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不死鳥の剣  作者: TE☆TSU☆JI
195/206

二人の懺悔

 グリッド夫妻が以前住んでいた、長屋の床下の収納空間で見つけた、アンジュがお気に入りの髪留めを持って孤児院に現れたのは、夕方頃だった。

 「どうかホーリッシュ大司教にお取次ぎを」

 と、バッド・グリッドが門前で孤児院の奉仕者に神妙に頼んでいた。

 「証拠と言えるかは分かりませんが…その…アンジュが昔していた髪留めです」

 と、バッドが奉仕者に見せた。それを見た奉仕者の顔色が少し変わったのをグリッド夫妻は、見逃さなかった。

 (この髪留め…確かにアンジュが今も持っているはず…やはりこの二人が…何て事だ!)

 奉仕者は、二人にここで待つよう言い院内に入って行った。そして、アンジュとケリーの様子を見ていたホーリッシュ大司教に報告した。

 「間違いなくあの髪留めはアンジュの持っている物と同じ物です、いかが致しましょう」

 「本当かね、とにかく私が直接話そう、二人を頼んだよ」

 と、ホーリッシュ大司教は、奉仕者に言い門前に向かった。

 「大司教様、これをアンジュに見せてやって下さい、きっと覚えているはずです」

 と、バッドが門の隙間から髪留めをホーリッシュ大司教に渡した。ホーリッシュ大司教は、それをじっと見て思った。

 (間違いない、確かに今もアンジュが持っている髪留め…しかし、この二人はどこでこれを?)

 「しかし、これをどこで?」

 「ええ、昔住んでいた長屋の方が持っていたんですよ、私達を見て渡してくれたんです」

 と、ハリア・グリッドが答えた。夫婦で勝手に長屋に侵入し見つけたとは言えない。

 「分かりました、お待ちを」

 と、ホーリッシュ大司教は、不信感を抱きながら院内に戻って行った。

 「ジジイめ、いつまで俺達をこんなところで待たせる気だ、ちくしょう」

 「まぁまぁ、バッド、焦っちゃ駄目よ、何としてでもアンジュとケリーをメタルニアに連れて帰るんだから、そして…フフフフ」

 と、ハリアが妙な笑みを見せた。アンジュとケリーが居る部屋に行ったホーリッシュ大司教は、戸惑いながらもアンジュに髪留めを見せた。

 「アンジュや、これが何か分かるかな?」

 「はっ!そ、それは」

 と、アンジュは、いつの間にか外れたのかと思い思わず自分の頭を触った。髪留めは、確かに付いていた。では、何故ホーリッシュ大司教が持っているのか。

 「ああ、それ姉ちゃんのと同じやつだ」

 と、ケリーが素直に言った。

 「だ、大司教様、その髪留めは?」

 「うむ、お前達の両親と言う者が持って来たのだ」

 と、ホーリッシュ大司教の言葉を聞きアンジュの顔が一瞬引きった。アンジュは、お気に入りの髪留めをどこで失くしたか覚えていた。あの長屋にある床下の収納空間にお仕置きとして閉じ込められた時である。思い出したくもない過去を思い出し暗い顔をした。

 (はて?アンジュはどうしてこんな顔を…虐待を受けていた事は本当なのか?)

 「これはアンジュの物かい?」

 「ど、どこでそれを?」

 「両親は昔住んでいた長屋の者が渡してくれたと言っている、これはアンジュの物なんだね?」

 昔住んでいた長屋の者と聞きアンジュは、力なく頷いた。自分達が長屋から居なくなり近所の者が見つけ出していたのかも知れないと思った。ホーリッシュ大司教は、アンジュの様子を見て、まだ会わせない方が良いと判断した。アンジュには、何も言わず髪留めを持って門前に行った。

 「確かにこの髪留めはアンジュの物のようです」

 「やっぱり、覚えていたんだ、じゃあ会わせて下さい二人に」

 「それはまだ出来ない、気になる点がいくつかありますので」

 と、ホーリッシュ大司教は、毅然とした態度で言った。

 「ど、どうしてですか?アンジュはこの髪留めを覚えていたんでしょう」

 「気になる点って何ですか?」

 と、バッドとハリアは、つい声を荒げて言った。

 「あなた方はアンジュに対し日常的に虐待を加えていたと耳にしている」

 と、ホーリッシュ大司教は、二人を見据えて言った。バッドとハリアは、とんでもないといった顔をして答えた。

 「そ、そんな、何て事を言うんです!た、他人から見れば虐待に見えたかも知れないがあれはしつけですよ!悪い事をした罰です」

 「ほほう、どの様な?悪い事とは何です?」

 「と、とにかくここじゃまともな話しが出来ない、中へ入れて下さい」

 と、バッドが門に手を掛け言った。ホーリッシュ大司教は、バッドの手をじっと見つめた。何の苦労も知らないような手をしている様に見えた。

 「孤児院内に入れる事は出来ません、どうか大聖堂へ回って下さい」

 そう、言い残しホーリッシュ大司教は、一人孤児院から大聖堂へ向かった。バッドとハリアも孤児院前から大聖堂へ移動する。大聖堂に通されたバッドとハリアは、神を祀る祭壇前に立たされた。

 「神の御前です、偽りなきようお答え下さい、良いですね?」

 と、ホーリッシュ大司教が厳しい面持ちで言うとバッドとハリアは、祭壇前に跪き誓いを立てた。

 「誓って嘘、偽りは申し上げません」

 「同じく申し上げません」

 と、誓いを立てる二人をホーリッシュ大司教は見た。

 (本当にこの者らは大丈夫だろうか?やはりアンジュのあの表情はどうも解せん)

 ホーリッシュ大司教は、二人を長椅子に座らせ、しばらく間を空けて問い始めた。

 「今一度聞きます、四年前にアンジュを虐待していたと言う噂は本当か否か?」

 「誓って違います、あれは親として子をしつけていただけです」

 「アンジュはよく悪戯いたずらをする子でして」

 「悪戯…ふぅむ…しかし、躾として体罰を加えていたとしてもやり過ぎなのではなかったのですかな?アンジュの腕や背中には無数の傷跡が残っている」

 と、ホーリッシュ大司教は、厳しい顔をして言った。ハリアは、突然泣き出した。バッドも目に涙を浮かべた。

 「後悔しています…あの頃はぎりぎりの生活でした…スワードの殿が突然改易を言い渡され私は主家を失い新たに奉公した先では上手く行かず直ぐに暇を出され…荒れておりました」

 「夫は真面目に勤めてたんです、ですがスワード様に仕えていたと言うだけで…疎まれ…う、うぅぅぅ」

 「それで腹いせにアンジュに虐待を加えていたのですか?」

 「そ、そんな!腹いせだなんて…いや、確かにあの頃はそうだったのかも知れんません…何も知らないアンジュを…私も妻も疲れ果てていたのです、何をやっても上手く行かず…何も分からないアンジュはそんな私達に屈託のない笑顔を向けていました…それが…逆に腹ただしく、くっ、くぅぅぅ…本当に後悔してます、何故あんな酷い事をしたのか」

 涙ながらに当時の事を語るグリッド夫妻を見てホーリッシュ大司教は、困惑した。スワードと言う貴族の評判は、確かに悪かったがバッドにとっては、良い殿様だったのかも知れない。突然主家を失ったという不幸には、同情せざるを得なかった。若い二人には、自分達の事しか考えられなかったのだろうと思った。

 「で、でも今は違います、メタルニアではちゃんとした職に就き生活も安定してます、アンジュとケリーを育てる環境も十分整っています、ですから、どうか、どうか二人に会わせて下さい」

 「私達にアンジュとケリーを返して下さい、お願いします」

 と、バッドとハリアは、ホーリッシュ大司教にすがりつき懇願した。二人は、涙を流している。

 「神の御前おんまえですぞ!誓って嘘、偽りではござらんな?」

 「はい」

 ホーリッシュ大司教は、二人を信じる事にした。その涙に偽り無しと判断した。

 「分かりました、今から子供達に話して来ます、しばらくお待ち下さい」

 と、言いホーリッシュ大司教は、バッドとハリアを大聖堂に残し孤児院に向かった。ホーリッシュ大司教の後姿をバッドとハリアは、憎らし気に見ていた。

 ホーリッシュ大司教は、孤児院に入ると直ぐにアンジュとケリーを呼び、まず両親に会いたいかどうか聞いた。

 「僕は会いたいな」

 と、何も知らないケリーは、ジャンに買ってもらったという魔導車のおもちゃを握りしめ言った。

 「アンジュはどうかね?」

 「私は…ケリーが会うなら一緒に会います」

 「んん?アンジュは会いたくないのかね?会いたくなければ会わなくても良いよ」

 と、ホーリッシュ大司教は、あくまで子供達の意見を尊重した。アンジュは、困ったような顔をした。本当は、会いたくない。両親の顔を見れば嫌でも昔の事を思い出してしまう。ホーリッシュ大司教は、アンジュの様子を見て今日はまだ早いと判断してケリーだけを会わせる事に決めた。

 「アンジュや、お前はここに居なさい、今日はケリーだけを会わせる、良いね、ああ、もちろん私も一緒に居るから安心しなさい」

 「…はい」

 「さぁケリー、行こうか」

 と、ホーリッシュ大司教は、ケリーの手を取り両親が待つ大聖堂へ向かった。部屋で一人きりになったアンジュは、頭を抱え込みその場に座り込んだ。大聖堂で待つバッドとハリアは、落ち着かない様子で祭壇前を行ったり来たりしていた。孤児院へと続く扉が開き二人は見た。そこには、ケリーと手を繋ぐホーリッシュ大司教の姿があった。二人が駆け寄る。

 「ああ、あああ、ケ、ケリーなのか?」

 「あなたがケリーね?」

 と、いきなり初めて会う両親に言われケリーは、思わずホーリッシュ大司教の後ろに隠れた。

 「はっはっは、ケリーは少し人見知りするのでね、恥ずかしいのかな?こなたがお前の父と母だよ、さぁご挨拶して」

 と、ホーリッシュ大司教は、ケリーを前に立たせた。ケリーは、はにかみながらぺこりと頭を下げた。バッドとハリアは、にっこり笑って自己紹介した。

 「ところでアンジュは?アンジュが居ませんが、どうして?」

 「ははぁ、アンジュはまだ心の準備と言いましょうか、出来ていないのでは?」

 「ああ、そうですか…じゃあ今日はケリーだけを連れて行きます」

 と、バッドは、ケリーの手を取ろうとしたが、ホーリッシュ大司教が慌てて止めた。

 「お待ちを!まだ連れて帰ってもらうわけには参りませんぞ、こう言う事はもっと時間を掛けていただきたい」

 (ちっ、ジジイめ、こっちは時間がないんだ)

 と、バッドは、腹の中で舌打ちをした。そこでふとケリーが魔導車のおもちゃを持っている事に気付いた。

 「ケリーは魔導車が好きなのか?」

 「うん、この間ルークのおじさん達に乗せてもらったよ」

 「ふ~ん、ルークのおじさんって?」

 「海軍の方です」

 と、ホーリッシュ大司教が代わりに答えた。ケリーは、ジャンや他の元海賊達の事も話し最後にサイモン元帥の名が出た時、バッドの顔色が明らかに変わった。ホーリッシュ大司教は、妙だなと思った。

 (はて?サイモン殿と何かあったのか?)

 「サ、サイモンか…そうか、ケリーは魔導車が好きなんだね、じゃあ父さんも買ってやろう」

 と、バッドは、気を取り直して言った。ケリーは、素直に喜んだ。今度は、ハリアがアンジュは、何が好きなのかホーリッシュ大司教に尋ねた。

 「さぁ、あの子は物を欲しがりませんので、我々が与えた物をただ喜んで受けてくれるだけです、さぁもういい時間です、今日のところはこのへんで、子供達はもう寝る時間ですので」

 「分かりました、じゃあケリー明日は魔導車を買って来てやろう、大司教様、アンジュによろしくお伝え下さい」

 と、バッドは、言い残しハリアを連れて大聖堂を出た。しばらく無言で歩き大聖堂が見えなくなった時点で石ころを思い切り蹴とばした。

 「ああっ畜生め!早くアンジュを連れて来いってんだ!」

 「まぁまぁ、あんた、ここまで来たんだ、焦っちゃ駄目よ、金ならあるんだろ?」

 「ああ、まだまだ十分にあるさ、しかし、そう時間も掛けられん、何が何でも二人を連れて帰らねぇと」

 バッドとハリアは、今日のところは大人しく宿屋へ帰る事にした。孤児院に戻ったケリーは、アンジュから両親の様子など聞かれ見たままを話していた。

 「うん、優しそうだったよ、明日は魔導車を買って来てくれるんだって」

 と、ケリーは、嬉しそうに答えた。

 「そう…」

 「姉ちゃんも会ってみなよ」

 「私は…まだ…その、何て言うか」

 傍で会話を聞いているホーリッシュ大司教は、アンジュの様子から虐待は、本当にあった事だと確信した。腕や背中にある古傷が何よりの証拠ではないか。

 「アンジュ、会いたくないのなら会わなくてよい」

 「大司教様…」

 「え~姉ちゃん、会わないの?」

 「ねぇ、大司教様、サイモンのおじさんとおばさんは?」

 と、不意にアンジュが言い、ホーリッシュ大司教は、ハッとした。子供達の両親が訪ねて来た事は、既に話している。サイモン夫妻の事を思うとバッドとハリアに親権を放棄するよう話したいが、祭壇前で過去の事を悔やんでいた姿を思い出し親権の話など切り出せないでいた。

 (やはり、この子達は両親のもとに返すべきか…私としてはサイモン夫妻のところに出したいが…)

 「ねぇ、大司教様?」

 「ああ、おじさんとおばさんねぇ、アンジュはサイモンのおじさんとおばさんに会いたいのかな?」

 「はい」

 「僕も会いたいな」

 「はい、分かった、明日にでもここへお呼びしようね」

 「は~い」

 と、にっこり笑うアンジュを見てホーリッシュ大司教は、久しぶりにアンジュの笑顔を見た気がした。

 翌日、午後二時にサイモン夫妻は、ケーキを持って孤児院にやって来た。この日、サイモン元帥は、仕事を部下に任せ昼過ぎに屋敷に帰っていた。

 「やぁ、アンジュ、ケリー」

 「おじさん、おばさん、こんにちは」

 「はいはい、こんにちは、これは後で食べましょうね」

 そう言ってルーシーがケーキの入った箱を孤児院の奉仕者に渡した。ルーシーが子供達と遊んでいる間、サイモン元帥は、ホーリッシュ大司教からバッドとハリアの事を聞いていた。ホーリッシュ大司教は、ありのままを話した。

 「二人は、当時の事を悔やんでおりました、親権を放棄しろなどとは言えず…申し訳ありません」

 「いやいや、その二人が本当に悔やみ反省しているのなら私としてもやはり本当の両親に返すべきかと存じます」

 「しかし、アンジュの方がいささか気がかりで…親は躾だと言っておりましたが、私の見るところアンジュに対して虐待があった事は明白です、父親のバッド・グリッドが申すには当時、仕えていた貴族が突然改易にされ奉公先を失い、紹介された屋敷では上手く行かず暇を出され自暴自棄になっておったとの事、しかし今はまともな職に就き子供達を迎える環境は整っていると」

 「アンジュは会いたがらないのですか?両親に」

 「はい、どうも過去の事が引っかかっておるのではないでしょうか」

 と、ホーリッシュ大司教は、話し難しい顔をした。サイモン元帥は、出されたお茶を一口飲み子供達と遊んでいる妻ルーシーに目をやった。楽しそうに遊んでいる。出来る事ならアンジュとケリーを養子に迎えたいが、実の両親が引き取りに来た以上、他人である自分達が強引に養子にする事は出来ない。サイモン元帥は、グリッド夫妻と会い話したいと思った。その頃、トランサー城内のレンが政務を見る部屋では、テランジンとトランサー王国法務大臣であるエイゼル・ジャスティ公爵がレン、ディープ伯爵とサイモン家の養子の件について話し合っていた。

 「誠に残念至極ですな、陛下、探していたとは言え今頃になって実の親が名乗り出てくるなど…サイモン夫妻も運が無い」

 と、ジャスティ大臣が悔し気に言った。レンもつい先頃、サイモン屋敷の改築許可を出したところだったので残念がっていた。

 「本当に…子供部屋を作りたいからと言っていたサイモン元帥の顔が忘れられません」

 「左様、あの様な顔を見せるなど珍しいですからなぁ」

 と、ディープ伯爵は、腕組みをしながら言った。

 「今頃になってしゃしゃり出て来た親の顔が見てみたいですな、今日にでも会ってみようかと存じます」

 と、テランジンが言うとジャスティ大臣も会うと言った。

 「それがしも法務大臣として、その親が本当に子供達を育てられるか見定めようと思います」

 レンも直接会ってみたいと思ったが立場上、止めた方が良いと思い二人に任せる事にした。テランジンとジャスティ大臣は、早速、孤児院へ向かった。孤児院に到着すると直ぐに奉仕者が院内に案内してくれた。ちょうどルーシーが持参したケーキをアンジュとケリーが食べているところだった。

 「やぁ、奥方殿、久しいのう、お元気そうで何よりじゃ、ほう、この子達が…うんうん、二人とも可愛いのぅ」

 と、ジャスティ大臣は、アンジュとケリーの前にしゃがみ込み自己紹介した。

 「このじじはエイゼル・ジャスティと言うてな、この国の悪党を成敗するお仕事をしておる、よろしくな」

 と、ジャスティ大臣は、自分を指差し言った。実は、ジャスティ大臣には、アンジュとケリーくらいの孫が居て目に入れても痛くないほど可愛がっていた。

 「ア、アンジュ・グリッドです」

 「僕はケリー」

 と、二人は、食べる手を止め自己紹介した。ジャスティ大臣は、満足そうに二人を見てテランジンを連れてホーリッシュ大司教と面談し、孤児院を訪れた理由を話した。

 「せっかくの養子縁組を破談にした馬鹿親を一度見ておきたいと思いましてな」

 と、ジャスティ大臣は、口が悪い。

 「私もこの目で一度見ておきたいと思い」

 「お二人にも気に掛けていただき誠にありがとうございます、両親は今日も来るはずですので来た際は大聖堂の方へ」

 と、ホーリッシュ大司教が言った。バッドとハリアを待つ間、テランジンとジャスティ大臣は、サイモン夫妻と共にアンジュとケリーの遊び相手となった。そこで何となくサイモン元帥がアンジュに両親の事を聞いた。その時、アンジュの顔をから一瞬笑顔が消えたが、またいつもの笑顔に戻り話した。

 「お父さんとお母さんには正直会いたくないの…でも」

 「でも、何だい?」

 「ううん、何でもないの、でもやっぱりちゃんと会って話しをしなきゃなって」

 と、アンジュは、人形を抱きながら言った。サイモン元帥は、両親がアンジュを虐待していた事を確信した。

 (この子は本当に虐待を受けていたのだな…可哀そうに…しかし、虐待をしていたとは言え親は親だ、メタルニアで改心しこの子達を迎えに来たのだろう)

 サイモン元帥は、そっとアンジュを抱きしめた。出来る事なら自分達が引き取り育てたかった。夕暮れ時、バッドとハリアがそれぞれお土産を持って、また孤児院の門の前に現れていた。バッドは、ケリーに渡す魔導車のおもちゃとハリアは、アンジュに渡す女の子の服を持っていた。孤児院の呼び鈴を押すと中から奉仕者が出て来て大聖堂に行くよう伝えた。バッドとハリアは、またかといった顔を一瞬見せ大聖堂に向かった。奉仕者が二人が来た事を皆に伝えた。

 「来ましたか、では皆様、大聖堂へ、ケリー行くよ、ああ、アンジュはどうする?まだ気が向かないかい?」

 と、ホーリッシュ大司教がアンジュを気遣い言った。アンジュは、困った様な顔をしてサイモン元帥の手を握った。

 「おじさん達も一緒だから行ってみるかい?」

 と、サイモン元帥に言われアンジュは、意を決したのか「うん」と頷いた。ホーリッシュ大司教を先頭にサイモン元帥とアンジュが手を繋いで続きルーシーがケリーと手を繋ぎ、ジャスティ大臣、テランジンが後に続き大聖堂へ向かった。大聖堂の祭壇前で待っていたバッドとハリアは、ホーリッシュ大司教達を見て人数の多さに驚いた。そして、その中にサイモン元帥が居た事にさらに驚いた。

 (サ、サイモンじゃないか…何で?あっ?!手を繋いでいる子は、まさか…アンジュか?ハリアによく似ている)

 「や、やぁ、今日は大人数ですね、ケリーほら昨日約束した魔導車のおもちゃだよ」

 と、バッドは、気を取り直してケリーに買ってきた魔導車のおもちゃを手渡した。ケリーは、嬉しそうに受け取ると早速、箱から取り出し遊び始めた。皆、和やかにそれを見ている。そこでハリアが、恐る恐る尋ねた。

 「あの、もしやその子はアンジュですか?」

 と、サイモン元帥の隣でうつむくアンジュを見てハリアが言った。ホーリッシュ大司教が「いかにも」と答えるとハリアは、そっと近付こうとした。

 「ア、アンジュ」

 アンジュは、さっとサイモン元帥の後ろに隠れた。ハリアは、歩みを止め持っていた袋を差し出した。

 「アンジュ、これはきっとお前に似合うと思って買ってきた服さ、ね、さぁ受け取って」

 と、ハリアは、言ったがアンジュは一向に近付こうとしない。それを見たバッドが何か言おうとした時、ジャスティ大臣が咳払いを一つ落とした。

 「お前達がバッド・グリッド、ハリア・グリッドだな、わしはエイゼル・ジャスティ法務大臣である四年間も子供達をほっぽらかして今頃のこのこ帰って来るとは一体どういう事か?」

 と、いきなりジャスティ大臣に言われバッドとハリアは、一瞬ムッとした顔をした。

 「す、好きでほっぽらかしていた訳じゃありませんよ、スワードの殿を失い新しい奉公先では直ぐに暇を出され…どうしようもなかったんですよ」

 「私達は疲れ果てていたんです…アンジュや生まれたばかりのケリーを置いて国を出て行った事は本当に後悔しました…でも、でもあの時はそうするしか…うう、ううぅぅぅぅ」

 と、二人は、涙ながらに訴えた。テランジンがスワードとは、誰だとサイモン元帥に聞いた。サイモン元帥がテランジンに説明しているとバッドが怒ったように言った。

 「そう、あの日、あなたが殿に改易を言い渡しに来た、その時から私達の運命は変わってしまったんです」

 「ふん、何をぬかすか!あのようなチンピラを殿とありがたがってどうする!馬鹿者め、ああいった連中を改易にした後、お前達の様な者にはちゃんと奉公先を紹介してやったぞ、何故お前は暇を出されたのか?」

 と、ジャスティ大臣が吐き捨てるように言った。バッドは、悔し気な顔をしたが答えない。自分の素行の悪さが原因で暇を出されたなど言えるはずがない。

 「しゅ、主人は真面目に奉公していたんです、ですが…スワード家に仕えていたと言う理由から他の方々に疎まれ、新しい殿様にも疎まれ…うう、ううぅぅ」

 と、ハリアが代わりに答え泣き出した。ジャスティ大臣は、妙だなと思った。バッドの様な連中を受け入れる貴族達は、その事を百も承知で受けれたのである。

 「その後、何をやっても上手く行かず荒んだ毎日を送っておりました」

 「で、アンジュを虐待していたのか?」

 と、サイモン元帥が刺すように言った。バッドは、うつむき泣き出した。

 「うう、本当に後悔してます、躾などと都合の良い言葉で繕ってみても、今にして思えば虐待と言われても仕方ありません、本当に本当に後悔してるんです」

 サイモン元帥は、アンジュを見た。目の前で泣き崩れる父親を見てどう思っているのか知りたかった。

 「アンジュ、もう二度とあんな事はしない、父さんも母さんも本当に後悔してるんだ、お前達を置いてメタルニアに行ったがお前達の事を片時も忘れた事は無い!早くお前達を迎えに行けるようにと母さんと二人で死に物狂いで頑張って来たんだよ」

 「そうよ、アンジュ、ごめんなさい、だから…だから、あなたを抱きしめさせて」

 と、涙ながらに訴える両親を見てアンジュは、嫌だと言えなかった。ホーリッシュ大司教達が見守る中アンジュは、そっと両親に近付いた。

 「アンジュ!」

 と、ハリアがアンジュを抱き締めた。アンジュは、変な気がした。サイモン元帥やルーシーに抱き締められた時に感じる安心感というものがまるで感じられなかった。本当の母に抱かれるアンジュの姿を見てルーシーは、心で泣いた。出来れば自分が本当の母としてアンジュを抱き締めたかった。

 「ハリアさん」

 と、ルーシーが真剣な眼差しで声を掛けた。

 「はい」

 「同じ女として聞きたい事があります」

 「はぁ、何でしょう?」

 「あなたは何故なぜアンジュとケリーを置き去りにして出て行ったの?当時の事は不幸に思いますが自分がお腹を痛めて産んだ子を置き去りにするなど…私には考えられない、せめてあなただけでも傍に居ようとは思わなかったのかしら?」

 と、ルーシーに言われハリアは、ムッとしたが顔には出さず、しおらしい態度をとった。

 「はい、メタルニアに渡り後悔しておりました…なんて馬鹿な事をしたのかと…直ぐに引き返しアンジュとケリーを連れて行けば良かったのですが…その…金銭的に…」

 と、ハリアは、言ってまた泣き出した。確かに生活する上では、金は必要である。

 「ホーリッシュ大司教、お願いです、皆様の前で懺悔させて下さい」

 と、突然バッドが言い出した。ハリアも同じく願い出た。テランジンとジャスティ大臣は、じっと二人の様子を見ている。

 「何を懺悔するのか?」

 と、ホーリッシュ大司教が二人を見据えて問うた。

 「アンジュとケリーを置き去りにした事、アンジュに酷い事をした事全てです、もう二度と同じあやまちは繰り返さないと」

 「はい、私達にどうか機会をお与え下さい」

 と、バッドとハリアは、涙ながらに言った。ホーリッシュ大司教は、サイモン夫妻を見た。懺悔を認めれば子供達を実の両親であるバッドとハリアに返さなければならなくなる。サイモン夫妻は、静かに頷いた。悲痛な面持ちである。ホーリッシュ大司教は、サイモン夫妻を思うと懺悔を認めたくはなかったが、意を決してバッドとハリアに言った。

 「よろしい、懺悔を認めます、神の御前にて告白しなさい、そして約束しなさい、もしその約束を破ればあなた方にあらゆる厄災が降りかかるでしょう」 

 こうしてバッドとハリアは、懺悔を認められ祭壇前にひざまづき過去の過ちを懺悔した。


 

 

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