打ち解けていた。ただアンジュだけが、まだ警戒を解いていなかった。トランサーに戻って来たバッドは、ホーリッシュ大司教に直ぐに面談した。

 「仕事の方は、先輩や部下に任せる事が出来ました、皆、早く家族水入らずで暮らせる事を祈ってくれてます」

 と、にこやかにバッドが話した。

 「そうですか、それは良かった、では今日からバッド殿も孤児院で生活されるのですね?」

 「はい、しばらく厄介になります」

 と、バッドは、神妙に答えた。ホーリッシュ大司教は、バッドを連れ大聖堂から孤児院へ向かった。院内の部屋では、妻ハリアが仲良くケリーと遊んでいた。アンジュは、椅子に座りルーシーに買ってもらったというおとぎ話の本を読んでいた。

 「やぁ」

 と、バッドが声を掛けた。ハリアは、弾けるような笑顔を見せケリーの手を引いてバッドの前に立った。アンジュは、そっと本を閉じ少し遅れてハリア、ケリーの後ろに立った。

 「皆、元気にしてたか?ケリー相変わらず魔導車が好きだな、アンジュ、顔を見せておくれ」

 バッドが片膝をつきケリーとアンジュの顔を覗き込む様に見た。ケリーは、笑っているがアンジュは、目を逸らし不安気な顔をしている。

 (まだ警戒してるな…とにかく優しい父親を演じねばな)

 と、バッドは、思いアンジュの頭を優しく撫でた。これから家族四人の孤児院での生活が始まる。バッドは、ハリアを意味あり気に見つめた。この事は、直ぐにレンの耳に入った。

 「そうか、とうとう両親が揃ったんだね、何か変な感じがするなぁ、本当の両親が居るのにちっとも喜べない」

 「はい、私もそう思います」

 と、レンは、テランジンを相手に話していた。レンは、サイモン夫妻の事を思うと何ともやりきれない気持ちになる。テランジンも同じだ。

 「しかし、本当にあの野郎がデ・ムーロの商会で働いていたとは、信じられませんよ」

 と、既にクリフ・デ・ムーロからバッド・グリッドが商会で働いていると報告されていたテランジンが悔しそうに言った。

 「僕達は、彼らの事を悪く見過ぎてるんじゃないかな?大聖堂でちゃんと懺悔したんだろ?」

 「はい、私もこの目でしかと見ましたが…どうもこう何と言って良いのやら」

 と、テランジンは、あまり納得していない様子だった。

 バッド・グリッドが孤児院に来てからもルーシーやサイモン元帥、ルーク、ジャンなどがアンジュとケリーに会いに行っていた。バッドとハリアは、嫌な顔は見せず、むしろ来訪を歓迎した。

 (ちょろちょろ来やがって鬱陶うっとうしいが仕方がない)

 「皆さん、ありがとうございます、子供達の事を気遣っていただき本当に感謝してます」

 と、バッドは、皆に深々と頭を下げ礼を言った。

 「それで私共がメタルニアに帰る前に皆様とのお別れ会を開こうと思ってます、皆様、ご参加願えますか?」

 と、ハリアがテランジン一家きっての色男と呼ばれるジャンに妙な色目を使いながら言った。ジャンは、直ぐに目を逸らしルークに尋ねた。

 「兄貴、お別れ会だってよ」

 「うむ、もうそんなに日が経ってたか…姉さん、兄貴、お別れ会だって、どうする?」

 「お別れ…ええ、そうね是非、参加させてもらうわ」

 「もちろん、私も参加だ」

 「んじゃあ、母さんとマリアも連れて来よう、ジャン、若い衆も適当に呼んどけ、ああ、テラン兄貴とジャスティ大臣も来てくれるだろう」

 「ありがとうございます、アンジュ、ケリー皆さんにお礼を言いなさい」

 と、ハリアの母親らしく振舞う姿を見てルーシーは、悲しくなった。アンジュとケリーの母親は、目の前に居るハリアなのである。

 「あ、あの…ありがとうございます、その…ごめんなさい」

 と、困った様な顔をして言うアンジュをルーシーは、そっと抱き締めた。アンジュもルーシーを抱き締める。そんな姿をハリアは、内心快くは思っていない。

 (ちっ!この女…私でもまだアンジュを抱き締めていないのに)

 アンジュは、ハリアには見せた事のない顔をしてた。アンジュの安心しきった顔を見てハリアは、無性に腹が立ったがグッと堪え心にもない事を言った。

 「まぁまぁ、アンジュったらこの子は本当にルーシーさんの事が好きなようで」

 「アンジュ、おばさんはあなたやケリーの幸せだけを祈ってるわ」

 「おばさん…私」

 本当は、メタルニアなどに行きたくない。アンジュは、心の中でそう叫んでいた。サイモン夫妻と一緒に暮らしたかった。

 日が流れアンジュ、ケリーが両親と共にメタルニアへ行く前日になった。この日は、サイモン夫妻らとのお別れ会が孤児院で行われた。サイモン夫妻を上座に据えテランジン、ルーク、ジャン、テランジン一家の海軍達、ジャスティ大臣やルークの妻マリア、母ステラ、そしてレンの名代としてディープ伯爵が参加した。バッドとハリアは、必死になってもてなした。ここで彼らの不興を買えば全てが台無しになってしまう。テランジン一家の元海賊士官達は、盛り上げようと歌を歌ったり孤児院にあった楽器を演奏したりした。アンジュとケリーは、大喜びしていた。サイモン夫妻達は、餞別として十万ユールをバッドに渡した。

 「皆で出し合った金子きんすだよ、子供達に二度と悲しい思いはさせるなよ」

 「ははぁ、ありがとうございます、これからは子供達のために生きていきます」

 (ちっ!偉そうに)

 と、バッドは、腹の底では別の事を思いながら礼を言った。アンジュとケリーは、ルーシーに手紙を渡していた。

 「おばさん、これ昨日書いたの、お屋敷に帰ったら読んでね」

 「僕も書いたよ」

 「まぁ、私に?ありがとう、帰ったら読ませてもらうわね」

 「おばさん…今まで本当にありがとう、私ね、メタルニアへ行ってもお手紙書くから」

 「僕も書くよ」

 そう言ってアンジュとケリーは、ルーシーに抱きついた。アンジュは、泣いていた。姉につられてケリーも泣き出した。ルーシーまで泣き出してしまった。

 「もう…これが最後の別れじゃないのよ、トランサーとメタルニアは、自由に行き来出来るじゃない、いつでも会えるはずよ」

 「はい」

 夜も更けお別れ会が終わった。グリッド家族が皆を孤児院の門まで見送った。アンジュは、サイモン夫妻が見えなくなるまで見送った。

 「アンジュ、明日は朝早く出るからもう寝なさい、ケリーもだよ、さぁもうお休み」

 と、バッドが言い二人を寝かしつけるとホーリッシュ大司教や奉仕者が居ない事を確認するとハリアを別室に連れて行き抱いた。

 「ちょっと、どうしたのさ?」

 「良いからっ!」

 「あっ、もう…んん」

 事が終わり二人は、暗い部屋の中で今後の事を話し合った。

 「メタルニアに帰り次第、二人を見せに行こう」

 「いきなり連れて行くのかい?」

 「ああ、時間が掛かり過ぎた、向こうは待ちわびている、メタルニアで少し一緒に過ごしてからと思っていたが仕方がないさ」

 ハリアは、暗い部屋の中で難しい顔をしていた。バッドが居なかった間、一人でアンジュとケリーの世話をして来た。母としての情が少しだが湧いていた。

 「どうした?今更、売れないとは言えないぞ」

 「分かってるさ、でも…」

 「子供ならまた作れば良いじゃないか、俺もお前もまだ若いんだ、いくらでも作れるさ」

 と、バッドが言いハリアを抱き寄せた。

 「もう、明日は早いんだろ?もう私達も寝よう」

 「ああ、そうするか」

 と、二人は、アンジュとケリーが眠る部屋へと戻って行った。その頃、アンジュとケリーから手紙を受け取っていたルーシーは、屋敷内の夫婦の部屋で手紙を何度も読み返し泣いていた。

 「ダンテ…うっ、うぅぅぅぅ」

 「ルーシー、仕方がないじゃないか、これからはあの子達の幸せだけを祈ろう」

 と、サイモン元帥は、涙を堪えて妻を励ましていた。 

 翌朝、グリッド家族は、ホーリッシュ大司教や奉仕者達に最後の挨拶を済ませ港町に居た。朝一番で出港するメタルニア行きの船に乗るためである。バッドは、船内で一番良い部屋を取った。出港まで時間があるので、部屋でのんびり家族水入らずで過ごそうと言い食べ物などを買い込み部屋に入った。部屋に入るとケリーは、直ぐに鞄からジャンに買ってもらったと言う一番お気に入りの魔導車のおもちゃで遊び始めた。アンジュは、ルーシーに買ってもらったおとぎ話の本を鞄から取り出し、椅子に座り静かに読み始めた。そんな様子をバッドとハリアは、微笑ましく見ていた。そして、バッドは、港町で買った酒を鞄から取り出し飲み始めた。ハリアにも飲めと言い部屋に備えられているコップを取り出しハリアに渡し酒を注いだ。

 「フフフ、美味いだろこの酒、昨日、連中から餞別をもらったからちょっと高い酒を買ったんだ」

 「ああ、美味しい、久しぶりだわ」

 二人は、満足気に子供達を眺めながら酒を飲んでいたが、バッドは、ケリーが遊ぶ魔導車のおもちゃを見て表情を変えた。少し酔いが回って来たのかフラリと椅子から立ち上がりケリーに近付いた。

 


 

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